第40話 早朝の都市で

 早朝。レイたちは都市内を回っていた。

 レイはロベリアが被っているフードのようなものとほぼ同じものを被り、拳銃を服の下で握りながら歩く。

 最初にそこらの露店で朝食を済ませ、次は車両のバッテリーを充電しながら、別の燃料を買った。最後はそこらの店で食料を買い漁り、無くなってきていた狙撃銃や散弾銃の弾を補充。


「ありがとうございましたー」


 そして屋台でケバブのような食べ物を買って、レイたちは車へと戻っていた。

 ロベリアは受け取ったケバブのようなサンドイッチをレイに手渡すと、二人はほぼ同時に食べて、そして感想を呟く。


「うえ、これあんまりだ」

「うまい」


 満足気に「うまい」と呟いたレイの横でロベリアは口を開けたままレイの横顔を凝視する。


「え」

「………」


 一方でレイは黙ったまま、何も気にせずいつものように食べている。しかし流石にそのまま流すわけにもいかず、ロベリアはレイの肩を叩いた。


「これほんと美味しい?」

「ああ」


 レイは、何言ってるんだ、という目をロベリアに向ける。一方でそういう目で見られたロベリアは「心外だな」と心の内で呟いて口を尖らせる。

 そして小声で「馬鹿舌?味音痴?貧乏舌?これ美味しいって、そういう………」と呟いて、食べ歩くレイを手で制止した。


「ちょっと待って。それじゃ私が昨日、というかその前も作ってあげたご飯おいしいって言ってたけどあれ本当?」

「本当……?」


 レイはまたしても「何を言ってるんだ」という旨を多分に孕んだ視線をロベリアに向ける。不当な誤解を受け、それを重ねられたロベリアは慌てて弁明する。


「いや違う。君は思い違いをしている。というか私は何もおかしなことは言ってない。君がおかしい」

「………」

「まず、この食べ物はまずい。言い訳の余地なくはっきりとまずい。食えたもんじゃない。ここが荒野だったら食べた瞬間に吐き捨てて、地面に投げ捨ててる」

「え、そうか?そんなにか」

「ああ。これはまずい、そして私の味覚は正常だ。君がおかしい、味音痴だ」

「あじおん………いや、まあ」


 味音痴、貧乏舌、馬鹿舌。思い当たる節はある。アカデミーで無料配布していた携帯食料をニコと一緒に食べたが、感想が真っ向から食い違うことが……それなりに、何度か、多々あった。

 その時、恐らくおかしいのは自分だとレイは理解していたし、所謂いわゆる馬鹿舌や貧乏舌と言われるものに自身が該当している自覚は確かにあった。

 レイはそのことを思い出し、途中で言葉を切った。するとロベリアは「それみたことか」と言わんばかり言葉を並べ立てる。


「で、君が味音痴であるのはもう当然で、分かり切ったことなんだけど。ちょっと思うことがあるんだよね」

「………」

「別にここまで言うことでも思うことでもないんだろうけど、あの時、私が作ったハンバーガーを君はおいしいと言った。それが本当なのかどうか、少なくとも私はおいしいと感じていたけど分からなくなってしまった。料理にはそれなりに自信がある。ある程度のプライドもある。だから正当な評価が欲しかった。だけど君の味音痴それじゃあ分からなくなった。私の言ってる意味分かるよね」

「………ああそういう」

「おい淡泊な反応をするな、私が惨めになるだろう」

「………いやあれはちゃんと美味しかったと思う、ぞ?」

「なんで疑問形なんだ」

「いや、それだけ言われたら自分がどのくらい正常なのか分からなくなった」

「むむむ」


 確かに言い過ぎた自覚があるのか、ロベリアは口を尖らせたまま口ごもる。そしてレイは首を傾げながら、自分の味覚を確かめるようにケバブのようなサンドイッチを頬張る。

 やはりおいしい。

 だがこれは自分が異常なのだろう。

 だとすると今まで食べてきた料理たちは、自分でさえまずいと感じた、例えばハウンドドックの肉などは一般人が食べたら一体どんな味なのか。

 食べ物を租借しながらレイの頭の中で思考がグルグルと回る。表情は段々と気難しいものへと変わり、皴が増える。そんなレイを見て、さすがに申し訳ないと思ったのかロベリアがレイの肩に手を置く。


「…さすがに言い過ぎた。すまない」

「いや、なんかこっちも………」


 ごめん、と言いかけたところで隣を歩いていたロベリアに誰かがぶつかった。三人組の武装した男達だった。

 ロベリアは男達とぶつかった時の衝撃で浅く被っていたフードが外れた。そして男達と目が合う。その瞬間、三人の男達は互いに目を見合わせて、そして最後にロベリアの顔を見た。


「おい、こいつ」

「ああ」


 男達の内二人が口を開き、最終確認を終えると懐に携えていた拳銃を引き抜こうとし―――た瞬間にレイが男達よりも早く拳銃を引き抜くと、一人の腕を撃ちぬいて、もう一人を膝蹴りで顔面陥没させる。

 それは一瞬の出来事だった。

 瞬きよりも早くそれは行われ、気が付くと男の内一人が逃げ出し、一人は痛みで地面に這いずり回り、一人は顔面が陥没して気絶していた。周りでは食事をしていた者や屋台を営んでいた者が逃げ出したり隠れたり、騒がしいものだった。しかし目の前に広がる惨状とは打って変わって、レイとロベリアは冷静だった。


「バレたか」


 そう呟いたレイの言葉に対して、ロベリアは一応、訂正しておく。


「これは君に因縁がある奴らじゃない、私がらみの案件だ」

「………企業に喧嘩でも売ったのか?」

「まあ似てる。今は懸賞金をかけられていてね、偶々たまたまぶつかった相手が賞金稼ぎだっただけ」

「逃げるか」

「いや~。私、情報提供だけでも結構な額が掛けられてたんだよね」

「分かった。いいか」


 レイが拳銃を地面に伏す二人の男に向ける。


「いいよ。面倒だし」

「…分かった」


 ロベリアの返答の直後、発砲音が二発、響き渡った。


「じゃあ私は車両の方に行ってくる。後で合流」

「分かった」


 すぐあと、二人はそれぞれ別の方向に向かって走り出す。ロベリアは移動手段である車を確保するため、レイは取り逃したもう一人の男を確実に殺すため。

 そしてレイは通りを走りながらに思った。


(やっぱ予定通りにはいかないな)


 想像通りに、予定通りにいかない。そんなことは薄々気が付いていた。何しろ最近は運が悪い。こういうこともあるだろう、とレイは納得する。だがそれに抗い、最善へと持っていくことぐらいは出来る。

 そのためにまず――逃げた男を殺さなければならない。

 ロベリアに関しては情報提供だけでも報酬が支払われる、そう本人が言っていた。となると男一人だけであろうと取り逃がすことは出来ない。報酬欲しさに情報提供をされてしまえば、依頼主であるロベリアを危険にさらすことなる。

 傭兵としてそれだけは避けなければならない。

 レイはそうした確固たる矜持を持って、通りを走り抜けて、男を追跡した。

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