第69話 ありがとう
ヨシュアが救急部隊に支局ビルの外へと連れ出されようとしていた。手動操縦の機械に乗せられ、外へと運び出される。穴が空き、瓦礫が落ちて凸凹の地面を機械は走る。
ガタガタと揺られるヨシュアの体は僅かに跳ねて、そしてその衝撃がヨシュアを覚醒へと促す。外から聞こえる銃声も段々と明瞭になっていって、僅かに開いた瞼が朧げな光景を視界に収める。
「僕は……」
ぼんやりとヨシュアが呟く。
「なんで、こんな」
ここはどこだろうか、なぜ今運ばれているのだろうか、何をしていたのか、朧げな意識の中で考える。するとすぐに思い出した。
(モーグが……倒せたのか。じゃああの二人は……もう行って…)
ヨシュアが腕を動かして落ちないようにと用意された拘束具を取り外す。体に力は入らないため指先だけに神経を集中させて一つずつロックを外していく。そう時間はかからなかった。
拘束具が外れると機械の振動によってヨシュアが横に転げ落ちる。
「行かない…と」
床に手をついてヨシュアが立ち上がる。そんな光景を四足歩行の運搬ロボットは見ていた。手動操縦であるため当然、機械を運転する操者が存在する。その者は反政府主義者の仮拠点から操縦しているのかもしれないし、近くでしているのかもしれない。
いずれにしても。
落ちたヨシュアをもう一度拾い上げるために機械を近づけた。
しかしヨシュアはそれを制止する。まだ片手を床についたまま、四つん這いの姿勢になりながら、ヨシュアは運搬ロボットの前側につけられたカメラを見た。
「行かなくちゃ、いけないから…」
自分のことはもういいと、目で強く訴えかける。ここまでしてもらって、運んでもらって申し訳ないが、仲間を置いていくことは出来ない。ヨシュアの確固たる意思はカメラの向こうにいる操縦者にも伝わる。
運搬ロボットはお辞儀をするように一度前足を折った。そして振り返って外へと向かって進んでいく。
「ありがとう…」
ヨシュアがふらふらになりながらも立ち上がる。そして去っていくロボットに一言告げて階段のある方向に向かって歩き出した。
◆
支局ビルにある離着ポットには荒々しく戦闘の跡が刻まれていた。天井から床にかけて切り傷や弾痕。窪みには溜まるほど多くの血が残っていた。レイはロベリアの傍で片腕を床についたまま倒れており、そんなレイをボロボロになったモーグとマーシャルが見下ろしていた。
マーシャルは横腹が抉れ、臓器が
「君がモーグに勝てる道理はない。少なくとも、彼は中部で最も名声のあった傭兵だった。当然、比例するような実力もあった。機械化手術によって彼は今、意思なき傭兵。過去の依頼で彼は失敗した時から、すでにそこに自由意思はないそうそう。言い忘れていたけど僕はスプラッタアニムスについて研究していてね。その過程の中で彼を実験体、護衛として仕入れたんだ。依頼とはいえ仕方ない。彼は嵌められ、いや。嵌めたか? っっはっは。まあどちらでもいいか。私達に逆らったんだ、こうなるのも当然の結末。君も同じ、彼女も同じ。当然、
だとしたら。もしマーシャルが言っていることが本当なのだとしたら、モーグもまたマーシャルに嵌められたうちの一人。実験体として消費されたただの傭兵の一人、ということになる。
ロビーで戦った人型ロボット。あれは僅かにモーグの意思があった。恐らく人格をコピーしたためだろう。
「RANT変態薬。ホンダは逃げたが製法はある程度だが資料として残っていた。
横腹を抑えながらもレイが立ち上がる。そんなレイにマーシャルは手を叩き称賛を送る。
「頑張るね。君。…確かに。モーグはかなり壊れた。いい傭兵だと思ったんだけど、二連戦はきついのかな? まあだけど、それでも彼は最強の傭兵だ。己のが身一つでピルグリムクッキーズの隊員1人と互角にやり合える。装備で劣っているのにね。それほどまでに彼は強い。加えて今は電脳化による高速の情報処理。痛みは感じない。装甲によって弾丸は許さない。たとえ全身の50パーセントが損失しようとも生きているだけの生命力。命令にのみ従って生き、余分な思考を削ぎ落していた。もはや人間らしい弱点はもうない。そう思うだろう?君も」
一体何を言っているんだと、レイが笑みを浮かべる。
「そいつはもう人間じゃねぇからな。当たり前だろ」
全身を機械化しておいて人間らしい弱点はない、だなんて馬鹿でも分かる当たり前のことを今更。とレイはマーシャルを見下す。
