第63話 モーグ・モーチガルド

 支局ビルの管制室はいつにもなく慌ただしかった。警報が鳴り響き、職員は走り回っていたりと、何かの異常事態が起きているのは確かだった。


「ダメだ! 外部から妨害されてるな。復旧まではどのくらいかかりそうだ!」


 管制室の中心で職員の一人が叫ぶ。

 現在、支局ビルは電子的にも物理的にも大規模な攻撃を受けており、あらゆる機能が停止した状態だ。まだどちらか一方だったら対応出来た。しかし二つともとなると厳しい。あらゆる防衛設備が機能しなくなり、それにより正面から入って来た敵に対処できなくなる。悪循環だ。

 何よりも、物理的にコードや電線を抜かれたり切られたりするのが最も想定される中で最悪の状況だ。もはや復旧は不可能になり、防衛設備無しの対処を迫られる。


(どこまで入られた!)


 まだ監視カメラは使える。

 管制室の中央で、男は冷や汗をかきながらモニターに視線を移す。そこには強化服を着た四人の者達が映っていた。正面からの突破。よほど自信があるのだろう、実際、戦闘経験のない男でも侵入者が歴戦の戦士だと分かるほどに圧倒的なまでの力があった。

 そしてあの四人だけが侵入者ではないのだろう。きっと陽動だ。機能停止した裏口から、別の入口から敵が侵入している。監視カメラはなく、あらゆるセンサーは稼働しておらず、男には戦いに関してのあらゆる知識もないが、そのぐらいのことは分かる。加えて、厳重な防衛措置が何重にも張られたシステムをダウンさせる攻撃。何十、何百と敵がいるかもしれない。今、見えているのはたった四人だが、その背後には多くの敵がいるのだと、そのぐらいの当たり前は分かる。

 現在、どの辺まで敵が来ているのかは分からない。もう、すぐそこまで来ているのかもしれないし、まだ侵入している途中のなのかもしれない。だがいずれにしても、残された時間は少ない。相手を分析し、システムを復旧させ、対処をしなければならない。


(まだロビーか)


 少なくとも、今見えている相手はロビーで辛うじて動くターレットや警備員、ドローンと戦闘を行っている。しばらくは持ちこたえてくれるだろうが、依然、状況は劣勢だ。

 設備は十分だった。だがまさか、支局ビルを襲撃する者が現れるなどと想定はしていなかった。議会連合に喧嘩を売るような行為、それこそ反政府主義者しかできない。


(たかが反政府主義者如きが。ここまで)


 男はモニターを見ながら歯を噛みしめる。だが、視界の隅に何かが映ったことで表情が一気に喜々としたものへと変わる。


「―――ッッっははっは。いいぞ。動いてくれたか」


 視界の片隅にある監視カメラに人型ロボットが映っていた。分厚い特殊装甲には電磁防壁が張られており、あらゆる弾丸を弾く。頭部は専用のヘッドギアによって守られている。肩には、全12発の小型ミサイルが搭載され、右腕にはアレス用に作られた機関銃を小型化した物を握っている。

 映像で見るだけ、だがそれだけで威圧感を感じる風貌。目前に立ったとしたら気絶してもおかしくない。それほどまに、その物体は死の象徴だった。


(モーグ・モーチガルド!エドワードが護衛を派遣するとはな。ありがたい)


 最強の傭兵が出てくるのならば話が変わる。この劣勢の状況も彼が戦場に降り立つだけで一変する。それほどまでに彼は異次元の存在だ。加えて、彼は昔名を馳せた時よりも強くなっている。全身の機械化により生態的な弱点はほぼなくなり、強力な武装を体に仕込めるようになった。


「はっはっは!勝てるぞ!ざまぁみろ!」


 男が叫ぶ。そしてそれとほぼ同じく、管制室の扉が開いた。


(誰だ…)

 

 開いた扉から廊下が見える。そこには何人かの人の姿があった。全員が強化服を着て、突撃銃を持っていた。


「撃て」


 その合図で、やって来た達が一斉に突撃銃を発砲する。

 そして状況を瞬時に理解し、死を受け止めた男は最後、モニターに映るモーグ・モーチガルドを見て笑って――体中に鉛玉を食らって肉片になった。


 ◆


「こっちはやった!」


 支局ビルのロビーで、物陰に隠れながらもRF-44を発砲するロベリアが仲間に情報を伝える。四人は互いに離れており、そして銃声のため普通に話しても声は聞こえはしない。しかし強化服に搭載された通話機能によって、ロベリアの情報はとどこおりなくレイ、ヨシュア、ブロック、そして外で総合支援を行っているミラへと伝達される。

 ロビーは広く、幾つかの柱と人口植物、椅子やテーブルなどの物が雑多に設置されている。それらすべてが障害物として機能し、レイたちにとって有利な状況だった。それに支局ビルの内部構造をレイたちは知っている。事前にどのように行動し、対処するかは頭の中に入っている。

 四人全員が統率のとれた動きで、狂いなく、敵を仕留めていく。防衛設備と用意されている機械は三種。動きは遅いが頑丈でミサイルを積んだ二足歩行のロボット。天井や床に格納されたターレット。


(自爆ドローンか)


 そして最後に様々な種類のドローンだ。小型ミサイルを積んだものもあれば、小銃を取り付けていあるものもある。そして今、柱で隠れるレイに突進してきている、自爆型のドローンも存在する。

