第50話 周回遅れの結果

(……複雑だ…)


 少しの時間、親からの監視の目がないこの時間でニコはスラムへと向かっていた。怪しまれない程度の早足で、情報屋に会うために。

 あれから、レイのことについて随分と調べた。

 エノク製薬、『MRA』、『ラフラシア』の三つを入念に調べ、あらゆる情報を辿った。分かってきたのはカザリアファミリーとアリアファミリアの徒党。この二つがエノク製薬と関わりがあり、ラフラシアの流し元だという。だがこの二つの徒党は、すでに瓦解していた。構成員全員の死亡、という形を持って。何者かに襲撃された結果――だということは分かっている。そしてカザリアファミリーとアリアファミリア、どちらとも同一人物の手によって崩壊へと繋がった。襲撃犯は背が低かったそうだ。ローブを被り、武装はいつも同じものを使っている。知る人ぞ知る、マザーシティで働く身元不明の傭兵。

 それが、この二つの徒党襲撃に直接的に関わっている。

 もし、その傭兵とやらがレイだとしたら、そう考えずにはいられない。レイの様子がおかしくなり出した頃、ちょうどあの頃にアリアファミリアが壊滅した。何かがあった、そう考えてしまう。

 

 極めつけは――恐らくレイがいなくなる直接的な原因となる――ラフラシアとはまた別の薬品についてだ。ニコが持つ金と人脈を使い、情報を得て、情報どうしで繋げ合わせ、推測で保管した――憶測に憶測を重ねた予測だがどうやら、その薬品とやらの製造にはエノク製薬と議会連合の重役が関わっているらしい。加えるならば、それだけでは集まった情報の幾つかに矛盾が生じるので、その背後にもう一人、絡んでいるとニコは推測していた。


 今日はその推測の裏付けをするためにある情報屋に会う。その情報屋は元はあるフィクサーの部下だったという、スラム付近の一帯を掌握していた権力を持つフィクサーであり、今回の件にも関わっているという。

 現在はすでにフィクサーの任を降りてどこかに行ってしまったらしいが、その部下はその時の経験、知識で情報屋として活動している。その話が本当ならばかなり有益な情報となる。

 なぜレイがいなくなったのか、その根本的な原因にたどり着ける――気がする。あくまでも勘だが、確かに着々と近づいて行っている。あと少し、あと少しというところだ。


(頑張ればレイに辿り着ける。あと少し、あとすこ――)


 ドンッ。

 っと後頭部に衝撃が走る。


「あーあ。関わらなきゃよかったのによ。こっち側に来なければ一生安泰だったのによ。なんで足を入れちまったんだ。好奇心ってやつか?まあいいか」


 殴られた衝撃で気絶し、地面に倒れたニコを見下ろしているのはスーツを着た男だ。

 

「こいつの扱い方によっちゃ、俺もまたPUPDの中で階級が上がれるか?給与も上がるといいんだが、それにしてもトリス。あいつもめんどくせえことしてくれたな。ああ、いらつくな」


 男はトリスの上司であるワタベだった。

 ワタベはイラついたように頭を掻きむしる。


「ああ!………まあいいか」


 一度叫び、そしてため息交じりに呟いた。ワタベは冷たい目で、そして口元にはうっすらと笑みを浮かべながらニコを見下ろす。


「まあいい。お前は俺が上手く、最高のタイミングで使ってやるよ」


 ◆


 一台の車両が道路脇に止まっていた。

 比較的小規模な都市ということや、深夜ということもあって人は少なく、車両の脇を通る人の数は両手で数えられるぐらいしかいない。運転席に乗るレイは周りを見渡しながらそろそろ移動しようかとハンドルを握る。

 前の都市を出て14日、また補給が必要になったためこうしてまたい物資の補給に来ている。予定よりも早く移動出来たため、目的地である経済線は二日か、長くてもあと三日ほどで到着する。

 まだ何も終わってはいないし、安心することも出来ないが、少しだけの達成感がレイに活力を与えていた。

 そろそろ、この都市から出る時刻だ。

 そうして車両を発進させようとしたところで、レイは踏み込んだ足を上げる。


(なんだ、何かあったのか)


 複数人の警備隊員が通りを走り抜けた。それだけではない、後ろからも前からも警備隊員が来ている。それらは車両には見向きもせず、何かを探している様子だ。そしてその相手は、少なくともレイではない。

