第70話 作戦成功
ダロトが装甲車両に乗って荒野を走っていた。目の前には都市がある。あそこが今回の任務で向かう場所だ。
目標は支局ビルの襲撃を行っている何百y、という数の反政府主義者たち。支局ビルの中には以前入れず、マーシャル・エドワードの脱出も間に合っていないという。今更、ダロト達が来たところで何が変わるのか甚だ疑問だが、上から命令されてしまったものは仕方がない。
そこからダロト達が車両の中で最終準備を進めていると、いつの間にか都市の門まであと少しというところまで来ていた。作戦はすでに決まっている。到着次第、支局ビルを取り囲んでいる反政府主義者を制圧し、中に侵入。その際に敵は情報を喋らせないために自爆装置が埋め込まれているため、出来るだけ近接戦闘は避け、一発で敵の脳を撃ち抜くことが重要となる。
敵はその他にも安物だが強化服を着ており、そこらのごろつきとはわけが違う。
ダロトたちはそれに備えて徹甲弾を用意してきており、強化服に改造などが咥えられていなければ一発で装甲を貫通し敵を殺しきれる想定だ。
「よし行くぞ」
門に近づき、市街地に入るとすぐに戦闘だ。
部隊の隊長が仲間に言うと皆が意思を固める。
「この任務は危険だ。皆気をひきし―――」
だが門に近づいたところで突然、車両が爆発した。車体は大きく飛び上がり、地面に落ちるとまた爆発し、勢いよく横転しながら鉄くずになっていく。途中で、ダロトだけが荒野へと飛び出したが、他の者は車両の爆発に巻き込まれて焼けた肉片となった。
排熱機能も搭載されているが、それを越える熱量を加えられた強化服は歪み、中は一時的に80を超える高温となる。外へと投げ出されたダロトは転がりながら強化服を脱ぎ捨て、一命を取り止める。
そしてすぐに立ち上がったダロトは周りを確認する。
背後には燃え盛る車両が一台。他に生存者はいない。状況から推測するに敵からの攻撃を受けたのは確か。だがどこにいるのか皆目見当もつかない。
「………どこにい――」
荒野で立ち尽くすダロトに一発の睡眠薬が打ち込まれる。首に刺さった針をすぐに抜いたが、すでに遅くダロトはすぐに意識を失って倒れた。
そんなダロトを遠くから、本来モンスターの撃退用に用意された壁内部の移動空間から狙撃銃のスコープ越しに覗いていた者が息を吐いた。
「殺さなかったが、あれでよかったのか」
スコープから目を離し、隣にいた者に訊いた。
「大丈夫だ。もうサンプルは大体集まっているが、何か良い情報を吐いてくれるかもしれないしな」
「…了解」
狙撃銃を置いて、隣で手を組みながら仁王立ちで、支局ビルを覗くエレインを部下が見る。エレインは変音器を通じての声しか発さないため女性なのか男性なのか分からない。
言動も背丈も、これと言って判別する要素がなく、常に強化服やローブを着ているため判別のしようがなく、つかみどころのない人物だ。
「もう終わる。『神墜とし』を取りに行こうか」
エレインは呟きながら歩き出す。すでに壁内部は制圧してあるため敵の姿はなく、階段を降りて、通路を渡り、すぐに作戦本部へと着いた。本部はかなり騒がしく、敵の状況や味方の状況を伝え合うたために情報が飛び交っていた。だがその声の中に一つだけ異色なものが混じっていた。それは主に別室で暴れる女性のせいだった。
その原因を招いたのはエレインであるため、部下を待機させるとすぐ隣の別室に行く。
扉を開くと、中には椅子に縛り付けられたミラの姿があった。
「――!エレイン!早く
「ダメだ。ここで教えたら中央コンピューターの破壊が後回しにされるだろ。それに伝えたところで、二人が集まったところでモーグに勝てるのか? 勝算の低い賭けに身を投じるのは馬鹿のすることだ。理解しろミラ。お前の知能は評価している」
