第47話 戦線危機

「じゃあ行こうか」

「ああ!」


 ロベリアの声に返事をすると共に、レイは引き金を引いた。

 直後、蛇型モンスターの頭部付近に十字線の入った円形のしるしが浮かび上がり、『神墜とし』から矢のような、いかりのようなものが射出される。それは自動誘導機能によって円形の印に引き寄せられ、蛇型モンスターの皮膚に突き刺さる。


「何も起きないぞ……!」


 だがそれだけ。錨のようなものが刺さっただけ。

 慌ててレイがロベリアの方を見る。するとロベリアはいつ取り出したのか、一枚のパネルに何かを打ち込んでいた。


「ちょっと持ちこたえてて、座標の入力が面倒だから」


 そしてロベリアはそう投げやりに言って、しばらくの時間稼ぎをレイに任せる。


「………っ、っわかった!」


 レイはまた色々と言いたいことや思ったことをすべて飲み込んで、押し込んで突撃銃を持った。


(足止めだな)


 そして冷静に、自らの任務を再度確認する。

 『神墜とし』とやらが何を出来て、そしてどのくらいの結果が得られるのかは分からない。それを訊いている暇はないし、今はロベリアのことを信じて言われた通り、傭兵として与えられた仕事を完遂する。


(……でかいな)


 まずは機動力を削ぐ。

 レイは突撃銃を蛇型モンスターの右前足に向けて発砲したが有効な効果は得られない。いくら撃ち込もうと弾丸は肉に埋もれるのみ。前にもこんなことがあった。遺跡で同じようなモンスターに襲われている時もただ逃げ回ることしかできなかった。

 今も同じだ。炸裂弾を用いようと徹甲弾を用いようと、現状持っている手札では殺しきることは当然のこと、足止めすら出来ない。

 だとしたら。

 もう『あれ』しかない。

 レイは体勢を整えるように自然とローブで右腕を隠す。そして遺跡内で装備し、現在は右腕と同化してしてしまった『それ』を使う。操作は感覚的なものだ。歩く、走る、手を動かす、などと同じ当たり前に出来る。

 突撃銃から手を離したレイの右腕が段々と、急速に黒く染まっていく。皮膚の内側から黒い色素が湧き出てくるように変色する。遺跡から出てからはレイ自身の不調のためにあまり使うことは出来なかったが、万全の今ならば使っても大丈夫だと感覚的に理解できる。

 皮膚の内側から染み出した黒い液体は指先から肘の辺りまでを覆い隠す。気色の悪い光景だが、違和感は覚えない。元からそうであったかのように。


「………」


 この黒いグローブのような武器。レイが分かっていることは少ない。拳銃と黒刀、盾に形態変化できることは知っている。そして恐らくだが他の武器にも変形できるのだろう。しかしレイはまだ完璧な操作の仕方が分かっておらず、どこまで出来るかが分かっていない。そして恐らく、形態変化を行う際には、例えば突撃銃を作るのだとしたら、それに対しての深い造形を覚えている必要がある。

 拳銃、黒刀、盾は恐らく、すでに『それ』にインプットされている機能なのだろう。そしてそこから別へと形態変化が拡張機能としてあるのだろう。ただこの推測も合っているかは分からない。

 だが

 ぶっつけ本番だが、レイはこの旅の中で最も慣れ親しんだ武器を頭の中で思い浮かべる。

 車上からモンスターに向けて、賞金稼ぎに向けて最も引き金を引いた狙撃銃。内部構造などは手入れの際に少し見た程度、しかしそれでも突撃銃や散弾銃よりかは知っている。脳内で完璧にイメージ出来るわけでもない。たが、ただ今はやるしかない。

 造形を呼び起こし、細部まで作り出し、練り上げる。連動するように右腕を覆う黒い物質は流体のように動き、狙撃銃を形作る。


(なんか違うな)


 出来上がった狙撃銃にはグリップや銃身こそあれど、ストックの部分は右腕と一体化していた。そして造形も異なって、排莢口などが無く全く、また銃口は何口径か分からないほどに巨大、まったく別の物になっていた。

 だが今はこれでやるしかない。もうすでにかなりの近距離まで近づかれてしまっている。


「頼むぞ」


 レイが引き金を絞った。銃身が跳ね、レイは衝撃で後ろにぶっ飛ばされる。

 直後、黒色の弾丸はレイの目でも捉えきれないほどの速さで宙を駆ける。発砲音はしなかった。最高級の消音器を着けているのでは錯覚するほど、空気が抜ける音しかしなかった。