 近づかれた終わりだ。直接の爆発で死ななくとも、強化服が損傷する可能性がある。

 今後の戦いに備えて、出来るだけ損害は少なくした方がいい。

 レイは柱から半身を出して、ドローンが近づいて来ているという状況であるのに、慌てることも恐怖することもなく、ただ冷静に狙いを定め――突撃銃の引き金を引いた。

 宙を駆け、高速で飛翔した弾丸はドローンに命中する。レイの使っている突撃銃は当然、市販には出回らない品だ。それ相応の破壊力を持ち、たった一発の弾丸が命中しただけでドローンは粉々に砕け散る。

 そしてドローンに積まれていた爆薬は設置部分が破壊されたことで落下し、真下にいたロボットと警備員を巻き込みながら爆発する。レイは続けて、五回引き金を引き、五台のドローンを破壊する。持ってこれる弾丸には限りがある、慎重に使わなければならないため一発も外すことは出来ない。レイは、続けてロベリアやヨシュアの元に向かって飛んでいくドローンを撃墜していく。

 

 一方で、重厚な装甲を持つロボットの対処はブロックの仕事だ。回転弾倉式のグレネードランチャー擢弾発射機による砲撃によってロボットとその周辺を巻き込んですべてを破壊する。


「はっは!ざまあねぇな!」


 立ち上る黒煙を見ながら、ブロックが上機嫌に笑う。反政府主義者として今まで隠れ続け、逃げ続けた中で燻ぶった閉塞感、不満の解放。ブロックが上機嫌になるのも無理はなかった。

 だが同時にその油断は隙を生む。


「――っうお」


 ブロックの顔面すれすれと一発の弾丸が通り過ぎる。ブロックは急いで柱に隠れ、そして体勢を整えた。


「死ぬわよ、馬鹿」


 そんなブロックにロベリアから一言だけ告げられる。ブロックはその言葉を真摯に受け取り反省する。


「ッチ。すまねぇ。浮かれたな」

「死んでも勝つ、は最終手段よ」

「そうだな」


 そして二人の通話が終わると、ロベリアとヨシュアが共に攻勢を仕掛ける。光学迷彩を起動し、二人は透明になる。光学迷彩はバッテリーの消費が早いため後のことも考えるとあまり使用することは出来ない。

 

「一瞬で終わらせるわよ」

「分かってますよ」


 ヨシュアとロベリアは一言だけかわすと警備員が防衛するエリアまで移動する。音も立てず、気配すら悟らせず。だが迅速に動き二人は警備員の背後に立つ。


「おい!二人いねぇぞ!」


 警備員が異常に気付き声をあげる。だがもうすべてが遅かった。警備員が周りを見渡すとそこには光学迷彩を解除したロベリアの姿があり、RF-44の引き金に指をかけていた。


「こい――」


 額に命中した弾丸は警備員の頭部を吹き飛ばし、地面へとめり込む。背後から鳴った銃声に他の警備員が振り向く。しかしヨシュアが持つ散弾銃を近距離から食らい、強化服の防御性能も虚しく、身体は粉々に飛び散る。

 そして警備員が前方から意識が逸れた瞬間、レイは走り出しロボットを蹴とばして倒すと、警備員を確実に殺せる位置まで移動した。


「………」


 息も集中も切らさず、レイは静かに突撃銃の引き金を引く。背後からの射撃ということもあり、敵を貫通した弾丸がロベリアとヨシュアに当たる可能性もあったが、レイの卓越した射撃技術がそれらの不安を消す。事実、撃ち出された弾丸は敵の頭部を確実に捕らえた。一発で強化服のヘルメットを破壊し、二発目で確実に仕留める。

 敵を殺しきるのにそこまでの弾数は必要ない。求められるのは卓越した射撃技術のみ。

 今までの積み重ねた経験が如実に表れていた。


「ありがとう。レイ」

「助かるよ」


 レイは一瞬で警備員を殺しきり、二人から感謝の通信が入る。


「今はそんなこ……」


 だが今は感謝なんて伝えている場合ではないだろうと、レイが振り向くとすでにロボットとドローン、そして残っていた警備員のすべてが壊され、殺されていた。


(もう終わってたのか)


 擢弾発射機を担ぎながら歩いて来るブロックを見て、そして振り向いてロベリアとヨシュアをそれぞれ見る。

 ロビーは制圧できた。

 そして今頃、別働隊が管制室と動力部に向かっているはずだ。そうしていったん四人が集合したところでミラから連絡が入る。


『監視網と防衛設備はもう壊したから警備員だけに気おつけて。上層階は警備員少ないけど、どうしても質が上がるから。油断はしないでね、特にブロック』


 ミラからの通信で、三人が一瞬だけブロックに視線を向ける。


『ったく。もうしねえよ。俺だって死にたいと思ってるわけじゃねぇからな』

『そう。じゃあ引き続き頑張って』


 ミラがまたハッキングへと移る。

 そして四人は一瞬だけ息を吐いて休憩すると上層階へと向かって歩き出した。


「………不確定要素、まだここで来てくれてありがたいか」


 四人が歩き始めた瞬間に天井を割って現れたのは人型のロボット。だがこれまでのように防衛設備として用意されていたものではない。事前の資料に乗っていた装備とは異なるようだが、あれは確かに――モーグ・モーチガルドだ。


「引き締めろ。正念場だ」

 

 ロベリアが呟き、モーグとの戦闘が始まる。

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