第64話 機械化による弊害と利点
「引き締めろ。正念場だ」
ロベリアが呟き、モーグとの戦闘が始まった。
四人はほぼ同時に銃を構え――。
(消え)
モーグの姿が視界から消えた。光学迷彩かとも思ったが起動から一瞬で姿を消すほどのものはまだ開発されていない。だとしたらなんだと――レイが高速で考える。しかし結論を下すよりも早く、状況は変化する。
「―――ブロック!!」
消えたと思ったモーグだが、いつの間にかブロックの目の前に立っていた。何が起きたのか分からず、レイは完全に思考が停止する。それは他の三人も同じで目を見開いたまま固まった。
恐らく、その硬直は本当に僅かな時間だったのだろう。そして一番に意識を取り戻したブロックはコンマ数秒しか硬直していなかった。しかしそれは戦闘においてあまりにも致命的過ぎた。
「こいつ――」
擢弾発射機をモーグに向けようとブロックが動く。だがモーグが肩に背負った小型ミサイルを撃つ方が遥かに早かった。
次の瞬間。小型ミサイルがブロックに直撃し爆発音が響く。
「………ぁ」
体が弾けた。四肢は飛び散って天井に張り付いた。血しぶき広がり、地面が赤く扇状に染まる。
静寂。
の後に吹き飛んだ肉片が地面へと落ちる音が響く。
赤い煙が収まった後、すでにそこにブロックの姿はなく肉片が飛び散っているのみだった。
「………」
忘れていたわけではない。覚悟していなかったわけでもない。当然にありうること。作戦開始の時からすでに決意を固めていた。
しかし。
それでも衝撃はある。一瞬、立ち止まる。思考が停止する。モーグが次の攻撃へと移るのをただ、対策せずに眺めてしまう。だが。レイだけが違った。単純にブロックとあまり関りがなかったのもあるし、今までアカデミーでの生活と傭兵としての生活というかけ離れすぎた二面を持って生きてきたのもある。
だからこの場においてただ一人、モーグの動きに反応できた。そしてモーグよりも早く動き出していたレイは、機関銃に掛けられたモーグの指に弾丸を叩きこんだ。破壊することは出来なかったが、指がはじけ飛び引き金から外れる。
「やるなぁ。小僧」
そこで初めて、モーグが口を開く。そして標的をレイに定めた――時にはすでにモーグは視界からいなくなっていた。
(またか――!)
だがもうこれは初見じゃない。原理は分からない、過程は分からない。だが結果さえ分かっていれば対処のしようがある。
すでに人間の感覚器官を逸脱した機能を持つレイの聴覚が背後に移動したモーグを捕らえる。と同時にレイが振り向くと小型ミサイルを撃ち出そうとするモーグがいた。
(馬鹿みてぇに同じ動きだな――っ!)
ブロックが粉々に飛び散った瞬間がフラッシュバックしながら、レイは対応する。突撃銃を構えるには僅かに時間が足らない。追尾機能が搭載された小型ミサイルを避けきるのは不可能に近い。
だとすれば。
使うしかないだろう。出来れば使わずにこの依頼を終えたかったが仕方がない。命には代えられない。
背後に立つモーグの姿を確認した時にはすでに、レイは突撃銃から目を離していた。代わりに『それ』を起動し拳銃を作り出す。小型ミサイルが撃ち出されるよりも早く、レイは引き金を引いた。
撃ち出された黒色の弾丸は肩に搭載されたミサイル発射口を破壊する。そして続けて、レイはモーグの頭部に向けて発砲した。
「――かてぇな」
弾丸はモーグに当たる直前で煙を上げて弾かれた。装甲に当たって跳ね返ったのとは少し様子が違うように見え、レイはすぐにその正体に気が付く。
(電磁防壁か)
モーグの体全体に張られている電磁膜。それが弾丸を弾いたのだ。
レイが衝撃に駆られる中、小型ミサイルが使い物にならなくなったモーグが機関銃をレイに向ける。
「――っっぱりか」
防ごうとレイが拳銃を発砲しようとした。しかし右腕の感覚が無くなるほどの激痛によって引き金を引くことすらままならない。
『それ』に異常が生じ始めたのはPUPDに囚われかけた時からだ。都市から逃げる時に車両を破壊され、集中砲火を受けて気絶した。その後、囚われはしたものの意識の覚醒と共に窮地を脱した。その時だ。意思を持ったように身体に巻き付き、手足のように動く拘束器具、自分の物では無くなったと錯覚したほどに黒く変化した右腕。起き上がり、ミーシャ達と対峙したあの時から『それ』はおかしくなり始めた。
