第27話 極限での実力

 元は総合住宅であったであろう、今は朽ちてボロボロになっているビルの下層階のある部屋でレイは治療を行っていた。治療、とは言っても、もう使い物にならない防護服を千切って布として傷口を塞いでいるだけだ。

 出血多量でかつ内臓、骨も幾つかやられている。銃弾が体内に残っている。完璧な治療とは言い難く、レイは息がし辛かったり体が思うように動かないといった症状は依然、残ったままだ。

 そしてここはモンスターの巣窟だ。

 こんな体の状態で生き残ることはおろか、戦うことすら出来ないだろう。ハウンドドックでさえも状況は有利であったのに手一杯だったのだ。負傷をして、そしてハウンドドックよりも強力な個体が多く潜む遺跡でどうなるかなんて、誰にも分からない。

 少なくとも生き残るのは厳しいと、誰もが思うだろう。

 加えて、レイには装備がない。防護服は破けて本来の機能はなくなっているし、簡易型強化服はすでに機能を停止し使い物にならない。只の服だ。また突撃銃どこから拳銃さえもレイは持っていない。あるのは死にかけの身体とPUPDの隊員が使っていたナイフだけ。

 心もとない、だなんて言葉では形容できないほど酷い状況だ。

 だがどうにかしてやっていかなければならない。たとえ疲労で体が動かなくても、気絶しそうなほどの睡魔に襲われていても。


「………はぁ」


 それまで壁に寄りかかって座り込んでいたレイが、壁に手をつきながら立ち上がる。

 ここに留まってもいいが、それで事態が好転することはない。だがどこかに移動すればいいか、遺跡から出ようとしたらPUPDとの戦闘になるだろうし、逆に中心に向かうのも無理がある。

 上空から見渡したため分かっているが、この遺跡はまだ一部分

 今レイのいる遺跡の外周部は生物型モンスターの住処となって、人が暮せるような環境ではないが、遺跡の中心部は違う。夜であっても遺跡の中心部は明るく輝いていた。それはつまり、まだ施設などが稼働しているということだ。

 遺跡が持つ自動修復機構がまだきており、経年劣化によるひび割れなどを自動に修復している。また電力も通っているために中心部はまだ明るく輝いていたのだろう。

 元は人間が暮してた場所だ。レイがそこに向かえばひとまず安心――という話でもない。中心部に限らず、遺跡には生物型モンスターの他に機械型モンスターもいる。それらは現代の人間達に対して敵対的であり、また元々が警備用に設計された物とだけあって太刀打ちできるものではない。そして中心部は自動修復機構が活きて、施設などが万全の状態に保たれているということは当然、警備用ロボットや敵を排除する装置が設置されているはずだ。そのために内部を目指して歩くことはできない。しかし外を目指してもPUPDがいる。

 またここに留まっても食料は無く長い間生きることはできない。加えてモンスターによる襲撃もある。安全地帯でもなければ、有利な環境でもない。

 つまり――八方塞がりというやつだ。

 どのような行動をしてもハイリスク、ローリターンの結果になる。


「………」


 だが動かなければ何も始まらないし、どうにもならない。 

 やらなければいけないことで視界をわざと狭めて、体を動かすように自分を強いる。

 落下した後、この建物に入って階段を上がっている時に確認したが。一階の部分はショッピングモールのような場所になっていた。一瞥しただけだが服や何かの機器類が置いてあるのが確認できた。

 まずはそこで何か使えそうな装備を得るところから始める方が良いだろう。

 レイが部屋の外に向かって一歩、踏み出して壁から離れる――とレイは膝から崩れ落ちた。誰かから攻撃されたわけではない。単純に力が入らなかったのだ。

 極度の疲労と負傷が原因だ。

 死にかけの怪我を何回もしてきて、それでいて休みも満足に取れていない。こんな風に倒れるのも無理はなかった。


「………」


 レイはそれでも腕を動かして外に出ようとしていたが、少し進んだところで力尽きるように気絶した。


 ◆


 夜が明け、空が明るくなってきた頃。

 レイがいる小規模遺跡をPUPDの車両が遠くから取り囲んでいた。その中でも多くの車両が集まって、テントを張って野営をしている場所に向けて荒野の向こうから一台の車両が近づいてきた。

 テント付近に集まる人たちはその車両を目にするとざわざわとしだす。

 そして隊員たちは強化服のヘルメットを被ったり、椅子から立ち上がったりなどして車両が到着するのを待つ。

 車両は砂塵を巻き上げながらアクセル全開でテントまで近づくと、他と同じように車両が置かれているスペースに止める。そして運転席の扉が開かれて一人の女性が出てくる。

 紫の髪をして、高身長な女性だった。筋肉質で、だが女性らしい凹凸のある体をしている。目つきは鋭く、どこか威圧感を放っているその女性はミーシャだった。


「隊長。申し訳ございませんでした!」


 ミーシャがテントに近づいて、そして一列に並んだ隊員の前に立った瞬間、一斉に強化服を身に包んだ隊員達が頭を下げた。ミーシャは驚くことなく、近くに置いてあった椅子を近づけて、そして座る。


「別にお前たちの失敗に対してどうにかしようとして来たわけではない。今回の案件は同行しなかった私にも非はある。それにイレギュラーとはいえ、遺跡に関しての案件は慎重にならざるを得ない。楽にしてくれ」


