第33話 活きろ、破壊せよ

「……っっ――あ、くそ」


 運よく緩衝材の上に落下したレイが起き上がる。腹の辺りの皮膚は焼け焦げて、一部分、肉が抉れていた。衝撃によって内部もかなり傷ついている。

 しかしそれだけだ。

 普通の人間ならば木っ端微塵に、肉片すらも残らないような衝撃を受けてなお、身体の負傷はそれだけだ。

 レイは体全体に走る鈍痛を感じながらも、緩衝材に手をついて身を起こす。

 どうやら車庫のような場所に落下したようであり、背後には幾つもの荷物が積まれたトラックが並んでいた。その奥には倉庫の天井までに届くほどの荷物が積まれており、圧倒さける光景だった。そして周りをさらに見渡して、レイは一つ、あることに気が付く。

 これまでの荒れ果てた街並みとは違って、レイの周りはあまりにも、異様なほどに綺麗だ。荒れ果てておらず、ゴミの一つも見当たらない。つまり、レイがいる場所が自動修復機構の活きている中心部であることを示していた。

 あの爆発に巻き込まれ、また衝撃で一時的に視界が回って状況把握が出来なかったが、これはレイにとっては好都合だった。

 なにせ目的の場所は中心部に近い場所にある。身体は大きく負傷したが、代わりに目的へと近づけた。レイはそうポジティブに考えて立ち上がった。そして視線を上にあげる。

 明かりを乱反射し眩しいビル群が立ち並び、それらはまだ稼働していた。人や機械の姿は当然見られないが、人が住んでいた形跡があるように思う。それは旧時代に住んでいた人々が活きていた痕跡がそのまま残っているためであろう。

 そうして。レイは周りを見渡しているとあることに気が付いた。


「はは。運がいい、のか?」


 目的の――電波塔のような立ち並ぶビル群とは違う形をした――建物がすぐ近くにあった。それも真後ろだ。つまり今、レイが落ちてきた場所は電波塔内の敷地であった。

 後ろに見える倉庫はきっと物資輸送のためだ。

 たまたま吹き飛ばされた衝撃でたまたま遺跡の中心部の辺りに落ちて、それも目的の場所だった。今まで、最近ずっと上手く行かないことばかりだっがやっと……。


「やっと運が俺の方にも運が回って……」


 そうして呟いて思って、しかし振り返って倉庫へと行こうとした時に視界の片隅に機械型モンスターの姿が見えた。ボファベットのような、蛇型モンスターに追われている時に出くわしたモンスターだ。恐らく、異物を排除するために用意された防衛措置の内の一つなのだろう。


「回り切ってなかったか、まだ」


 肉眼で見えているのが七体ほど、しかし光学迷彩によって何十体もどこかに隠れている。

 相手は機械型モンスター。レイは決定打を持たない。しかしやらねばならないだろう。この数日間、いや物心ついた時から絶望的な状況に囲まれていた。今更、足が竦むようなことはない。


 レイは目の前で背負った大砲を向けたまま固まる機械型モンスターに向けて地面を蹴って距離を詰める。地面を抉り、肉眼では捕えきれないほどの速さで――。


「――ぁ」


 直後、レイが体を前に進ませた瞬間に弾頭がレイに直撃し、体は後方にぶっ飛んだ。

 内臓も含め体全体が燃えるような灼熱と四肢が弾け飛ぶほどの衝撃。声すら発することが出来ないほど、凄まじくレイは浮遊感に襲われながら背後にあった倉庫にめり込む。

 荷物の箱などが置かれていた山にピンボールのようにぶつかると、崩壊した荷物の山がレイに覆いかぶさる。しかしまた次の瞬間には機械型モンスターが荷物ごとレイを殺そうと、弾頭を打ち込む。

 倉庫内一体が赤く染まり、その直後に爆発音がとどろく。爆炎が立ち上り、辺り一帯が陽炎のように歪む。

 炎は施設の準備されたスプリンクラーのようなものと消火用ロボットによってすぐに鎮火される。

 炎が収まった後、倉庫は破壊されてバラバラになった黒焦げの荷物と箱が散乱していた。しかしそこにレイの姿はなかく、代わりに荷物が積んであった場所には大穴が空いていた。

 サイレンが鳴り響く倉庫内で機械型モンスターがレイの姿を見逃すわけもなく、あそこからしか逃げ出すことは出来ない。

 そして施設の廊下に仕掛けられた監視カメラには服はほとんど破れて、布を羽織っているような、ほぼ半裸の状態になって歩いているレイの姿があった。その監視カメラと視界を同期している機械型モンスターは蜘蛛のように静かに、だが迅速に大穴からレイのいる場所を目指して行進した


 ◆


「はぁ……ったく」


 服は爆散し焼け焦げて、ほぼ半裸状態のレイが歩きながら呟いた。

 布の隙間から見えるのは皮膚が焼けただれて赤い肉が見え、ところどころが抉れているレイの体だ。

 しかしすぐに、抉れた部分は再生して焼けただれた皮膚の下から新しく皮膚が出来る。古く、焼けただれた皮膚は瘡蓋かさぶたのように剥がれ落ちてすぐに元通りになる。

 明らかに普通のことではないのだが、レイがそのことを気にすることはない。単に意識をそのことに割いている暇がないためだ。

 

