第66話 同類

 支局ビル12階のオフィスで銃声が鳴り響く。ほとんどの照明は壊れ、また点かなくなっているため辺り一帯は暗い。銃口から灯る火花で僅かに照らされる程度の明かりしか無かった。

 しかしこの暗闇の中であっても両者は慌てず銃撃戦を繰り広げる。強化服に搭載された暗視機能を用いて、明かりが点いている時とほぼ変わらない精度の射撃が繰り返される。

 相手が使っている突撃銃は当然、市販では売られていない性能の高い物。レイたちが身を隠す壁やテーブルを防壁としての機能を果たさず、貫通してくる。貫通した弾丸は強化服にめり込み、凹ませ傷をつける。一発でこれだ、そう何発も受けることは出来ない。

 だがレイたちも相手と条件は同じだ。

 使っている強化服は同等か少し優れているものだ。装備している拳銃も突撃銃より広範囲性圧力こそ劣るものの一発当たりの威力は高い。敵と同様にレイが撃ち出した弾丸もテーブルや椅子を容易く破壊し、相手に命中する。

 相手の数が多いぐらいで、装備の性能はほぼ同様の条件。

 あとはレイとロベリアに人数不利を覆せるだけの実力があればいい。


らちが明かないな」


 レイが呟く。たかが六人の敵に時間を食われるのは避けたい。味方が増援を食い止めているがそれでも限界が来る。支局ビルの襲撃だ。ヒンシャだけじゃない、アンレベルもテレバラフも増援に来るだろう。そして議会連合としてのプライド、反政府主義者を思い上がらせないために元老院が動くかもしれない。もしそうなったとしたらが来る。

 名実共に中部の最高戦力。遺跡、反政府主義者などの最重要案件を請け負う最強の部隊。

 あのモーグ・モーチガルドが唯一失敗した依頼にはピルグリムクッキーズが関わっていたと言われている。そして元老院が動いた場合、ピルグリムクッキーズが来るのは確定事項だ。到着は敗北と同義。だからあまり時間はかけられない。


「終わらせる」


 レイがその言葉と共に敵隊員に向かって走り出す。横に飛び違う個室に入り込むと、弾丸がレイを追って個室を穴だらけにする。しかしそこにレイの姿は無く、次の瞬間に敵の横から壁を突き破ってレイが現れる。

 警備員に一瞬の動揺が走った。その瞬間を見逃さずロベリアのRF-44が強化服なんて意に返さずに敵頭部を吹き飛ばす。一方でレイは慣れないながらも拳銃を発砲する。近距離であるため一発だけ外したがそれ以外のすべてが敵の頭部や胴体に当たる。

 だが強化服を貫いて相手を殺しきることは出来ず、代わりに突撃銃の弾丸がレイにぶち込まれる。レイは強化服の性能に身を任せて弾丸を食らいながらも敵に近づき、さらに近距離から相手の頭部に向けて弾倉に残ったすべての弾丸をぶち込む。

 強化服は割れ、その中で肉片と脳髄が飛び散る。弾丸は中で反射し、死体撃ちのように相手を破壊していく。そして敵隊員の死体をレイが抱えて肉壁として利用する。そこらのテーブルや壁なんかよりよっぽど信頼できる盾だ。相手は仲間であるというのに盾にした死体を容赦なく撃つ。しかし強化服を着ているおかげで弾丸は弾かれる。その隙にロベリアが場所を移し、敵の近距離からRF-44を胴体に食らわせた。

 怒号のような一発の弾丸が鳴り響くと共にレイはすでに利用価値の無くなった死体を前に蹴って、前方の隊員にぶつけると距離を詰め、そのまま死体ごと蹴って隊員を壁にめり込ませる。

 だが大胆な動きにはそれなりの犠牲が伴う。縦が無くなったレイに向けて背後から突撃銃が放たれ、無防備な背中に何十発と命中する。強化服は貫通し、何発かがレイの肉体を貫いた。そして弾丸は強化服の中で反射してさらに傷つける。だが人間離れした肉体強度のおかげか、レイは弾丸の体内で受け止めそれ以上の被害を防いだ。

 そして突撃銃の弾切れを相手が起こすと、その時はすでにレイが拳銃の弾倉の交換を済ませていた。

 右腕が動かないせいで手間と取ったがぎりぎりで間に合ったと、レイが背後の敵に向けて引き金を引いた。撃ち出された弾丸は正確に相手の額へと着弾する。一発で相手の強化服が破損し、二発目で相手の脳を破壊する。

