第39話 寝起きと都市と
バチバチと音がする、何かの鼻孔をくすぐる香りもする。寒くも熱くもない、とても良い気温。
「………っ」
朝の陽ざし。何もない荒野に太陽の光が降り注ぐ。
「あ」
ゆっくりと目を開けて、広大な荒野を視界に捕らえたレイが呆けたように声を出した。
するとレイの横で何かを焼いて作っていたロベリアが振り向く。そして毛布にくるまって寝て、半目を開けて口を開けたまま動かないレイを見て笑う。
「ふふ。なんだか猫みたい……いや犬かな?」
レイは反射的に声のした方向に目を向ける。そこにはフライパンのようなもので肉を焼いているロベリアの姿があった。起きたばかりで頭が回っていなかったレイはしばらく、その光景を目で捉えていたが、頭が回り始めるのと同時に瞳孔が大きくなり――飛び起きた。
「申し訳ありません」
「申し訳ありません、って、いきなりどうしたんだい?らしくない」
「あ……」
いつもならば確かに、「申し訳ありません」だなんて敬語は使わない。
傭兵という立場であるのに依頼主を守らずに寝て、挙句の果てに毛布までかけてもらう。傭兵として失格だ。加えて最近の度重なる疲れと緊張、不安で少し――這いつくばって、藻掻いて苦しんで、たった一つの依頼すらも失敗出来ない環境で生きていた昔のことを思い出して反射的に謝ってしまった。
「す、すまない」
レイは気落ちして下を向きながら謝った。
同時に、もう何も失うものはないと思っていたが、少しの羞恥心のようなものを感じたレイは自分に落胆して地面を向きながら息をはく。
「ま、ぜんぜんいいよ。特に昨日は何もなかったし、取り合えず今日も頑張って」
「ああ。分かった」
一応、依頼主は失態について気にしないと言っているため、レイは気を取り直して立ち上がる。
そして一度周りを見渡してから横に停めてあった車両の荷台に近づく。するとロベリアが呼び止めた。
「レイ。何処に行くんだい?」
「銃を取ってくる」
「………?」
「…狙撃銃を取ってくる」
「なんでだい?」
「仕事だ」
「………っはは。別にいいよ。レーダーもあるしそこまで気張る必要は。それよりももうすぐ出来るからそこで待っててよ」
ロベリアは自身が座っている椅子の隣に用意されていたもう一つの椅子を指す。
「………分かった」
レイは不思議そうな顔をして、荷台から拳銃だけを手に持ってロベリアの隣へ向かう。
そして隣に立ったままレイが突っ立っているとロベリアがまたムッとした表情をして椅子に座るように
「もうすぐで出来るから待ってて」
「………いいのか?」
「これを食べなかったら君は何を食べるんだい?」
「目的地に着いたら」
「……ふ、目的地までは三日ほどかかるよ?」
「そのぐらい大丈夫だ」
空腹は嫌だが、すでにもう五日以上何も食べない生活した経験がある。今更、という感じだ。それに依頼人から食事を貰うなど、今までに無かった経験なので食事は自分で用意するもの、という考えがレイにはあった。
そのためレイは平然と、当たり前のように受け答えをする。ロベリアはそんなレイを見て苦笑した。
「強情というか頑固というか、なんだろうね。手のかかる?………いや、まあそうだね」
ロベリアは座り直して、肉をひっくり返す。
「じゃあ今から私が特製ハンバーガーを作るから、その感想を言え。依頼人の要望だ?」
「………ああ。分かった」
レイは少し悩んで、そして平然と答えた。
一体なにがいけなくて、何がいいんだ――とロベリアはレイの返答を聞いて苦笑する。そしてロベリアは肉をバンズに挟みながらレイの手に握られたものを見る。
「
「持ってないと落ち着かなくてな」
拳銃だけでない、ナイフでも突撃銃でも狙撃銃でも、何か身を守れるものが近くにないとどうしようもなく不安になる。仲間などおらず、敵しかいなかったスラムで生き残ってきた後遺症だ。アカデミーに通っている時は我慢して持ち歩かないようにしていたが、こうして、再び鬼気迫る状況に置かれたことで症状が再発してしまった。そして傭兵として活動していた時の職業病でもある。
ロベリアは困ったような顔をして、拳銃を手のひらの上でころころと遊ばせるレイの言葉を聞いて、意味深な、少しだけ驚いたような感心したような顔をしてながら頷く。
「へぇ。そういうのもあるんだね」
「………まあ、別に支障があるわけじゃない」
レイはカセットコンロのような道具から出る火を見ながら呟いた。そんなレイの持っていた拳銃をロベリアは奪い去って、顔を上げたレイに言う。
「だが。今君が持つものは
そう言って、拳銃の代わりにハンバーガーを握らせる。肉のパティが二枚と何かのよく分からない野菜が大きめのバンズに挟んである、そんなハンバーガーだ。
レイは手に持ったずっしりと重量感のあるハンバーガーを眺め、そして首を傾げてロベリアの方を見た。
「…いいのか?」
ロベリアはすでに自分用に作っていたハンバーガーを食べていたため、急いで飲み込んでレイに言う。
「おいしいはずだ、たぶん」
なぜか自信なさげにロベリアはそう言った。しかしレイは気にすることなく「そういうことなら…」と小声で言ってハンバーガーを頬張った。
「…うまいな」
嚙む度に肉の味が染み出して、肉汁が咥内に溢れる。そしてシャキっとした野菜が後味をさっぱりとしたものへと変える。加えて酸味のあるソースがついているが、これがばっちりと
「それはありがたい、褒められると案外嬉しいものだね」
ロベリアはそう言ってハンバーガーを頬張った。そして「おいしいっ!」と小声で喜ぶ。
レイはその姿を見て、感慨深そうに首を傾げた。
「そうか」
そして何か納得したのか、そう一言だけ呟いてハンバーガーを頬張った。
◆
(あと三体)
砂塵を巻き上げながら走る車両の上で狙撃銃を構えたレイが、スコープに映る三体のモンスターを見て心の内で呟いた。
灰色の焼けただれた皮膚、そして所々に穴が空いた胴体からホースのようなものがはみ出し。六本ある足は機械化している。見た目はハウンドドックと酷似しているが、異なる部分は多い。
胴体、皮膚の一部は鉄板のようなものへと変わっており、足に至ってはすべてが機械化されている。頭部の皮膚が剥がれた部分の内側からは銀色の頭蓋骨が姿を見せている。機械と生体が融合したモンスター。つまり混合型モンスターが今、レイの乗っている車両を襲っていた。
レイは臆することも戸惑うこともなく、冷静に、正確に狙いを定めると引き金を絞る。銃身が跳ねて、弾丸は先頭を走っていた個体の頭部を打ち砕く。炸裂弾ではない通常弾であるため一体しか殺せないが、それでも十分だ。
排莢された薬莢が車両の荷台に落ちるその僅かな時間でレイは再度、撃てるような体勢を整えると息を止めてスコープを覗き込む。スコープに映る十字線の中心にモンスターの頭部を合わせ、右の人差し指に力を入れる。
撃ち出された弾丸は僅かにそれてモンスターの首辺りに着弾した。モンスターは衝撃によって、また三半規管を破壊されたことで走る時の勢いそのままに地面へと倒れる。
体は地面とぶつかると擦れて灰色の荒野に赤い線が引かれる。そして飛んで、跳ねて、四肢から力が抜けて一体のモンスターは全身の30パーセントほどが肉塊と化すまで止まることはなかった。
続けて最後の一体――と行きたかったところだが、生憎の弾切れだ。
レイは脇に置いてあった弾倉に手を伸ばす。しかし、石を踏んで車両が跳ねたことで弾倉が僅かにずれた。弾倉へと手を伸ばしたレイの手は空を切って、弾倉は荷物の上から落下する。
「ミスっt――」
と同時に残っていた一体のモンスターは体から伸びたホースを動かして車両のでぱった部分に絡ませる。そしてホースが伸縮するのと同時にモンスターは車両へと距離を詰めた。
レイは慌てず、狙撃銃から手を離すともしもの時のために用意していた散弾銃を手に持って、荷台の最後尾まで移動すると、荷物に片足を乗っけて、モンスターが至近距離まで近づいたぎりぎりの距離から散弾銃をぶっ放す。
至近距離から放たれた散弾によってモンスターの頭部は飛び散って、足と胴体にだけになる。空中で力を失った胴体はそのまま地面へと落下し肉片と成り果てるまで転がった。
「終わった」
レイは最後の一体が死亡するのを見届けるとロベリアにそう伝えた。
ロベリアは探査レーダーに目を向けた後、バックミラー越しにレイを見るとハンドルを握ったまま頷いた。
「分かった。もう敵もいないみたいだし、今日はここらで休憩としよう」
車両がゆっくりと減速していく。
見れば、空が赤くなり始めていた。外灯一つない荒野の夜は自らの手すら見えないほどに暗くなる。そのために早めの野営準備が必要だ。テントを張り、中に探査レーダーを置き、幾つの防衛措置を用意する。
「ああ」
レイは呟くと散弾銃から手を離した。それから少しして車両が止まると運転席から出てきたロベリアが荷台に近づいて、体を預けてレイの方に顔を向けた。
「あ、そうそう。明日は一回都市に寄るから」
車両での移動は三日間になる。すでにその内の一日を終え、今二日目が終わろうとしている。残り一日、そのまま目的地まで行ってもよいが食料と車両の残存バッテリーの問題がある。それを補給するために近場の都市に寄らなければならず、明日は早朝、朝早い時間に行き、昼事に出る――予定だ。上手くいくかは分からない。何しろ、最近いろいろと不運なレイがいる。加えて二人ともそういう身分だ。あくまでも予定、これから変わる可能性はある。
「分かった」
野営に必要な幾つかの道具が入ったバックを二つ手に持って、レイが荷台から飛び降りる際にそう返事をすると、ロベリアはレイからバックを一つ受け取って中身を取り出す。
「早朝について昼に出る。それでいい?」
「なんでも、俺はついていくだけだ」
「何か訊きたいことはある?」
レイは鉄の棒のようなものを地面に突き刺しながら口を開く。
「対策は」
「対策?………ああそういうこと。私達そういう身分だものね、確かにバレないための対策は必要ね」
レイとロベリアがあった都市、あそこは比較的小規模な都市で仕掛けられているカメラの数も少なく、人もあまりいなかった。そのため対策を講じる必要はなかったのだが、今回は違う。少し大きめの、マザーシティよりかは少し小規模――ぐらいの年だ。
ある程度、身分が露呈しないための対策は必要になる。
そしてロベリアは何かの対策を用意しているようで、自慢げな表情をした。
「一応、私これでもかなりの場所を転々としてるから、それなりに対策はあるよ。まあ基本的には顔を見られないように顔を隠したりサングラスをつけたりだとかだけど………それとフードみたいな妨害機器があってね、顔を見えにくくするものがある」
「すごいな」
「あくまでも電子的な妨害だけ、肉眼で見られたらどうしようもないから」
「そこまで万能じゃないか」
「まあね、それにいつもカメラが正常に捕らえられないような人物って怪しさ満点じゃない?顔が見られたくないから何かの妨害装置を利用ますぅーーって言ってるようなもの。だからあまり長居はできないよ」
「分かった」
レイが答えながら火をつけた。
「あ、そうそう。それと………」
そしてロベリアは夕食の準備をしながらレイに話しかける。レイもそれに応え、そうして二日目の夜は過ぎて行った。
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