 弾丸はレイが引き金を絞ったのとほぼ同時に蛇型モンスターの右前足に命中する。たった一発、それだけだ。だがそのたった一発の着弾と共にモンスターの右前足に巨大な穴が空いた。丸形に刈り取られたように半円状に穴が空いていた。そしてモンスターはそれにより体重が支えきれなくなり体勢を崩す。足を引きづりながら走るが先ほどまでの速度はない。十分に、機動力を削ぐことが出来た。

 

「ちょっと?!レイどうしたの?!」


 一方で、レイも反動で大きくぶっ飛ばされた。荷台の上で二回転半回ると助手席と運転席の間にめり込んだ。運転席を守る骨組みを折り曲げてめり込んで、レイは息も絶え絶えになってロベリアの驚きの声に返す。


暴発ぼうはつした。衝撃を逃すために後ろに飛んだがやりすぎた」


 咄嗟に言い訳をしたが、これでは少し不自然だろうか。事実、ロベリアは首を傾げている。

 一方でレイはローブで隠れた右腕を見ていた。

 狙撃銃の銃身には割れ目が入っており、内部で爆発したように煙が上がっていた。どこからどう見ても、そして直感的にももう撃てない―――というのが分かる有様だった。

 

(……?………ったく)


 そしてレイは一旦、この状態を解除して元に戻そうとする。しかし腕に纏わりついた黒い物質は前のように腕にしみ込んで消えることがない。形態を変化させようとしても形が崩れるばかりで意味がない。

 レイは慌てて近くに落ちていた布で右腕を隠す。

 と、同時にロベリアが言う。


「よし。レイよく頑張った!次は私の番だ」


 レイは運転席の枠組みにめり込んだ体勢のままロベリアの声に耳を傾ける。


「まあ見ててくれ。今から面白いことが起きるぞ」


 レイはぐるりと、目を回して目の前で足が千切れながらも追いかけてくるモンスターを見る。


「行くよ」


 ロベリアはどこか上機嫌な声で、パネルを力強くタッチする。

 パネルから機械音が鳴る。 

 すると蛇型モンスターが大きく身をよじらせた。砂埃を舞い上がらせながら、尻尾を振り回して暴れる。直後、蛇型モンスターの頭上が歪んだ。陽炎かげろうのようにぐにゃりと、青い空が折れ曲がった。


「なん………」


 レイは口を開けたまま言葉を失う。唖然として目の前で起きたことが理解できない。それもそのはず、空の歪みが大きくなり、それがモンスターに触れた瞬間――。身体のすべてが潰れたわけではない、胴体の半分から頭部にかけてがつぶれたのだ。

 辺り一帯には血が円状に飛び散っている。だが肉片などは飛び散っていない。すべてが一様に潰されてしまった。唯一、血液だけが爆発したように飛び散った。一方でレイは戸惑ったまま、なんとか立ち上がる。


「いやーすごいね、これ」


 車を止めて、潰されたモンスターを見たロベリアが上機嫌に笑う。一方でレイは唖然としたまま荷台の上を歩いて少しでもモンスターに近づいた。


「なん………何が起きたんだ」


 唖然として、レイは立ち尽くす。そしてレイのそんな呟きにロベリアが返す。


「これすごいね。でもなかなかに大変な武器だ。私じゃかなり時間がかかっちゃうよ」

「………」

「それでね、これは………って聞いてる?」


 ほぼ環境音のように、ロベリアの話を注意して聞いていなかったレイに声をかけられる。


「あ、ああ。大丈夫だ」


 レイはそう返しながらふと、自分の右腕を見る。ところどころ布が破けてが露になっていた。


(いつの間に……)


 いつの間にか元に戻っていた。

 レイが右腕の包帯を外すと、一部分だけ黒く変色していたがほぼ元の状態に腕は戻っていた。


「おい、ほんとに大丈夫か」


 またロベリアから声をかけられた。


「あ、いや、大丈夫だt………」


 ふらふらと体が揺れて、ぐらぐらと視界が歪む。滝のように汗をかいて、意識が朦朧とする。レイは片膝をついて、右腕を荷台についてなんとか体を支える。


「え、ほんとに。え、何があったの、大丈夫?!」


 明らかに尋常ではない様子を感じ取ったロベリアが運転席から飛び出して荷台に飛び乗る。そして倒れ込むレイの傍にかけよった。


「何これ……眠………いや気絶?」

 

 ロベリアが状態を確認した時にはすでに、レイの意識は無かった。

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