 隊員達が頭を上げて、そしてミーシャの方へ視線を向ける。


「よし。ここまで来る間に上から返答があった。四時間後に突入だ。準備は」

「出来ています!」

「分かった。それと今からちょうど二時間後、トリスって奴が来る。そいつが特に何かするわけでも、何かさせるわけでもないが、まあ少しサポートしてやってくれ」

 

 ミーシャの言葉に隊員は戸惑った様子を見せる。


「あの、そのトリスって人は……」

「ああ。言ってなかったからな。知らないのも無理はない。元はテレバラフに所属していた隊員だ。実力に関しては……まあ安心しろ。それなりにはある。ここに来る前に戦闘映像を見たからな、お前らより少し下ぐらいだ。それに強化服を切ればある程度の誤差はごまかせる」


 しかし、隊員は依然、困ったような不満な表情をしていた。


「遺跡探索に部外者連れてくるんですか、って顔してるな。まあ大丈夫だ。トリスを遺跡探索に同行させるつもりはないからな。だがあいつが何か言ってくるかもしれん。その時はお前らが話しを聞いて、信頼に足る人物か見極めろ。最終的な判断は私が下すが、トリスって奴も別に弱いわけじゃない。遺跡探索は二回経験している。戦力としても数えられる。なにより顔が私好みだ。なにか不満は」

「い、いえ」


 ミーシャの少し理不尽な言葉に、隊員は何かを感じ取って頭を下げる。そしてトリスという人物が同行することに了承する。


「分かりました。準備はしておきますか」

「大丈夫だ。そのぐらいトリスあいつ一人にやらせる」

「分かりました。では私達も」

「ああ。準備して待機しておけ、私はこれから状況の確認と周りの部隊長と連絡を取る、そっちの用意が終わったら、トリスって奴が来たらまた連絡してくれ」

「はい」

 

 仲間が散っていく後ろ姿を見ながら、ミーシャは椅子から立ち上がってテントの中に入る。

 すると中には数人の隊員がおり、各々が機器を操作していた。

 テントの中央には幾つかのモニターがあり、そこには遺跡の光景が映し出されていた。

 ミーシャはモニターの傍まで近づくと近くにいた隊員に話しかける。


「対象はどこにいる」

「はい。このモニターです」


 隊員が指し示したモニターには一つの廃ビルが映っていた。


「事前の情報と同じだな。移動は」

「していません。少なくとも上空から確認できる限りでは」

「地下の情報は」

「ありません」

「付近のモンスターは」

「現在確認されている個体はすべて資料でまとめています。持ってきますか?」

「いや、自分で取ってあとで見る。仕事を続けていてくれ」

「はい」


 ミーシャは他のモニターに一回目を移して、そしてまた廃ビルが映るモニターを見る。


「妨害は」

「ありません」

「中心部は」

「軽度ですが、現在確認できる限りではあります」

「そうか。やはり小規模遺跡だな」

 

 遺跡には様々な迎撃装置が搭載されている。それは都市全体としての機能もあるし、一つのビルが持っている時もある。いずれにしても遺跡、というものは外敵を排除する機能がある。もう廃れ、機能しなくなった施設が立ち並ぶ外周部ならばまだしも自動修復機構が活きている中心部は旧時代の時の迎撃装置がそのまま残っている可能性がある。

 遺跡上空をアレスが飛行した時に遺跡から撃たれたミサイルのようなものはその一つだし、他にも電波妨害やカメラで見れないように妨害迷彩を施すなど、そのためほとんどの場合において遺跡の中心部というのは見ることができない。

 そして目の前のホログラムに映し出されている遺跡は、他で見つかっているものよりも小規模だ。当然、それらの迎撃装置の機能のほとんどが停止している。中心部は軽度の障害があるようだが、レイ対象のいるビル付近は何もないようだ。だとすると、危惧すべきはやはりモンスターによる横やりだろう。

 モンスターに関しては小規模遺跡であろうと大規模遺跡であろうと、少しの違いこそあれど全力で準備、対処しなければいけない相手だ。いつどこから、どんな敵が現れるか分からなず、また個体差も激しい。決められた対処法などなく、もしあるとすればそれは――圧倒的な火力で殲滅することぐらいだ。

 ミーシャ自身、遺跡探索の経験は豊富だが慢心はしていない。遺跡が危険な場所であると分かっているからだ。だから出来る限りの不安要素はなくしたいし、仲間との連携は強い方がいい。

 そのため――部下がトリスが同行することに対して強く反発した。今回ばかりはトリスを外に追いやって、次の任務から参加してもらうのが最善だったのだが、レイ対象に対して明確な因縁があるとのことで仕方なくだ。推薦の条件にも引っかかる。

 

(面倒だ)


 自らが過去に撒いた種のせいでこうはなっているのだが、考え得る限りで最悪のタイミングだ。

 面倒なことになったと、両手をテーブルについたままミーシャは項垂うなだれる。

 だが同時に隊長としてこのままでは示しがつかないため、すぐに意識を切り替える。


「他の部隊長に30分後に集まると伝えてくれ。全隊を突入させる、この面倒な任務を終わらせる」


 テントにいた中継係にそう伝えるとミーシャは準備をするためにテントから出て乗ってきた車へと向かった。

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