第26話 凶兆
中部にあるどこかの都市で、壁に囲まれたその都市の中心部の辺りにあるビルの一室で、一人の女性がデスクに座って仕事をしていた。柔らかくしなやかで座りやすい椅子に身を預けて、木目調のデスクに浮かび上がっているホログラムに目をやって、
何かの映像や資料を精査していた。
ホログラムにはPUPDの部隊員と、それと戦闘を行う一人の少年が映っていた。
映像は最初、カヤバ中継都市という中部でも少し東よりの都市から始まり、その内部での戦闘の様子が映される。街中に設置された監視カメラからはPUPD、ヒンシャの部隊員との戦闘が刻銘に記録されている。
裏路地での戦闘、逃げ回る少年。かと思ったら身を
何度か巻き戻したり、早送りをしたり、停止していたり、一時間ほどの映像を二時間ほどかけて見終わる。だがすぐに次の映像へと移る。アレスでの戦闘風景だ。空中なのによくやる、と女性は少しだけ感心する。
こちらの映像は短かったので三十分ほど見終わり、女性は少し息を吐いて休憩する。
椅子にもたれ掛かり、クッションをその身で感じて、天井を見上げながら少しだけ体の力を抜く。
だがすぐに、デスクの上に置いてあったコップの中の液体を少し飲んでから次の仕事へと移る。
ホログラムに手を触れて、映像が映し出された画面を縮小する。そして別のページから何かの資料のようなものを持ってきて、ホログラムに拡大表示させる。資料には少年に関する情報と強化薬に関しての極秘情報が乗っていた。
女性はまず強化薬の方に目をやって、その内容を確認する。
『RANT変態薬。
担当研究員 ホンダ博士
秘密保持部隊
資金提供又共同開発者
・RANT変態薬について、現在確認されている効果。
万能の適応薬、あらゆる事象対しての―――』
女性がまだ目を通したばかり、そしてそこまで読んだところでホログラムの画面右端に通話のマークが浮かび上がった。
「………」
女性は面倒そうに画面右端をタップし、通話を開始する。
『なんだ』
『はい。59部隊の――』
『名前はいい。用件を』
『あ、はい。捕獲・殺害の対象となっていた少年ですが現在は行方不明です。遺跡に落ちたところまで確認しており、生死は不明となっています』
『そんなことは知っている。何をして欲しい』
『遺跡探索に関する許可を出していただけませんでしょうか』
『いいぞ……と言いたいところなんだが、知ってるよな?議会連合直属の部隊である私達でも、権力が与えられている私達でも勝手にやれないことがある。その一つが遺跡探索だ。知ってるよな?』
『はい』
『つまりだ。いくら私でも個人の判断で命令を下せるものではない、ということだ。まあ待ってろ、もう申請はしてある。あとは議会連合からの連絡を待つだけだ』
中部に存在する全遺跡はすべて議会連合の管理下にある。一般人が勝手に侵入することは認められておらず、それは議会連合直属の組織であるPUPDも同じだ。もし入るのならば他と同様に議会連合からの許可が必要になる。
これには遺跡にいるモンスターを刺激し、無駄な騒ぎを起こさないためであるとかの理由があるが、最もな理由は違う。
遺跡の持つ学術的、経済的資産は計り知れない。未だ解明されていない先代の技術が眠っているのだ、遺跡で見つかった何の変哲のない機器の一つが現代では大きな価値を持つこともある。また旧時代の技術で作られた兵器などを見つければ、中部に置いてその個人は大きな力を持つことになる。議会連合はそういった、個人が大きな武力を持つことを好まない。この厳格な、議会連合を頂点に置いた体制を崩したくないのだ。
だから、そういった危機が生じないよう、反政府主義者などの敵対勢力に渡らないよう遺跡はすべて議会連合の監視下にある。
そのため、PUPDであっても容易に遺跡の中に入ることは出来ない。遺跡探索を専門に請け負うピルグリムクッキーズならまだしも、ヒンシャにそんな権限は与えられていない。
『すみません。連絡はいつごろ返ってくるでしょうか』
『早くて二日、遅くて……いつかになるかは分からん。却下されるかもしれないしな』
『いいんですか。彼はもう死んでいるかもしれませんよ』
当然ながら、すぐに突入できないということはその間、少年が遺跡の中にいるということだ。遺跡から逃げ出すのならば遺跡を取り囲む部隊で捕獲することができるため好都合だが、遺跡の中から出てこないとなると話しは変わってくる。
大前提として遺跡は危険だ。PUPDでもピルグリムクッキーズ、そしてヒンシャの中でも精鋭の部隊しか生還することが出来ないほど。それほどまでに危険な遺跡の中で少年が生き残れる可能性は限りなく低い。加えて負傷しているし装備もないだろう。
前提条件から不利だ。
良くて半日、悪くて数分で殺されるだろう。
すでに少年が遺跡の中に身を投げてから半日が経とうとしている。もう死んでいるかもしれない。
その際に死体でも残っていればいいのだが、相手が生物型モンスターならば死体を食われるかもしれない。その場合、変態薬を打ち込んだ少年の体を研究出来なくなる。
だから、早くして欲しいと部下は当然のことを言っていた。
女性もそれが分かってはいたが、どうすることもできない現状に頭を悩ませる。
『まあ……そうなんだが。どうすることも出来ないんだよな。彼も運がいいのか悪いのか。私の直属部隊を行かせたんだが、捕えきれなかったか』
