第73話 アンテラ

 深夜だというのにクルガオカ都市の外周部には人だまりが出来ていた。それもスラムと荒野を分ける、いつモンスターが来るかも分からないような場所だ。それも夜。モンスターの動きが活性化し、また視認性も著しく低下する時間帯だ。

 それでも集まるのには二つ要因があった。

 一つは単に気になって人が集まって来たということ。一人が集まれば「なんだ?」と思って他の人も集まってくる。連鎖的にその波は続き、人だかりは出来ていく。そしてもう一つ、ここは確かにスラムと荒野との境目でモンスターの襲撃を受ける可能性があるが、もしそうなったとしても対処できるからだ。厳密には、スラムの住民が対処できるわけではなくて、人だかりの中心にいる簡易型強化服を着た者が、だ。

 集まった人々の中心には一体のモンスターの死体があった。四足歩行で獰猛かつ俊敏。数は多い。ハウンドドックの死体だった。

 レイがハウンドドックに襲われた時、すべてで三体が侵入してきていた。その内二体はレイが殺し、もう一体は立山建設の従業員を殺した後に行方不明だった。だが無事に、こうして殺された。


『掃討しました。死体の処理について命令をお願いします』


 死体となったハウンドドックの傍に立っていた、簡易型強化服を着た女性が本部に通話する。

 女性――アンテラはこの付近に支店を置く武器製造会社G&C社の企業傭兵だ。

 都市が運営する警備隊の権力が弱まったことにより民間警備会社や軍事会社が台頭した。その中で大企業は警備隊の代わりに治安維持を行うことが多くなり、それが企業傭兵というものへと繋がった。

 基本的に業務は、企業が定めた範囲内で行った事件の対処が主だ。犯罪者の確保、殺害。隠蔽工作。そして現在行ったようにモンスターの対処も業務の一環だ。都市との密約によって警備隊とほぼ同等かそれ以上の権力を与えられており、定められた領域内において企業傭兵は絶対的だ。


 アンテラはG&C社の正規な企業傭兵ではなく、『タイタン』と呼ばれる人材派遣会社の職員であるため、隠蔽工作などは引き受けないが、前任の者が死んでしまったためにこういった業務に従事することになってしまった。

 G&C社の本社で組織している後任の傭兵部隊が新しく来るまでの短い期間。その繋ぎとしてタイタンへ依頼され、アンテラが呼ばれた。今日で業務は後任へと引き継がれる。

 そのため何も起きないでほしかったが、こういう時に限って事件は起こる。すでに解決したが面倒ではあった。


『死体処理班を向かわせる。一体だな』


 G&C社からの通信が返って来る。アンテラは少しだけ面倒そうな表情をして後半部分の言葉を否定する。


『三体です。立山建設の工事現場付近に二体。死体がありました』

『三体?被害は』

『従業員が三名』

『分かった。立山建設に連絡を取って詳細を確認する。三体も災難だったな』

『いえ。建設現場の二体を殺したのは私ではありません』

『………詳しい状況は』


 アンテラは事細かに話した。眼球が潰され、脳が抉られた死体と二本のパイプによって串刺しになった死体について。


『誰がやったのか分かるか』

『ドセ、という立山建設の従業員が何かを知っているようでしたが混乱気味で、記憶も曖昧です。喋ったところで信憑性は低いと思います』

『そうか。そこら辺は立山建設と話し合いだな。その他に被害は』

『被害、というわけではありませんが。工事現場に残っていた死体の内の一体はかなり大きいので、それに従業員三名の死体も残ったままなので死体処理班を多く向かわせてください。こちらは私も手伝うので少数で大丈夫です』

『分かった。……にしても、ハウンドドック二体か。武器は持ってたのか』

『恐らく、パイプだけでしょう』

『――っは。野良のテイカーでもいたのか?ほぼ素手じゃないか』

『強化服を着ていた可能性もあります』

『尚更テイカーだな。ったく、うちにもそんな人材が欲しいぜ。前任は簡易型強化服を着てたのにモンスター三体に囲まれて死んだぜ?』

『それはしょうがないかと』

『あんたはどうだ。いけそうか』

『相手と場所と装備によります』

『現実的な回答だな』

『当たり前のことです。遺跡ではどんな想定外も起こりえる。安全な場所は無くモンスターの種類、特性も異なります。そういった環境下であれば、三体に囲まれれば命の危険があります。対してここでは、予想外の事態は起こりづらく、また遺跡内部の生存競争から負けた個体がほとんどですので十分に対処できます』

『………そういや、あんたはだったな』

『所属している組織が組織なので』

『あーあ。ったくうちもハップラー社に買収されてからってもんよ――」

『この会話は記録されていますよ』


 何かを言おうとした職員をアンテラが止めた。恐らく良くないことだ。


『あ、ああすまん。じゃあもうすぐで死体処理班がそっちに付くから待機していてくれ』

『分かりました』


 通信が切れる。その時にはすでに周りを取り囲んでいた人の数も少なくなってきており、代わりにハウンドドックの死体から異臭が漂い始めていた。

 皮膚は柔軟かつ硬い。厚い脂肪と筋肉の肉体は弾丸を通さない。アンテラであれば容易に殺すことができる。というより少し力をつけたテイカーならば苦戦することはない。テイカーたちは普段、遺跡を主戦場にしている。ハウンドドックよりも強力で数も多い。そんなモンスターと戦うのが仕事だ。その頃にはハウンドドックなど容易に処理することが出来るぐらいの実力はある。

 まあ、そこまでに成長するのが一番につらく、一発逆転を夢見て挑戦した者ののほとんどがそこで死ぬ。一回目の遺跡探索で生きて帰ってこれる確率が――探索を行った時間、場所によっても異なるが――平均して五人に一人が五体満足で帰還し、二人が重傷を負い、残りが死ぬ。そして二回目の探索になると『一回目は大丈夫だったから今回も大丈夫』という慢心を持った奴が確実に死に、それ以外もちょっとだけ死ぬ。

 そんな具合だ。遺物という宝を持ち帰るのには相当量の覚悟と犠牲が伴うということ。

 アンテラはそんなことをぼんやりと考えながら、「だからうちがあるんだけどね」と小さく呟いた。

 そしてハウンドドックを見て、工事現場の惨状を思い出す。

 

(もし生身で、かつパイプ一本で戦ったのならば、うちにも欲しい人材だなぁ)


 と緩く考えて、アンテラは業務へと戻った。

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