第51話 開発主任
「で、お前は確か、エノク製薬の研究員、だっけか?」
薄暗い街並みを通り抜けながら、助手席に座るホンダにレイが言う。
「あ、ああ。まあ一応、私は主任研究員だったが」
「そんなことはどうでもいい。わざわざこうして乗せてるのはお前の話を聞きたいからだ」
「あ、そ、そうだな」
レイは何も知らない。自らの体に打ち込んだ強化薬のことも、それによって得られた身体的な異常も。単純な身体能力が向上した、などの大雑把な情報は理解出来ている。これまでの数々の戦闘で身をもって体感してきたからだ。
だがしかし、なぜそうなっているのか、その根本的なことまでは理解出来ていない。
だからこうして、リスクを犯してまでホンダ博士を助手席に乗せた。
レイは黙ったまま、周りを注意深く警戒しながらホンダ博士の話に耳を傾ける。
「私は当時、エノク製薬に勤めていた。今はもう、こんな状態になってしまって強制的に席を外されてしまったのだがね。そして、私がエノク製薬の研究主任だった頃に作ったのが、君が自らの体に打ち込んだ薬だ。名前はない、ただ外部への情報開示の為に適当な名前は付けてある、もう覚えてはないがね。それで、その薬なんだが、実はある薬品を作ったことで昇進した結果得られた資金を基に作ったんだ。その薬品についてなんだが―――」
「回りくどい。どうせラフラシア関係だろ、その薬品とやらは」
少し記憶を
そしてラフラシア関連のことについてはレイも深く関わっている。なにせ、ラフラシアの流通元を直接潰したのはレイだ。そしてレイは受けた依頼については、それ相応に調べる。カザリアファミリーの動きや、アリアファミリアの資金の動きなど、そのため、レイには大体のことが分かっていた。
当然、その内部事情などは知らない、あくまでも一般で公開されている情報とフィクサーからの情報、そして自らが直接調べた結果得られた知識から推測しただけ。だが少なくとも、ラフラシアに関しての推測は当たっていたようだ。
「な、なんでそのことを知っている」
「カザリアファミリーも、アリアファミリアも、俺が依頼を受けて潰した。その時の情報から大体、何が起こったのかは分かる」
「そ、そうだったのか。その節は助かったよ。ラフラシアは私の逃げ出した部下が勝手に作ったものだ。もう今となっては意味のないものになってしまったが、私が製薬部門すべての主任に成れたのはあのおかげだからね」
「そんなことはどうでもいい。話の続きを」
「す、すまない。そ、そうだね、どこから話そうか。………あの薬は私が技術を盗用して作ったものだ。対外的な要因の為に用意した仮の名前を『RANT』……という。もともとは名前なんていらない代物だ。だってあれは、幾人かの交渉のために作っからね」
「誰とだ」
「名前は分からない。ただ人数は二人だ。一人は議会連合の評議会員だ。もう一人は――」
「おい待て。評議会員って言ったか?」
「あ。ああ。そうだが」
「本当か」
「私が今ここで嘘をついてどうするんだ」
「……そうか…」
警備隊員やPUPD、中部のどこに行っても追いかけてくる。なぜここまで執拗に追ってくるのかレイは様々な仮説を立てていた。その中の一つ、最も可能性が高いものとして議会連合が関わっている可能性があるとレイは考えていた。警備隊だけならば都市や、大企業ならば動かすことが出来る。しかしPUPDは議会連合直属の部隊だ。指揮権、命令権を持っているのは議会連合のみ。
そのためにPUPDが出張ってきた時から議会連合が絡んでいるとレイは考えていた。
しかし答えはその予想をはるかに上回るもの。
議会連合内にも序列はあり、各都市の代表者が集まる最低の位とその一つ上にある評議会と呼ばれる意思決定機関。その上に元老院があるが、これについての情報は全く出回っておらず、そして現場にも出てこないということで実質的に最高指揮権を持つのはこの評議会のメンバーだ。
そして、また、レイは驚きながらも納得していた。
なぜあれだけ警備隊を動かすことが出来たのか、そしてPUPDを出動させることが出来たのか、そのすべてを声一つで行えるのが評議会の面々。まさか自分がそんな巨大なものと相対していると思っていなかった、とレイは未だ現実を受け入れられない。