 そしてまた一人と片付けたレイが振り向いた。

 そこにはすでにもう一人を殺し終えたロベリアが立っていた。


「負傷は大丈夫?」

「まあな」


 回復薬が塗ってある。それでしばらくは大丈夫だ。ただ回復薬の治療は完全ではないため戦闘が長引くと傷が開く可能性がある。


「右腕は」

「変わらない」


 未だ違和感を覚える右腕を動かしながらレイが答える。もうそう長くは持たない、そんな気がするぐらいには負傷した状態だ。


「弾丸は」

「まだ二個残ってる」

「じゃあ大丈夫ね」


 二人は軽く会話しながら、もう一度階段の方まで向かって歩いて行く。

 中央コンピューターがあるのは15階。現在が12階層だからすぐに着くはずだ。レイたちは階段への扉を開けて階段を上がる。

 敵の姿は見えない。足音も聞こえない。


「……大丈夫か?」


 階段を上りながら、レイがふと呟いた。するとロベリアは鼻で笑った。


「私のことを心配しているのか? レイの方が傷だらけなのに?」

「そういうことじゃないだろ?」

「……」


 ロベリアが苦笑する。


「…確かにね」


 ロベリアが呟くと同時に二人は扉の前で立ち止まった。15階層の扉の前だ。この先に作戦目標でもある中央コンピューターがある。それを壊せばすべて終わりだ。しかし、この扉をロベリアは潜らない。


「任せたよ」


 ロベリアがレイの肩に手を置いて言った。答えるようにレイが笑う。


「ああ。当然だ」


 そしてレイだけが扉の方向を見たまま、ロベリアだけが上の階層を目指すように体を動かした。そして小さく呟く。


「レイ…」


 その一言だけだが、レイにはすべてが伝わった。


「泥をかぶるのが俺の仕事だ。依頼人に迷惑はかけられない」


 レイのこたえにロベリアが苦笑した。


「…ふふ。逃げた?」

「逃げてない」


 レイの少しムッとした返答にロベリアが笑うと、階段に一歩踏み出して、そして駆け上る前に一言だけ言い残した。


「じゃあ任せた。私はしたいことをしに行くよ」

「…ああ」


 レイの返答は、すでに階段を駆け上り始めたロベリアには聞こえない。だがそれでよかった。

 そしてレイは気を引き締めるように一度、大きく息を吐いた。


(失敗は出来ないな)


 レイがゆっくりと扉に手をかけて、そして開く。内装は12階とほぼ変わらない。個室で仕切られた空間が並ぶオフィスのような場所だ。ただ一つ異なるのは中央に縦3メートル40センチ、横3メートル30センチの箱があるということぐらいだ。箱――中央コンピューターはガラスのよな特殊保護膜によって守られており、どれだけ撃とうとも傷一つつかない防御性能を誇る。

 加えて警備員の数も他階層と比べると多く、単純な正面突破は難しい。

 そのためレイは慎重に扉を開いたが、その意味はなかったようだ。


(先越されたか)


 15階層フロア全体は戦闘を行った跡のように、物が散乱し弾痕が多く残っていた。レイを襲ってくる警備員の姿は無く、代わりに亡くなった警備員が床に落ちている。

 すでに誰かが警備員と戦闘を行ったような光景。レイには一つだけ心当たりがあった。


(ロビーで時間食っちまったからか)


 レイたちの任務は中央コンピューターを破壊すること。だが当然、レイたちが失敗した時のことも考えて保険が用意してある。その保険というのが別働隊のことであり、エレイン隊の下部部隊だ。

 恐らく。レイたちがロビーでモーグと戦闘になった時からすでに別働隊を投入していたのだろう。レイたちがモーグに勝てても勝てなくても、時間を大幅に取られることは分かり切っていた。だからすでに手を打って、レイが敵を引き付けている間に別働隊を向かわせた―――その結果がこのありさまだ。


(しょうがないか)


 このまま何もないで終わってくれるかもしれない。そうしたらロベリアの元まで駆けつけることも出来る。だがそう上手くもいかないだろう。もし別働隊が『中央コンピューターの破壊』という目標が達成されていたら、レイたちにも、少なくともロベリアには報告が入るはずだ。

 それが無いということは失敗した、ということなのだろう。その可能性は十分にある。それこそ、通信妨害を受けたぐらいの理由がなければこの15階層の荒れ具合と報告の無しとの折り合いがつかない。

 だとしたら。最悪のパターンだが。このフロアに別働隊を殺せるだけの力を持った個人、または複数人がいるかもしれないということ。

 レイが中央コンピューターに近づき、あと少しというところで立ち止まる。


「また機械化手術を受けた奴か」


 うんざりとしながらレイが呟いた。

 レイの目の前にはテーブルに座る一人の男がいた。体全体は肌色でそこだけ見れば人に見える。しかし肌を突き破って飛び出る触手のようなくだ。剥がれた皮膚の下に覗かせる銀色の光沢。左腕は人間の手だが、右腕はブレードのような、剣のような物へと置き換わっている。

 そしてその者の周辺にはむごたらしい姿の死体となった別働隊の隊員がいた。


「お前は敵か?」


 レイは拳銃を向けながら問いかける。返ってくる答えは大体分かっている。


「………お前にすべてを奪われた。だがやっとここまでこれた。大変だった。マーシャルに頼み込んでの改造手術。人間性の喪失。だがここで死んでもよかった。お前さえ殺せれば。殺すことが出来れば。………俺は。覚えなくていい」


 トリスが椅子から落ちる。そしてレイを睨んだ。一方でレイは拳銃を握り締めて歯を強く噛んだ。そしてありったけの鬱憤を込めて呟いた。


「……面倒だな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る