中部事変
第49話 経済線へと向けて
中部でも東よりの都市。比較的に大規模な場所であり、立ち並ぶビルはすべてが燦然と輝いている。まだ朝早い時間帯ということもあり快晴の空模様がビルに反射し、強い光が地上へと降り注いでいる。
しかし、それはあくまでも高層ビルの辺りには、だ。都市の外周部は企業が用意した集合住宅や総合ビルなどで埋め尽くされ、注射針や鉄くずといったゴミが散乱した裏路地に光は届かない。
光量の少ない壊れかけの電灯がちかちかと点灯しているのみで、快晴だというのに足元は暗い。
「おい!踏むな、痛てぇじゃなえか。気おつけろよ!」
裏路地には鉄くずと言ったゴミ以外にも浮浪者が転がっている。そのため、稀に注意散漫だと足を踏んずけてしまう場合がある。
「ああ、すまん」
ローブで顔を隠し、荷物の入った巨大なバックパックを背負ったレイが浮浪者に謝る。
かなりの大荷物だ。10キロほどだろうか、少なくともそれに近いぐらいの重量はある。それぐらいには大きい。成長したとは言ってもまだ完全に大人になり切れてはいないレイの体型では持つのも一苦労だろう。動きは鈍くなり、注意も散漫になる。
しかし、レイは背負った大荷物を重いとは感じていなかった。当然だ、レイの身体はすでに常人からはかけ離れている。弾丸を食らっても生き残り、指が切られてもいつの間に再生していて、全力で飛び上がれば三階建てぐらいの建物に余裕で飛び乗ることが出来る。
狙撃銃の反動をほぼ感じない体だ、今さらこの程度の荷物に苦労することはない。
そのため注意散漫になることも、ましてや地面に倒れていた浮浪者の足を踏みつけることもない。踏みつけることは絶対にないはずなのに、浮浪者は「踏むな」と言った。
つまり。
「おいおい!待てよ!」
浮浪者がレイを呼び止める。
これは単なる言いがかり、どこにでもある至って普通の言いがかりだ。最近は都市に居なかったためレイはこのような状況に遭遇したことが無かった。しかし今はひさしぶりにいちゃもんを吹っ掛けられて、どこか懐かしいような感じを覚えていた。
振り向くと、浮浪者はナイフを持って脅すように近づいて来ていた。
「おい、動くなよ」
「………」
レイはゆっくりと懐に手を入れる。
「おい!動くなって言ってんだろ!」
レイは尚も止まらない。
「――ッチィ!俺は忠告した!守らなかったお前が悪い!」
浮浪者が両手でナイフを持って走り出す。一方でレイは特に防御を取ることはない。
そして、ナイフはいとも容易く、何にも阻まれることなくレイを突き刺す。ナイフはローブ越しにレイの脇腹辺りに当たる―――と柄の部分から真っ二つに折れた。
「へ……は?」
折れた刃が地面へと落ちて鈍い金属音を響かせると共に浮浪者の唖然として声が、静かな裏路地に響き渡った。
「な、お前、機械化手術を――」
レイが喋ろうとした男の口に拳銃をねじ込む。男はレイの腕を持って拳銃をどうにか口外へ出そうとするが、鉄骨のように硬く固定された腕は全く動かない。レイは拳銃の引き金をゆっくりと絞る。かち、かちという音共に引き金をゆっくりと後退し、男は両目を口にねじ込まれた拳銃へと向け、暴れる。
しかし抵抗虚しく、拳銃は発砲した。
「やりすぎたか」
しかし弾丸が撃ち出されることはなかった。ましてや、発砲音が響きわたることすらなかった。プスッ、という空砲が鳴ったのみだ。レイに元から男を殺す気などなかった。
少し脅かすだけ、ここ最近人と合っていなかったからつまらない脅しをしたくなっただけだ。しかし相手はそうではなかったようで、白目を
レイはスライドに不備がある壊れかけの拳銃を男の傍に投げ捨てて、その場を後にする。
久しぶりの都市だが、長居はできない。追われている身だ。
レイが少し歩くと、車両が停めている場所に着く。いつも通り、身分証も何もいらない、つまりは犯罪者でも使える貸し出しの駐車場だ。レイはロベリアから貰った車両に近づくと、荷台に背負っていた荷物を乗っける。数十日分の食料と大量の弾薬だ。
車両はバイクとは違って、荷台にこうして多くの荷物を詰め込める。頻繁に都市に寄る必要はなくなり、また今日こうして買った食料が尽きるのが予定では12日後。節約すれば二週間は持つ。弾薬は元から積んでいた分もあるので、戦闘が長引いたり、敵が多かったり強かったりしなければ買い足す必要は当分の間ない。それにもし、弾薬が無くなったとしてもレイには己の肉体がある。レイ自身ですら完璧に把握しているわけではないが、単純な肉体性能と右腕に装着された武器を使えばよほどのモンスターじゃない限り対処が可能だ。
そのため、レイが次に都市によるのは最低でも10日後だ。それだけあればだいぶ移動することが出来る。
すでにロベリアと別れてから一か月がたっている。その間にレイは目的地に向かって走り続けた、途中で休みはしたものの東にかなり近づいたはずだ。そしてまた、これからも10日間ほど走り続ける。
走り続け、移動し続けてまた次の都市で補給する。
だが、次の補給が最後になるだろう。
予定通りに行けば、次の都市を出て4日で経済線に着く。この旅の、逃避行の目的地にやっと着く。
「ありがとう……」
スラムから拾い上げてくれたフィクサーの部下やニコ、ロベリアなどに対してレイは感謝を述べる。ただの呟き、ただそれだけ。だが心の底からの感謝だった。
レイは運転席に乗り込んで車両を発進させる。
そして都市を抜けて荒野へと出る。追っ手はいない。あとはただ、経済線を目指すだけだ。
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