第53話 いつものパターン
レイがハンドルを切って狭い道を曲がる。PUPDに追われてはいるが、未だに掴まることはない。アレスの姿は見えないし、幸運にもレイは都市の外へと近づいていたためすぐに荒野へと出ることが出来る。
道を曲がり、大通りに入れば封鎖された門が見えてくる。幾つものワイヤーが張り巡らされて、一つの壁のように見える。一本、一本の強度も高いが、あれだけ集まればたとえアレスであっても突き破ることは出来ない。そして当然、レイの乗る装甲車両であのワイヤーを突き抜けて、通り抜けるのは不可能だ。
長く続く一本の大通り、このまま進めば十秒ほどで門にまで着く。それまでに対応策を講じなければ、装甲車両ごとすべてがおしゃかになる。
一旦、また道を反れて対策を練りながら都市内を逃げ回るか―――ダメだ。そこまでの時間はない。すぐにPUPDに追いつかれる。じゃあ装甲車両を乗り捨てるか――論外だ。荒野を移動する
「邪魔くせぇな!」
レイは腕を変形させ、黒刀を持つと運転席の上部に穴をあける。そして運転席から出て車両の上に乗ると、天井にくっきりと足跡が残るほど強く車体を蹴ってワイヤーに向かって飛んでいく。
今まで出会ってきたモンスターの中には装甲を持つものもいた。厚く硬く柔軟な皮を持つものもいた。しかしこの黒刀で切れなかったものは無い。すべてが等しく、たとえ強化ワイヤーであっても――変わらない。
包丁が中々入って行かないような、そんな違和感を覚えながらも黒刀は一太刀でワイヤーすべてを断ち切り、その僅か後に車両が通過する。その際にレイは車両に飛び乗って、天板の上に立つ。
車両は自動制御によってこのまま真っすぐに走り続ける。
レイはこのまま荷台へと移動し、後ろから来る敵車両に―――。
「ッ――っくそ」
横からの強い衝撃に車両が二回、三回と大きく横転して大破する。レイは荷台を蹴って、飛び上がったため巻き込まれることはなかった、が空で無防備となったレイに向けて一発の弾丸が放たれる。
高速で宙を飛翔した弾丸はレイの額に向けて飛んでいく。しかしレイが咄嗟に身を捩ったことで弾丸はレイの肩に着弾しただけだ。衝撃で周りに肉がぶっ飛び、散ったがそれだけだ、死んではいない。
そしてレイは飛んできた弾丸のことを忘れて、すぐに意識を切り替える。ちょうど真下を見ると全身を強化服で武装する大柄の男の姿が見えた。きっとあいつが突進して車両を横転させたのだろう。
レイは落下しながらに、黒刀から拳銃へと形態を変化させる。そして下でレイのことを待ち構える大柄の男に向けて発砲する。しかしそれと同時に、男が地面を蹴ってレイのところまで飛んでくると、弾丸は僅かに逸れて、一方で男が振りかぶった拳はレイの頭部を確実に捕らえた。
「ッチィ――」
ぎりぎりのところで、拳と顔の間に手のひらを噛ませていたため、レイが受けたダメージは少ない、しかし体は殴られた衝撃のまま地面へと落下する。レイはすぐに起き上がり、そして周りを見渡す。背後から装甲車両が近づいている、そして大柄の男もいる。
「――――またか!」
そして、都市方面から狙撃もある。レイは咄嗟に避けたが、弾丸が脇腹を掠った。
直後、後ろから走って来る四台ほどの車両から幾つもの弾丸が放たれる。そして前方からは大柄の男が突進を開始する。
銃弾による被害と、男の突進による被害、レイはそのどちらがより自分にとって危険かを瞬時に判断すると――男の方へと走り出した。
両者の距離は急速に縮まり、一秒にも満たない瞬間の攻防が繰り広げられる。レイは接敵と同時にすでに拳銃から黒刀へと形態変化させていた。斜め下から黒刀を男へと振り上げる。一方で男はさらに一歩、確実に拳が命中する位置まで近づくと、振り上げた拳を叩き落とす。
レイの刀は男の強化服をいともたやすく貫いて、左腕を切り落とし、肩の肉を大きく
「―――ッッ!!」
レイは地面を蹴ることが出来ず無防備になると、何の防御態勢も取れないまま拳を真上から叩きつけられる。
鈍い音がした後、風圧で砂埃が舞い散る。飛び散った砂が地面に落ち切ると見えたのは、膝立ちで右手で地面についたまま動かないレイと左腕、肩を大きく負傷し荒野に倒れる大柄の男の姿だった。
「―――っ、う。クソ」
そして、悪態を吐きながらも先に立ち上がるレイ。鼻からは血が流れ、視界は歪んでいるのかふらふらと、体はよろめいている。
「ああ!――クソ」
頭を振って、そして血反吐を吐いて。もうすぐそこまでやってきている敵車両に目標を定める。幾つもの弾丸がレイへと降り注ぐが気にならない。