「じゃあなんで、というかなんでお前は
「いや、それは全くの偶然でね。私は昔、電気工学の方にいたんだけど、その時に作った革新的な技術を議会連合に提供したんだ。その時にその人とは知り合ったのさ」
「……はぁ」
レイは頭を振って、そして思考を切り替える。
「分かった。じゃあもう一人は」
「………それが、実は知らないんだよね。たぶん男、だとは思うんだけど文面上でのやり取りしかしたことがなくて、その……私が取引していた議会連合の人とも知り合いだったようだから、あまり気にせずにしていたのだが、やはり正体は聞いておくべきだったかね」
「…まあいい。それより次だ。お前はじゃあ、俺にその薬を捕らえたからこうして追っかけられているわけだな」
「あ、ああ。こうして頑張ってここまで逃げてこれたよ。だがまた見つかってPUPDが来てダメかと思ったよ」
「まだ安心するな。いつでもバレる可能性はある。それよりもだ。さっさとその薬の効果について教えてくれ」
レイの言葉にホンダ博士は目を見開いて、そしてレイの体をまじまじと見た。
「今、君にそのような症状は見られないが、私の作った薬を打ち込むと徐々に体は変化していく。全身が機械のような、液体金属のような物体に変えられる。君はそのような経験をしたことがなかったかい?」
体が変形するような、そんな経験はしたことがない。あるとしたら身体が能力が向上したぐらいだ。回復力や力など、本当に一般的なものが人並を外れたぐらいに強化されたぐらい。その変化が、ホンダの言うこととは一致していると、レイは思えなかった。
「いや、俺はそんなの知らないぞ」
「な、いや確かに、確かに実験段階ではあったが、こうして生きているということは適合したということ、なぜ症状が現れていない。気が付いてないだけか?」
「んなこと知らねぇよ。俺に聞かれても困る」
「なんでだ。君は確かに、スーツケースの中に入っていた一本の注射針をを肉体に突き刺し、中身の液体を体内に入れたはずだ」
「一本?どっちだ」
「どっちだって…開けたらすぐに入っていただろう?」
「あ、ああ…。それと別にスーツケースの底にもう一本入っていたが」
「――もう一本だって……?!一体何だそれは。私は知らないぞ」
「詳しくは覚えてないが、もう一つ、色の違う液体が入った注射針がスーツケースの底に置いてあったぞ」
「………なんだ、一体な…」
困惑した表情のまま頭を抱えていたホンダ博士が何かに気が付いたように顔を上げる。
「あ、ああ。まさかあれか。亡霊は気が付いていた、のか。ということは―――ッ、すでに完成していた、のか?!」
「おいどうした。何がどうなった」
「ま、まずい。いや、私も知らないが、くそっ。バレてたのか、すべて」
「おい!だからなんだって言ってんだよ」
「君が打ち込んだものは亡霊が所有していたものだ。まだ実験段階だと思っていたが――ッ」
「亡霊?誰だよ」
「今、君に説明している時間はない。取り合えず早くここから離れよう、彼の目が届かない場所に」
「おい、勝手に話しを進めてんじゃねえぞ。その薬とやらは、亡霊とやらは一体なんなんだよ!」
「あの薬品とも言い難いような代物は!彼が旧時代の頃から作りd―――」
次の瞬間、ホンダ博士の頭部が吹き飛んだ。
自爆装置か――とも疑ったが違う。窓が割れている。まるで弾丸を撃ちこまれた後のように。
レイは窓の外に目をやる。
身体能力向上に伴って得ることができた超人的な視力で、レイはそれを捕らえた。
「トリス。やったか」
「はい」
非常階段のような、ビルの側面に設置された場所でスナイパーを構える男と、その脇にいる女。レイは二人の存在を捕らえた。間違いなくホンダを殺したのは奴らだと、レイは確信する。そして相手は恐らくPUPD、ホンダは殺され、レイの居場所は割れた。
レイはハンドルを握り締め、そして狙撃銃を持つ男とその
「よし、もう取り逃がさない。これからは私達の時間だ」
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