第74話 テイカーフロント

 テイカーになるためには幾つかの手続きを踏まなければならない。特別複雑というわけでも難しいというわけでもなく、テイカーフロントと呼ばれる機関で諸情報を登録すればいいだけだ。

 そしてハウンドドックの襲撃があった二日後――立山建設に辞表を突き出した翌日――にレイはテイカーフロントが運営する建物の前に来ていた。特別特徴的なわけでもない比較的大きな建物中にレイが足を踏み入れる。

 まだ朝が早い時間帯ということもあって、中に人は少なかった。入口を入ってすぐにホログラムで案内看板が表示されており『一階は遺物買取所。二階は事務手続き』と簡潔に書かれていた。

 テイカーフロントはテイカーを管理をすると共に、持ち帰って来た遺物の買い取りも行っている。基本的にテイカーは朝早い時間帯に出発すると夕暮れに帰って来るため、一階部分が混むのは午後の時間帯となる。また、こうしたワーカーフロントが運営する建物はクルガオカ都市には多く存在し、レイが利用している外周部の施設は、その性質上、設備も手続きをする人の質も悪いためあまり人は寄り付かない。

 だが、その方が早く手続きが出来そうだ、というところでレイはここを選んだ。

 レイは掃除の行き届いていない、汚れた階段を上がり二階へと足を踏み入れる。

 二階には三人ほど、人の姿が見えた。一人はテイカーらしく銃を持っている。だがそれだけで簡易型強化服は着ておらず、よく見てみると使っている銃器は粗悪品だ。設備も行き届いておらずいつ弾詰まりを起こす変わらない。現在の技術をもってすれば弾詰まりが起こる可能性は限りなく低い、だがあそこまで整備状態が悪いと分からない。恐らく駆け出し、それか今から遺跡探索へと向かうのだろう。

 あの装備では生きて帰ってこれる確率は限りなく低いだろう。だが、それはほとんどのテイカーも同じ。皆が最初、装備に優劣こそあれど遺跡の前にほぼ平等だった。どれだけ良い装備を整えようと一つの判断ミスで命を落とす。

 経験と知識が大事なのだ。初めての探索で装備の優劣はあまり関係しない。それに皆がその道を通っている。これから大成するのか、遺跡で死体となるのか、四肢が動かなくなるほどの重症を負ってこれから生きていけなくなるのかは、彼次第だ。

 

 そして横に目を向けてみるとスラムから出てきたばかり、という様相の二人組がいた。異臭のする汚い布一枚を着て、手続きを行っている。二人組の前で手続きを進めている職員は不快な感情を全く隠すことなく、見下したような視線と共にため息をついている。そして手続きが終わると早く帰れと言わんばかりに何かを投げつけ、そして外に追いやる。

 酷すぎる対応だが、職員も仕方がない部分があった。クルガオカ都市の外周部、スラムということもありこの施設を利用するほとんどの者がスラムの住民だ。原則、テイカーは誰でも成ることが出来る。当然、それはスラムの住民であってもだ。そもそも、身分証も本名もその他ありとあらゆる物が手続きに必要ない。事務に行って、テイカー名を言うだけ、それだけで誰であろうとテイカーになれる。

 そういうわけもあって、一発逆転を狙う者達がテイカーになるが――結果は察するところだ。

 今日もまたあの二人組が一発逆転を狙ってテイカーになった。というだけ。だがこうして者達は連日のように現れる。職員が嫌な顔をするのも当然のことだった。


「手続きしたいんだですけど」


 レイが職員に話かける。職員は面倒そうな表情で、だがいつもの客よりかはまだマシなレイを見て眉間に寄った皴を解く。


「名前は」


 テイカー名のことについて聞かれているのだろう。

 ハンネ…は止めておこう、じゃあ別の名前にするかと、レイが考える。だが職員がかした。


「早くしろ。そのぐらい決めてからこい。それに少し払えば名前ぐらい変えられる」


 急かされてレイは色々と案を出したが結局決まらず、慣れた名前を使うことにした。


「レイだ」

「…レイだな」


 職員が手元の機械を操作し、何かを打ち込むとすぐに、プリンターのような機械からクレジットカードほどの大きさの紙が出てくる。オフィスカード。これがテイカーとしての自分を証明する身分証の役割を果たすものだ。だがそれにしては薄っぺらくて、安っぽい、そんな印象を受ける。いくらでも偽造できそうなほど粗悪なものだ。

 だが生きて帰ってこれるかも分からない。というよりほとんどが死ぬか、もう遺跡に行けないほどのトラウマを抱えるためカードの発行に金をかけても仕方がないのだろう。


「遺物を一定量、売ったらカードを更新する。それまではそれを使え」


 何回か生きて帰ってこれるだけの実力を証明できたら、正規のカードを作り直すと、職員はそう言った。


「ほら行け。こっちだって暇じゃないんだ」

「ああ。ありがとう」


 オフィスカードを受け取ると、レイは感謝を述べていなくなる。そんなレイの後ろ姿を見ながら、職員はため息を吐いた。


(いつもとは少し、様子が違ったか。まあ気にすることじゃないな。どうせ死ぬ。生きて帰ってきた奴だけ覚えればいい)