「そいつはもうモーグですらねぇよ。最強と言われていたモーグ・モーチガルドの劣化品だ。ただの道楽だろ。子供のお遊びだな。無駄だよ、無駄。意味がねぇ」
「反抗的な目だな。義眼にしておいた方が良さそうだ」
マーシャルが手を叩く。するとモーグが前に一歩踏み出した。その際に壊れかけの装甲が外れ地面に落ちて、その他部品も落下する。すでに、ロベリアによって右腕を失い、先のレイとの戦闘で主要な武器をすべて失くした。だが右腕は、レイが倒れている間に新しく装着したのか場違いなほど綺麗な義手がついている。
代わりにレイも致命傷を負ったが今更、という感じだ。
すでに痛みは感じない。体は軽い。意識はまだはっきりとしている。逆に調子が良すぎるぐらいには。
(いいぜ。やってやるよ)
レイも一歩、足を前に踏み出した。
(大丈夫だ。腹の負傷は
足元に散らばった機械部品とレイとの間に小さく稲妻が走ると、機械部品がもう一度レイの足を伝うと横腹の負傷部位に詰め込まれていく。臓器は押し込まれ腹の一部が機械化される。詰め込まれなかった機械部品たちはレイの体中に張り付いて装甲の役割を果たす。
「すごいじゃないか。自分の意思でもう動かせるのか?」
レイは答えない。代わりに一歩踏み出す。
「死んだあとでも答えを教えてくれよ?」
マーシャルの言葉と共にモーグが視界から消える――そして同時にレイもいなくなった。だが次の瞬間に爆発音が響き、機械部品が飛び散った。モーグの腹に穴が空き、一方でレイの左腕ははじけ飛んだ。
両者は倒れるがすぐに立ち上がり、近距離での肉弾戦となる。
左腕を失ったレイだが代わりに、機械部品によって作られた義手が装着され、モーグは腹に穴が空きながらもレイを殴りつける。
突き出された拳はレイの顔を掠る。それだけ頬の肉が消し飛び、咥内が見えた。だが代わりにレイが『それ』を黒刀に形態変化させてモーグの腹を横から断ち切る。剣先がモーグの腹を半分、入ったところでモーグは一歩退いて逃げる。そしてすぐにまた一歩踏み出して、肘の辺りに格納されていた鎌をレイに振るう。
だがレイは身を屈めてモーグの股下に滑り込むと、両足を切り裂く。足を失い体勢が崩れたモーグだがすぐに、切断面から鉄の棒が出てきた。元からあった機械の足よりかは体勢も踏ん張りも効かないが、それでもレイと戦える。
モーグは後ろに振り向くと左腕で殴りつけ、レイの横腹に拳が入る。機械部品によって取り繕われていたが、埋め込まれた機械部品が飛び散ったことで臓器が飛び出す。
だが同時にレイは黒刀でモーグの首を切った。一瞬、頭部と胴体とが離れたがそれぞれの切断面の間に稲妻が走ると溶接されたように元通りになる。お返しとしてレイには鎌が振り落とされた。
レイがぎりぎりで避けたがモーグによって足払いをされると体勢を崩す。僅かに傾いた体に、上から拳が叩きつけられレイは床に埋まる。レイは立ち上がろうとしたがモーグに踏みつけられさらに埋まった。
早く逃れようとするレイに対してモーグは鎌を振り落とす―――が、一発の銃声が鳴り響きモーグが後ろに体勢を崩した。その瞬間にレイは逃れ、銃声のした方向を見る。
「…ロベリア」
地面に倒れたまま、血だらけのロベリアがRF-44を構えていた。しかしすぐに、力尽きたように倒れ伏す。
「ありがとう…」
レイは小さく呟くとモーグの方に向き直った――瞬間にモーグは地面を蹴ってレイに近づく。だがその際に『それ』を拳銃へと変化させていたレイは引き金を引き、モーグの頭部に穴を開ける。
当然、モーグがその程度のことで止まるはずもなくレイ掴みかろうとする。がレイに振りほどかれ、代わりにもう一度、弾丸を頭部と首にぶち込まれる。モーグはそれでも止まらず鎌を振り落とす――が、レイが足を蹴ったことで体勢を崩した。頑丈でしっかりとした足ではなくただの棒。元々体勢は不安定だった。
モーグはいともたやすく地面に倒れるとレイは胸を踏みつけ、頭部に向かって拳銃を乱射する。すぐに頭部は穴だらけになり、もはや人間の頭だとは認識できないほどに破壊される。
「―――っぅあ」
レイの腹に激痛が走る。見ると鎌が刺さっていた。
「こい」
鎌が引き抜かれ胴体の半分が切り裂かれる。
(電脳を壊し……ああそうだった。こいつはもう人間じゃねぇんだったな…)
