第48話 またどこかで
不規則な振動で体が跳ねる。ガタガタと少し心地よいぐらいだ。
「………ぁ」
荷台の上でレイが目を覚ます。毛布をかけられ、下には布が引かれていた。レイは体を起こして周りを見る。広がっているのは一面の荒野。そこをレイを乗せた車両が走っている。
すると起き上がったレイをバックミラー越しに見たロベリアが声をかける。
「あ、起きたのか。良かった」
拡声器を使っていないため声の通りは悪かった。しかしレイの耳をその声を捕らえる。
「………す、すまない」
寝坊した時のように一瞬、体が熱くなったような感覚を覚える。そしてレイは膝立ちで急いで、運転席の方まで近づくと謝った。
一度ならまだしも、二度もレイは依頼主を置いて寝てしまった。加えて毛布まで掛けて貰って、傭兵失格。起きた時に感じた心地よい気持ちとは打って変わってレイの顔は少し青白かった。
「っはは。別にいいよ。それよりレイ、君二日も寝てたんだよ?大丈夫かい?」
レイは唖然として固まった。二回も失態を犯したのに、その上に二日も護衛任務をしないで眠りこけていた。その事実はレイにとって大きな衝撃だった。顔面蒼白になり、冷や汗をかき始める。
「二日も………すまない」
謝るのは自分が楽になりたいから、本来ならば行動で示した方がいい。
「謝らないでよ。別に気にしてないよ。だってこの旅の途中、ずっと気を張ってたし、それに先頭立って戦ってたし」
「いや、それでも傭兵と―――」
「はいはい。傭兵として、ね。レイはよくやってるよ。確かに、ミスはない方がいいんだけどね。私達は人だから、完璧じゃないんだから」
「いや、俺は――」
「はい。もうこの話終わり。そんなに言うんだったら行動で示して」
レイは少し、頭を下げて息を吐いた。それは落胆でもあったし、意識を切り替えるためでもあった。
「ああ。分かった」
頭を上げたレイはいつもより少しだけ声を張って、そう言った。
「うん。よし、それでいい。………で、まあそうは言ったけど。君が寝ていた二日間の間にだいぶ移動したから、もうすぐ目的地に着くよ」
「そうなのか………」
行動で示す―――にはどうやら時間が足らないようだ。決意を固めたそばから転んだレイは息を吐いた。しかしロベリアは気にしない。
「そういえば。あの時はどうしたんだい、いきなり倒れて。すまないが君が寝ている間に体を見させてもらったよ、特に外傷はなかった。今、起き上がって吐き気や視界のぐらつきなどはあるかい?」
「ない……と思う」
「それは良かった。どこか痛むところは」
「ないな」
レイが体を動かしてみるが特に異常はない。右腕の一部が黒く変色している以外は。
何かしらの原因があって、このような現象が起きているのは確かで、理由は分かり切っている。だがそのことについてロベリアに言うわけにはいかないため、レイは平静を装う。
「そういえば、あの……『神墜とし』って言ってたか?」
「そうだね」
「あれなんだ?神墜としって」
ロベリアがパネルをタッチした瞬間、空が歪み始め――モンスターが潰れた。今までに見たことがない光景。一体何が起きたのか全く分からなかった。あれほどの巨体を一瞬で潰すことが出来るとはとても思えない。レイはその原理が知りたかった。当然、レイは傭兵でロベリアは依頼主であるため、断られた場合もう二度とこのことを訊くことはない。
「ああ、あれね。『神墜とし』とは言ったものの、神を墜とす、だなんて大層なことは出来ないよ。そもそもあれ作ったの頭のおかしい科学者だし、名前なんて多分、ちょっとしたその場の気分でつけただけだから気にしなくてもいいよ。それよりもそうだね。本題はあれの機能についてかな………あ、ちょっと待ってね」
モンスターが潰れた、あの現象の正体を話そうとしたところでロベリアに別の用事が出来る。通信端末を取り出してどこかに電話をかける。
「……あ、はいはいそれで合ってる。もうすぐ着くから撃たないでよ?………いや、まあ分かってるって。そもそもお前が原因だからな。じゃあ」
そう手短に用件を伝え終わると、通信端末をしまった。そしてロベリアはハンドルから手を離すと、座席に深く座り直してだらりとした体勢になる。車両は自動制御機能によって目的地まで真っすぐに走る。
「ごめんね。ちょっとやらなくちゃいけないことがあったから。それで神墜としについてだね」
ロベリアは助手席と運転席の間にある収納部分から拳銃を抜き取って、手で遊ばせながら話し始める。
「話す、とは言ってもその根本原理までとなるとかなり難しくなる。私もよく分かってしないしね。もし知りたいなら作った科学者に聞けばいいよ。それで、理解できるかは分からないけど簡単な説明から」
ロベリアは弾倉を引き抜いた拳銃のスライドを後退させ、排莢口から飛び出した薬莢をキャッチする。
「あらゆる電子機器の使用を制限し、任意の場所に重力機構を発生させる武器だ。君が打ち込んだ発信機を基に、私が座標を設定し、重力機構を作る。モンスター上の空の歪み、あれが重力機構だ。触れたら最後、踏みつぶされる。私も使ったのはあれが初めてだ。いい実験材料になったよ。あの光景はカメラに収めてあるから、科学者が見たら嬉しさのあまり泡拭いて気絶するだろうね」
「………なんでそんなもの持ってるんだ?」
「ん……ああ。それは私が『そういう身分』だからかな。たぶん、あの武器は議会連合でも作れないと思うよ、似たのは作れると思うけど」
