第32話 駆け抜けろ
小規模遺跡内をレイが駆け抜けていた。すでに廃れたビル群を通り過ぎて、壊れかけた道路を走る。レイの後ろからは何体かのモンスターの姿が見え、それは巨大だった。
二台のトラックを繋げ合わせたぐらいには胴体が長く、また太い。確認できる限りで前と後ろに左右計八つの――巨体に見合わないほど小さな――足がついていた。その蛇のようなモンスターはレイを追いかけてビルを破壊しながら突き進む。一方でレイはモンスターが進みにくいよう出来るだけ頑丈そうなビルの隙間と通りながら移動していた。
それでも尚、モンスターは強引に突き進むがその際に狭い通りを進もうとしたために皮膚が破れ、肉が抉れる。
いつまでこの追いかけっこを続ければいいのか、レイは嫌になって目的の場所を見た。
まだ遠い。だが着実に近づいている。
その証拠に周りの光景も少しずつ変わり始めた。今まで遺跡の外周部にいたため荒れ果てた光景が広がっていたが、今は違う。少しずつ道路も綺麗になって、周りに立ち並ぶビルも廃墟には見えないようなものばかりになっていた。自動修復機構が活きている
あるビルは窓が割れていて廃墟となっている。だが一棟横のビルは完璧な状態が保たれている。単に壊れている付近で戦闘が起きたからそうなった。と結論づければ早いが、そうでないとしたら自動修復機構のその性質の一端が分かる。
恐らく、遺跡のさらに中心部では都市の機能として自動修復機構が作動しているのだろう。しかし外周部はそうでない。荒れ果てている。単にエネルギーをそこに割けなかったからそのままなのか、それとも管理AIがその地域一体の修復を不要なものだと結論づけたのか。
違う。
恐らく、この遺跡においてだけかもしれないが、自動修復機構は元から外周部では機能していなかった。ビルの修繕などはそのビルの管理者が行い、施設ごとに設置された自動修復機構が作動していたのだろう。
当たり前と言われれば当たり前だ。
現代の価値観、社会を基準にしてみても都市全体の活動を都市の機能だけで
一方で遺跡、という都市の機能は生きている。技術を集め作られた自動修復機構という都市の核がそう簡単に壊れるわけがない。だから今も中心部だけが旧時代の輝きを保っている。
だから、あそこに行かなければならない。
まだ稼働しているということは当然、施設もすべて動いている。
その中の一つに、レイの目的でもあり希望となり得るものがあった。
「――っくそ」
だがあそこに行くためには幾つかの障害を乗り越えなければならない。その一つ目が後ろからレイのことを追いかけている一体の蛇のようなモンスターだ。図体は大きく装備を持たないレイでは対処が不可能。あの機械型モンスターのように瓦礫で踏みつぶすだなんてことは出来ないし、今は逃げ回ることしかできない。
モンスターが建物にぶつかった際に破壊された瓦礫がレイの横を高速で過ぎ去る。
レイは後ろを見て苦虫を嚙み潰したような表情をして、地面を蹴って飛んだ。レイの体は大きく飛び上がって建物の上に着地する。
明らかに常人ではないほどの脚力。簡易型強化服も強化服もナノマシンだって、体の機械化さえ行っていないのにレイは軽々と人間の限界を越えていく。そもそもモンスターに追いかけまわされているのに走って逃げれている時点でおかしいのだ。レイもこの異常事態には気が付いているが、あまり考えないようにしている。それは思考してしまうことで自分がおかしくなったのだと正しく認識してしまうのが嫌であったり、単純にそんなことを気にしていられるほど呑気な状況ではない、ということも理由の一つにある。
そして少し考えてみれば――すぐにあの強化薬へとたどり着く。何となく、レイは考えるだけ無駄だと理解していた。
今はただ、この力の恩恵を享受するだけでいい。そうレイは考えて逃げ続けていた。
そしてレイがビルの上を移動していると蛇のようなモンスターも隣の大通りを移動しながらも噛み付こうと半身をビルに巻き付かせながら大きく口を開ける。レイは逃げようとしたが、モンスターはその長い胴体を限界まで伸ばしてレイを完全に捕らえる。
レイは空中にいたため身動きが取れず、逃げることは出来ない。
しかし、遺跡には当然、追っかけてきている蛇のようなモンスター以外にも様座なモンスターが生息している。