男の拳を食らって尚、レイは生きているのだ。本来ならばプレス機にかけられたように潰れてもおかしくはないほどの、衝撃で肉片になってもおかしくはないほどの力だ。しかしレイはこうして原型を留めたまま、立ち上がって次の戦闘に備えようとしている。
「来いよ」
レイが一歩足を踏み出す。
「………ぁ、あ?」
だがその歩みは一歩で止まる。胸に衝撃が走った。見ると銀色の刃が自分の胸から突き出ていた。
「ダロトさん完璧でした」
そう後ろから声が聞こえて、振り返ってみると強化服を着た隊員が高周波ブレードを持って、レイの胸に突き刺していた。
「こい……つ」
レイが振り返ようとする。しかしその隊員は背景に紛れ込むように消えて行く。
(光学迷彩……か)
口から黒く濁り、少し固まった血があふれ出る。同時に、レイは膝をついて倒れた。
追い打ちをかけるように、光学迷彩で隠れていた三人の隊員が高周波ブレードをレイの胴体に突き刺す。
「―――っく……そが」
口から血を垂れ流し、体中から血が溢れ出す。もはや、指の一本も満足に動けないほど、身体は負傷していた。そして追い打ちをかけるように、続々とPUPDの部隊員が集まり、レイを取り囲む。今までのように簡易な武装ではない。全員が現在使用できる中で最高の最高の装備を使用している。レイがここからどう動こうと、状況が好転することなんてありえない。
そんな中、レイの傍で立っていた者がヘルメットを外して、震える声で呟いた。
「やっとだ。やっと、お前をここまで、死ぬよりも苦しい先がこれから待ってる。せいぜい、これまで殺した人達に悔い改めるんだな」
男――トリスは満足気な表情で死にかけのレイを見下ろす。そんなトリスの肩を隣にいたミーシャが叩いた。
「この傷だ。いくらRANT変異薬を打ち込んでいようと、回復は難しい。それにこいつを殺すことはまだできん。殺すなよ」
「…はい。分かってます。これはあくまでも個人的な感情ですよ」
「よし。私はダロトの様子を見てくる。この場は頼んだ」
ミーシャは四人の部隊員にそう告げて、離れる。だがそのすぐあと、その場に残ったトリスがある声を拾う。
「……るせせぇよ」
声は死にかけのレイの方から聞こえていた。
「こいつ、生きて」
「うるせぇ、んだよ」
次の瞬間、レイが僅かに腕だけを動かすと、その手には黒い拳銃が握られていた。レイの負傷と、『それ』の酷使によって著しく出力は落ちていた――が、レイが引き金を引くと、放たれた弾丸はトリスの首に穴をあけた。
「――あが、ッッ……ああ」
トリスは首を抑えてその場に倒れ、レイは他の部隊員達によって押さえつけられる。
「今すぐトリスを運び出せ!ダロトと同じく治療を受けさせろ」
銃声を聞いて、急いで戻って来たミーシャが各部隊員に命令を出す。
(ミスったか。まさかここまで動けるとは……それにこの武器、なんだ)
右手に握られ、少しずつ溶けてレイの腕の中にしみ込んでいく『それ』を見ながらミーシャが頭を動かす。そしてすぐに、部隊員から睡眠薬を受け取ると、レイに致死量を注入する。
「運び出せ。こいつを縛り付け、もう二度とあんなマネをさせるな」
レイが黒い帯によって器具に拘束され、固定される。
(まったく、面倒なことになった)
対象が完全に沈黙したのを確認した後、ダロトの様子を見に行けばよかったと、ミーシャは後悔する。だが今は任務中だ。後でいくらでも反省と後悔をすればいい、そう考えて、思考を切り替えるとミーシャは、固定されたレイがいる車両へと乗り込んだ。
◆
一台の車両の周りを複数の車両が取り囲むように荒野を走っている。まるで中心の車両が護衛されているようだが、あながち間違ってはいない。中心の車両にはレイが乗せられている。今まで何度も逃げられてきた、何かの拍子で今回もまた脱走されたらPUPDの信頼は地に墜ちる。
今回は議会連合、それも評議会のメンバーから命令が下されているためもう失敗はできない。あとは運ぶだけだ。そのために拘束道具を用意してある。レイは幾重にも重ねられた器具で縛り付けられている。管のような太い紐にはいつでも高圧の電気が流せるような機能が搭載されているし、耐久力も尋常ではない。最強の傭兵だと言われるモーグ・モーチガルドでさえ脱出するのは困難だ。
「リリサ。
「安定しています。信じられないほどの回復力です」
救急車のように運転席と患者を乗せるスペースで車両内は分けられていた。運転席と助手席に二人、そしてレイがいるスペースにミーシャとリリサの二人がいる。