「そんなの関係ない! 評価してるなら今すぐ通信機器を返して、教えさせて!」
「もう繋がらない。もう何も見れないよ。ミラ」
「お前―――壊したのか」
「ああ。ありがとう。感謝しているよ。あそこまで『神墜とし』の性能を引き出してくれたこと」
「お前は――」
「大丈夫だ。もし生きていたら必ず助けると約束しよう」
「生きていたらって――そんな……の」
だがミラが何かを言い切る前にエレインはミラの太腿に睡眠薬を打ち込んだ。それまで暴れていたミラは嘘のように大人しくなり、そして段々と瞼が下がっていく。
「もうすぐ狼煙が上がる。それを君にも見せたかったが…仕方ないな」
ロベリアは眠りについたミラの肩に手を当てて、そして振り向くと部屋から出た。
本部に戻ると部下達に迎え入れられ、スーツケースに入った一つの武器を渡される。
小型化され、かつ性能も強化された『神墜とし』だ。
「部下に退避命令は出したな。お前らはここで見ておけ、今、今日から反撃の狼煙を上げるのだ」
部下達から歓声とはまた違った、どこか酔狂じみた、陶酔したような声が上がる。エレインはそれらを一瞥すると部下の一人に目配せをして歩き出した。本部から出ると部下の一人がエレインに問いかける。
「本当によかったのですか」
「まあね。レイ、ロベリア、ヨシュア、その他にも潜入してくれた仲間達には悪いがもう助けることは出来ない。一緒に潰れてもらう」
「………」
「感謝しているさ。ロベリアは
「………言い方を変えれば、そうですね」
「…うむ。じゃあ行こうか」
階段を上がり、壁の上に出る。
壮観、と言える光景だった。壁周辺は暗いが、中心部に行くほど荘厳に、その明るさは増していく。建築物は巨大に綺麗になって、宙を走る道路が地上に陰りをさしている。
そして支局ビルが一際輝いている。今はエレイン達の攻撃によって機能不全に陥って、明かりがついている部分は少ないが、本来だったのならば中心部の建造物でも一際輝くものだったのだろう。
また、支局ビルの足元では赤い火花が散っている。今も戦っているのだろう。撤退命令は出したが、それでも逃げきれない者は出てくる。必要な犠牲だ。大いなる目的のためには。
「何か言いたいことは」
エレインが部下に問いかける。部下は後ろで手を組んだまま首を横に振った。
それを確認するとエレインはスーツケースから取り出した『神墜とし』を構える。照準器を覗き込みゆっくりと支局ビルに狙いを定める。
「始めよう。私達の大義を」
中央コンピューターが破壊されたという連絡は来ている。
後は引き金を引くだけだ。
エレインが引き金を絞った。何も変化はない。反動もないし音もしない。だがたった一つ、支局ビルの上空が歪み始めた。光が屈折し、空が歪む。
「これが反撃の狼煙だ」
瞬間。
空が割れた。
直後。
巨大な手に押しつぶされるように支局ビルが煙を纏いながら消えた。いや
、正確には消えたのではない。すでに押しつぶされてしまって、壁上からは見えないのだ。響き渡った怒号が遅れてエレイン達のところまでやってくる。
「これは私達からの宣戦布告だ。現体制を打ち砕き、厄災に備えるためのな」
昇る爆炎を見ながら、エレインは久しぶりに口角を上げた。
◆
――少し時は遡る――
ヨシュアが階段を上がっていた。ぼろぼろの体で、だが一歩ずつ着実に上階を目指していた。足を踏み出すごとに体全体に激痛が走り、意識は途切れそうになるがそれでも、無限に続いているのではと錯覚してしまうほどに長い階段を上がり続ける。
階段には血痕が残っている、薬莢が散らばっている。死体が落ちている。点滅する消灯がそれらを照らす。
まるで遺跡のような光景だ。あれだけ綺麗に整理されたフロアが階段が、これほどまでに荒れ果てている。すでに戦闘は終わったのか銃声は聞こえない。足音もしない。
