第30話 機械型モンスター

「――くそ、が」


 瓦礫を押してひっくり返して、レイが地上に出る。


「ちっ。あいつ」


 辺り一帯は瓦礫の山が積み重なっており、その中に一体の機械型モンスターが立っていた。ロボットの周りは特に損壊している場所はなく、レイのいた辺りだけが大きく損壊して、何階もある上部分がすべて崩落していた。

 レイが瓦礫に押しつぶされて死ななかったのは単純に運がよかった。壊れかけだが柱が周りに僅かな空間を作ってそこに隠れたおかげで生き残ることが出来た。だが瓦礫から逃れたとて、機械型モンスターを相手にしなければならない。

 瓦礫から出ないでそのまま機械型モンスターがどこかに行くまで待つことも考えたが、瓦礫が崩れて潰される危険性を考慮してしょうがなく出てきた。

 機械型モンスターは今、瓦礫の上に立って周りを見渡しているがレイをあと数秒とかからずに見つけるだろう。崩落の際にレイはナイフを失っている。もし機械型モンスターと戦うことになったとしても有効打を与えることは出来ない。そもそもナイフを持っていたところで装甲を貫通できるか、と問われれば否と返答せざるを得ないが。

 

 まだ生物型モンスターならばよかった。生物型であれば体が大きくともほとんどの場合には脳を潰せば終わる。そして眼球という明確な弱点も存在する。しかし機械型モンスターはそうではない。動力部は確かに存在するがそれが胸にあるのか頭にあるのか不明だ。加えて装甲で身を包んでいるため単純な防御力がけた違いだ。たとえ銃を持っていたとしても楽にはいかない。

 つまり、生物型モンスターに比べて機械型モンスターは有効打を与えられる部位が少なすぎるのだ。痛みも恐怖も感じない。ただただ目の前の外敵を排除するために動く。そこに駆け引きや情なんてものは存在せず、純粋な戦闘能力のみが競われる。

 そんな機械型モンスターは何も持たないレイにとって、一番戦いたくなかった相手だった。

 

 しかし、相対してしまったのならば仕方がない。

 逃げることも隠れることも不可能。レイは覚悟を決める。

 

「――っ!!」


 何の前触れもなく、機械型モンスターはレイの方に振り向くと機関銃を乱射した。

 レイは横に飛んで瓦礫の山を駆け回る。崩落前ならば障害物が少なく、正確に対象を狙う銃口から逃れるのは至難の業だったが今は違う。瓦礫がそこら中に落ちて、それらが機械型モンスターの視界を遮る障害物として機能している。

 だが障害物と言えど所詮はただの瓦礫、耐久性は柱よりもはるかに劣る。レイが障害物の背後で身を隠す暇などなく、次から次へと移動を余儀なくなされる。レイはひたすらに瓦礫の背後に隠れながら走り続ける。

 どうせ逃げ続けても状況は改善しない。レイは機関銃の銃口が一瞬、別の場所を剥いた瞬間に瓦礫を蹴って飛び上がる。機関銃はレイに向けられようとするがわずかに間に合わず、レイの拳が機械型モンスターの頭部へと衝突する方が早かった。


「――いっっった!」


 重い金属音が響きわたりレイの拳から血が飛び散った。一方で殴られた頭部部分は装甲が少し凹むだけだった。

 レイは痛みにこらえながらもすぐ次の行動へと移る。

 ロボットの首部分両足掴んで頭部に掴まると、ロボットにつけられたカメラを破壊するために動く。

 アリアリーズを倒した時も同様だ。たとえ人が乗っていないロボットであろうとも視界を確認するために眼球の代わりとなるカメラが装着されているはず。そしてそれが眼球付近にあるのをレイは見て、知っていた。

 恐らくそれだろう、という半円状に少し出っ張った部分にレイは拳を叩きつけてひびが入るまで破壊する。レイはカメラが機能を停止、またその機能が著しく低下したのを確認するとロボットを蹴ってまた瓦礫に隠れる。