使用する度に激痛が走り、形態変化さえも満足に行えない。使い過ぎか、燃料のようなものが不足しているのか、それとも劣化か。様々な原因が思い浮かんだが何一つとして手がかりにはならなかった。
現状、無理すれば『それ』を使うことは可能だ。だが日によって好不調があり、悪い時にはせいぜい一発程度しか撃ちだすことが出来ない。そして今日は、不調の日だった。
右腕の激痛によって僅かな隙が生じたレイは、回避行動を取ることが間に合わずに至近距離からの機関銃を食ら―――いかけた。ロベリアのRF-44から撃ち出された弾丸が機関銃に穴を開け、光学迷彩を起動して背後から忍び寄ったヨシュアが散弾銃を至近距離からモーグの頭部に浴びせ、機関銃は弾詰まりと共に爆発し、モーグの頭部外骨格の装甲の一部をはじけ飛ばしたため、機関銃から弾が擊ち出されることは無かった。
だがその直後、モーグの姿がブレたかと思うとすでに後ろに振り向いており、背後にいたヨシュアに壊れた機関銃を叩きつけた。ヨシュアは衝撃でぶっ飛ばされ壁にめり込む。強化服の一部は機関銃と共に砕け散る。壁に埋まったヨシュアは人の形を保ってはいたものの、起き上がる気配はない。
「なんだおまえら。仲間が
モーグが機関銃を残骸から手を離し、肩に乗せたミサイル発射口を脱ぎ捨てる。
一瞬の攻防だった。だがレイたちはモーグの装備を破壊することしかできず、代償としてヨシュアを失った。ヨシュアはまだ息はしているだろう。壊れかかった通信機器からノイズ混じりにヨシュアの呼吸音が聞こえる。
ただ戦闘の続行は今のところ不可能だ。
(二人か……あれを解明しないとどうしようもないな)
謎の高速移動。モーグの前に立ちふさがり、レイの背後に現れ、ヨシュアを攻撃した。そのからくりが分からないことにはどうしようも出来ない。対処は出来るかもしれない、だが防戦一方となることは容易に想像できる。
時間は少ない。モーグは今、武器こそ持っていないものの肉弾戦だけで脅威になり得る。それまで把握しな――。
前触れもなく、モーグの姿が視界から消えた――と思った直後、腹部に強い衝撃が走りレイはぶっ飛ばされた。
「――チィッ」
だがレイはぎりぎりで防御姿勢を取っていた。横に移動したモーグから放たれた蹴りが横腹に命中するというところで、横腹と足との間に腕を挟ませて衝撃を軽減した。加えて横に飛び、さらに衝撃を吸収したとことでヨシュアのように強化服が壊されることなく、壁にめり込むこともない。
地面に手をつきながら、モーグを視界に収めながらレイが立ち上がる。するとロベリアから通信が入る。
『レイ。思考速度の加速……電脳化によるものだ』
そう一言だけ告げられた。すでにロベリアはモーグの高速移動について、そのからくりが分かっているらしい。
恐らく、先のレイへの攻撃で分かったのだろう。レイはロベリアの言葉は高速で頭を回して解釈する。
モーグは体全体を機械化しているというのは事前情報にもあった。腕、足、内臓に至るで、そしてそれは脳も例外ではない。電脳化によるメリットは多々存在する。コンピューター並みの演算速度、思考したことを相手に伝える念話のようなもの、情報処理など、数え始めたら切りがない。だが同様に欠点も存在する。中でも人間性の喪失が一番大きい。スプラッタアニムス発症への段階は電脳化によって一気に駆け上がるのは周知の事実だ。
だがそのデメリットを考慮しなければ電脳化は優れた技術である。
そしてもし、モーグが身体加速系の機械を身に付けたらあの高速移動のからくりも分かる。
アンダーマウント社のP-100、レッドロック社のF-2、ルッキーエン・フルググ三協のコモドドラゴンなど。身体加速に関する生態的、機械的な薬や機械は多く売り出されている。そのほとんどが常人でも使えるように改造されたものだ。しかし中には違法に、制限を越えた能力を一時的に得られるものがある。
だがそれらはたいてい、使いものにならない。
限度を超えた強化薬によって跳ね上がった筋力で目にも止まらぬ速さで移動する傭兵がいた。しかしその傭兵の最後は呆気なかった。死因は加速した世界の中で脳の情報処理が間に合わず――壁にぶつかって死亡というものだ。いくら体が加速したところで脳の情報処理が間に合わなければ意味がない。投薬によって思考を加速するのにも限度がある。
