第61話 鈍痛にさよなら
「悪い。少し店を開ける。見ておいてくれ」
倉庫裏で銃を選んでいたロベリアとレイに、ブロックが声をかける。どうやら隠れ家の方に少し用事があるらしく、少しの間、店を見ておいて欲しいとのことだった。未だ二人は武器を選び終えていなかったが、このまま熟考していても何にするか決められず。ただ時間が過ぎるばかりだとどこかでそう思っていたので気分転換がてら、軽く了承すると二人は店頭に立つ。
昼前の時間帯だが店内に客の姿はおらず、レイとロベリアはおしゃべりをしながら時間を潰す。
「結局どうするんだ? 」
「どうする、ねぇ」
ロベリアは顎に手を当てて、天井を見ながら考える。
「まあ色々と見たけど散弾銃か短機関銃かな。私、RF-44しかいつも使わないからね」
「あーあれか」
RF-44。ロベリアがいつも使っている拳銃だ。拳銃でありながら銃身はバカみたいに長く、反動も無駄なほど大きい。女子供は当然こと、少し訓練を積んだぐらいでは到底、正確に狙いを定められないほどの反動だ。一発で肩は外れ、最悪ひびが入るかもしれない。それほどまでRF-44は扱いずらい。
単純に使用する弾丸が大きいというのもあるが、威力を高めるためにガスを注入することがその要因の一つなのだろう。威力を上げる代わりに扱いやすさを犠牲にした結果だ。
製造元は無く、昔ある友人に作ってもらったと言っていた。
きっと思い入れのある。そしてロベリアにとっては扱いやすい拳銃なのだと、レイはぼんやりと理解している。それにレイはロベリアがRF-44以外の武器を使っているところを見たことがない。
「じゃあ別に無理して選ばなくてもいいんじゃないか」
確かに難しい任務だが、だからと言っていつもと違うことをする必要はないんじゃないかと、レイは率直に思ったことを呟く。
「………確かにね。確かに…そうかもしれないね」
ロベリアがため息まじりに呟く。
「だけど、RF-44だけじゃあ、物足りないのも事実だ」
防衛用ロボット、ドローン。それだけじゃない、各警備会社の対処、PUPDへの対処、そしてモーグ・モーチガルドとの戦闘。人員も情報も、装備も何もかも足らない。
現在できる最高の用意をして挑んでも完璧にはならない。だが完璧に近づける用意は必須だ。
「そうかもな」
ロベリアの言葉にレイも同意する。言っていることはその通りだ。モーグ・モーチガルドが最後に発見された時、彼はすでに人間では無くなっていたそうだ。ただ人型ではあったらしい。
足、腕、胴体、臓器、頭部に至るまで彼の体は鋼鉄に置き換わっていた。遺跡から持ち帰った鉄板を加工し、それで身体を拡張を行い。身長は優に2メートルを越え、重量は250キロほど。手榴弾による爆発を直接受けても傷一つつかず、弾頭を食らったとしても負傷はしない。弾丸はすべて装甲の前に弾かれ、成す術はない。もはや人間としての部分の方が少ない、一目でそう分かる見た目をしていたそうだ。
事実、彼はすでに人間を辞めていた。
オカルト的なことだ。だが真実でもある。
人間を人間たらしめているものは果たしてなにか、肉体か精神か。少なくとも前者だるのならば体がどれだけ機械に置き換わろうとそれは人間である。
しかし。
恐らく。
決定的にその考えは間違っているのだろう。
だとすれば精神が人間たらしてめているのか、答えは否だ。部分的には合っているが。
旧時代にいたとされる著名な科学者マーセラフィム・ワルスキャナ。彼は人間を人たらしめているのは肉体、精神そのどちらともだと言っていた。その比重は肉体に偏ってはいるものの、確かにその二つが人間を構成していると、そう文献には乗っていたそうだ。
じゃあ。
だとしたら、もし人間が体のほぼすべてを機械に置き換えてしまったら、果たしてそれは人と言えるのか。該当者は正常な意識を保っていられるのだろうか。
否。
電脳化。完全機械化。意識のコピー。現代はそれほどの技術を持ちながら機械に人の意識を移すことも、人間の体すべてを機械で置換することもしない。