 何年もの間。こうして手続きをしてきた。その中で成功しそうな奴とそうでない奴ぐらい、たいだい分かるようになる。だがあの少年だけはよく分からない。確かな実力を感じさせるが、絶望的なまでのツキの無さも感じさせる。

 こういった無駄なことは考えるだけ無駄だと、職員は割り切って業務に戻った。


 ◆


 クルガオカ都市の外周部から少し中に入った場所。治安が特別悪いというわけでもないが、良いというわけでもない。ただ繁華街に近い場所にあるため人通りは多い。そんな場所の近くに一件の武器屋があった。武器屋と言っても、扱っている物は通信機器から情報処理端末、爆発物など。強化服やバイク、装甲車両なども取り寄せることが出来る。

 武器屋というよりも万屋よろずやの方が近い。だがこの武器屋アンドラフォックの性質を考えれば、この品揃えは当然のものだった。

 主に、このアンドラフォックを利用しているのはテイカーたちだ。初心者を抜け出したぐらいの客から中堅上位までを客層にしている。テイカーは探索する場所の難易度を上げれば上げるほど、当然だが比例して扱う武器も高価なものへと変わっていく。

 装甲車両を持ち、バイクを持ち、強化服を所有する。索敵機能やマッピング機能を持つ情報処理端末など、遺跡を探索し続ける上で必要な装備は増えていく。そうしたテイカーたちの需要を満たすためにアンドラフォックは幅広い装備を扱っている。

 そして今日も、開店してすぐに一人のテイカーが来店した。

 第一印象は駆け出しの初心者だ。少年というわけではないが、一人前の男というわけでもない、そのぐらいの年齢。別にそれだけならば特別めずらしいというわけではない。一発逆転を狙ってテイカーになった者など子供でも大人でもいくらでもいる。それに今入って来た客は武器を持っているような素振りはないし、初心者のように楽し気に、物珍しそうに店内を見ていた。武器屋に来たのが初めてといった、まさに初心者の様子だ。


 しばらくその客は店内に置いてある銃から情報処理端末まで、物色するように一つずつ丁寧に見ていく。その間に、客が盗みを働く可能性もあるため店主であるジグは店内を見てないといけなかった。民間警備会社と契約しているため、盗みが働かれた瞬間に警報が鳴るが、それでも自分の目の前で盗みは働かせないというプライドからジグは客を見ていた。

 だがあまりにも見続けるので耐えきれなくなって一言注意する。


「お前、テイカーだろ。何選ぶのか決まんねえなら教えてやるから来い」


 注意という名の親切。すぐ死ぬ駆け出しには基本的にどこの店であろうと冷たい。それは深く関わって死んだときに自分がショックを受けないようにするためなのと、単純に金を落とさないためだ。

 ジグに声をかけられた客は店内の品を一周、ぐるりと目を回して見るとジグのところに近づいて言った。


「すみません。気になるものが多くて」

「まあな、これだけあったら色々と気になるだろ。ただ知識無しにただ見てても欲しいモンは見つからねぇぞ」

「そうですね」

「ああ。こいつらは命を預ける道具だ。慎重に選ばねぇとな。テイカーだろ?」

「はい」

「お前、テイカーの名前はなんていうんだ」


 その質問を投げかけた瞬間に客の雰囲気が変わった。それまでの緩いものから、どこか緊張感のあるものへと。


だ」


 客――レイがそう答えるとジグは感心したように口を開けた。


「お前、駆け出しか?」

「登録したのは昨日です」


 だがすぐにまた緩い雰囲気に戻ってそう答えたレイを見て、ジグは頭を掻いた。


「そうか、俺の勘違いだったみたいだな。で、武器を買いに来たんだろ。予算はどのくらいある」

「10万スタテルです」


 立山建設で働いていた半年間で集めた金だ。レイにはやりたいことが無く、最低限の衣食住だけを享受していた。そのためかなり溜まっている。それでも満足のいく装備を買えるほどではないが。


「そうか。まあ最低限スタートラインには立ってるな。馬鹿な駆け出しは1万スタテルで買えるものはありませんか、だなんて馬鹿げたことを言ってくる。買えてもせいぜい拳銃がいいとこ、最初の遺跡探索に何を持っていったって死ぬやつはいるが、それでも最低限の装備を身に付けていかない奴は馬鹿だ。その点では、お前はいいほうだぜ」


 いきなり褒められたレイは困惑しながら返す。


「あ、ありがとうございます」

「で、10万スタテルだったな。突撃銃、散弾銃、拳銃、何か要望はあるか? 俺のおすすめは突撃銃だ。一番使い勝手がいいからな」

「突撃銃でお願いします」

「おうよ」

 

 ジグが振り向いて、後ろの棚からタブレットを取ってカウンターの上に置いた。そしてタブレットを起動するとホログラムが浮かび上がり、そこに突撃銃のカタログが映し出される。


「銃についてどこまで知識がある」

「少しだけなら」


 ここは中部ではない。売っている銃も、製造している会社も何もかもが違う。半年ここにいたためある程度のことは知っているが、殺しに関わるような生活はしていなかったため詳しいことは知らない。

