第65話 約束の履行
「ヨシュア。大丈夫か」
地面に寝かされたヨシュアにロベリアが声をかける。ヨシュアは意識が朧げながらも、少しだけ目を開けてロベリアを見る。ヘルメットが外された視界の中で、ロベリアははっきりと映った。
「今、外で増援を食い止めている仲間から救護隊が来る。それまでここで待っていてくれ」
今回の襲撃に当たり、人材が投入されたのは何も支局ビルだけではない。襲撃をすぐに終わらせられるのならばそれで良かったが、予想外のことは起こり得る。そうして無駄な手間を取って時間が経つと警備隊やPUPDが追加で増援に来るのは当然だ。
現在外では、その増援を食い止めるためにエレイン隊の下部部隊が戦っている。その中からロベリアが頼んで救援部隊を派遣させてもらっていた。
「なに、命に別状はない。次に起きたらもうすべてが終わってるよ」
「………」
ロベリアの言葉にヨシュアは不満そうな顔を見せた。ほとんど表情筋が動いていなかったが、それでも雰囲気だけでそうだと分かる。そしてヨシュアは掠れた声でゆっくりと不満を呟く。
「君たち、を。置いて行くことは……できない。すぐに向かう、から」
「だめだ。ゆっくりしてろ」
ロベリアは軽くヨシュアの額を叩いた。そして立ち上がると振り向いて上層階への階段へと向かって歩き出した。その時、ヨシュアは視界の中でロベリアの横で並んで歩くレイの姿が映った。
「……あれは…」
ヨシュアが驚いて呟いた。
もしかしたら意識が朦朧としているせいでそう見えているだけかもしれない。幻影かもしれない。錯覚かもしれない。ただ、少なくともヨシュアにはそれが本当のように見えた。
レイの右腕から血が流れている。それだけではない。筋繊維なのか分からないが、紐のような血管のような筋繊維のような
まるで渇いた地面のようにレイの右腕には亀裂が走り、血と共に紐のようなものが飛び出していた。
(あれは、なん……)
だがそのことについて思考することすら出来ず、ヨシュアは気を失った。
◆
「それ大丈夫?」
支局ビルの階段を上がりながら、ロベリアがレイの右腕を見て訊いた。まるで内側から
「分からない。ただ今は動きづらいか」
「痛みは」
「
「戦闘は?」
「やる」
「……その右腕に装着した装備については使える?」
「使えない、今は」
「…そう」
レイが右手を握ったり開いたりする。タイムラグのように、拳を作ろうとしてから、実際に右腕が動くまで遅れがある。神経系、筋肉系、これだけ負傷していればどれが問題なのか特定は不可能だ。回復薬をふりかけ、塗り付け、飲んでみたが依然、負傷は回復しない。
「仕方ないな…これでやるしかない」
この負傷が一時的になのか永久的になのかは分からない。
ただ少なくとも、狙撃銃の引き金を絞った瞬間に爆発した時の負傷からは少しずつ回復している。そしてこの後からは『それ』は恐らく使えない。片腕のみ、突撃銃、拳銃、ナイフだけで切り抜ければいけない。
「レイ。来たよ」
強化服を通じて通信が入る。
「どこかが失敗したな」
作戦通りに行けば、この階段を上っている時に敵はこないはずだ。
「いったん離れようか。管制室の奴らが失敗したようだ」
階段では分が悪いとロベリアが12階層で立ち止まり、横の扉を開けて中に入る。もうすぐで中央コンピューターがある15階層だったが、背に腹は代えられない。今は無理に進む時じゃない。
「行けるか?」
「大丈夫だ」
12階層はすでに何者かからの襲撃を受けた後のようだった。職員用に設置されたコンピューターや個室が破壊され、床には機材と死体が散乱していた。どれも跡形もなく、特に死体については首を切られていたり内臓が引きずり出されていたり、酷い有様だった。12階層を短時間で制圧するのならば、こんな面倒な残虐行為をする必要がない。だとしたら単純に殺しを楽しむ奴がいたのだろう。
「まあね。私達は良いことをしているわけではないし、立場上、そういう奴が組織に紛れ込むのも無理はないことだよ」