(もうすぐ)


 あと少しで目的の場所に着くと、そう思ってレイは足を進ませる。

 ここまでこれたのは奇跡だ。まず蜘蛛型モンスター、機械型モンスターと戦って生きているだけで幸運であるのに、蛇型モンスターと大砲を背負った機械型モンスターの二体に挟まれて尚、生きているのはあまりにも、怖いほどに運がいい。加えて落下したのが目的の建物で、こうして機械型モンスターの攻撃を食らって尚、五体満足で生き残っている。

 レイが弾頭でぶっ飛ばされて壁にめり込んだ時にはすでに壁に穴が出来ていた。荷物で隠れていたおかげで機械型モンスターが気が付くのが遅れたのも幸運だった。

 

 天井に埋め込まれた証明が赤く点灯し、サイレンが鳴り響く廊下をレイが歩き続ける。体感では数十分ほどに感じたその時を終える瞬間は案外、あっけないものだった。

 レイが通路を曲がると開けた場所に出る。倉庫のような、物が積んであって天井が広い場所。そして荷台のついたキャリーカートのような機械が物を運搬している。サイレンが鳴ってはいるが、そんなことなど関係なく通常通りに動いているように見えた。

 レイはその中に一歩入る。

 だが何かの防衛措置が起動することもなくキャリーカートのような機械が運搬のためにせっせと働く光景に変わりはなかった。

 

「……来た」


 レイは呟いた。

 ここが目的の場所――そして目的のだ。

 キャリーカートのような機械が運搬している荷物、それらは何台かのに詰め込まれていた。

 旧時代製都市間物資輸送機――と呼ばれている代物。

 略して、安直に輸送機と呼ばれているそれは遺跡から遺跡へと――旧時代の目線から述べるのならば都市から都市へと物資を輸送する輸送機だ。荷物を積み終わり次第に飛び上がり、この施設から出てどこかの都市へと移動する。

 その際に、空を飛んでいる際には光学迷彩によって隠蔽されながら運搬される。

 中部には個人で飛行する機械を持ってはならないという規則があるが、それはこの物資輸送機と接触しないためだ。光学迷彩で隠されてて飛行してしているため、また探査レーダーにも一般的にはひっかからないため、PUPDであっても衝突することがある。

 その際には基本的に旧時代製の都市間物資輸送機の方が頑丈であるため、壊れ墜落するのはこちら側だ。

 そういうわけがあって中部での飛行は制限されているのだが……そんなことはどうでもよく。レイにとっては光学迷彩が施され、なおかつ都市から出るという事が何よりも重要だった。

 PUPDにもバレず、また都市に居座ることもない。

 機械型モンスターとの戦闘を終えて空を見上げた時、まだ完全に飛び上がっていないために光学迷彩がまだ完全に施されていなかった輸送機を見た時、レイは少しの希望を見出した。

 しかし当然ながら、物資を輸送するという性質上、輸送機が降り立つのは自動修復機構が活きている場所であった。遺跡の中心部は外周部とは比べものにならないほど危険だ。

 加えて輸送機がどこにあるのかの目星がついたところで、乗り込める確証などどこにもなかった。

 だがそれでも、そのつたないい希望にすがってここまでなんとかこれた。

 あとは乗り込むだけ――とはいかない。

 いかないのだ。

 背後からかさかさと、金属と金属とが衝突し擦れ合う音が僅かに聞こえる。

 大砲を持ったあの機械型モンスターだ。

 レイも逃げられるとは思っていなかった。

 

(来たか)


 振り向くと、曲がり角から出てくる足が見えた。

 するとレイはたまたま横を通りがかったキャリーカートのような機械に積んであった物を奪う。


「すまんな。貰ってく」


 あわあわと荷物が無くなって焦る機械に、少しの申し訳なさを感じたレイが謝りながら奪い取った物をあまり見ずに――

 肘まで入れることが出来た何かの義手のようなもの、何に使えるかは分からなかった。ただ直感的にこれを装着した方が良い気がした。

 全体的に黒色の『それ』を右腕の装着すると溶け込むように、あるいは適合するようにその機能を発揮する。

 肘の部分から『それ』の一部が流体のように手のひらまで、腕を伝って移動すると何かの物体を形成する。それはまばたきよりも早く、気が付いたら出来ていた。

 拳銃のような物体だった。

 握りやすく滑り止めのような突起が付いたグリップ。引き金。銃身。スライド。全体的な色は黒色で、引き金にかかった指に力を入れると動いた。

 シルエットは完全に拳銃で、その機能も明らかに拳銃だった。あくまでも表面上だが、明らかに拳銃だった。


「………」

 

 そしてレイは、この事態に妙な納得感を覚えていた。驚きは感じないし恐怖は湧き上がってこない。ただそれがそうであるように、今起きた出来事を自然と納得していた。

 レイの注目は今、握られた拳銃ではなく、『それ』でもなく。ただ目の前に通路からやって来る機械型モンスターへと向けられていた。


「………やるぞ」


 レイは自分にそう言って覚悟を決めると拳銃の引き金にかけた指に力を入れた。

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