だが、電脳化だけが加速した世界に対応できる。高速の情報処理にはほぼ限度がなく、人によっては外部のコンピューターと同期させ情報処理を任せている場合もある。
もし、モーグがそうだとしたら。というより。そうとしか考えられない。モーグほどの人物が安いチップを使うはずも、電脳を使うはずもない。彼は加速した世界についていけるだけの情報処理能力がある。
「了解」
そうして、二秒にも満たない時間の中でロベリアの言葉を理解すると一言だけ返した。
同時に、モーグが視界から消えた。
動きはワンパターン。だが分かった所で対処法があるかと問われれば、限りなく否に近い。
どうすればいいのかは依然不明のままだ。しかし手探り状態で何かに挑むのは初めてのことではない。レイもすでに「了解」の返事と共に走り出していた。人からは逸脱した身体能力に強化服の性能も加わり地面を蹴ったレイは一瞬で先ほど自らに離した突撃銃へと近づく。モーグと肉弾戦だけで戦うというのは分が悪いためまずは突撃銃を持つところから、着々と一歩ずつ目標の殺害まで近づく。確実な依頼達成に求められる堅実な行動だ。
だが相手はモーグ。レイの身体能力がいくら強化されようと加速機械を用いたモーグの方が早い。レイが左手で突撃銃を拾い上げようとした瞬間にはすでに、至近距離でモーグが拳に力を入れていた。
モーグが拳を突き出す。機械化によって強化された拳は音速を越え、レイへと叩きつけられる―――はずだった。
(っ――)
ぎりぎりだが間に合った。元より、レイは突撃銃を拾おうとはしていなかった。当然だ。高速移動するモーグを相手に長物を振り回しても間に合わない。それに隙もある。
作戦通り、突撃銃を拾うとするのはただの罠。本命は『それ』による発砲にある。
痛みは伴う。感覚は消え失せる。だがそれでもモーグに致命傷が与えられるのならばそれが最善だ。
レイは『それ』を変形させ拳銃を作り出すと発砲した。近距離で連続で三発ほど。一発では電磁防壁を前に阻まれるが、二発目が電磁防壁を破壊し、三発目が特殊装甲を貫通しモーグの体にめり込む。生身の体ではないためたかが一発の弾丸では致命傷が与えられない。だがレイの仕事はそれで十分だ。
モーグから攻撃されることは元より分かっていたため、避けれる体勢を整えていたレイは、モーグの拳を地面を前に蹴って避ける。だが避けたばかりのレイにモーグが追撃を仕掛けようとする――が、ロベリアのRF-44がモーグの電磁防壁を一発で貫いて特殊装甲にめり込む。ロベリアは続けて発砲し、全弾をモーグの右足関節に命中させる。電磁防壁は破壊され、右足が破壊されかけたモーグは体勢を崩す。
あくまでも推測だが、加速機器は恐らく連続使用は出来ない。クールタイムに二秒から三秒ほど必要だ。その僅かな時間でモーグを殺しきる。それが作戦であり、唯一の勝ち筋。
モーグが体勢を崩したその瞬間にレイは後ろ向きだった体勢を前へと傾け、『それ』を拳銃から黒刀へと変化させる。
「なんだ、お前のその右腕のは」
レイの右腕を見て、モーグは思わずそれまで抱いていた疑問を呟く。だがその驚きによる硬直が致命傷となった。黒刀は電磁防壁や特殊装甲を意に返さず、モーグの左腕を切り落とす。
それまで前のめりだったモーグは思わず左足で飛んで退避する。横からはロベリアからの弾丸が降り注ぎ、モーグを着実に破壊していく。そして、レイはモーグが後ろに飛んで退くことを予測していた。
(予想通りだ)
レイは『それ』を拳銃から狙撃銃へと変化させた。
蛇型モンスターの足を破壊した時のものと同じものだ。あの時は巨大な蛇型モンスターへとその銃口は向けられた。しかし今回は違う。大きく見積もっても三メートルほどしかないモーグへと向けられている。
狙撃銃の姿かたちは蛇型モンスターに使用した時とは少し異なっている。『それ』の黒い部分が右腕の皮膚と癒着し、まるで右腕全体が狙撃銃へと成ってしまった、そんな造形をしている。
レイは息もせず、止まったようにゆっくりと流れる時間の中でゆっくりと狙撃銃の狙いを定める。
「じゃあな」
レイはそう呟いて、引き金を絞った。
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