支局ビルの中で唯一の生命体が自分だけしかいないかのような、そんな錯覚。
孤独、痛み。ヨシュアは踏ん張って階段を上り続ける。最上階ではない。
恐らくロベリアがいるであろう、マーシャル・エドワードがいるであろう場所だ。もしかしたら、そこにレイもいるかもしれない。
分からない。
ただ、だがそこに向かうしかない。
濡れた床を歩き、階段を上り切って、フロアに入る。扉を開け、崩れ去った地面を避けて、障害物を乗り越えて。輸送機の離着ポットにまでたどり着いた。
「………」
ヨシュアは口を開いたまま硬直する。
一体何が起きたのだろうか。どうしたらここまでの惨状が作り出せるのか。熾烈な戦闘の跡だ。過激な拷問の跡だ。そして誰一人、たった一人も息をしている者はいなかった。
「ろべ………れ、あ」
ロベリアが地面に伏している。とても息をしているとは思えない。レイが壁によりかかったまま目を瞑っている。腹は抉れ、周りには機械部品が散らかっている。まるで傷が開いたかのように、レイは全身が崩れて見るも絶えない状態だった。だが、それを隠すように、ロベリアがレイの横に倒れていた。覆いかぶさるように、守るように。
そして床には大穴が開いていた。一体なにがあったのか、どうしたらこうなるのかが分からない。そして何よりも、臓物が飛び散って四肢が引きちぎられたマーシャルの死体が悲惨な状態だった。
「ああ……やり切ったのか」
音はしない。耳障りな音が聞こえない。銃声も足音も、機械の駆動音も、自身の呼吸音でさえも。
それほどまでにここは静かだった。
すべてが終わった。誰であろうとも、ここを見れば皆がそう思うだろう。
「良かった。みんな」
ヨシュアが地面に膝をついて安堵する。だがすぐに立ち上がった。
「だけど、ここで倒れさすわけにはいかない」
呟き。二人に近づく。
だがある者がヨシュアの前に現れ、行く手を阻んだ。その瞬間、先ほどまでの静寂は割れて、輸送機の音や銃声、爆発音が聞こえだす。
「あなたは…」
漠然と、ただ漠然と目の前の者が敵ではないと思った。
分厚い甲冑の上に薄汚れた茶色のローブを羽織っている。大柄で、二メートルは優に超えているだろう。圧迫感があるそんな見た目だが威圧感はない。だからかもしれない、敵だと思わなかったのは。
その者は静かに、ゆっくりと口を開く。
「ロベリアからの依頼は遂行された。報酬を渡そう」
「何を言って」
「少年を送り届けよう。西部へと」
「は、それって」
「ピルグリムクッキーズが来ている。まだ息のある者も、助けを欲するのならばここから逃がそう」
「ま、待ってよ。じゃあそれって。あなたは」
亡霊はレイの方に一歩近づき、視線をレイに向けたまま呟く。
「亡霊と、そう呼ばれている」
亡霊は今まで一度たりとも姿を見せたことはなかった。エレイン隊に出資していること、ロベリアと個人的なつながりがあること。レイを西部へと逃す約束をしたこと。このぐらいしかヨシュアは知らなかった。
亡霊は依然としてレイの方を向きながらヨシュアに語り掛ける。
「返答は早急に。遅れて何もかもが間に合わなくなる前に」
助けてもらえるならば、そうしてくれた方がありがたい。ロベリアもレイも誰であろうと、もし本当にここから逃げ出せるのならばそう願いたい。
「出来るのか……本当に…僕達を逃がすことが」
「選べ。時間はないぞ」
「………わかった。ここから逃がしてくれ…」
「承った」
次の瞬間。ヨシュアとロベリアが空中へと放り出される。何が起きたのか分からず、ヨシュアはただ混乱するのみだ。
一方で亡霊は最後に一言、レイに向けて悔やむように呟く
「出力の限界か。素体はまだまだ強化が必要なようだ。だがやらねば、道のりは遠いが」
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