「やはり頑丈さだけでなく回復力も向上しているのか。RANT変態薬の報告書には書かれていなかった効果だが、やはり試作品段階というわけか」
ミーシャは頭を悩ませる。
「治療の方は、自然治癒で十分か」
「いえ、臓器が破裂してるのでこちらで少し、治療しなければいけません」
「そうか、そこまでは無理か」
「まあ、RANT変態薬…でしたっけ。元は治療目的に開発されたものですし、そこまでの効果はないんだと思います」
「そうだな。だがそれはあくでも表向きには、だ。ホンダ博士は誰かと取引をしてこれを作っていたようだし、本来、作ろうとしていたのは別のものであったはずだ。この治癒力は恐らく、あくまでもその効果は本来の性能の副産物、という感じなのだろう」
「そう、ですか。まあ確かに、単純な力とかも強くなってしますし、戦闘目的に開発されたのかもしれませんね」
「そうだな」
ここでふと、ミーシャはレイの右腕を見て思い出す。
「そういえば、こいつが持っていた拳銃。どこにやった」
「分かりません。他の隊員も知らないと思います」
腐ってもPUPDの隊員。犯人が持っていた凶器を報告も無しにどこかにやるはずがない。だとしたら――。
「やはり、こいつは………いや、それも薬の副作用なのか?」
拳銃、黒刀。レイは様々な武器を使用していた。だがそのいずれも、レイがいつ取り出したのか、どこに仕舞っていたのか不明だ。映像を後で見返せば分かるだろうが、今はそんなこと出来ない。
何かの装備を身に付けているのか――とも考えたが、中部であのような武装は開発されていない。ミーシャが知らないだけなのかもしれないが、少なくとも既知のものではない。それかレイと共に行動していたロベリアから譲りうけたものなのか。ホンダ博士からの贈り物なのか。色々なことが予測される。
「それかこちらが主な効果なのかもしれんな、RANT変態薬の最も特筆すべき点はやはり、あらゆる機械部品への適合だからな」
RANT変態薬の本当の効果が、これなのかも知れないとミーシャは呟く。その呟きに返すようにリリサは口を開いた。
「確かに、その可能性もあるかもしれませんね。ただ私達がその真相を知ることは………出来ないですよね」
「ああ、そうだな。真相は知りたいが、教えてくれるものでも知れるものでもない。なにせ、取引相手は議会連合、上司のそのまた上司――よりも上の立場だからな。私達がどうこうできるものではない」
「…『任務に忠実であれ、己は捨てろ』でしたっけ」
「まあな。上はもっとカッコいいスローガンを考えられなかったのかと、センスを疑ってしまうような言葉の羅列だよな」
「ふふ。そうですね。それにしても二人は大丈夫でしょうか」
「ダロトとトリスのことか」
「はい」
「まあ大丈夫だろう。設備は十分だ、心臓や脳が破壊されない限り、回復する」
「そうですね、それは良かったです」
「……ん、まて。お前まさか」
「い、いや違いますよ。だって私h………」
ピーピーピー、と一定の間隔で機械音が鳴る。
「
治療器具が映し出す心拍などの情報にエラーが走っているように、故障したのか疑ってしまうほどに乱れている。機械は正常だ。だがこの数値が本当のはずがない。
ミーシャ、そしてリリサは機械を見た後、レイを見た。
「―――こいつ起きて」
レイは目を開いていた。そしてミーシャの声に反応するように眼球を動かす。
次の瞬間、ミーシャとリリサはそれぞれ動き出していた。
(薬を――)
(武器を――)
リリサは睡眠薬を、ミーシャは拳銃を、それぞれ手に持とうとする。しかしそれとほぼ同時にレイをきつく縛っていた管のような拘束道具が
ミーシャは拳銃をレイへと向けながら、また一つミスを犯したと歯を強く噛みしめる。
(あらゆる機械部品への適応――!!拘束道具は別のにするべきだったか――!!)
RANT変態薬はあらゆる機械部品を体に埋め込むことが出来る。
機械化の際に弊害となるのは、拒否反応だ。それをRANT変態薬は無くす、無くすために開発された。だが身体能力、回復力などの上昇を見るに、それだけの効果ではなかったということ。
(電子機器を支配下に置いているのか――クソ)
ミーシャは拳銃を発砲する。しかし管によってそれらは阻まれる。
「リリサ!早くし――――」
そして次の瞬間、辺り一帯を閃光が包んだかと思うと、車両は音を置き去りにして爆発を起こした。
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