「じゃあ、その科学者ってすごい奴なのか」
議会連合でも作れないような代物を作った製作者。当然、常人からはかけ離れた知能を持っているのだろう。
「どうかな……まあすごいとは思うよ。元は議会連合の下で働いてたって言ってたし。だけど
「複数人が集まって作ったのか」
確かに、一人ですべての設計を考えるというのには無理がある。複数人が協力して作った、と言われた方が信じられる。
「いや、違うよ。作ったのはあの人、ただ一人」
「……?じゃあなんで作れたんだ」
「あの武器……『神墜とし』の元となる設計図は私が見つけたんだ。場所は北の方にある遺跡。中心部に近い場所にある研究所、そこで私は見つけた。そして遺跡内で見つけたということは当然、旧時代の技術が詰め込まれている。現代では、議会連合であっても追いつくことが出来ない隔絶した技術体系を持つ旧時代。その時にあった武器の設計図をまんま、私は手に入れた」
「……つまりあれか?遺跡で見つけた設計図を基にしてるから議会連合でも作ることが出来ない。だけどこっちにはあるから、それを基にして科学者が作り出すことが出来た、ってことか?」
「まあ大体は合ってる。いくら設計図があろうとも、あの時の技術も無ければ材料もない。出来上がったものは本来の性能の10分の1にも満たない……って科学者が言ってたな」
「あれで……」
本来の性能ならば10倍以上の威力がある。その事実にレイは思わず顔を強張らせた。
「でもあの威力じゃまだ十分じゃないからね。これからまた色々と調整して、性能の五割ぐらいは引き出せるようにしなくちゃいけない」
だとすると。
蛇型モンスターを倒した時の5倍の威力は必要になるということ。そこまでの火力が必要な武器を何故ロベリアが欲しているのか、それはやはり『そういう身分』だからなのだろう。
「そんなもの、一体なにに使うんだ」
「………ふふ、そうだね。確か君が気絶する前、モンスターと戦闘になる前、私のことについて教えようとしてたっけ」
「………そうだったか?」
「確かね」
「…………」
「…………」
ロベリアがハンドルを握り直して前を見る。
「レイ、あそこが目的地だ」
そして目の前にあるキャンプ場のような場所を指さした。五台ほどの車が止まっていて、幾つかのテントが張ってある。人の姿も何人か見える。
「あそこか」
レイが呟く。ロベリアはそのまま一度も口を開くことなく、目的地まで近づく。そしてゆっくりと車の速度が落ちて行き、停止する―――というところでロベリアが口を開いた。
「この場所については口外禁止ね。たとえ誰であっても、私以外にはダメよ」
車両が停止する。
ロベリアは運転席から降りて、レイも荷台から降りた。
「私の立場についてだったね」
「…いや、別に俺は無理してでも聞きたいわけじゃないぞ」
「ふふ。それ前にも言ってたね」
「そうだったか?」
「そうだったよ」
ロベリアは笑いながら、腰に手を当てて体を後ろにそらす。
「ここが目的地だ。私と君はここでお別れとなる。ここから移動するのは色々と大変そうだからこの車使っていいよ、武器も残していくから好きに使って」
「いいのか?」
「もう私は使わないし、元々ここに着いたら乗り捨てていく予定だったから」
「そう……なのか?」
「まあ勿体ないけどね。しょうがない。……それよりも私のことについてだね」
「ん?……ああ」
ロベリアはレイに一歩近づいて、そして表情を真剣なものに変える。
「………」
「………」
何故か緊迫した雰囲気が周りを包み込む。レイはいつもの無表情で何を話すのかと意気込んでいた―――のだが、ロベリアが顔をくしゃっと笑わせて突然吹き出したため、困惑顔になる。
そしてロベリアはレイの額に人差し指を当てて少し押す。
「気が変わった。またどこかで逢う時、その時に教えよう」
ロベリアは指先を額からするりと下に、胸をなぞり腰の辺りまで持っていく。
「じゃあ、この拳銃を貰ってくよ」
そして携えてあった拳銃を抜き取って。レイの眼前でふらふらと揺らす。
「荷台にはまだ拳銃が幾つか積んである。その中からまた新しく取ってくれ。この拳銃は君が使ったものだ、お守りとして私が携帯しておくよ」
ロベリアが薄く、口元に笑みを浮かべながら拳銃をしまう。
「あ、ああ」
レイは困惑した表情のまま返事をする。
「はは。じゃあ申し訳ないけど報酬を渡すまでこの車の付近にいて。あいつら人に顔を見られたくないと思うから。そして、報酬を渡し終わったらさよならだ。今までありがとう。それとも、ここに残って私と行動を共にするかい?」
ロベリアはにやけながら、煽るように笑いながらレイに問いかける。普通の人ならば恥ずかしさや興奮で顔を反らしてしまいそうなものだが、レイは少し笑って、真正面からロベリアの目を見返す。
「俺は先を急ぐよ」
経済線に行かなければならない。そしてこれ以上いてもロベリアに迷惑をかけるだけ。
レイの意思は最初から変わらなかった。
「…そう」
「ああ」
「…じゃあ、また逢えたら、その時はよろしくお願いするよ」
「分かった」
「……はぁ。楽しかったよ。ありがとう」
「こちらこそ」
ロベリアが出した手をレイも握り返す。
そして二人が手を離すと、ロベリアはキャンプ地へと向かって行って、レイは荷台へと飛び乗った。
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