第52話 筒抜け

「なあトリス。一体あの少年はどこに向かっていると思う」


 訓練終わり、更衣室から疲れた様子で出てきたトリスにミーシャが質問を投げかける。

 トリスはレイのことを思い出し、少しだけ顔を歪めると確かな怒りを感じさせながら、しかし冷静そうな口ぶりで言葉を紡ぐ。


「分かりません。ただあいつが最後に見つかった都市。マザーシティからだいぶ離れています。都市を転々としているのでしょう、我々から逃れるために」

「ほう。まあそうだな。合ってはいる」

「何か引っかかりの感じる返答ですね」

「まあな」


 ミーシャはそう言いながら壁に寄りかかる。


「トリス。この中部において、私達から逃れることは出来ると思うか?」

「…いや、それは不可能でしょう。あのモーグ・モーチガルドですら、この中部においては自由ではありませんでしたから、どこに逃れようと、どれほどの力を手に入れようと、俺達から、議会連合の元から逃れることは出来ません」

「…そうだな、あの最強の傭兵でさえ逃れることは出来なかった。この、な」

「………?」

「確かに、この中部において議会連合の力は絶対的だ。実質的にピルグリムクッキーズの指揮権を持つ元老院が動けばもはや誰であろうと生き残ることは出来ない。しかしそれはあくまでも、この大陸の中央だけでの話だ。分かるか?トリス」


 訊かれたトリスは天井を見て逡巡する。そして少しすると目を見開いて、驚いたような顔をして言った。


「……中部において、か。確かに、いやそこまで考えが及ばなかった」

「分かったか」

「はい…。今まで生まれてからここで育ってきたので、それが常識だと……失念してました。確かにがある地域ならば話は変わりますね」

「ああそうだ。この大陸を分ける三つの経済圏。西部、中部、東部。その中でも我々の住む中部は広大な土地を持つ、そのために中部から出るだなんて発想は出なかった。そもそも、経済圏を越えるのは色々と許可が必要だからな」

「そうですね」

「じゃあトリス。一体レイはどこに向かっていると思う? 確かに、議会連合は絶対だ。だがそれはあくまでも中部での話。西部や東部では異なる。つまり経済圏さえ越えれれば議会連合の権力は及ばない。分かるか」


 ミーシャは真っすぐに、そして真剣に真正面からトリスの顔を見て投げかける。そしてトリスはすぐに、ミーシャの言いたいことに気が付く。


「そうか。あいつは都市を転々とした――が、発見されるたびに西へと向かっていた」

「ああ」

「あいつは、経済線へと向かっているのか」


 ミーシャは笑う。


「正解だ。これで、あの少年を殺し、または捕らえやすくなっただろう?」

「…ははっ。これで、ありがとうございます」


 答えるようにトリスも笑う。

 

「じゃあトリス。我々はどうすればいいと思う」

「経済線に来ることを知っているのなら、待ち伏せをしておけばいい。あそこはだ。そこを経由しなけば西側に入れない」


 ミーシャはそのトリスの意見を否定するように笑う。するとトリスは頭を悩ませた。


「………荒野で待ち伏せか?」

「近いな、だが違う。あの広い荒野で待ち伏せをするのはリスクがある。モンスターもいるしな」

「………じゃあ……いやこれは違うか。なんだ」


 頭を悩ませるトリスにミーシャは笑いながらヒントを出す。


「まず、経済線の前で待ち構えるのは、議会連合側の武力を経済線に集めるのはダメだ。西側の感情を刺激することになる。議会連合としても西側と争いはしたくない、今はでこそ互いに無関心を貫いているが、直属の部隊である私達が集まったら、注意しなくてはいけないし、気を悪くするだろう? だから、私達は経済線で待ち構えることはできない」


 当然だ。いくら無関心でいようと、相手が戦う準備を進めてきたらこちら側も相応の準備をしなくてはいけなくなる。そういった誤解は議会連合としても了承しかねるものだ。トリス達が行こうとしても上層部に却下されるだろう。


「荒野で待ち構えるのも同様に、危険性と信頼性が低い。荒野は広い、だからいくらでも遠回りを出来るし、こちら側に隙が出来るまで隠れ待つことが出来る。私達とて無尽蔵に動けるわけでも、数がいるわけでもない。ありとあらゆるものが有限だ。効率的に敵を捕らえ、殺さなければならない。だから最善の選択を行う必要がある。分かるよな?」

「は、はい」

「よし、じゃあ以下を踏まえて、どうすればいいと思う」


「…確か、経済線に一番近い都市がありましたよね。そこで待ち構えるのはどうですか。あそこなら私達の経済圏内であるから、いくらでも出来ることがありますし、地の理もあります」

「正解だ。ここまで来るのに時間がかかったな。他のメンバーはもう気が付いてたぞ」

「すみません」

「まあいい」


 ミーシャは首をけだるげに振って、壁に寄りかかっていた体を立てる。


「別件だが、監視を続けていたホンダ博士もどうやら経済線に向かっているようだ。少なくとも、調べた限りでは二人の間に、またフィクサーともつながりが見られなかったが、このタイミング。もしかしたら二人は何かしらの連絡手段を持って、互いに共有し合っていたのかもしれないな」

「そう、かもしれないですね」

「まあ推測だ。全くの偶然、ということもあるだろう」


 ミーシャはそ言うと、腰に携えてあった拳銃を引き抜き、スライドを引いた。


「これだけ分かれば十分だ。そして好都合だな、二人まとめて叩ける。もう上から命令は下っている」

「………」

「これだけ言ったら、私達が次にどう動けばいいか、分かるよな」

「はい」

「すぐに準備を開始しろ。この長い任務にケリをつけるぞ」


 そうして、二人は経済線に近い都市へと向かった。

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