スプラッタアニムス。身体の機械化によって起こる人間性が喪失、という精神疾患につけられた名前だ。身体を機械化するほどその症状は進み、人格の喪失や感覚の鈍化、思考能力の低下、判断能力の欠如、などの症状が現れる。体に機械を入れる、置き換えることに気悲観を覚える人もいるというが、本能的、生体的な部分で危険だと認識していたからもしれない。機械化手術よりも割高だがわざわざ生態的手術を受ける者がいるのもそう言った要因が深く関わっているのだろう。
だがそうするのも当然と言えば当然こと。人によって症状の種類、進行具合は変わるが、今までにスプラッタアニムスに関する症状を発症しなかった者はいないからだ。
ただもしかしたら例外がいるのかもしれない。それこそ、モーグ・モーチガルドのような強靭な精神力を持った男ならば違うかもしれない。
「ねえレイ」
思考にふけっていたレイの意識はロベリアの問いかけによって元に戻される。
「なんだ」
ロベリアはゆっくりと一息置いて、話しはじめた。
「マーシャル・エドワード。レイは知っているかい?」
「初めて聞く名前だな」
「知らなくても当然のことだから気にしないでいいよ。それに今日の作戦共有で名前は絶対に出てくるはずだから」
「そうなのか」
「そう」
ロベリアはカウンター下に置いてあった護身用の拳銃を触りながら続ける。
「二日後。ちょうど私達が作戦を行うその日に支局ビルを訪れる評議会員の名前よ」
「殺すのか?」
「そうだな。人質にする案も出たが、私が却下した」
「……………そうか」
何も訊かない。傭兵として、依頼を受けた者たして聞く必要がない。
「RF-44。あれを作った奴はいつも仏頂面だった。でもいい奴でな。私はそのころ傭兵として生きてたんだ。そいつは武器屋の店主で、いつも修理と改造を頼んでいた」
「………」
「RF-44はその時に作ってもらった。そしてその仕事があいつの最後の仕事だった」
「……………」
「スプラッタアニムスの研究は今も進められている。当然だ、全身を機械に置き換えてなお、異常が認められない。そんな前例が出来たのなら莫大な金を生む。生体的手術の価値は低くなり、軍事企業が儲ける。このご時世だ。非人道的なことをしたって研究が進められればいい。人の命は軽いんだ。少なくとも私達のような一般人はな」
「………」
「バグド社。聞いたことあるでしょ、議会連合と直接取引している武器製造会社だ。10年ほど前から強化服を売り出し始め、今は機械化手術について取り扱っている。そして身体の機械化について、参入し始めてから1年ほど奴らはスラムの孤児、浮浪者を使って実験を進め始めた。悪いことだ。だが当たり前に行われていたことでもある。技術の進歩より人の命は軽い。当然の真実だ。孤児や浮浪者は使い捨てられ、また、その現場を見て、知ってしまった人も同様の結末を辿った。……ちょうどその頃、あいつは優しいからな、スラムで炊き出しを行ってたんだ。その時にバグズ社の人間がスラムにいるのをあいつは見つけた。……よくある、ありきたりな話だろ?」
「………」
「そしてありきたりな結末。最初から関わらなければよかった。探らなければよかった。馬鹿なんだよ、あいつは。無駄な正義感を持って生まれちまった。正義感なんてものは、あればあるだけ生き抜くくなるだけなのにな」
「……」
「言い忘れていたけれど、バグド社の裏にはマーシャル・エドワードがいた。あいつがすべてを握っていた」
ロベリアが静かに、拳銃を置く。
「すまないね。ただの作り話だよ、ありきたりのね……」
「そうか」
レイは呟いてロベリアが置いた拳銃を手に取る。そして安全装置を外してもう一度、ロベリアの前に置いた。
「俺がそこまで連れていく。大丈夫だ」
「……ふ。傭兵として?」
「…どうだろうな」
ちょうどその時、客がやってきて二人の会話は途切れた。そして二人は接客に対応を追われ、時間はすぐに過ぎ去っていった。
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