第34話 万斛の薄幸

 拳銃から撃ち出された弾丸は宙を駆けて通路にいた一体の機械型モンスターに着弾する。厚く硬い装甲なんてないように弾丸は減速、減衰することなく背後にいたもう一体の機械型モンスターをも貫いた。

 一体その弾丸はどこで作られ、また貯蔵されていたのかは分からない。ただ事実として弾丸は撃ち出されたし二機の機械型モンスターの動力部を綺麗に撃ち抜いた。

 そしてたった一発の弾丸で機械型モンスターを破壊するという衝撃と幸運に、レイは一瞬でもひたることは出来ずに振り向いて引き金を絞る。光学迷彩によって隠れていたが弾丸が命中するのと同時にそれが解けて、同時に動力部を撃ち抜かれたことで機能を停止する。

 四方八方を囲まれたこの状況で、レイは走り回り動き回り、しかしそれでも、仲間を盾にしたところで意味もなく躊躇なく弾頭がレイを襲う。付近に着弾した弾頭が炸裂する。爆発の際に生じる熱と風を浴びたレイは成す術なく衝撃で宙に浮く。

 空中で身動きが取れなくなったレイに向かって容赦なく弾頭が撃ち込まれる。

 しかし空中で体を丸まらせて気休めの防御態勢を取ったレイに弾頭が命中する――というところで


「………」


 レイは目の前の視界を黒く覆うそれを見て少しだけ衝撃を受けた。

 それは盾のように、あるいは装甲のように、元の義手のようなものよりも明らかに質量以上に大きくなった『それ』だった。

 右腕を包み込んでいた義手のようなものが変形し、流体のように動いてレイを守る盾となった。前腕に装着された『それ』は今はほとんどない、レイの右腕はいつのものように肌色の皮膚が覗かせている。きっと、腕全体を包んでいた『それ』の全質量がこの盾を作ったのだろう。手に握られていた拳銃さえも無くなっている。しかし同時に『それ』の元の大きさを考えるとレイの上半身を隠す程に大きなこの盾は質量以上に大きくなっているような気がした。

 盾と右腕は一体化しているようで、手は取っ手を握り締めて離れず、肘の辺りには管のようなものが巻き付いて固定されていた。また皮膚と盾との接着部分は一部融合したようになっており、その境目が分からなくなっていた。

 これ取り外せるのか……という疑問はレイの頭の中には浮かび上がってこず。ただ状況を理解し対応するだけだった。

 

 続けて放たれた弾頭がレイを守る盾に着弾する。

 衝撃はある。しかし盾自体にその衝撃が吸収されているのか少しの痛みが走る程度しかない。しかし反動でレイの体は後方に大きく飛んで、通常通りに荷物を運搬していた機械に当たる。

 キャリーカートのような機械は衝撃で横転すると二回三回と回転し大破する。一方でレイは血反吐を吐きながら立ち上がった。

 そしてすぐにレイの背後に回り込んでいた機械型モンスターが至近距離から大砲を向ける。しかしレイの方が僅かに早く動いていた。機械型モンスターの上に移動すると力任せに大砲を折り曲げる。

 レイはすぐに機械型モンスターを蹴って離れるのと同時に弾頭が大砲内で爆発した。

 そして盾からすでに元の――拳銃と前腕を包み込む防具へと形状変化しており、レイは引き金を引いて天井に張り付いていた個体を撃ち抜く。向けられた大砲内に弾丸が着弾し、装填されていた弾頭に命中すると付近を巻き込んで爆発した。

 続けてレイは振り向くと背後にいた一機に向けて拳銃を向ける――だが、そこにいたのは大砲を背負った機械型モンスターではなく、両手が剣になっている人型ロボットだった。

 人型ロボットは両手の剣をレイに向かって振り下ろす。

 しかし僅かに、レイが引き金を引く方が早かった。

 弾丸はロボットの額に命中すると突き抜けて天井にめり込む。眼球付近が衝撃によって破壊され、また衝撃によって人型ロボットがよろめいたことでレイの脳天から一直線に人体を真っ二つにするはずだった剣の軌道が逸れた。

