第67話 新しい視点
トリスが椅子から落ちる。そしてレイを睨んだ。一方でレイは拳銃を握り締めて歯を強く噛んだ。そしてありったけの鬱憤を込めて呟いた。
「……面倒だ」
瞬間。
両者が動き出す。
レイが撃ち出した弾丸はトリスの額目掛けて飛んでいき――着弾の直前でトリスの背中から生えた機械の触手に阻まれる。
(手動?―――いや自動か)
あれだけの数の触手を手動で動かすのは不可能だ。腕を増やせる技術があるのに、未だ人間の腕が二本なのはそれが最も合理的かつ、脳に負担がかからないから。
しかし相手は機械化手術者。
話し方が
もし、目の前の相手――トリスが電脳化しているのならば。
(いや、そんなことはどうでもいい)
自動?手動?電脳化?スプラッタアニムス?――戦闘にそんな情報はいらない。少なくとも現時点において優先される事項ではない。レイは続けてすぐに発砲する。しかし、そのすべてが背中から生えた触手によって阻まれる。
「――ッチ」
こんな時に『それ』が使えていればよかったと、レイが軽く舌打ちをする。そしてレイは明確な攻撃を与えられるままトリスに近づかれた。
一瞬の攻防。
近距離、肉弾戦となった瞬間にレイは拳銃から手を離した。すでに装填されていた弾倉は切れており、交換する暇はなく近距離では持っているだけ邪魔だからだ。レイはいつ体に染みついたのかも分からない、今までの戦闘で積み重なって得た経験から作り出された体術を駆使してトリスの攻撃を捌く。
まるで意思無き獣のように野性的に、乱雑に振り下ろされた高周波振動ブレードを身を
撃ち出された弾丸に対して触手が防御することが出来ず、トリスの額に命中する。すると金属音が響きわたり、血や肉と共に金属片が飛び散った。しかし、トリスを殺すまでには至らない。
「――――うぅあああああ。まただ!」
意味も無く、意味も分からずトリスが叫ぶ。そして背中から生えた機械の触手が暴れ、レイの強化服に突き刺さる。
触手はドリルのように強化服に入り込むと回転しながら穴を開けていく。
「――こいつっ!」
だが、トリスが持つ触手という防衛手段を攻撃に使っている分、防御は疎かになる。レイはトリスの髪を、少し動くようになった右手で掴むと顔を引き寄せる。そしてトリスの顔面に頭突きを浴びせると、左の人差し指をトリスの眼球に突っ込んだ。
「っっぁあああぐぞが!」
トリスは退かず、逆に叫びながら激昂しレイに掴みかかる。ミシミシと強化服が音を立てた。レイは咄嗟にトリス蹴り飛ばして遠くに追いやる。
だがトリスは触手を床に突き刺して、すぐに体勢を整えるとレイとの距離を詰めた。全方位からひび割れたヘルメットを狙って襲ってくる触手に対して、レイは退くのではなくあえて一方踏み出してトリスに近づく。そしてもう一つの、機械化された眼球を潰すために腕を突き出した。
だがそれはトリスの超人的な反射神経によって阻まれる。
トリスはレイの右腕を上からはたき落とすと、そのままの勢いでレイの首あたりに肘を入れる。
その一連の動きは武術家のようで、レイには全く反応できなかった。さすがにまずいと思ったレイが一歩下がろうとする、が触手で取り囲まれていたために後ろに下がることができない。
だからと言って近接戦闘をこれ以上続けるのはまずい。
(行けるか…?)
回復してきたとは言え、前のように動くとは限らない。しかし拳銃は弾切れ、体術で潜り抜けるにしても限度がある。
トリスが振り下ろした高周波ブレードに対してレイは右腕を突き出した。同時に『それ』を起動し、盾を作り出す。無事に盾は作ることが出来た。痛みは無い。しかしこれ以上使うともう戻れないという、漠然とした不安感があった。すでに右腕はひび割れて、もうほぼ使えない状態だったのだ。それから無理に、その負傷の原因を作った『それ』をまた使うのだ。もうどうなるのか、想像すら出来ない。
だが後先のことを考えている余裕はない。そして意味もない。
盾は振り下ろされた高周波ブレードを完璧に防ぐとそのまま形態変化して黒刀へと姿を変える。レイは一歩踏み込み、真上からトリスを一刀両断する――寸前で触手がレイを前から叩いて、後ろから引っ張ってレイは背後の壁まで飛ばされる。
「――クソが」
レイが鬱憤を吐き出しながら立ち上がる。そして眼前に立つトリスへと視線を向ける。
だがその時に見えたトリスは今までとは少し様子が違った。
「俺は……誰だ?いや僕……私はどこにいる? 何をして、何を……僕はなんで、この体は、いつ、なんで。おかしい。なんだ、おかいし。これは、体が。あ、あああ。思い出した。私は頼んで、手術で、こうなった、んだった。そうか…ぁあ。そうだった。もう戻れないんだ、だけどそれでいいんだ」
トリスがレイを睨む。
「お前は、殺さなくちゃいけない。そんな風に思うんだ。理由は…もう思い出せないけど、やらなくちゃいけない。使命感? というのかな。誓った気がするんだ。もう何も思い出せないんだけど。忘れたんだけど。僕は、私は、あ、あああ。誰だ、っけ」
うわ言のように呟くトリスにレイは『それ』を黒刀から拳銃へと姿を変える。するとトリスもレイを見て、感情を感じさせない声色で呟いた。
「まあいいや。やらなくちゃいけないことだからあああああああああああ!」
獣のように一直線に、何の策もなくトリスが突っ込んでくる。
(もう終わりか)
ここまで進行してしまったスプラッタアニムスはもう治ることが無い。レイは突っ込んでくるトリスに対して拳銃を向ける。トリスは前と同じように触手を使い防御態勢を取るが、レイが使っている拳銃は前のとは違う。
撃ち出された弾丸は宙を駆け、機械の管を破壊しながらトリスの頭部にめり込む。
だがトリスは止まらない。すでに脳まで弾丸は届いている。普通の脳だったら機能を停止している。だがトリスは電脳を使用している。少しぐらい壊れたって、活動することぐらいできる。
続けてレイは引き金を引いた。弾丸はトリスの額に命中し、貫通した。しかし彼は止まらない。舌を出しながら、目に狂気を宿し、ただ一直線に向かってくる。どこを撃てば機能が止まるのか、死んでくれるのか。レイはどこを撃てばいいか分からず、だが頭部を撃つことしかできなかった。
だが、それすらも許されない。
「――っ」
引き金を引いても弾丸が撃ち出されない。
弾詰まり、弾切れ、色々と頭の中を巡ったが、今使っている拳銃は『それ』が形態変化した結果生まれたもの。原因など断定は不可能だ。
その隙にレイはトリスへと近づかれる。
触手が全方位から襲い、高周波ブレードを振り回す。
獣に近い。そんな動きをしていた。
だがレイは飛んできた機械の管を掴むと引きちぎり、そして反動を利用してトリスとの距離を一気に詰めると、高周波ブレードをも持つ右腕の肘の辺りを殴りつける。鈍い音と共に機械が壊れる音がして、トリスの右腕は折れ曲がった。それにより高周波ブレードは僅かにレイの背後に逸れて、レイを後ろから突き刺そうとしていた触手をぶった切る。
その瞬間にレイは拳銃から黒刀へと形態変化させ――られなかった。拳銃の弾が撃ちだせなかったように、上手く形態変化出来ず元の、グローブのような形へと戻った。
だがレイは慌てず、左指をトリスの眼球にめり込ませた。これで両目ともに潰した。トリスは何も見え―――。
(こいつ――見え)
目は無い。しかし確かにトリスは顔をレイに向けている。言いようのない不安感。全身の鳥肌が立ち、レイは思わずトリスを蹴り飛ばして距離を取った。だがその際にレイは腹部を触手で叩かれる。レイは後方にぶっ飛び、強化服は割れたが致命傷にはならなかった。すぐに立ち上がったレイは周りを見渡す。戦っている内にいつの間にか近づいていたのか、そこは中央コンピューターの近くだった。モニターが立ち並ぶ、そんな場所だ。
だが今はそれらに気にする余裕はなくトリスへと視線を移した。
(……義眼だったか)
個室の壁に埋もれたトリスが立ち上がってレイを見た。眼球は無いはずなのに。だとしたらトリスには別の場所にカメラが搭載されているのかもしれない。それか眼球は感覚器官の一つに過ぎなかったのかもしれない。
だが。
だからと言って何かあるわけでもない。またやり直せばいい。相手の弱点を探し、殺す。いつもやってきたことだ。
慌てなければ―――。
ふと。本当に偶然、ただ気になった。視界の隅に映ったから自然と目で追ってしまった。集中が途切れていたのか、それとも研ぎ澄まされていたからそれを見逃さなかったのか、見逃せなかったのか。
(―――な、は?)
