第62話 作戦開始

 隠れ家の一室。特に機密性の高い事案について話し合う時に使われる部屋でレイ、ロベリア、ブロック、ヨシュア、ミラの五人が話し合っていた。主に話しを進めているのはロベリアで、ブロックとヨシュアが疑問点について訊き、ミラとレイはただ黙って聞いていた。


「エレイン隊から最終通達があった。よほどのことが無い限り、この作戦内容のままで行くことになる」


 エレイン隊と直接コンタクトを取れるのは現状ロベリアだけだ。そのため、ロベリアはこうして貰って来た情報を仲間に共有する。


「みんなはもう資料呼んだよね」


 テーブルを取り囲む五人の前にはそれぞれ何枚か紙が重ねて置いてあった。この現代において紙での情報交換はほとんどの場合において行われていない。しかし機密性の高い情報を扱う時だけ、こうして紙や口伝で情報が共有される。サイバー空間より紙の方が。情報の削除が容易かつ、確実である、という単純な理由だ。

 ロベリアを含めた五人はすでに、その配られた資料にはすでに目を通しているため、ロベリアは書かれていない部分の補足説明や重要性の高い場所についての確認を行う。


「まずは予定からね。明日の16時43分に反政府主義者なかまの協力のもとこの都市を出る。それまでに装備の点検、準備は済ませておけ。着いたらすぐに作戦開始だ。荒野で7時間27分の移動の後、ミルトン交易都市に到着。日にちを跨ぐのと同時に作戦開始。何かあるか」


 ロベリアが全員の顔を見る。そして何もないことを確認すると話しを進めた。


「私達は事前の予定通り、正面から突入することになる」


 正面からの突破。つまりは警備員も防衛設備もすべてが潤沢に揃っている危険地帯にレイたちは突っ込むことになる。裏口などからでなく、正面から。残酷な役回りだろう。陽動は必要だ。そして正面突破という陽動を成功させるのには力が求められる。

 使い捨て、というわけではないが、それらの条件によってロベリアたちが選ばれた。

 レイ以外の他のメンバーはこの作戦を事前に聞いていたため特に驚いている様子はない。しかし最終確認でも同じということは、やはり正面突破するしかないのだろうと、落胆の色が見える。


「私の責任だ。条件を引き出せなかったのが悪い」


 ロベリアが頭を下げる。エレイン隊と取り引きしたのは、出来るのはロベリアただ一人。そしてこのような役回りを任されたのはすべてロベリアのせい………というのはあまりにも酷だろう。それに、仲間達はロベリアの責任だと、一ミリたりとも思っていない。

 反政府主義者この道を選んだ時から覚悟が出来ている。それにもしもの時があっても、議会連合に一矢報いて死ぬことが出来る。今まで情報提供や武器の共有などで無念に散った仲間がいる。そいつらのことを思えば最高の役回りだと、ブロックは笑った。


「別にいいじゃねぇか。あの気取った奴らを直接叩けるんだろ? 最高の役じゃねえか。ロベリアお前が悩むことなんて一つもねぇ。それによお。エレイン隊からは支援が受けられるんだろ?」

「まあ、さすがにね」


 人員を配置することは出来ない。しかし代わりにターレットやドローンなどの防衛設備をエレイン隊が事前にダウンさせることになっている。それだけで十分だと、ブロックはロベリアの責任を笑い飛ばす。

 

「ふ。そうだね。頼んだよブロック」

「当然だ」


 ロベリアが再度、四人全員を見ると資料に視線を落として続ける。


「今回の作戦で潰さなきゃいけないのは動力部と中央コンピューターシステムね。私達が担当するのは中央コンピューター。動力部の方は別の部隊が担当するが、あっちは都市の主要機関に電力を流す生命線。対して中央コンピューターこっちは支局ビルだけを司っている。どちらとも防衛設備は厚いが、まだこっちがマシ。増援が見込めない代わりの妥協策といったところね」


 今回の作戦は『神墜とし』を使いビルを潰すことが最終目標だ。そのためにはビルに張り巡らされた電子的防御と反重力機構を破壊しなければならない。動力部を壊すことで反重力機構へのエネルギー支給を停止させ、中央コンピューターの破壊によって制御を不可能にする。

 今回、ロベリアたちが任されたのは作戦の根底を成す重要な部分だった。

 ロベリアが四人の顔をそれぞれ見る、するとヨシュアが資料を見ながら疑問点に触れる。


「支局ビルに入った後、中央コンピューターを目指す具体的な経路が書かれていないけど、分かっているのかい?」

「それについては私に資料が渡されている。人数分渡されなかったし、複製も禁止だからね、みんなに渡せなかった。後で一人一人に回そうと思ったけど今がいい?」

「いや、大丈夫だよ。後でじっくりと見させてもらうことにするよ」

 

