第29話 ステゴロ

「いくぞ」


 次の瞬間、レイは地面を抉るほどの脚力で飛び上がると二回の側面に張りついていた個体の眼球にナイフを突き刺す、全力で勢いよく。蜘蛛型モンスターはそのまま何も出来ず、そしてレイは肘の辺りまで眼球の中に入れてナイフで脳を抉って殺すと、すぐに次の敵に目標を切り替える。

 勢いそのままに側面の壁を蹴って一階にいる複数個体と距離を詰める。その中の一体が地面を蹴って空中にいるレイに向かって飛んできたが、互いが衝突するのと同時にレイが目と目の中間あたりにナイフを突き刺す。

 

「おらよっ!!」


 そして引き抜くとナイフを握ったままモンスターの頭部を殴りつけた。皮膚は薄く、筋肉質というわけでもない、頭蓋骨はハウンドドックと同じくらい。だからかレイの拳がモンスターの頭部に当たった瞬間に肉が飛び散って、頭蓋骨が割れて、脳が飛び散った。

 頭部の上部分が消し飛んだモンスターの死体を地面代わりにレイが蹴って地面を這っていた蜘蛛型モンスターの頭部をかかと落としで粉砕する。するとレイが地面に降り立った瞬間に前方と背後から二体の蜘蛛型モンスターが現れる。

 ほぼ同時に挟み撃ちをするような形で襲ってくる蜘蛛型モンスターに対してレイは地面を蹴って前方に向かうと、飛んできた酸を身を低くしてかわしそのままナイフでモンスターの足を切る。前方の二脚を切られたモンスターは体勢を崩す。持ち直すまでに数秒かかるだろう。 

 レイはその間に背後から近づいて来る個体に対処する。

 振り向いた瞬間に飛んできた酸はどうしても避けることが出来なかったので仕方なく、腕で防御する。旧時代製の先ほど着たばかりのローブの一部分が焼けて焦げ臭い匂いがしたが液体が貫通してレイの肉体にまで届くことはなかった。

 さすが旧時代製の物と言うべきか、高い腐食耐性を持っていたようだった。

 レイはそのまま、モンスターが薙ぎ払うように横一線に飛んできた足をかわして、懐に潜り込むと顎を拳で打ち砕いて、その衝撃で僅かに停止したモンスターに対してもう一度顎の辺りを殴って粉砕する。一度目で下あごはすでに破壊されて咥内が見えていたが、二度目で拳は脳にまで届いた。

 そして残った一体に対して振り向くと、どうにか体勢を整えてレイを狙おうとするモンスターに対してレイは地面を蹴って飛び上がると足を振り落として頭部を破壊し、最後はナイフを突き刺して殺した。


(いいね)


 思ったよりも体が動く。自分がしたい動きをすべて出来ている感覚がある。

 レイは少し口角を上げると残りの蜘蛛型モンスターに対処へと移った。


 ◆

 

 死体の山が積みあがっている。辺り一帯には血生臭い匂いが充満し、それは思わず鼻をつまみたくなるほど強かった。しかしまだ、そこで行われていた戦闘は終わってはいない。

 返り血で赤く染まって、肉片が体中にこびり付いたレイの目の前には三体の蜘蛛型モンスターの姿が見え、三体の内二体は前足がなかったり腹部が抉れていたりとお互いに満身創痍だった。

 だが相手はモンスター。命よりも目の前の外敵を排除するために動く。そのため負傷なんか気にせずにレイへと襲い掛かる。だがそれはレイも同じで、負傷こそ気にしながらも正面から突っ込む。

 レイがナイフを振り上げ、蜘蛛型モンスターは酸を吐きながら突っ込む。互いが衝突する――。


「――なんだ?!」


 ビル全体が揺れた。

 直後、ビルの側面の壁を突き破って一体のロボットが現れる。人型をしており、右手が機関銃になっている。レイの目の前にいた蜘蛛型モンスターはロボットが破壊した時に飛んできた瓦礫の破片がぶつかってぶっ飛んだ。残り二体いたが、それらの意識はレイではなく機械型のロボットへと向けられていた。

 

「PUPDか?」


 ロボットを見た時、レイの脳内には様々な予測が浮かび上がったが最初に気にしすべきなのは追っ手のことだった。遺跡にいたとしてもレイは今、追われる身の人間だ。

 いつどこで都市側の人間が現れてもおかくはない。


(……いや違う。機械型のモンスターか)


 だがレイはすぐにその予測を否定する。PUPDならば他にも仲間がいるはずだ。その姿が見えないのはおかしい、そしてレイがいる場所は確かに外周部だがそれでも遺跡外からここに来るまでには少しの時間を要する。加えてあのロボットがその距離を無傷で移動できるはずがない。

 レイが確認できる限りであのロボットには傷一つなく、あれだけの巨体が動いていればモンスターにも襲われるはず。単純にロボットが規格外の装甲を有しているのならば話は別だが、そういうわけでもなさそうだ。

 

「まず―――」


 そして今までの経験からPUPDの第一優先はレイを捕らえること、二番目はレイを殺して死体を確保することだ。だがしかしそれは相手が人間ならばの話である。機械型モンスターからしてみればレイも蜘蛛型モンスターと同じ外敵として認識される。

 つまりレイが肉片になろうが、瓦礫で押しつぶされようがどうでもいいのだ。外敵の排除が第一優先。そこに思惑は介入しない。

 

 レイが叫んだ次の瞬間、機械型モンスターはレイと蜘蛛型モンスターに機関銃を向けて乱射した。見境なく、だが精確に相手を肉片へと変えていく。レイはまだ撃たれるその寸前で硬く太い柱を盾にしたからよかったものの、ロボットを破壊しようと突撃した蜘蛛型モンスターは一瞬で肉片へと成り果てる。

 そして柱を盾にしたはいいがどこにも動くことが出来ず。また、さすが旧時代製と言うべきか機関銃に熱が溜まって放熱が必要――という構造はしておらず、永遠にレイの隠れている柱を撃ち続けている。

 いくら頑丈で太いと言っても弾丸を浴びせられ続ければいつかは折れる。

 

「は――?!」


 レイが対策を練る暇もなく、柱は段々と細くなり――そしてビル全体が揺れて瓦礫が降って来た。

 元々、経年劣化によって所々壊れていたビルだ。自動修復機構が活きていない場所であるため当然ともいえるが、損傷が激しくなればいつかは崩れる。例えば、ビルを支える支柱の一つが折れるなど。


「やば――ビルが崩れ」


 落ちてくる瓦礫が多くなり、また金切り音のような不協和音が大きくなり――ビルは一個上の階から崩れ落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る