端のモニターだった。
上層階にある部屋が映し出されていた。そこは輸送機の離着陸を行う場所のようで、かなり広い空間だった。ただ、その広い空間には二人、見覚えのある人物がいた。
「これは、モーグ。なん、で」
全身を機械化した最強の傭兵。モーグ・モーチガルドがいた。そして相対しているのはロベリア。
だとするのならば。
「あいつが…」
モーグの背後にマーシャル・エドワードと思われる人物が見えた。
「なんで生きてる」
モーグは確かに死んだはず。ロビーで粉々にしたはず。
「……あ、いや。ああ。そうか、あり…えるのか」
確か、ロビーでみたあの人形ロボットは、事前資料で見たものとは少し違っていた。だが事前に機械化手術を受けていた、という情報もあったため新しく改造したのだろうと、そのぐらいに考えていた。だがもし、あのモニターに映っている者がモーグだとしたら。もし、ロビーで戦っていた人形ロボットがただの遠隔操作した物だったのならば。電脳化しているのならば、機械に人格のコピーを移すこともできる。
だとすると。
ありえる。
モーグは生きている。
だがもしその予想が当たったら、ロベリアは今モーグも相対していることになる。それもたった一人で。加えてあのモーグはロビー戦ったものよりも格段に強い――はずだ。
じゃあ。早く行かない―――。
「――むし―――する―――あぁ―――ああ」」
意識が一瞬、モニターへと移ったその瞬間にトリスがレイの頭部を触手ではたき吹き飛ばす。無防備な体勢から、全力の攻撃を食らい、強化服のヘルメットにヒビが入る。
レイの体は床に叩きつけられ、ビル全体が僅かに揺れた。
そしてトリスは立ち上がろうとするレイを機械の管で拘束する。そして獣のように全力で高周波ブレードを叩きつけた。だがブレードは空を切る。
確かに拘束していたはず、だとレイを見る。だがそこにレイはおらず、拘束していた機械の管は切られていた。
「もう時間はかけてらんねぇな」
前方の少し離れたところで立っていたレイがそう呟いた直後、地面を蹴ってトリスとの距離を一気に詰めた。床は割れ、ビルが揺れる。そほどまでに強く床を蹴って、一瞬でトリスの眼前まで移動したレイは、黒刀で襲ってくる触手を切り裂いた。
振り下ろされた高周波ブレードを身を退いて避けると、大振りで隙が大きかったため容易にトリスの右腕を切り落とす。機械の管は無くなり、高周波ブレードを失ったトリスは叫び、周りの機械部品を呼び寄せる。
(似てるな)
驚きはしなかった。
すでに見たことがある光景だったからだ。ミーシャたちPUPDに捕らわれた時、そして目を覚ました時に拘束具を思いのままに動かすことが出来た。曖昧な記憶だが確かに、そうだった。
今も同じことが起きている。
ホンダ博士が作っていた『RANT変態薬』は本来、誰かに売り渡す予定だった。その相手の内一人が評議会員だった。単なる推測でしかないが、『RANT変態薬』を売る予定だった相手というのはマーシャル。エドワードだったのではないだろうか。
マーシャルと接触し機械化手術を受けたトリス。マーシャルの護衛となったモーグの機械化。そしてトリスに現れた『RANT変態薬』の疑似効果。マーシャル・エドワードがそのすべての裏にいたのならば、点と点が繋がった時のようにすべてが腑に落ちる。
ただ。ホンダ博士が死ぬ直前に取り乱しながらも言っていたことから推測すると、今、レイに打ち込まれた薬は亡霊とやらが関わっている『RANT変態薬』ではない別の薬のだろうが。
だがその辺のことについて今考えるのは無駄なことだ。
ただ今は、冷静に状況を分析してトリスを殺せばいい。
「―――させねぇよ!」
磁石に引かれる金属のようにトリスへと引き寄せられていく機械部品たち。だがレイはそれを許さず。何かが起こる前に事をつけた。トリスとの距離を一瞬で詰めると攻防を制す。触手を払いのけ、意識を失ったトリスの獣の如き直線的な攻撃を躱し、一太刀浴びせる。掴みかかられるが腕を切って逃げ、逆にトリスの足を切って離脱を制限する。
トリスの両腕、両足を切り離し、背中から生えた機械の管をすべて切り落とす。そして最後に、トリスの頭部から一刀両断しようと黒刀を振り上げた。
「………」
だがレイは黒刀を振り上げたまま手を止めた。
「死んで……ああそうか」
地面へと倒れるトリスを見ながらレイが小さく呟いた。すでに胴体と頭だけとなったトリスは僅かに動いている。だがそこに意思は無い。
「もう死んでたのか。あの時、脳を破壊した時から。お前はもう、すでに死んでいたのか」
脳を弾丸が貫通した後、トリスはもう死んでいた。そもそも、人間の生きるという定義、それ自体が全身を機械へと代えた際に適応されるのかは甚だ疑問だ。生身だからこそ人は生きているのか、機械に意識をコピーさせた時もその人物は生きているのか。少なくとも知識や経験、人格は活きているのだろう。
少なくとも、トリスという人間はすでに死んでいた。今動いているのは機械がまだ稼働しているから。そこにトリスはいない。気づけば、周りで動いていた機械部品は動かなくなっている。そしてもう一度トリスへと視線を向けるとすでに、機械としての活動も止まっていた。
「お前は、どうして動いていたんだ」
レイが一度、目を瞑った。そして開く。
「関係ないな」
どうでもいいこと、考えるだけ無駄なこと、哲学は余裕のある者にしか許されない。
今はそれよりも急ぐべきことがある。何よりも優先しなければいけないことがある。ロベリアが今もモーグと戦っている。簡単に負けることはない。だが時間はあまり残されていない。今すぐにも加勢しなければならない。
予定よりも遅れるが、中央コンピューターの破壊は問題を片付けた後で十分間に合う。
レイが振り返って階段へと向かう。だが一歩踏み出したところで立ち止まった。
「………」
レイは唖然として、驚愕して、立ち止まって後ろにいた人物を見た。二人いた。一人はこの場には似合わないスーツを着た男。そしてその男が人質のように、首に後ろから手を回して拳銃を頭部に突きつけられたニコだ。
ニコは気絶しているのか、スーツを着た男に体を支えられている状態で目を瞑っている。
「ニコが、なんでここ…に。お前は」
唖然として、口が開いたまま思ったことをただ口にする。するとスーツの男は拳銃の引き金に指をかけて言った。
「さあ?光学迷彩でずっといたのかも知れないし。いなかったのかもしれない。少なくとも、トリスはこの状況で俺を最後の仕掛けとして用意したけどな。まあ、俺もお前を止めることが出来れば昇進、昇給、色々といいことがある。だからそのまま
そう言ってスーツの男――テレバラフに居た頃のトリスの上司――ワタベは笑った。
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