その内のサソリのような見た目をした一体が――蛇のようなモンスターとレイとの戦闘を聞いて寄って来たのだろう――レイに向かって、死角から近づいていた。ビルの側面に張り付いて周りの色に同化していたサソリのようなモンスターはレイが空中に飛び上がったタイミングでレイに向けて尻尾の針を向ける。
「――っ――っぶね」
前から来る蛇のようなモンスターに気を取られていたレイは背後から攻撃されるとは一ミリも思っていなかった。しかしこれまでの経験と生まれ付いて身に付けていた直感が危険だと知らせた。
脂汗がにじみ出るような悪寒、そして時が止まったように流れる。
レイは空中で体を捻らせて半身だけで背後を向いた。そして向かってくる針を体を
その際にレイはサソリのようなモンスターを軸に方向転換をしてビルの側面を滑り降りる。
一方でレイに投げられたモンスターは背後から口を大きく開いて近づいてきた蛇のようなモンスターの咥内へと放り込まれる。大きな虚空の中に吸い込まれるようにしてモンスターは影になって、消えて行く。そして租借音もなく、緑の血が飛び散ることもなく食われた。
(……ここどこだ。どっちに行けばいい)
モンスターに追いかけまわされていた緊張感とあの一瞬の攻防に全神経を集中させたせいで無事何処に行けばいいか分からなくなった。目星は付けている。一度周りが見渡せる場所まで行けばどうにかなる。
しかし行けるかが問題だ。
蛇のようなモンスターはレイを見失ったわけではないし、今もレイを追ってきている。比較的狭い道を走って追いにくいようにはしているが、そんなことなど気にせずに壊れかけた建物を破壊して突き進む。
その際にレイが戦ったあの機械型モンスターに似たものが建物の中から出来てきて建物を守ろうと蛇型モンスターを攻撃したが、すべて厚い皮膚と脂肪に阻まれ負傷を与えることが出来ずにその質量で吹き飛ばされ、すりつぶされる。
また、いつまでも狭い道が続いているはずもなく、すぐに広い場所に出る。円形の、ロータリーのような場所だった。視界が開けたところで目的の場所の
常に背後から迫りくる存在に目を意識を向けながら、少しだけの希望に
だが安心はしていなかった。慢心もしていなかった。しかしレイは度重なる戦闘と溜まりに溜まった疲労で集中が少しだけ途切れかけていた。そして万全の状態であっても気づけるか怪しい程度のことであったため、今のレイがそれらに気が付くのは死にかけた後からだった。
「――は」
飛び上がったレイの頭部すれすれを何かが通った。直後、風が吹き、背後で爆発音が鳴った。レイは横目で後ろを見た。
(な、にが)
するとそこには頭部の半分が抉れ、肉片と血をまき散らしながら暴れ、襲い掛かろうとしている蛇型モンスターがいた。
あの顔の傷。レイがやったわけではない。当然、建物にぶつかってああなったわけでもないだろう。
だとすると。
それしかない。
レイの顔すれすれを通り過ぎた何か、そしてそれが背後にいた蛇型モンスターの顔面に直撃し――爆発した。
(起き――)
じゃあ誰が、何がそれを放ったのか。
レイは目の前を見た。そしてその付近を見渡した時に気が付いた。
(まずいな)
目の前に広がる光景が先ほどとは違っていた。傷一つない建物が立ち並び、大通りの脇に立ち並ぶ店の店頭には様々な旧時代製の物品が並べられていた。ゴミなんて一つもなく、埃さえなかった。
まさに旧時代の都市の光景が目の前には広がっていた。
そしてそれはつまり、ここが自動修復機構が活きている証拠であり、中心部に入ろうかという境目であることを示していた。そして自動修復機構が活きているということは防衛装置も生きているということ。
レイは目を
今は大砲を撃つために、またその衝撃と立ち上った煙と埃によってその存在が何とか認知できている状況。
そしてレイが現在、取れる手段は一つもなかった。
(――っく)
目の前のことに気を取られ過ぎていた。とレイはいつの間にかすぐそこまで接近していた蛇型モンスターを見て思った。
そして蛇型モンスターは顔の半分を吹き飛ばされた怒りのままに体を動かし、尻尾で
レイは手詰まりになって、そして何も出来ずに尻尾が直撃する――とほぼ同時に機械型モンスターから放たれた弾頭が蛇型モンスターの尻尾に命中する。
「むりd――」
尻尾による強烈な衝撃を背中で受けながら、正面から放たれた弾頭の爆発に巻き込まれたレイは空高くぶっ飛んだ。
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