第38話 培ってきた技術

 東門の前の通り、人混みに紛れて特徴的な赤い髪が靡いていた。門のすぐ外には一台の荒野仕様に改造された車両。トラックのように運転席と荷台とがあり、荷台には多くの荷物が固定されて積まれていた。何かの機器類、銃器など、そして荷台にはレイも座っていた。

 着ているのは前金として貰った金で買ったローブのような服だ。安く、顔が隠せればいい。レイはそう思ってそこら辺で売っていた安物を買った。そして一足先にロベリアが用意した車両に乗り込んでこうして待っていた。

 少しするとロベリアがやってきて「じゃあ行こうか」とだけ言って運転席に乗り込む。

 そしてレイが「ああ」とだけ返すと車両が駆動音を響かせながら、砂塵を巻き上げて動き出す。何もない荒野に向かって。

 そしてレイはどこまでも、地平線の先まで広がる荒野をみて感慨深くなるのと同時に不安になった。なにせ、この荒野で遭難して何日も歩き続けていたのだ。それなりの恐怖心が刻まれるのも無理はない。どこに行けばいいから分からず、どのくらい歩けばいのか分からず、不透明な未来への想像で繰りそうになりながら足を動かし続けた。

 動かし続け、都市にまでたどり着いた。 

 荒野を歩きながら前方に都市を見つけた時は興奮した。遺跡かもしれない、とい一抹の不安がよぎったが近づくにつれてその不安は払拭された。都市の門の前に立った時は嘘偽りなく、言葉通りに泣きそうになった。それほどまで安心した。

 だから都市から出てまた荒野を進むというのはそれなりに不安だ。

 しかしこんな意味のないことで臆病になっていても無駄なだけなのでレイは忘れようと努める。そしてそうしているレイにロベリアが話しかけた。


「何か訊きたいことない?」

「…………」


 何もない、とは答えられない。

 依頼主であるのならば要望は出来る限り聞かなくてはならない。話し相手になってと言われた。であるのならば答えるしかないだろう。


「……商人なのか?」


 これだけの荷物を荷台に積んでいる。レイは商人なのかと思って訊いてみる。


「まあ……そうね。確かに私は運び屋かなぁ。商人であるともいえるかも」

「…そうか」


 はっきりとしない、レイはそう思った。

 そしてロベリアが前に自分をだと言っていたことを思い出す。それが何かしら関係しているのだろうと考えてレイは話題をずらす。


「そういえば聞き忘れてたけど、これどこの都市に向かってるんだ」


 食事中、ロベリアにそれとなくここが中部のどのへんなのかを聞き出し、得られたのは西よりの場所ということ。レイにとってその事実は吉報だった。に近づいたからだ。

 だが今ロベリアが向かっているのが東の方角であれば経済線から離れることになる。だからといって依頼を断るようなマネはしないが、こういった事実は知っていた損はない。


「二つぐらい隣の都市ね」

「方角はどっちだ?」

「…変なこと訊くのね。東側よ、少し北よりかも」

「分かった。ありがとう」


 これでひとまず安心だと、レイは胸を撫で下ろす。

 

「………ああ、あともう一つ訊いておき」


 そしてもう一度、レイが口を開こうとしたところで上からかぶせるようにロベリアが言った。


「レイ。だよ」


 少しだけの緊張感を孕んでいたその言葉に、レイも緩んだ心を締め直して答える。


「………ああ」


 そしてレイが運転席の方まで行って、ハンドルの左下辺りにあるパネルに目をやった。そこには円形で周りの地図が表示されており、後方から赤い点が迫ってきていた。


「この赤い点がでいいのか?」


 レイが助手席ではなく荷台に座っていたのは襲ってくるモンスターの討伐を依頼されたからだ。これはまた話し相手のとは別に相応の依頼金を貰っている。レイとしては何でも引き受けると言っているのだからこのぐらいはいいのだが、お金が貰えるために強く断れず――結果こうなってしまった。


「そうよ。使い方は分かる?」


 レイは荷台の後方の方まで戻ると準備していたを手に取った。


「大丈夫だ。何度か使ったことがある」

「そう。期待してみておくわ」


 完全に、頭のスイッチを切り替えたレイはロベリアの言葉に返すことはなく、背中で聞きながら、一言も発さずにバイポットを使い狙撃銃を固定するとスコープを覗き込む。

 

「あ、減速した方が当てやすい?」


 ロベリアの声が聞こえた。レイはスコープを覗き込んだまま首を横に振る。


「分かったわ。じゃあ頑張って」


 レイはロベリアの声を背中で聞きながら微動だにせず、ただスコープを覗き込む。スコープには七体の四足歩行をする生物が映っていた。黒と白が混ざったような体毛が足には生えており、繋がった胴体には生えていない。逆に鱗のような装甲が胴体を覆っていた。下半身のサイズ、体毛体色と胴体のサイズ、体毛体色がちぐはぐなぐらいに、そして不格好に見えるほど下半身と上半身でサイズ感が合わないモンスターだ。

 進化の過程の中でそうせざるを得なかったのか、それとももともとその形をした合成獣だったのか、真相は不明だ。

 動きは俊敏、鰐のような頭部に一度でも噛まれれば殺すか殺されるまで話してはくれない。個体にもよるが、成熟したものは体高が1.3メートルほど、全長は3メートルほどにもなる『ラビットカイマン』というモンスター。

 それが今、スコープに映っている。もし肉弾戦で戦ったのあらばかなり手強く、レイであろうと殺される可能性は十分にある。しかしそれはあくまでも生身で戦闘を行った場合の話だ、今は違う。レイはよく分からない強化薬の作用で身体能力が向上しているし、いざとなればよく分からない右腕に装着された装備を使って対処することが出来る。加えて高性能な狙撃銃を持っている。十全じゅうぜんに対処できる装備だ。

 

 レイはスコープを覗き込んだまま弾倉を入れ替えた。通常弾から炸裂弾へと。そして手元の情報端末に必要な数値を打ち込んでいく。使用する弾丸や武器などの情報の記入が終わるとバイポットの高さが自動で切り替わり、スコープが自動で調整される。再度、スコープがラビットカイマンを捕らえるとモンスターまでの距離を自動で割り出し、スコープが再度、調整される。そしてここからは数値の記入なしに正確な射撃が行えるようになる。

 準備が整ったレイは目を瞑りながら深呼吸をした。

 そして目を見開くと引き金を引く。

 弾丸は風を切って飛んでいく。宙を高速で駆け、えがきながら正確にラビットカイマンを捕らえる。しかし、いくら最新の機器を使おうと完璧な狙撃を行うのは難しい。頭部を狙っていたが、弾丸は少しずれてラビットカイマンの右前足に命中した。


「…………」


 しかしこれはレイにとっては期待通りではないが、予想の範囲内に収まることではあった。そもそもレイは狙撃銃をあまり撃ったことはないし、専用の訓練も受けていない。それに炸裂弾は最悪、着弾しただけでその目的を果たせている。

 スコープに映っていたラビットカイマンが突如として右前足から爆発した。これは弾丸が着弾と共に爆発したためだ。そして弾丸は飛び散り火花を散らせながら再度、爆発する。着弾した一体の他に、近くを走っていた二体を巻き込んだことでモンスターの数は残り四体となる。


「やるねぇ!レイ。予想以上だよ」


 続けて残りのモンスターに照準を合わせていると運転席から声が聞こえてくる。褒められて悪い気はしない、だが今は仕事中であるためレイは何かその声に反応することはなく、レイはただラビットカイマンに向けて引き金を引いた。

 高速で駆けた弾丸は、二度目の射撃ということもあってモンスターの頭部に命中し――炸裂する。小さな爆発が起きたようにモンスターの頭部が飛び散って、周りを走っていたラビットカイマンも破裂していく。

 レイは続けて、もう一発、二発と引き金を絞る。

 狙撃銃が高性能であり、また補助する機器も用意されていたためモンスターの処理はすぐに終わった。

 レイは深く息を吐いて深呼吸をする。

 スコープには原型がとどめないほど破壊されたラビットカイマンの死体があった。何もなかった荒野にアクセントをくわえるように、赤い血が飛び散って灰色の景色をいろどっていた。そして、すべてが終わったレイはスコープから目を離し、狙撃銃を床に置いた。


「終わったぞ」

「見てたよ。すごいね」


 ロベリアのレイに対する第一印象は『スラムのガキ』だっただろう。服も破けて布を着ているような状態で痩せこけていた。貧困街によくいる孤児の一人だろうと思って、そして好奇心と単なる気まぐれからレイに食べ物を与えた。それとは別にこうして護衛の依頼を出した。

 正直に。

 レイの実力に期待はしていなかった。当然だ、虚勢だと思っていたし、まずスラムでいくら生きてこようと訓練を積んだ軍人にはかなわず。そして特筆すべき戦闘技術も持たず、機器の扱いすらもつたないだろうと、そうロベリアは思っていた。いざとなれば自分が出ればいいかと、そんな思いからレイに依頼を出した。

 しかしこうしてモンスターとの戦闘になると、慣れたような手つきで機器を扱い狙撃銃を撃った。満点……とは言い難いが十分すぎるぐらいの動きだった。

 そしてその時にロベリアはレイに対する意識を切り替えた。食事中に感じた違和感は本当だったようだと、やはり彼もなのだろうと。


 だがロベリアが意識を切り替えようと、言葉遣いを変えるわけでもなく。またレイがロベリアに対して最初に感じた『人を茶化すのが好き』という人物評が変わるわけでもないので、ロベリアの素直な心からの声を茶化されたのだとレイは思ったのだろう。

 荷物に背中を預けながら少しだけ苦笑いをして返す。


「………ありがとう」


 レイの反応から自分の気持ちがちゃんと伝わっていないことに気が付いたロベリアは口を尖らせる。


「いやいや、本当に「すごい」って思ってるんですけど」


 レイは苦笑いをしながら答えた。


「いや、これは本心からの「ありがとう」だ」


 レイの返しにロベリアは「むむむ」と口を尖らせながら呟いた。


「………まったく。私の言葉が嘘にならないためにも完璧に仕事をこなしてね」


 一方でレイは荷物に寄りかかったまま、フードを深く被り直して顔を下げた。そして狙撃銃の方に目をやって口を開く。


「傭兵としてそのぐらい当たり前だ」

「傭兵として、ね」


 ロベリアはレイの言葉に引っかかりを覚えたが、それについて特に言及することはない。代わりに探査レーダーに目をやって口元に笑みを浮かべる。


「レイ。またモンスターだよ、じゃあ傭兵として、完璧に仕事をこなしてくれるよな?」


 レイは探査レーダーの方を見て笑って返す。


「当たり前だ。いつもそうやって生きてきた」


 レイは少しだけ、口元に笑みを浮かべたまま狙撃銃を構え――引き金を絞った。


 ◆


 あれから、かなりのモンスターと戦闘を行った。疲労が蓄積していた体に鞭を打って、傭兵としてその責務を全うした。気が付くと空が赤くなり始めており、今日が終わる合図だった。

 空が赤くなり始めてからはモンスターの襲撃もなくなり暇な時間が続いた。その間にはロベリアと話たり狙撃銃の手入れをしたりなどの雑事を行っていた。だが話のネタも尽きてきて、そしてするべきこともなくなってきたレイは荷物に寄りかかりながらに考える。そういえば何日も寝ていなかったと。

 前に寝たのはいつぶりか、アレスから遺跡に落下した時か。あの時は睡眠というより気絶に近い状態だった。体は休まっていないし、体調も随分と悪かった。腹も空いていたし負傷もしていた。満身創痍の状態でいくら寝ようと回復するわけがない。

 しかし今は違う。

 心地よい気温、そして車両の振動がちょうどよい。モンスターの気配もなく、また探査レーダーがあるためレイが気が付かなくても良い。腹は満たされている。そしてモンスターとの戦闘は今はなく、またロベリアとの会話も少ない、ほとんどの時間は荷物に寄りかかって休んでいる。心身ともに少しだけ、前よりも安定している。

 そして休んでいる時間が長かったからか、それとも単純な疲労、睡眠不足か、そのどちらともか。

 いずれにしても。

 レイには重くなり閉じていく瞼に対処するすべを持たなかった。


「あ、レイく………」


 レイに声をかけようとしたロベリアが途中で口を閉じる。


「あは、これじゃあ傭兵失格だねまったく」


 ロベリアはバックミラーに映るレイの姿を見て笑う。そしてバックミラーから探査レーダーへと視線を移す。

 そこにはおぼただしい数の赤い点が映っていた。


「任せようと思ってたけど………もう十分実力は見たし、仕方ないね。ま、寝る前の運動と思って」


 ロベリアは呟きながら車両を止めると車から出る。そして荷台に乗って幾つかの装備を手に持つとモンスターの方に向かって歩き出した。

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