テレバラフ、アンレベルよりもレベルの高い隊員がヒンシャには属してるが、その中にも序列はある。女性の部下はヒンシャの中でも特に精鋭の部隊であったが、今回は対象を取り逃してしまった。
部下からの報告によると対象を行動不能にし、適応を止めて、そして連れ出す――というところで遺跡が現れて、手榴弾が落ちてと、なんやかんやで少年が遺跡に落ちて逃げられた、ということらしい。
部下に非が無かったと言えば嘘になるが、こればかりは環境と少年の執念が上手く働いた結果だ。今回の失態で部下を叱ろうとは女性も考えていない。
しかし現状はかなりマズイ。少年が死んで、遺体もないとなれば上から怒られるだろう。
良くて減給、悪くて左遷、降格だ。
部隊を率いる立場として女性には責任がある。そして隊長が気落ちしているのが分かっている部下は言葉を投げかける。
『すみません。私達が取り逃がしたばかりに』
『ああ。まあ大丈夫だ。といってもピルグリムクッキーズは今、反政府主義者の方に駆り出されてるから
『分かりました』
『ああ』
ホログラムを操作して通話を切る。そして女性は疲れたようにまた息を吐いて椅子に寄りかかった。
「ったく。休みはどこだ休みは。さすがに疲れたぞ」
そして愚痴を吐く。
「対象を捕らえて欲しいんだったらもっとも権限よこせ。相変わらず頭硬いな。だから組織は嫌なんだ。ほんとにもう……」
ホログラムではなく、女性の持っていた携帯型端末が震えた。何かの嫌な予感をしながらデスクの上に置いてあった携帯型端末の画面を見る。すると誰かから着信が来ていた。
「………」
女性は携帯に伸ばした手を止めて、近づけて、引っ込めて、また近づけて、止めて。そうして逡巡して。
「今日はやけに多いな」
そう愚痴を吐きながらやっと携帯型端末を手に取って誰かからか分からない着信に出る。
『……誰だ』
『おお。久しぶりだなミーシャ。俺だ俺』
聞きたくない声だった。ミーシャと呼ばれた女性は舌打ちをして、表情を酷く、侮蔑めいたものに変える。
『え?今、舌打ちした?酷くない?酷くない?』
『黙れ。なんで私の番号を知ってる。それに二度と掛けてくるとも前に言ったよな、ワタベ』
通話の相手はトリスの上司であるワタベだった。
『いや、まあ。覚えているよ、そのことは。だけど今回は少しね、用件が出来たから頼もうと思ってな』
『………仕事のことか』
『まあ似たようなもの』
ミーシャはまた舌打ちをすると口を開いた。
『っち。分かった。手短に済ませろ』
『俺の部下がそっちの部隊に入りたいって言ってるんだけど、受け入れてくれない?』
『はぁ?』
『いやな。なんかお前らが追ってるレイってガキに個人的な因縁があるみたいでよ。ほら、
『……推薦ってことか?』
『ああ!そういうこと。合ってる、それで』
『………確か書類の用意が面倒だったな、なんだ、そいつに弱みでも握られていたのか?』
『………』
『図星だな。クズめ』
『……まあすまないとは思ってるよ。どうだ、受け入れてくれるか?』
『うちはレベル高いぞ、足手まといはいらん』
『その辺はまあ、たぶん大丈夫だ。今そっちに射撃訓練の点数と戦闘訓練、模擬実践の結果と点数。これまでに遂行してきた任務とその個人評価をまとめたデータを送った見てくれ』
ミーシャは面倒そうに携帯型端末をデスクの上に置いて、腕をゆっくり動かしてホログラムを操作して送られてきたデータを映し出す。
何枚かの書類データ、顔写真などが映し出される。褐色の肌と整った容姿、トリスが映し出されていた。
『なんだ可愛い顔してるじゃないか。食ってもいいのか?年は』
『書いてあるだろ?21だ。あと食うなら俺を食ってくれ』
『冗談にしてもきついな』
『同意見』
『……まあ射撃訓練は最高91、平均87。まあギリギリだな。……やけに実践での評価高いな。なんだこれ』
『よくあるだろ。訓練よりも実践の方がいい奴。こいつがそれだ』
『……まあ見てみないことには分からんが……前向きな指標だ。遺跡については』
『二度。遺跡の外周部だけではあるが、行ったことがある』
『結果は』
『一度目に重症で病院送り、二度目は軽傷。まあ、一度目の怪我に関しては仲間を庇った時のものだからどうとも言えんな。判断はよかったそうだ、ただ少し無理をする時があると、レポートには書いてあったな』
『遺跡探索は無理をしないことが大前提なんだが……まあ』
『で、どうだ。受け入れてくれるか』
ミーシャは一分ほどですべての書類に目を通す。そして苦いを顔をして、悩みながら結論を出した。
『分かった。明日にはもう連れて来い』
『早くないか?あいつ今病院だぞ』
『知らん。うちの部隊に入ったからには、何日もベットの上で休めるわけがないだろう?』
『まあ、それもそうか。取り合えずこれで俺の降格がなくなったか。よし』
喜ぶワタベを横目に、ミーシャは釘を刺す。
『これで私とお前が同期だったころに出来た貸し借りはなくなった。二度とかけてくるなよ』
『はいよ。だがよいつでも、昔のよ――』
ワタベはまだ何かを喋ろうとしていたが、ミーシャは通話を切って強引に遮った。
「………ったく」
そして疲れたようにデスクの上にだらっと上半身を寝そべらせて呟いた。
「面倒ごとが増えていく……。大変だ」
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