 剣はレイの肩を少し掠り肉を削ぎ落しながら振り落とされ、その僅かな隙にレイが二発三発を弾丸を額、胸に撃ち込んで破壊する。

 反動によって後ろに倒れ行く人型ロボット。後ろに傾いた頭部の背後からやって来るもう一体の人型ロボットをレイは視界に捕らえた。レイはすかさず弾丸を撃ちこむ。

 弾丸は目の前にいた人型ロボットを貫いて背後の一体に着弾する。

 続けて引き金を絞ってレイは背後の一体を殺した――ところで嫌な気配がして後ろに振り向いた。すると剣を振り下ろすもう一体の人型ロボットがいた。

 レイはどうにかして身を捩って避けたが、左手の小指、薬指が第二関節から無くなり、中指の第一関節から上――つまりは爪の部分が切られた。また剣の先がレイの肩から脇にかけてを斜めに、浅く皮膚とその下の肉を僅かに切った。血しぶきが飛び散って、白色の人型ロボットが赤く染まる。

 レイは歯を食いしばって苦いを顔をした。

 そして同時に

 今更驚きはない。拳銃を構築し盾を創り出したのだ、それがそうであるように当たり前に変化したに過ぎない。

 レイはすぐに状況に納得すると斜め下から、剣で切られた場所をやり返すように人型ロボットを真っ二つに切った。

 その直後、弾頭がレイのいた付近の地面に着弾し、爆発の衝撃によってレイの体は大きく打ち上がる。空中に浮いたレイに向けてさらに数発の弾頭が放たれ、レイは黒刀から形状変化した盾でそれらを防ぐが、衝撃によってさらに大きく空へと打ち上げられる。

 高い天井に着くかと、そう錯覚するほどに高く飛び上がったレイには当然足場がなく、次の攻撃を避けることは出来なかった。

 しかしそれはレイにとっては好都合だった。


「っはっは。ツキが回り切った、ようやく」


 輸送機が置いてあるこの場所は、たとえレイが来ようとも荷物を奪おうとも止まることなく動き続けていた。それは機械型モンスターが現れて戦闘が行われたとしても。

 着々と準備が進められ今――一機の輸送機が空へと飛び立とうとしていた。

 建物の屋根が開き、太陽に向かって空へと移動する一機の輸送機。レイはそれに黒刀を突き刺して掴まった。

 レイはここまで想定していたわけではない。輸送機が飛び立つまで耐え抜く、またそれが無理なのならば襲い掛かってくる機械型モンスターをすべて処理することぐらいしか考えていなかった。

 しかしたまたま、こうして打ち上げられたことですでに飛び上がっていた輸送機に掴まることが出来た。

 レイは横目で、この輸送機が飛び上がっていたのは知っていたが離陸に間に合わなかった。そして諦めかけて次の輸送機が飛び立つのを待とうとしていたが――掴まることが出来るとは思っていなかった。


 輸送機に掴まったレイに対して機械型モンスターは弾頭を撃ち込んでくることはない。

 予想通りだ。

 輸送機を背後にしている時だけ機械型モンスターたちは攻撃を仕掛けてはこなかった。輸送機には攻撃できない、みたいなプログラムが仕込まれているのだろう。


「………はは」


 レイは刀を軸に体をどうにかして機体の上に乗せると大の字に寝っ転がって笑った。

 もう死ぬかと覚悟した。逃げらないと思っていた。どうすればいいか分からなかった。しかし、今はこうして生きて、逃げ延びている。まだ安心できる状況ではないのだが、レイは少しだけ安心する。そして輸送機の上に寝そべったまま遺跡からまた別の場所へと消えて行った。

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