 だが何かが起きている。きな臭い嫌な予感。

 レイは取り合えず、車両を移動させる。アクセルを踏み込み、真夜中を進む。その際に警備隊員の他にPUPDの隊員と思われる、強化服を着た人が見えた。レイはいつも通り、フードを深く被って、顔にシリコンを張り付けて雑な変装をしているためバレルことはない、が、もしPUBDが動いているのならそれはきな臭いどころの話ではなくなる。

 早急に、この都市から出なければならない。

 大通りを走って、裏路地を過ぎて、人気の少ない道を最短の距離で進む。しかし、当然というべきか、物事は上手く進まない。それも、最近うまく行っていないレイなら尚更。

 

「止まってくれ」


 1人の男が車の前に両手を広げて立ちふさがるように飛び出してきた。背丈は180センチほど、年齢は60歳ほどか。痩せていて不健康そうに見える。

 明らかに何かありそうだ、だが男を轢き去ることも出来ないので、レイは舌打ちをして立ち止まる。すると男は安堵するしたような表情をして運転席にかけよる。


「突然すまない。まずは謝らせて欲しい。私は………」


 息切れで少しか細い声で男は言葉を紡いでいた。しかし途中で、運転席に座るレイの顔を見ると唖然としたように呆ける。


「おい、どうした。こっちも暇じゃないんだ。用件があるんだったら早くしてくれ」

「――……あ、ああ。すまない。訳あってこの都市から別の都市へと行きたいんだが、連れて行ってはくれないだろうか」

「………」


 レイは心の中でため息を吐いた。

 急に現れ、増えだした警備隊員。いるはずのないPUPDの隊員。何者かを探しているのか、何かの事件があったのか、そのどちらかだと思っていた。どうやら、前者だったようだ。

 こんな夜遅くにわざわざ車両の前に飛び出してそんなことを頼む奴は大体、裏がある。それに状況も状況だ。疑うな、という方が異常だろう。レイの勘は、目の前の男がこの騒ぎの原因だと言っている。そして論理的に考えてもそれが妥当だ。もし違ったとしても、この男を連れていく道理などないし、リスクしかないのにその願いを聞き入れることも不合理だ。

 

「すまない。見ず知らずの他人を乗せることは出来ない。別の奴に頼んでくれ」


 レイはそれだけ言って、アクセルを踏み込む。しかし、男が「ちょっと待ってくれ」と車両にしがみついたため仕方なく足を離した。


「おいなんだこっちだって急いでるんだ。このまま無理にでもついてくるt――」

「――レイ君。確か、君の名前はレイ、だったな」


 男の言葉にレイは固まる。


(なんで知ってる。敵か?)


 瞬間、レイの頭の中で様々な選択肢が思い浮かぶ。もしもこの男が敵ならば、もしも男が仲間なのだとしたら、なぜ名前を知っているのか、フィクサーの知り合いか。


「――レイ。聞いて欲しいことがある。だからまず、私をこの都市から出してくれ」


 レイの思考を断ち切るように男が続けて口を開いた。会話の主導権を握らせるわけにはいかない、とレイも言葉を絞り出す。


「まずお前は誰だ。そして何者で何故、俺のことを知っている。それがはっきり分からないことにはお前の提案に乗ることは出来ない」

「いや、まずは私を乗せてもらおう。そうすれば君に起きている異常について、私が事細かに――」

「お前、何か勘違いしてるだろ。今ここでお前を置いて行っても、俺になんの損害もない。依頼主と依頼者の関係だ、分からないのか」


 レイは喋りながら、ゆっくりと拳銃を男に向ける。すると男は慌てて両手を上にあげる。


「す、すまない――! 私も少し急いでいて、少し焦っていて、君の状況をないがしろにしてしまった。今話す、だから撃たないで欲しい」


 男の訴えは、少なくとも本心から言っているように思えた。

 レイはゆっくりと目を閉じて、そして開くと男に話すように促した。


「わ、私はエノク製薬、新薬開発部門主任のホンダという」


 男が唾を飲み込んだ。


「君が、君が自らの体に打ち込んだ、あの薬の開発者は私だ」

「―――は」


 予想していなかった答えに、レイは口を開いたまま固まる。一方で男――ホンダ博士は力強く言い切る。


「もし、私を乗せてこの都市から連れ出してくれるというのなら、君の体に起きていることと、薬の効果、そのすべてを包み隠さずに話そう」

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