第28話 遺跡内闘争
「はらへった」
狭い部屋で地面に倒れたまま、壊れた窓から差し込む陽光に照らされながらレイが呟いた。
気絶から目を覚ましてすでに一分ほどが経過している。その時にはすでに空は明るくなっていた。何時間ほど寝たかは分からないが、少なくとも五時間以上は確定で気絶していた。また貴重な時間を失ってしまったのはかなり痛いが、その代わりに体の傷はだいぶ回復している。もう布をとっても血が流れてくることはないほどに。
まさかここまで回復するとは、とレイも自らの体を見て驚いた。しかし、錠剤の回復薬を事前にカヤバ中継都市に来る前に飲んでいたため、それが上手く効果を発揮してくれたんかもしれない。それかあの強化薬か……。
ともかく。
眠っている間にモンスターから襲われなかっただけ良かったと、レイは少しずつ体を動かす。
少し寝たおかげで頭は回るし体も――まだ少し重いが――動く。回復にかなりのエネルギーを使ってしまったようで腹も
考えれば考えた分だけ課題と不安が出てくるが――まずは一つずつ解決していこう。レイはそう決めて立ち上がった。
気絶する前の予定通り、まずはこのビルの一階部分を探索し、何か使えそうなものを探す。次に遺跡の外に出るか、それとも別の行動をするかと決める。こうして課題を並べてみると案外少なく――解決は果てしなく難しい難問ばかりだが――簡単そうに見える。
「まあいいか」
面倒な思考は一旦すべて捨て去って、レイは部屋の扉を開けて下層階へと向かう。ビルに入ってきて、この部屋にたどり着くまでに下層の様子がどのようになっているのかは分かっている。
事前に目をつけていた場所に向かうだけだ。それに――事前に確認していた限りでは――モンスターの姿は見られなかった。その情報で完璧な安全が確保されるわけなどないが、それでも少しだけ心に余裕が出来る。
レイはナイフを片手に階段を降りる。ビルは四角形で、真ん中に穴が空いていてその脇に店が立ち並んでいる。ポテンタワーと同じような内装だ。レイが一階まで降りると足音を立てずに廃れた店を物色する。中には食糧販売店や飲食店などがあったが、モンスターに食べられたり、腐ったりと、旧時代製の保存食糧ならば現代でも食べれるかもしれないが運よくそんなものが残っている可能性は限りなく低いので後回しにして他の場所を物色する。
何かの雑貨屋、女性物のファッション用品店など、銃を売っている店でも見つかればよかったのだが、そう上手くはいかないみたいだ。レイが次に入ったのは服屋だった。
展示用として置かれていた服はまだ原型は留めているものの埃が被って、また何かに引っかかれたような跡もあって使い物にならない。しかし真空パックのような透明の袋に包まれた服はまだ大丈夫なようで、レイは店に置いてあったものの内の一つを手に取った。
(どうやるんだ……?)
どうやってこの袋の中から服を取り出せばいいか分からず、レイは困惑顔で横から下から上からパックを見る。それらしきボタンは一つだけ見つかり、レイは半信半疑でそのボタンを押してみる。するとパックの中に空気が入って行き、勝手に袋が空いた。
さすが旧時代の技術ということで、服を取り出してみると
(いいな……でもこれは違うか)
レイは取り出した服をそこらへんに置いてあったテーブルの上に置く。女物でとても小さく、とても着れるような代物ではなかったからだ。レイは少しだけ移動して今度は男物の服が置いてある場所の前で立ち止まる。
レイは今、防護服は破けて穴が空いているし、それは簡易型強化服も同様だ。そのためほぼ半裸に近い状態だった。さすがにこれでは移動しにくいし、何よりも致命傷を負いやすい。たとえ紙のような防御力の服でもあるのと無いのではまったく違う。血が流れるのを少しでも抑えてくれたり、物によっては内臓が飛び出すのを抑えてくれる。
また現代の物と比べて旧時代製の服はそれだけで頑丈で肌触り上がよく柔軟で伸縮性に優れて、防護服ぐらいの硬さがある。レイは防護服を脱ぐと適当に幾つか取って
着てみる。
「………まあ」
現代と旧時代とでは少々、ファッションに対する感覚というのが違う。レイはそこまで服に頓着する方ではないのだが、所謂旧時代風と言われるファッションの服を身に包んで、そして自分を見て、少しだけ複雑そうな表情をしていた。だがローブのような服を身に包んで傍から見ればいつもと変わらないように見える。
だがまあ、人に見られるわけではないのだし別にいいか。とレイは納得して他の物に目を移す。
年月による劣化を感じさせないほど、綺麗に保存されている服が立ち並んでいる。しかしやはり、当然だが服以外に置いてあるものはなかった。靴などが置いてあればよかったが、それは求めすぎだろう。旧時代の靴は単純に歩きやすかったり加速器のようなものが付いていたりと何かを使えるものが多い。
レイはそれを探していたのだが――見つからない。