 レイがアンドラフォックにやってきて興味深そうに銃を見ていたのは、中部と西部の武器の違いや置いてあるものに興味を持ったためだ。


「じゃあ一応、最初から説明した方がよさそうだな」

「…こちらこそ、お願いします」


 レイの返答を聞くと、ジグが喋り始める。

 西部において代表的な軍事会社は二つ。大量生産かつ安値だが、値段に見合うだけの低い性能の武器を多く売り出しているハップラー社。それとは対象的に高性能かつ高品質な物を製造しているが、その分だけ値段が高い商品を売っているバルドラ社の二つだ。

 それぞれ使用する用途や想定される客層まで完全に差別化されている。だからこそ西部においてこの二つは対立的な二大巨頭として扱われている。基本的にスラム街の抗争や傭兵、駆け出しのテイカーが使っているのがハップラー社製の武器かその傘下の企業の商品だ。対して、実力が成熟し、ある程度の稼ぎが得られる中堅テイカーが使っているのがバルドラ社製の製品だ。高価だが、性能を追い求めれば自然とバルドラ社へとたどり着く。

 中部とは違い、武器の製造においてほぼ制限のない西部では大企業が誇る技術を惜しげもなく使うことが出来る。半分趣味のような実用性を意識していない奇銃から、本体価格を越えるほどの改造パーツをつぎ込んだ変体銃なんかも、大企業や中堅企業がよくお遊びとして作っている。

 そしてそのお遊びと実用性の両方において最高峰に位置するのがバルドラ社だ。遺跡から持ち帰った際限の無い技術を持ち、好き勝手に高性能、高品質な武器を製造する。それらは一般人が一生を注ごうと足元にすら届かない金額設定をしているが、ほぼ無限の資金を持つテイカーたちは満足気に買っていく。

 それほどまでに成長するのが、それほどまでに金を手に入れるのが全テイカーの目標だと、ジグが最後に言った。そして続ける。


「今の話を聞いて、お前さんはどういう武器にしたい。10万スタテルだ。その内、銃に使えるのはせいぜい6万から7万ってのが限界。ということで、俺からおすすめの武器をピックアップしておいた」


 話している途中、ジグはホログラムを弄っていたがレイのために武器を選んでくれていたようだ。

 ジグが操作すると、それまでずらりと並んでいた銃の模型が消え、幾つかに絞られる。


「この中からか」

「別にこれからじゃなくてもいい。好きに選んでくれて構わねぇぞ。ただ俺も贅沢に時間を余らせてるわけじゃないから、そん時は自分で調べてまた来てくれ」

「………分かった」


 西部の武器は何も知らない。ここは知識のある武器屋の店長に任せた方が利口だと判断すると、レイは続きの説明を頼んだ。


「俺のおすすめはこれだな」


 そう言って、ジグが続ける。

 NAC-416。銃器製造会社であるNAC社の名前にもなった名銃。信頼性、耐久性に優れ、整備性も申し分ない。西部で広く扱われ熱狂的なファンもいるほどで、互換性部品や趣味で作られた改造部品が多く存在し、好き勝手にカスタムできる。

 また中部とは違って武器の威力に制限がないため、生物型モンスターならば殺しきることが出来る。値段は6万5千スタテルと少し張るが、初心者から中級下位ぐらいのテイカーが良く使う定番の武器だ。

 皆が使っているということで特別感こそないものの、それだけの間、多くの人に使われているということはやはり、その分の実績と信頼がある。それに人によっては改造によってNAC-416にも個性が出る。

 無難と言えば聞こえは悪いが堅実な選択だ。また武器屋の店主として安く扱いやすい穴場の武器を提供するのが役目なのだろうが、ジグの豊富な知識を持ってしても、この価格帯で買うのならばNAC-416が最も良い選択だった。

 またNAC社はバルドラ社傘下の企業であるためバルドラ社製の部品が使えるパーツも多く、保証も手厚い。

 たとえ金が無くてもハップラー社よりバルドラ社だと、ジグは締めくくった。

 レイは話しを聞いて、カタログに映る他の銃器を思い出しながらしばらく悩む。ここで選んだ武器はジグの言っていたように自分の命を預ける相棒になるのだ。それも西部の銃器についてレイはよく知らないのだから、慎重にもなる。

 そうして、少しばかり悩んだ後に、レイは答えを出す。


「それでお願いします」


 レイの答えを聞いたジグが再度問いかける。


「いいのか、それで」


 するとテイカー名を聞いた時と同じように、レイを取り囲む雰囲気が変わる。だが前とは少し違って、緊張感があるものではなく。だが異質な、全く別人のような雰囲気だ。

 そしてレイは軽く笑いながら答える。


「ああ。あんたは信頼できそうだからな」

「お、おうそうか。じゃあここで待ってろ。今取ってくる」


 そう言ってジグは倉庫へと足を運んだ。そしてレイは去っていくジグの後ろ姿を眺め、銃器が並ぶ周りを見回し、薬莢の香りをかいで少し昔を懐かしんだ。


「…戻ってきたな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る