 そして走って機関銃から逃れ続ける。

 カメラを破壊したからか、前よりも僅かにロボットの動きが遅い。恐らくロボットにはカメラの他にも熱源探知や音響探知などが搭載されているのだろうが、主な索敵手段にはカメラを用いていたのだろう。ゲームでラグが起きるように僅かに、すべての行動に遅れが出ている。

 レイはそれを逆手にとってロボットの背後まで移動する。するとロボットも一瞬で振り向いて機関銃を鈍器のように振ってレイを攻撃する。レイはそれを退いて避ける。

 そしてまたレイは距離を詰めて何かするわけでもなく機械型モンスターの動向を伺う。

 機関銃を撃ちたくても撃ちづらいほどの近距離、だが殴りやすい距離にレイはいた。そのためロボット脳内の演算器は機関銃で殴ることを選択する。しかし振ってきた機関銃をレイは避け、そして今度は少し退いた位置を取った。

 機関銃を撃っても前に来られれば逆に隙が出来る位置かつ、殴りづらい位置だった。だがレイは背後に障害物がありもう後ろには逃げれない状況。

 機械型モンスターは高速でそれらの状況を演算し、突進という選択を取った。相手はそこまで頑丈ではなく機関銃一発も食らわないよう動いている。そのため単純な質量による攻撃で事足りるとロボットは考えたのだろう。

 しかし、レイはまるでそう来ることが分かっていたかのように機械型モンスターの股下を通り抜けてそのまま走り抜けていく。一方で機械型モンスターは止まってレイに機関銃を向けようとしたが、慣性ですぐには止まることが出来なかった。

 そのためにレイの背後にあった障害物を破壊してやっと立ち止まる。しかしその直後にビルが大きく揺れた。


「案外お粗末なAIだな」


 こんな簡単な罠に引っかかるとは思っていなかった。レイはそう思いながら呟いた。

 相手が後先を考えて行動のリスクを計算する人間であったのならば、本能という不確定要素が存在する生物型モンスターならば話は変わっていただろう。しかし機械型モンスターは状況だけを見て、その場にあった最善の行動を取る、取ってしまう。

 だからだなんて簡単なことが分からなかった。

 レイには最初から違和感があった。なぜ最初、レイの隠れていた柱を壊したのか。結果的に上手くいったが、もしかしたらビルが全壊して機械型モンスター自身でさえ踏みつぶされていたかもしれない危険性があったのに。

 高度かつ正確な演算を用いていたためそうはならないと分かっていた――と言われればそうではある。だがそこまでの機能を有した機体がこんなすでに廃れた外周部で、機関銃だけを装備しているはずがない。

 レイはそう考えて――機械型モンスターに柱を破壊させつように仕組んだ。

 

「はっは」


 久しぶりに作戦が上手く行ったとレイは笑う。最近は上手くいかないことばかりだった。予想外につぐ予想外。負傷も少ない。


「じゃあな」


 機械型モンスターは機関銃を発砲しようとしたが僅かに間に合わず、落ちてきた瓦礫の下敷きとなる。レイはすでに、先ほど崩壊した場所まで移動していたため瓦礫の破片が飛んでくるだけで大した被害はなかった。

 大きく舞い上がった土煙の中に機械型モンスターの影はなく、また駆動音も響いてはいなかった。レイは少しだけ疲れたように息を吐いて、膝に手を置いた。そして一度腰を反って体を伸ばす。

 その際に空が見えて、同時にを見つけた。


「……そうか」


 レイは空にあるそれを見上げたまま口角を上げた。

 遺跡から出てPUPDと戦闘するわけでもない、そのまま留まるわけでもない、中心部に行くわけでもない。新たに逃げる手段を見つけたから。


「試してみる価値はあるか」

 

 レイは呟くとがある方向へと向かった。

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