第75話 テイカーの仕事
クルガオカ都市の経済圏には三つの大規模遺跡がある。だが基本的に、クルガオカ都市周辺で活動するテイカーのほとんどは一つの大規模遺跡にしか行かない。理由は単純だ。残り二つの遺跡は遺物を持ち帰るのには遠く、日帰りも出来ないためだ。基本的に遺跡探索は朝から夕暮れまでの時間帯に行われる。夜は活動的になるモンスターが多く、視認性も低下するためだ。
また、その大規模遺跡がクルガオカ都市の近くにあるとは言っても、徒歩での移動は困難な距離だ。基本的にバイクや装甲車両などの移動手段を持って初めて大規模遺跡に行くことが出来る。運び屋などに頼むことで行くことも出来るが、それはあくまでも例外的な方法だ。
駆け出しのテイカーのほとんどはクルガオカ都市の近く、徒歩でも頑張れば行けるぐらいの距離にある小規模遺跡へと向かう。当然、小規模遺跡だからと言って安全なわけではない。駆け出しテイカーの死亡率も見れば明らかだ。大きくとも小さくとも、そこは旧時代の生物兵器や機械が跋扈する魔境なのだ。
安全だと、そんな勘違いをしたものからやられていく環境。それが遺跡だ。
そして今日も一人の駆け出しテイカーが遺跡にやって来た。クルガオカ都市から徒歩で一時間から二時間ほどの距離にある小規模遺跡だ。小規模とは言いつつ、マザーシティより少し小さいぐらいの規模感だ。
全体的に荒れ果てていて、自動修復機構が活きている中心部以外は生命を感じない。そんな見た目だ。中心部を見れば高層ビルが立ち並んでいるがあそこまで行くことは出来ないだろう。少なくとも駆け出しでは不可能に近い。そして、小さな優劣こそあるものの大規模遺跡であろうと小規模遺跡であろうと自動修復機構が活きている場所は旧時代の警備兵器がそのまま稼働しているので、たとえ駆け出しでなくとも探索するのは不可能な場所だ。
だが。
だからと言って外周部が安全というわけでも決してない。
生物型モンスターが独自の生態系を築いており、テイカーはその中を探索していくことになる。一体一体が生身では絶対に敵わない強さだ。装備もロクに整っていない駆け出しが敵う相手ではない。
しかし、今日訪れたテイカーは少しだけ毛色が違った。
NAC-416を装備し、防護ジャケットを着て最低限の武装は身に付けている。それに、その者は一度、遺跡を訪れ、無事に生還した経験があった。
「ここか…」
遺跡についてレイが小規模遺跡『クルメガ』を見上げる。遺跡には前にも来たことがある。ただあの時とは状況も場所も大きく違う。中部にいたあの時はPUPDに追われていたし、半強制的に逃げ込むしかなかった。中間ぐらいの場所に落ち、結局は逃げることが出来たが今は違う。
西部で、荒野で起き上がった時からレイの体は弱くなっている。前のように超人的な身体能力はないし、勘も鈍っている。ハウンドドックの爪で引っかかれれば再生能力が落ちた今の体では致命傷だ。
だがそれが普通なのだ。逆に今までが普通ではなかった。弾丸が貫通しようと、体内にめり込もうとすぐに回復したあの時がおかしかったのだ。今、そんな負傷をしようものならば一発で死に至る。
身体の能力が落ちたことは西部で半年間生きてきてよく実感している。ハウンドドックとの戦闘でもそうだ。常人より力が強いとは言え、殺すのに手間取った。
そしてそれが今の実力だ。
また、今は右腕に装着されているであろう『それ』も物理的に使うことが出来ないため、窮地に陥ったからってどうにか出来る手札は無い。突撃銃、拳銃、ナイフだけだ。
だがそれでいい。
苦しいぐらいの方が
「…行くか」
そう呟いて、レイは遺跡へと足を進めた。
◆
最初の遺跡探索ということもあり、今日は外周部で遺物を見つける予定だ。だが当然、小規模遺跡の、それも外周部ということもあってレイと同じような駆け出しのテイカーによって捜索され尽くされて、これといった遺物は残っていない。そのため今日は遺物が見つかったらいいな、程度の気持ちで来ている。本題は遺物ではなく肩慣らしや錆びついた勘を取り戻すことが目的だ。他にはNAC-416の機能テストや遺跡の調査など、遺物収集は二の次三の次だ。
クルメガの中でも特に荒れ果てた場所を歩きながら、レイは周りに視線を向ける。今いる場所は廃ビルが両脇に立ち並ぶエリアだ。風が吹く音だけが響き、全く持って生命を感じさせない。それに今のところモンスターには遭遇していない。
だが確実にモンスターはいる。二日前、三日前、それよりも前にいたかもしれない、それか数時間前にはいたかもしれない。
(またか…)
少なくとも、レイの視界に映っている白骨死体には噛み跡が残っていた。一体だけではない、ここに来る途中に白骨死体だけでなく、腐り始めた死体から食われかけの死体。ついさっき死んだかのような死体もあった。それだけでテーマパークでも作れそうなほど、数は膨大で種類は豊富だった。
あの骨が、死体がモンスターというわけもないだろう。あれは確実に人間の死体だった。そして恐らくレイと同じような駆け出しのハンターだった。昨日か数時間前か、まだ肉体が形を保っていた死体の傍には幾つかの装備が落ちていた。別に高価なものというわけでもなく、ハップラー社製の安物の拳銃や防護服だ。スラムの住民が一発逆転を狙ってここまで来て、そして死んだ。そんな道筋が容易に想像できる死体だった。
あのようにはならないと、レイは固く誓うと、道を外れて脇にあった店の中に入った。
肩慣らし、勘を戻すといった優先事項はあるものの、テイカーの仕事は遺物の収集だ。どの店に何が置いていて、それがどのくらいの価値を持つのかレイには分からないが、取り合えず目についた店に入って遺物を探すことにした。
「………」
慎重に、周りに注意を向けながら荒れ果てた店に入る。あまり広くない店内は荒れ散らかっており、元は綺麗に置かれていたであろう商品が床に落ちていたり
入った店は服屋のようで、パックの中に圧縮された服が入っていた。
(これは高く売れるのか……?)
レイは遺物に関しての情報を全く知らない。まず中部では遺跡探索が禁止されていたのとレイ自身あまり興味が無かったためだ。そのためにどの遺物にどのくらいの価値があるのか、全くの無知だった。
ただ基本的なことは知っている。予習ぐらいはしたからだ。情報機器や兵器、技術や情報などが多く詰まった遺物は高く売れる。また物にもよるが装飾品なども高く売れる。
だとすれば。この圧縮された服はどうだろうか。旧時代製の服は伸縮性に優れ、頑丈だ。市場で高く売られているのは見たことがある。しかし旧時代風、と呼ばれる奇抜な服の物も存在し、安値で売られていた現場も見ている。ただ相当の物好きがそうした服を言い値で買うこともあるとうだが。そんな確率は低い。
またここには他のテイカーも来ているだろう。それなのにまだ店頭に服が残っているということは持ち帰るだけ無駄な、安い商品というわけだ。
(まあ一つぐらいいいか)
だがもし高値で売れたら、と期待を込めてレイが服をバックパックの中に一つだけ入れた。別に高値で売れなくてもいい、その分、経験と知識が増える。遺跡において間違いは禁物だが、この程度の間違いは許される―――のだと、レイは思っていた。
「……っまじ――か」
店頭に置いてあった服を手に取った瞬間、天井が割れて格納されていたターレットが飛び出す。レイは服から手を離し、瞬時に移動する。棚の背後に隠れ、そして店の外へ飛び出す。
レイは地面を転がりながら、途中で体勢を整えると倒れながらもNAC-416を発砲した。自動修復機構が活きていない区画にあった荒れ果てた店舗のターレットだ。さすがに劣化しており一発の弾丸によって沈黙する。
攻防はすぐに終わった。
しかしレイは全身に冷や汗をかき、呼吸も乱れている。
(甘かったか…)
どれだけ意識的に警戒していたとしてもどこかで、遺跡の外周部は安全だと思っていたのかも知れない。その慢心の表れが今の窮地。一歩間違えれば死んでいた。それにあの店に残された防衛機能があのターレットだけなわけがないだろう。本当ならば警備ロボットなどもあるはずだ。それが今回、出てこなかったのは単純に配備されていなかったか、劣化によって動作不良に陥っていたかだ。ターレットも本来の設備された状態であればもっと早く動いた。しかし劣化によって駆動部分の動きが鈍くなっていた。だからレイは生き残れた。
劣化に壊れかけだったから殺されなかった。あれほどまでに荒れ果てていてもまだ機能が生きていた。
(服があったのはそういうことか)
だから服が残っていた。単純に服に価値がないものだとばかり思っていたがそれは違った。防衛設備がまだ生きているから他のテイカーは避けて通ったのだ。
(まだまだだな)
遺跡のことに関しては全くの無知なのだと、レイは悔い改める。そして次はもっと慎重に行こうと決意を固めた。
まだ日は昇り始めたばかり、遺跡探索はまだまだ続く。
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