レジの方まで行ってその付近を捜して、売り場の方もくまなく探して。少なくとも見た所には置いてなかった。
しかし、ふと売り場に置いてあるマネキンにレイが視線を送った。別に動き出したというわけではなく、マネキンが履いている靴を見つけたからだ。もしかしたらあれが履けるかもしれないとレイは小走りで近づいてしゃがみ込む。
そしてマネキンの足に触れようとした瞬間にレイはナイフを後ろに向けて振りながら飛び上がるように立ち上がった。
(思ったよりもでかいな)
レイがマネキンに近づいてしゃがみ込んだ時に僅かだが物音がした。そして直感的に背後にモンスターがいるとレイは確信してナイフを振った。
事実、背後にモンスターはいた。店の天井に届くかというほどの体高で全長もかなりある。六本ほどの足があり蜘蛛に似ているモンスターだった。しかし振ったナイフは僅かに空を切って蜘蛛型モンスターがレイに襲い掛かる、二本の牙と大顎を開いて、毛の生えた前足を向けて。加えて、大きく開いた大顎からは黄色の液体が飛び出していた。本能であれに触れてはならないと悟ったレイが回避行動をとる。
(
後ろに退いて体勢を整える。だがしかしそれでは間に合わない。一発目を避けられたとしても体勢が崩れて攻撃に移るどころか二回目の攻撃も躱せない。だが横にも避けられない。相手の体は大きい、足を広げれば店の側面の壁まで届く。
ならば。
レイはナイフを強く握りしめて、後ろに傾いた体を前に方向転換させる。
飛び掛かる蜘蛛型モンスターを前に全く怖気ることなく真正面から向き合うと、通常の人間ならば目で追う事すら、ましてや避けることすら出来ない速さで飛んでくる緑の液体をレイは余裕をもって避け身を低くする。
蜘蛛型モンスターはそんなレイのことなど気にせずに自らの巨体を使って、その質量でレイを体当たり、踏みつぶそうとする――が、それは逆効果だった。レイは凡そ人間のものではないほどの脚力も持って地面を抉りながら飛び掛かる蜘蛛型モンスターの懐に入る。
完全に懐に入ったレイは蜘蛛型モンスターの首辺りにナイフを突き立て、そのまま尾尻の方まで移動しながら切り裂いていく。案外皮膚は厚くなく、レイによって胴体の皮膚が真っ二つに割かれ中からは緑の液体と内臓が飛び出す。
尻尾の方まで切ったレオは今度、モンスターの胴体に掴まって頭の方に移動すると何回もナイフを突き立てる。それを蜘蛛型モンスターの頭の原型が無くなるまで何度も執拗に繰り返す。モンスターは暴れ、レイを振り落とそうとするが首回りにはえた毛を左手で握り締めてかつ、首に両足を回して体を固定しているためレイは対象が完全に沈黙するまでナイフを刺し続けることが出来る。
眼球を突き刺し、脳を抉って急所を狙うこともあれば、乱雑に狂ったように突き刺しもする。
気が付いた時には周り一帯が血だらけになっており、蜘蛛型モンスターは完全に沈黙していた。
「はぁ…はぁ…はぁ」
頭部から飛び降りたレイは肩で息をしながらその場に立ち尽くす。
そしてすぐに歩き出す。この店にもうこれと言って欲しいものは置いていない。別の店で装備を探した方が良いと考えたためだ。
蜘蛛型モンスターの死体には
だが途中で立ち止まった。
「いや、まあ…そうか。一体だけなはずないか」
先ほど殺した蜘蛛型モンスターと同種であろうモンスターが複数体いた。目の前だけにではない、二階部分の壁に張り付いているのも確認できる。
「どっから現れた」
少なくともビルに入った時は、また周りを見渡した時はいなかった。また入ってくる時には襲われなかった、ということは嵌められたわけじゃなさそうだ。
「匂いか」
レイの匂いか、それとも仲間の血の匂いか。それとも別の理由か。
「………はあ」
絶体絶命の状況だ。だがしかし、今さらだ。警備隊に追われていた時もPUPDに殺されたかけた時もすべて、絶体絶命の状況だった。今更、緊張も恐怖もない。ナイフを握る手が震えもしない。ただただ目の前に広がる情報を冷静に分析する。
(さっきの奴と同じか。ハウンドドックと同じような生態か?だとすると機能も一緒か)
外見は先ほど殺した個体とさほど変わらない。とすると有している生態的な機能も同じだろう。気おつけなければいけないのはあの黄色の機体だ。蜘蛛型モンスターを倒した後に黄色の液体が飛んでいった方向を確認してみたが、液体が付着した箇所はドロドロに溶けていた。恐らくだが酸に近い液体だ。
それ以外の攻撃手段を持っているならばそれでいい。まずはその情報を基に戦い方を組み立てる。
いつものようにやればいいだけだ。いつものように極限の戦いを自分に強いればいいだけ、ちょっと死にかけるだけ。
レイはナイフを握り直すと、自分に言い聞かせるように呟いた。
「いくぞ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます