第35話 世界荒野
小規模遺跡内でミーシャ達が立ち止まっていた。遺跡の中にあってただ、前を見上げて立ち止まっていた。
それはミーシャ達の部隊だけでなく他にも同様に突入していた部隊も同じだった。ある一定の場所で立ち止まって前を見ることしかできない。また、ミーシャ達の背後にはモンスターの死体があった。
トラックほどの大きさがあったであろうそれは、今は肉片と成り果ててる。
そのモンスターと戦闘が起こったのは数分前、遺跡内でレイを追いかけていたミーシャ達の前に一体のモンスターが現れた。大きく、そして凶暴。そして体中には切り傷や弾痕が残されて、尻尾の部分は丸ごと消し飛んだようになかった。
そのモンスターの形を形容するのならば蛇が一番近いだろう。
ミーシャ達はその蛇型モンスターと出くわしたために少しだけ遅れが生じていた。対処自体は容易だった。相手は死にかけで、殺しきるのに足る火力をミーシャは持っていたためだ。
統率の取れた動きで蛇型モンスターを翻弄し、体感二分ほどで肉片へと変えた。そしてすぐに進んだのだが――すぐ目の前は荒れ果てた遺跡ではなく旧時代の頃の暮らしを維持した――つまり自動修復機構がいまだ活きている場所だった。
ということは当然、都市の防衛措置は生きて残っておりその中に足を踏み入れるだけで自殺行為となる。いくら装備を整えたミーシャ達であろうと、いくら小規模遺跡であろうとそれは変わらない。
対象である少年は確かにこの先へと足を踏み入れた。捕らえなければいけないミーシャ達もこの中に入って行く必要があるだろう。しかし無駄に命を投げ出すほどヒンシャの隊員は馬鹿ではない。
それは本部にいる人員も同じで中心部への探索許可を出さない。
今、上を取り合っているのか、それとも別に理由があるのかは分からないが、未だに連絡すら来ず、こうして遺跡の中で待ちぼうけを食らっている。
『どうしますか』
『………』
強化服の機能を使って部下からそう言われた。しかし現在、ミーシャにその質問に答えられるだけの権力を持ち合わせてはいない。勝手な行動は出来ないし、遺跡の中心部には普通に入りたくない。部下の命もかかっているのだ。そうやすやすと危険地帯の中に突っ込むことはない。
しかし、本部から中心部に入って少年を探すように通達が出されれば、そうせざるを得ない。それがミーシャたちのいる立場だ。
少しの時間が流れた。その間にモンスターから攻撃を受けることはなかった。
そして少しの時間が経つと本部から命令が下る。
ミーシャはそれを聞き終えると部下に命令した。
「撤退だ。撤退しろ」
心なしか部下の表情が少しだけ明るくなったような、そんな気がした。
そしてミーシャは遺跡の中心部、そのさらに中心に聳え立つ電波塔、そして少年の幻影を思い浮かべて心に誓う。
(この借りは返させてもらうぞ)
◆
時は少し遡る。
小規模遺跡の中心に聳え立つ電波塔。天まで届くほどの高さを備えたそれには様々な機能があり、自動修復機構の制御やその
名前はない。
ただそうである理由はある。
電波塔の最上階から地上を見下ろすように一体の女性がホログラムの状態として投影されていた。全裸の状態でその完璧なボディラインを阻むものはない。均整の取れた、いや取れすぎ顔、体。魅惑的、蠱惑的か。傾国の美女がいるのならばきっと、誰であろうと彼女と答えるだろう。
彼女はある遺跡を管理している管理AIのコピーだ。
コピーとは言っても、この都市を防衛、維持しているし権力だってある。
そんな管理AIは電波塔の頂点から一機の輸送機を眺めていた。船体に切り傷があり、その上には寝ころぶ少年の姿が見える。
彼女はただじっと、少年を見ていた。
本来ならばレイはここで死んでいた。しかしそうならなかったのは彼女のおかげだった。遺跡の中心部に入った時に出撃する防衛措置はあんな、大砲を背負っただけの機械型モンスターではない。本来ならば巨大なロボット兵器であったり、高速で動き自爆するドローンであったりなど、強力な防衛装置は準備されている。
しかしそれらを出動させなかったのには一重に彼女の意向が関係していた。
端的に言うのならば彼女は、レイに興味を抱いていた。それは実験用モルモットに抱く感情と似ていて、レイの身体に対して好奇心があった。その好奇心の大体の割合を占めていたのは当然――レイが自らの体に打ち込んだ強化薬のことについてだ。彼女は遺跡に侵入したレイの姿をカメラで確認しながら、その効果を確認していくうちに興味を持ち始めた。
旧時代の文献に似たような効果を持つ薬がある。レイの身体に現れたあの症状はそれに限りなく類似していた。だから防衛装置の出動を制限したし、輸送機を停止させなかった。飛び立つレイに対して何の妨害をすることなく、そのまま遺跡の外へと出した。彼女はコピーであり、そしてまたどこかで逢うと思っていたから。
そして今現在、遺跡を取り囲んでいるPUPDなどから少年が置かれた状況が分かっていた。だから彼を助けるつもりでそのまま見送った、こうして。
「………」
電波塔の頂点で彼女はただ無表情で輸送機を見下ろしていた。
だが、去り行く輸送機を見て、彼女は少しだけ無機質に笑ったような気がした。
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