レイはすぐに機械部品で体を繋ぎ合わせ、拳銃から黒刀へと変化させるとモーグの両腕、両足を切り裂いた。トリスの時と同じ、死なないのであれば戦闘不能にすればいい。
(じゃあな)
だがそれだけでは足らない。体は機械化している。まだ何か隠し持っているかも知れない。その可能性は事前に潰しておくべきだ。
レイは黒刀から狙撃銃へと形態変化させるとモーグに向けた。
「本当なら生身のお前とやりたかった」
今のモーグは昔よりも弱い状態。モーグは経験と咄嗟の機転、柔軟性に優れていたというのに自由意思を奪われた今、それがない。ロボットの時は意識をコピーしたということでわずかにあったが、もう今は言葉すら話せない。それほどまでに思考が制限されている。機械化前はもっと強かったはずだ。それこそピルグリムクッキーズと同等かそれ以上ぐらいには。
「………」
レイが引き金を引く。モーグの胴体が飛び散って床には大穴が空いた。レイの右腕も同時に割れた。だがもう気にならない。『それ』を狙撃銃からグローブのような元の形へと戻すと、レイはマーシャルに視線を送った。
「すごいな、君。彼はモーグ・モーチガルドだぞ? 並みの傭兵ではないはずだが、それほどまでに成長したというわけか。だがどうだ、君はぼろぼろじゃないか。もしこの戦闘が終わった時、生きて帰れるのかい?」
レイは黙って、マーシャルに近づく。
「ふ。僕を殺すのかい?まあそれもいい。だがね」
マーシャルが通信端末に目を移す。
「あと五秒。ピルグリムクッキーズを乗せた輸送機がここに到着する。それまでに僕を殺しておいた方が身のためじゃないか?まあ出来たらだが」
レイが黙ったまま一歩近づく。
「5……4…」
また一歩と歩み寄る。
「…3……2」
マーシャルとレイとの距離はもうすぐそこだ。
「……1」
マーシャルがにやにやと笑い、両手を広げた。
「さあ来い」
だが何も現れない。
「あ、あれ……おかしいな……元老院が何かしたのか……あ?信号消滅?何が起きたんだ一体。あ、ああ。ちょっと待ってくれ」
近づくレイを止めるように手のひらを向ける。
「
そこで初めてレイが笑った。
「
「――お前……ああだが僕が……」
「なに、その仕事は俺じゃない」
レイがマーシャルの足を蹴った。レイはマーシャルを転ばせるつもりで軽く蹴ったのだ。はずだったのだがマーシャルの両足は千切れ飛んだ。
「……あ?」
「――――ああああ!痛い!痛い痛い痛い痛い痛い痛いいいいいいい!」
膝から少し下ぐらいの切断面を両手で触りながらマーシャルが騒ぐ。そして両足とも無くなっているため、わちゃわちゃとマーシャルの手は騒がしく、どちらを抑えればいいか分からず両足を触る。
「っはっはっはっは!お前は生身なのかよ」
そんなマーシャルをレイは無様だと笑う。あれだけのことをしておいて、自分だけ……と。
レイはマーシャルの髪を掴み、引きずる。両足の切断面と床とが擦れあって、赤い線が引かれる。マーシャルは暴れてレイの腕を掻きむしるが傷一つつかないどころか、爪が剥がれる。
「俺の仕事じゃないからな」
マーシャルを見てレイが笑いながら告げる。そしてマーシャルを投げ捨てた。
髪が乱れて、足と手から血を流すマーシャルはレイに向かって叫ぶ。
「おい!お前はこんなことし……て」
だがすぐに気が付く。自身の背後で立つロベリアに。
ロベリアの無くなった片足には代わりに機械部品が雑に合わさったような義足がくっついていた。片手間にレイが作って、出血を防ぐために装着していたものだ。恐らくレイが死ぬか意識を失うかすれば自然と崩れるもの。
(ここから先は無粋だな)
ここから先は聞くことも見ることも無粋だと、レイが壁際までよって体を預けた。一方でマーシャルが叫ぶと共に一発の銃声が鳴った。RF-44のスライドが後退し、マーシャルの片腕は吹き飛んだ。
レイは座りながら、壁に体を預けてゆっくりと目を閉じる。だがその際に、最後にロベリアを見て、互いに目があった。
「ありがとう」
「こちらこそ」
二人はさいごに会話を交わした。
すぐにレイは目を閉じて、そして意識は深い底へと沈んでいく。さいごに心の中で「ありがとう」と小さく感謝を述べながら。
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