第41話 理由と要因

 レイが閑散とした街並みの中を走り抜ける。

 PUPDに追われていた時とは違い、体調は万全だ。全力で走ったところで息切れはせず、疲労が溜まることもない。昔よりも体は軽く、早く動ける。そしてそれについて行けるほどに頭の回転も速くなっている。

 この辺りは総合ビルが立ち並び、背の高い建物も多い。人は少ないが土地勘のないレイでは少しばかり苦労する場所だ。しかしこれでもレイはマザーシティであらゆる依頼を受けてきた。人探し、追跡、殺し、護衛、運搬、加えて浮気調査を行う探偵のような仕事すらも受けてきた。その中でも人探しや人を追いかける依頼は殺しの次に多かった。故にレイは土地勘のない場所であっても、ある程度、逃亡者が残した痕跡から逃げた場所を特定できる。


「ここだな」

 

 すでに廃れ、人が住んでいるかも分からない三階建ての総合住宅。少し背の低い建物の屋上から入口のあたりを眺めてレイは呟いた。男はここに逃げ込んだ、レイは確固たる根拠を持ってそう決めつけると入口へと降りる。

 その瞬間、入口から二人の男が出てくるとレイに拳銃を向けた。落ちてくるレイに向かって数十発の弾丸が放たれ、その内の何発かがレイに命中する。しかし、戦闘があるからもしれないから、とロベリアから防護服を渡され、下に着ていたため弾丸は肉体を貫くことはできない。尤も、直接弾丸が肉体に当たったとして、今のレイに致命傷を与えられるかは別問題だが。

 

「………」


 レイは無言で、弾丸が命中しても慌てることなく空中でゆっくりと精確に狙いを定め、拳銃の引き金を引く。撃ち出されたたった一発の弾丸は正確に、男一人の額を貫いて地面にめり込む。

 もう一人はレイが落下すると同時に脳天にナイフを突き刺して殺す。

 難無く二人を殺し終えたレイは一息だけつくとくせで拳銃を一度見て動作確認を行う。そしてそうしながら思考を整理した。


「仲間……?待ち伏せか」


 二人はいきなりレイに向けて撃ってきた。つまりすでにレイの存在は露呈していて、追ってきてたこともバレていたということ。それに今殺した男二人は見たことがなく、だとしたら逃げていた男の仲間ということなる。

 しかし。


「いやそんな時間はない。偶々たまたまか」

 

 もし、元からレイやロベリアの存在が分かっていたのならば街中で気が緩んだところを不意打ちで殺せばよかった。そうしなかったのは単純にロベリアがこの都市にいると知らなかったから。だとするとあの三人組も他にも仲間がいて拠点があって、逃げた男が拠点にいた仲間に知らせて迎撃しようとした――というのが一番しっくりくるシナリオだ。


(だとするともう遅いか)


 仲間がいるということはもうすでにロベリアの居場所についての情報提供が為されてしまっている可能性が高い。


(合流するか)


 だとしたらもう殺しても意味がない。今ここで引き返してロベリアと合流した方が妥当な選択肢だ。

 レイはロベリアから貸してもらっている通信端末を取り出す。そしてロベリアにメールをしようとした――ところで踏みとどまって現在時刻を確認する。


「………」


 まだロベリアと別れてから二分ほどしかっていない。時間はある。


「…五分だ」


 五分ですべて終わらせる。

 そう決めた時、すでにレイは走り出して総合住宅の中に入っていた。

 入ってすぐに見えたのは扉だった。恐らくレイのような侵入者に備えて二重扉にしているのだろう。

 だがそれがどうした、とレイはかなり厚く、そして重い扉を難無く蹴り破る。すると迎撃用に置かれていた自動機関銃タレットがレイに狙いを定める――よりも早くレイはタレットの側面に回り込むと、力任せに引きちぎった。

 と、同時に奥の曲がり角から拳銃を持った手だけが出て、レイに発砲する。しかし防護服に阻まれレイへとは届かず、すぐに拳銃を引っ込めると逃げていく。その後を追うようにレイも走り出し角を曲がると上階への階段が続いており、駆け上がる。上の階は開けた場所で一台の機関銃が設置されていた。そして機関銃の引き金に指をかけていたのはレイが追っていた、取り逃した男だった。

 男はレイが二階に足を踏み入れた瞬間に引き金を引く。

 直後。

 鼓膜が破れるのではと錯覚するほどの発砲音が部屋に響き渡る。機関銃から撃ち出された弾丸は部屋をかけるレイを追って壁にめり込み、何発かがレイに命中する。レイは機関銃の弾丸が撃ち出されるその前に男を仕留めようと拳銃を発砲したが、男が防護服を着ていたために殺すことが出来なかった。

 機関銃の弾丸はレイの着ていた防護服を貫いて肉にめり込む。だがレイは最短距離で男までの距離を詰める。重量のある機関銃は取り回しが難しく、一瞬で距離を詰めたレイには対応できなかった。

 男は何も出来ず、引き金を握ったままレイに頭部を掴まれ背後の壁に鈍い音を響かせながらめり込んだ。いくら防護服て弾丸を着ていようと当然ながら、圧迫されたら意味がない。男の頭部はぺしゃんこになってめり込んだ頭部から血が流れている。


「三分」


 レイは男の頭部から目を離し現在時刻を確認する。


(ダメか)

 

 部屋の角に置いてあった形態型端末にレイが目をやる。そこには何かを送ったような形跡があった。すでに位置情報を送り終えたのか、正誤は定かではないが最悪の可能性を考えて行動した方が良さそうだ。

 レイは残り弾数が少なくなった弾倉を勿体ないが交換すると階段を降りる。

 五分よりも早く終わらせることが出来た。今なら全力で急げばするに合流することが出来る。

 レイは早足で階段を下り入口の方まで行く――と立ち止まった。


「まずいな警備隊が来た」


 外には警備隊車両の姿と、武器を構える警備隊員の姿が見えた。

 相手が警備隊であるのならばレイもそれなりに危険だ。ただえさえ追われている身。今、現在位置が露呈するのだけは避けなければならない。


「仕方ないか」


 レイはそう呟くと懐から先ほど買ったばかりの発煙手榴弾を取り出し、ピンを抜いた。

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