死体を見ながら歩くレイを見て、ロベリアが何を考えているのかくみ取って、そして捕捉するように付け加えた。
「ただ。そういう奴を無理に排除することは出来ない。何しろ私達は数が少ない。戦える人材をそう簡単に手放すことは出来ない」
「ああ。知ってる」
組織、という連帯にレイは身を置いてこなかったが、そのぐらいの事情は理解できる。レイだって、殺しを楽しみはしなかったものの多くの命を奪ってきた。非難する資格は一ミリたりとも残っていない。
「ここを通ったってことは管制室に行く奴らだろ」
「そうだね。失敗だ。だけどまあ、管制室の機能自体は停止しているから相打ち、という方が正しいかな」
「………そうか」
「…確かに、複雑な感情にもなるね」
「…ああ」
レイはそう返して突撃銃を捨てた。必要になるかもと惰性でここまで持ってきてしまったが片腕が使えない現状で必要ないためだ。
「いいの? それで」
レイが左手で拳銃を持つ。左手での射撃は慣れない、だがそうとも言ってられない。
「大丈夫だ。俺のこいつも、ロベリアの|RF-44ほどじゃないがメイン張れる性能がある」
「それなら良かった」
ロベリアがそう返すと、二人は振り返った。
「来るよ」
「用意できている」
ロベリアがフロア全体の照明に関わるスイッチを押し込む。すると12階層は暗闇に包まれた。
直後、レイたちが入って来た扉が爆発すると共に警備員が突入を開始した。
◆
「ダロトさん。もう治ったんですか?」
「いや完治はしてないな」
退院したダロトはPUPDの施設でリハビリに励んでいた。今は夜であるため休養の時間だが、その際に仲間がそう言葉をかけてきた。
傷と言える傷はすべて完治している。ただ感覚的にはまだ合わないもので、切られ分離した左腕から肩にかけての動きがどうにも鈍い。負傷前と比べると僅かにタイムラグがあるように。
ただもう治りかけていて、いつでも戦線に復帰できる状態だ。作戦があればいつでもまた戦える。仲間を失った今、前のようにとはいかないが、別の部隊へと編入され仲も良好だ。
「………こいつ」
ただ一つ気がかりなのはトリスについてだ。病院で治療を受けている間、そして新しい部隊に加入してからの短い時間の中で失踪したトリスの行方について調べていた。
簡単にはいかない。彼もPUPDの隊員。足跡を残さないことぐらい容易だ。しかしあちらは個人であるのに対してPUPDに属するダロトには議会連合という後ろ盾がある。
その情報網を持ってして、捜査は難航したが幾つかの情報を得ることが出来た。
どうやら評議会のメンバーと接触し機械化手術を受けたようだった。どこまでを機械化したかは分からない。ただ少なくとも、トリスの覚悟をくみ取れば危険な機械化手術に身を投じたのだと容易に想像できる。
もはや自分の命などどうも思っていないのだろう。急な機械化手術はスプラッタアニムスの進行を早め、肉体に適合せず拒否反応を起こせば体は自壊していく。
「…ったく」
トリスのことを特別気に入っていたわけではない。しかしそれでも、たった一人の生き残った仲間。少しぐらい思い入れがあっても不思議なことではなかった。
その時、テーブルの上に置いてあった通信端末が震えた。仲間、それもこの部隊の隊長から部下に向けての一斉送信だ。送られてきた音声記録は勝手に流れ出し、用件を一方的に伝える。
『総員。装備を整えて五分後に車庫に集合。隣の都市にある支局ビルが襲撃を受けた。間に合うかは分からんが、俺達にも出動命令が下された。五分後に集合だ』
支局ビルの襲撃、ということは反政府主義者関連だ。そして場所は特別12管理区の近く。
少年とロベリアという反政府主義者の顔がダロトの頭の中に過った。
動悸がする。良くない予感だ。
「……ったく。ついてねえな」
ダロトは頭を振ってそれらの不安を振り払うと、急いで準備を始めた。
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