第76話 深追いは禁止

 服屋の外に出たレイは、その場で少し立ち止まっていた。というのも、あの服屋に残されていた防衛設備はあのターレットだけ。他の防衛設備が搭載されているとは、また今も稼働しているとは考えにくい。レイがターレットを撃って壊した時点で、敵と判断されるだろう。あのターレットがただの脅し、注意勧告だとしたら、それを無視したことになるのだから。

 だからもし、別の防衛設備が搭載されていたのならば出てきてレイに攻撃して来ているはずだ。しかし今はそれが無い。だとしたら、あの服屋にはもう防衛設備が残されていないのではないだろうか、とレイは考えて立ち止まっていた。

 防衛設備がないのならばレイを阻むものはない。上手くいけば簡単に遺物を回収できる。だが懸念点もある。レイはまだ遺跡について知らないことばかり。まだ防衛設備が残っているのかもしれない、別の危険性があるのかもしれない。欲に引きずられて深追いをする、危険だ。だがテイカーはどこかで危険を冒し、遺物を持ち帰ってこなくてはならない。堅実性と共に危険にも身を投げ出す覚悟が無ければならない。

 ただ、この程度の遺物に命をかけるのが利口かと問われれば、否と答えるが。


「試してみる価値はあるか…」


 もし失敗すればその程度の命だったのだと、諦めればいい。その程度の運だったのだと、苦しめばいい。命がけには慣れている。

 レイは足を踏み出してもう一度、店舗の中に入った。警報や警備装置が稼働することはなかった。レイが店内を歩き回り、服の近くまで来ても沈黙したまま。レイが圧縮された服が入ったパックを手に取る。だが何も起きない。そしてゆっくりと慎重に、バックパックの中に入れていく。この際、どのくらい重くなるのかだとか、他の遺物を入れる隙間が無くなるだとか、入れすぎたら動きづらくなる、だとかの懸念点をすべて忘れて、一旦バックパックの中に入るだけ服を詰めていく。

 慎重に、だが遺物の価値が損なわれないように変に曲げたりせずに丁寧に入れていく。どれに価値があるのか、レイには一切分からないのでそれっぽいやつを勘で選び、あるいは無造作に選ぶ。


(まだまだあるな、なんでこんなに残ってたんだ?)


 店頭に置いてある分をバックパックの中にすべて入れるのは不可能だ。単純に服が大きくかさばってあまり入れられず、そして数もある。店内は荒れ果てているが不自然なほどに服は残っている。それもある程度整理されて置いてある。


(やっぱりおかしいか…)


 ここにはレイ以外のテイカーも来ている。死体があるのでそれは確かだ。

 じゃあなんで誰も、この店に訪れなかったんだ。服はある、安いかもしれないが確かに売れるはずだ。中には高値のものある。それにここに来ているようなテイカーは駆け出し、それもスラムの住民が一発逆転を狙ってきているのがほとんどだ。服は安いだろうが、それはあくまでも一般の者の金銭感覚。スラムの住民からしてみればいくら働いても得られないほどの金だ。

 じゃあなんで服を誰も取らなかった。一発逆転を狙っているから、こんな遺物程度は無視した、とは考えづらい。いくら学が無くともそのぐらいの判断は出来るはずだ。スラムで生きてきたということはレイと同じ、命という物の重さと軽さを知っている。同時に金の大事さも。だからこの程度の金で、という発想は無いはずだ。よほどの馬鹿でない限り。

 そしてここを通ったテイカーが全員馬鹿であったわけがない。中にはレイと同じように服屋へと来たものがいたはずだ。壊れかけのターレットが一つ。油断さえしていなければ十分に対応できるはずだ。現にレイも、結果的には余裕を持って対処できた。

 じゃあなぜ取られていなかった。


(……ああそういうことか)


 気が付いたレイは、バックパックに服を詰めるのをめた。


(危なかったな…)


 レイは久しぶりの幸運に感謝して、すぐに外に出た。


 ◆


 服屋から出たレイが少し離れた場所で待機していた。NAC-416を握り締めて、建物の陰に隠れて。

 レイは一歩も動かず、言葉を発さず、呼吸すらも制限してただ服屋の方向に視線を向けていた。少しすると、それまで変わらなかった視界に変化が生じた。


「やっぱりか」


 通りの奥から一台のロボットがやって来た。運搬用ロボットのようで、戦車のような、ベルトが回転することで移動する履帯りたい式の脚部を用いており、上部分は荷物が積みやすいように平らになっていた。

 その運搬用ロボットは服屋の中に入ると背中に乗せた荷物を降ろす。そして荷物を置く天板部分と脚部の間に格納された四本の腕を使って荷物から商品を取り出すと、店頭の在庫を補充し始めた。


(部分的にだが、自動修復機構がまだ活きていたのか)


 この一帯は自動修復機構が活きていない。これは半分合っていて、半分間違っている。広い視点から見れば、遺跡の外周部は荒れ果てていてモンスターの住処のようになっているように感じる。だがその実態は僅かに違う。場所にもよるが、こうして自動修復機構がまだ活きているところもある。あくまでも部分的にだ。

 レイの視界の中で行われているように、在庫の補充と運搬用ロボットの整備に関してはまだ稼働しているのだろう。しかし荒れ果てた外観からも分かるが、備蓄や店頭の補充以外の、例えば、経年劣化による補修などに関してはすでに稼働を停止している。

 だから外周部は荒れ果てている。だが部分的に残っているため、荒れ果てた店舗であっても在庫があった。

 これでなぜ店頭に置いてあった服が新品のようだったのかも、整理されていたのかもわかった。そしてたとえ、レイのようなテイカーがあの服を盗ってもまた補充される。そしてそれは、他のテイカーも同様だ。在庫が補充されるのだから無くなるはずがない。

 服が残っていたのは価値が低いから見逃されていたわけでもなく、特別危険があるから敬遠されていたわけでもない。単純に盗ったとしても補充されていたから無くならなかったのだ。


(………いるな)


 だがなぜ、ここら一帯に死体が散らばっていたのか。モンスターに襲撃か、それもあるだろう。だが別の要因もある。

 自動修復機構が部分的に活きている。部分的にとは言ったものの、それが運搬用ロボットの一つだけとは限らない。他にも稼働している部分はある。


(警備ロボット…まだ稼働してたのか)


 レイの視線の先には一体の多脚戦車が見えていた。六本の脚を器用に動かし、音も立てずに周りを警戒している。恐らく、あれはここら一帯を巡回しているのだろう。すでに廃れ、守るべき人間がいなくなった今もただ、プログラムに従ってレイたちテイカーを排除し続けているのだろう。

 だからここら一帯には死体が多かった。

 一体なにを装備しているのかは全くの不明だ。だが死体が多いことと関係していない、というわけないだろう。


(運がよかったな)


 巡回している、ということは運が悪ければばったりと会うかもしれない。今回はたまたま出くわさなった。たまたま服屋を巡回した直後にレイが来たから、次に来るまでに猶予があった。


(深追いは禁物だな)


 あのまま服屋にいれば確実に死んでいた。今のレイには警備ロボットと直接戦えるだけの装備も実力もない。もう少し欲をかいていたら、そこらに転がっている死体と同じ運命を辿たどるところだった。


(ここはダメだな。早めに場所を移した方が良い)


 レイは静かに建物の陰から場所を移し、警備ロボットから離れるとこの区画から逃れるために歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る