第31話 捜索・確保

 レイのいる小規模遺跡に、今まさに突入しようとする部隊があった。

 頭からつま先まで、高性能な強化服で身をつづんでいる七人の部隊だった。先頭に立っているのはミーシャで、その後ろに部下が続く。


『対象の様子は』


 ミーシャは小さく呟いた。その声は強化服に内蔵されたマイクが拾って、テントにある拡声器へと届けられる。テントには数人の隊員の姿が見え、モニターを監視しながら返答する。


『対象は生物型モンスターと戦闘してします』

『了解』


 テントからの通達は部隊員全員に届けられ、情報は即座に共有される。

 現在時刻は11時。本来よりも三時間ほど早い作戦行動開始となった。そうなった原因は当然、レイだ。先ほどまで何も異常はなかった。ミーシャはゆっくりと準備を進めていたし、他の仲間も同様だった。しかし異変が起きたのが二十分前。高性能カメラは一階で蜘蛛のような生物型モンスターと戦うレイの様子を捕らえた。

 相手は機械型モンスターではなく獰猛な生物型モンスターだ。もしレイが戦闘で負ければそのまま餌として食べられる可能性が高い。最悪死体だけでも確保しろと命令が下されているのだ、その死体すらも胃袋の中に入って、ましてや消化されるだなんて事態は絶対に避けなければいけないことだった。

 その事態を確認した瞬間にはミーシャの部隊だけでなく他の部隊も一斉に準備を始めた。生物型モンスターとレイとの戦闘が始まって二十分。最短でここまで準備した。

 いつでも行ける状況で、後は本部からの命令と他部隊との意思疎通、そして装備の動作確認を行えば突入できる。


(まったく。聞いてた話よりもイカれてるな)


 ミーシャはレイのことを考えてため息を吐いた。

 最初から、今回の任務で捕らえるレイという少年の頭のネジが何本から外れているのは知っていた。警備隊に追われてなお、死にかけになりながらも、多くの警備隊員を殺しながらも大規模スラムへと逃げ込んだ、その生への執着。殺すと決めたら一切の容赦をかけない残酷性、残忍性。かといって表立って異常者でいるわけではなかった。

 通っていたアカデミーでは一部から疎まれはしていたものの、それはほとんど嫉妬や差別から来るものだった。報告書を見る限りアカデミー内での彼は人間性で異常な部分はなかったと記録されていた。しかし裏では同じくらいの年の者達を殺していた。

 表と裏。常人では耐えきれないほどその二面性は強かった。だが彼は難無く適応し暮していた。全く異常と言う他ない。

 そして彼は大規模スラムに逃げ込んだ後、次の日にはほぼ全快し。バイクに乗りながら警備隊、そしてハウンドドックとの戦闘も行った。肉体的疲労、精神的疲労は計り知れない。たとえミーシャであったとしても同じような状況に置かれて何時間生き延びられるか分からない。たとえ装備が万全であったとしてもだ。

 少年は万全の装備を持たずしてそれを達成した。ラーリとかいうボンボンの拳銃だけを持って、警備隊から逃げ切った。単純な戦闘能力が異常なほどに高い。そして追い詰められると――少年は気づいているのか分からないが――効果を発揮し始める。

 何度もPUPDとして任務を行ってきたミーシャから見ても、かなりおかしな事態が起きている。追い詰めたと思ったらギリギリでくぐられる。火事場の馬鹿力と言うべきか、数値上では判別できない要素がいくつもある。

 

 そしてミーシャはまさかレイがビルから抜け出して動くとは思っていなかった。ビルの外はモンスターの巣窟であるし、少なくともカメラで確認する限りビルは安全だったからだ。

 しかし違った。ミーシャは少年がイカれているのを忘れていた。だから少しだけ時間に余裕を持って作戦を進めてしまった。


(面倒だ)


 今回の作戦でミーシャは色々と失態を犯した。

 だがそんなことを悔いても仕方がない。ミーシャはそう考えて意識を切り替える。すると強化服に搭載されたスピーカーから部下からの声が聞こえた。


『隊長。新しく来る人はいいんですか』


 新しく来る人……トリスのことか、とミーシャはトリスの顔を思い浮かべる。


『トリスのことか。あいつを待つ時間はない。それに今来たところで部隊に入れるわけにもいかない。顔合わせすら済んでないからな。それに作戦の共有や装備の装着にも時間がかかる。あいつのことは一旦忘れていくれ』

『了解』


 本来の時間よりも作戦開始を早めてしまったばかりにトリスを待つ余裕が無くなった。

 そのためミーシャの後ろにはトリスの姿などなく、今はまだ荒野を車で走っている頃だ。

 その時、またスピーカーから声がした。今度は本部からだ。


『対象。現在は生物型モンスターとの戦闘を終えて機械型モンスターと戦闘を行っています』


 本部からの通達にミーシャは首をかしげた。


(何が起きた)


 生物型モンスターはどうなったと、ミーシャは目で強化服に映し出されたディスプレイを操作しカメラ映像と同期する。そして映し出されたのは半壊したビルで機械型モンスターと戦闘を行うレイの姿だった。

 機関銃を向けられ、走り回って、そして瓦礫で身を隠しながら距離を詰めて、また離れて。


(なんだ)


 先ほどとは全く異なる光景にミーシャが頭を悩ませる。


生物型モンスターあいつらはいなくなったのか?だとしたら食われる心配はない、のか?。……ああ、いや。機関銃あれに撃たれて体が原型と留めていればいいが)


 生物型モンスターに食われて死体が消失する心配が無くなったと思ったが、機関銃に撃たれれば肉片となってサンプルの確保が難しくなる。

 ミーシャはそんなことを思いながら映像を見る。機械型モンスターとレイとの戦闘はすぐに終わった。そして呆気ない、肩透かしを食らったような最後だった。レイが機械型モンスターを誘導し、柱を壊させ崩落に巻き込む。

 これは単純な戦闘技術が高いとかではなく、酷いほどの生への執着がもたらした結果だろう。


(追い詰められると人が変わるな、やっぱり生まれ育った環境か?)


 ミーシャは資料上で見た大規模スラムの様子を思い出す。そしてその時、本部から作戦開始の命令が下った。


に向かったのか)


 レイが最後、歩き始めた方向を確認するとミーシャは映像を消した。そして一度振り向いて部下を見た。特に合図はない。ミーシャが部下の様子を確認すると地面を蹴って遺跡の中へと消え、部下もそれに続いた。

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