 聞きたいことが終わったヨシュアは少し姿勢を正して、もう一度資料に視線を落とした。一方でロベリアは周りを見て何もないのを確認すると最終確認を行う。


「今回の任務で最も厄介なのはモーグ・モーチガルドだ。マーシャル・エドワードの護衛に付くこいつとは必ず戦闘になる。どんな装備を持っているのか、どれほどの実力があるのか全くの未知数。どこにいるのかも不明。不利だと判断したら退避しろ。こいつ相手はそれが許されている」


 1人じゃ勝てない。そんな当たり前の事実を知っていた単騎で挑む馬鹿はいない。命欲しさに逃げるのではない、戦略的撤退というやつだ。

 

「こいつは元々想定外の奴だ。本来なら作戦には組み込まれていなかった」


 この支局ビルの襲撃。本来ならモーグ・モーチガルドの存在は考慮されていなかった。しかし作戦開始20日前になってマーシャル・エドワードと、その護衛であるモーグ・モーチガルドが支局ビルを訪れることが分かった。

 この作戦には莫大な費用と人材を投資し、緻密な計画を根回しを持って形になった。だから今更、作戦を大幅に変更することは出来ず、モーグ・モーチガルドという想定外を許容しなければならなかった。

 故に、対抗策も満足に用意されていない。

 しかし少しならば対処できる用意がある。事前に知っていて対策をしないわけがない。

 だからこその戦略的撤退。

 すべて、伝えたいことを伝え終わったロベリアは最後に、いつもより声を張って言う。


「今言ったことですべてだ。細かい部分についても、事前の予定から何も変わってなない。私が言う必要もないだろうけど、明日の昼頃にはもう準備を終わらせて待機しておいて。誰が死のうと、誰が生き残ろうと、任務の成功にすべてをかけろ」


 そう言って、ロベリアがすべてを締めくくる。

 明日、と言ってもいい。あと一日で作戦開始の合図が鳴る。終わった時、この中から犠牲が出ても仕方がない。誰が負傷しても仕方がない。


「当然だな」

「分かってますよ」

「私はまあ、全力でサポートするわよ」

「ああ…」


 ブロック、ヨシュア、ミラ、レイ、それぞれが返事をする。

 

(生きて西部に…か)


 そしてレイが心の内で呟いて、そして日は過ぎて行った。


 ◆


 荒野を一台のトラックの車両が走っている。音もせず、黒く塗られた車体は夜に紛れて見えない。加えて電子的な妨害も受け付けず、探査レーダーにも引っかかることはない。

 運転席と助手席に二人。その後ろ、コンテナの中には三人が座っていた。その内の一人、ミラはコンテナ中央に設置されたコンピューターを操作し、最終確認をしている。

 その脇で、床に座り込んでいるのはヨシュアとレイだ。どちらとも頭から足の先まで強化服を身に付けている。市販では手に入らない高性能なものだ。二人は特に会話することなく、ただ車両に揺られるのみ。

 時間は刻々と過ぎて行き、月は昇る。世闇に紛れて移動するレイたちは着実に作戦開始の時刻まで近づいていた。ピリピリとした緊張感。だが震えは無い。今更、もう何も感じない。

 後戻りはできない。前に進み続けてすべてを置いて行って生きていくしかない。

 なに。

 いつもと変わらないことをするだけだ。逃げて、去って、置いて行って、また逃げて。戦って殺して、また逃げて。逃げ続けて、進み続けて。またしかばねの上に立つ。

 作戦開始の少し前、車両はゆっくりと停車する。

 

「レイ」


 そしてハンドルを握るロベリアがレイを呼ぶ。


「………」

 

 レイは無言で立ち上がり、そして助手席まで近づく。


「あれが標的だ」


 ロベリアに促されるように、窓から外をみた。

 暗闇を切り裂くようにその都市は燦然と輝いていた。多くの高層ビルが立ち並び、ネオンが煌めく。そしてその中心には一際ひときわ目立つ四角いビルがあった。

 見たことがある。

 作戦会議の時に何度も見た。

 あれが支局ビルだ。今からあれを文字通り押し潰すのだ。


「あそこにいるのはこの中部において権力を握る者のみ。今から私達が戦う相手は、この中部において絶対的だ。誰であろうと逆らうことは出来ない。ルールは彼らのためにあり、彼らが作る。実質的にこの中部で私達は奴隷のような存在だ。私達はチェスの駒で、あいつらはただそれを笑って見ている。まさに、文字通り、神のような存在だとは思わないか」

「ああ…」

「だが私達は今日、チェスボードをひっくり返す。上で胡坐かいて嘲笑ってる奴らを叩く」

「………」

「…レイ」


 ロベリアはまた、いつものように自信ありげな表情を浮かべ、言った。


「始めようか。を」

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