第25話 地獄から地獄へ

「は、はは……きっつ」


 そう呟いたレイはダメもとで操縦桿のような装置を操作して兵器を後方のアレスへと向ける。

 ガトリング砲が動き、背後の敵機に照準を合わせる。

 そしてボタンを押し込んで弾丸を撃ち出す。毎秒に百発近くの弾丸が宙を駆けて後方の敵機へと飛んでいく。障害物の無い空で弾丸は真っすぐに敵機を目指す、しかしそれは敵機の前方十メートル手前で阻まれる。


「なんだあれ、ずるだろ」


 七機ほどのアレスが横に並んでレイのことを追ってきてる。レイはその真ん中で戦闘を走る機体に向けて撃った。しかしシールドのような、何かの半透明の壁に阻まれて弾丸は一発も着弾することはなかった。

 シールドが壊れる、またエネルギーが尽きるのを願って撃ち続けてみるが、先に限界が来たのはガトリング砲の銃身の方だった。熱が溜まって、このまま撃ち続ければバレルが爆発する。

 レイはガトリング砲で攻撃するのを諦めて、次にロケット弾を撃ち出すが結果は同じだった。

 シールドに着弾すると、まるで空中でいきなり暴発したように赤い煙を上げてロケット弾が爆発する。


「………」


 どこから責めれば良いか分からず、レイは口を開けたまま茫然となる。

 前のように速度を落としたところでシールドに防がれる、そうでなくともあれだけの敵機の中に突っ込むのは無理がある。

 だからと言って逃げることも不可能。燃料の問題もあるし、何よりも機体が傷ついていて全力で飛行することが出来ない。後ろから近づいて来る敵機の方が幾らか早い。

 追いつかれるのも時間の問題だが――。


(――さすがにな)


 レイが攻撃を辞めた瞬間にシールドがなくなり、敵機からの攻撃が飛んでくる。KGC徹甲弾。空対空用誘導ロケット弾RGV。高圧出レーザー砲。各機体に搭載された兵器たちがレイの乗っているアレスを破壊する。表面を覆っていた電磁バリアは機能しなくない、装甲など合ってないようなものだ。

 何重にも用意された分厚い装甲を簡単に貫通、破壊し、弾丸はレイのいる場所まで届く。

 当然、機内に隠れられる場所などなく、レイは助手席に座ったまま、放熱の済んだガトリング砲を撃ち続ける。


「クソがあああああああ!」


 強くボタンを押し込み、機内が破壊されていくのを背中で感じながら撃ち続ける。すでに熱は溜まり切って、いつ銃身が爆発してもおかしくはない。きっと、その危険を知らせるアラーム音が鳴っているのだろう。しかし機体が壊れすぎて他のアラーム音が操縦席の付近に鳴り響いているので分からない。

 レイがボタンを押し込み続けていると後ろで爆発音がした。

 ガトリング砲の銃身が爆発しのではない、もうすでに爆発して使い物にならなくなっているからだ。だとしたら――。


(反重力機構がぶっ壊れた――)


 機体の速度が急速に緩む。レバーを引っ張っても速度は上がらない。

 アレスを持ち上げ、そして移動させていた核である反重力機構とその他の推進に関わる機械ば壊れたのだ、後ろで起きた爆発。それはそれらの機能停止を告げていた。

 急激に速度を落とした機体は後ろの敵機と距離を縮められ――すぐに脇に並ぶ。そして敵機はレイの乗っているアレスに横からぶつかるとその際に半壊した窓、ドアなどからPUPDの隊員たちが入ってくる。

 

「いいぜ」


 遠くから機体を攻撃されるよりかはこうして直接戦闘を行った方がいい。レイは湧き上がる恐怖心や不安感に似た、臆病な感情を押し殺して、噛みしめて、笑って、気丈にそう言い放つ。

 隊員が機内に入ってきた瞬間から戦闘は始まっていた。

 レイと隊員が向かい合った瞬間、隊員の足元でが爆発した。敵機がレイの乗っていた機体にぶつかった時、レイはすでにこうなることを予測して手榴弾を投げていた。それが功を奏し、先手を仕掛けることが出来る。

 もう機内は壊れ切っていて、手榴弾一つぐらいではもう変わらない。レイは被害を気にせずに戦う。

 手榴弾が爆発すると視界が白くなり、次の瞬間に遅れて音がやってくる。操縦席から鳴る警報は高鳴り、機体は大きく揺れた。明らかに普通の手榴弾ではなかった。だがそれも当然、今、レイが使ったのはアレスの機内に用意されていたPUPDの隊員が使うはずだったものだ。つまりこれまで使っていたような一般で売られているものではない。火力の高い高性能な品だ。レイも自分の身で食らってきたからこそそのほどが実感できる。

 威力は十分、だがそのすぐあとにもう一つの手榴弾を投げる。そして爆発する前に同じようにアレス機内に置いてあった突撃銃の引き金に指をかけた。

 そして指に力を入れる。


「………ッチ」


 しかし引き金を引くことはできなかった。突撃銃が壊れているのではない、ロックがかかっている。暗証番号でもあるのか――違うだろう。これは恐らく指紋認証だ。


(いや、当たり前、当然のことか)


 PUPDが扱う武器は高価であり高性能だ。一般には出回らない希少なもの。そして一般の人には必要のない代物だ。

 しかし必要とする者は当然いる。PUPDの隊員は当然のこと議会連合、都市の幹部の護衛、そして反政府主義者や傭兵などだ。

 傭兵ならばまだ良いが、反政府主義者達にこの高性能な武器が渡ってしまったら都市、ひいては議会連合の強大な敵になり得る。そのため、そのもしもの時のためにこうして指紋認証によるロックがかけられている。隊員一人一人に一艇の突撃銃と一丁の拳銃、それぞれの個々人に対応したものが支給されているのだろう。そしてもし、許可された隊員以外が使ってロックがかかってしまったら居場所を知らす信号でも飛ばすように設計されているのだろう。

 レイは舌打ちをしながらも、それは当然のことだったと納得し、すぐに次へと思考を切り替える。

 突撃銃と同じように拳銃も使うことは出来ないだろう。

 だとしたら前に奪ったナイフしかないが、あれだけの手榴弾を直撃で爆発させたのだ。相手とて無傷ではなく、死亡している可能性が高い。ナイフを持って敵と戦闘しても良いが、このまま手榴弾を投げている方がいい。

 レイが新しく手榴弾を取り出し、ピンに手をかけたその瞬間。手榴弾が爆発した後に立ち上る煙幕の中からの隊員が飛び出してきた。


(――こいつ、無傷――)


 レイは驚きながらも体勢を整える。

 相手の武装は見る限りない。つまりは素手というわけだ。

 レイは手榴弾から手を離し、腰に携えたナイフを取り出す――というのを相手がレイの腕を蹴って妨害する。強化服によって強化された蹴りで、レイの腕は一瞬だけ麻痺するとナイフを落とす。

 落ちてゆくナイフに一瞬だけだったが気を取られてしまったレイの顔面に今度は拳がめり込む。レイの体は後方にぶっ飛んで、操縦桿や操作に必要なパネルなどが設置された場所に運転席を貫通してめり込む。

 機械が破壊されたことで火花が散って、血だらけのレイの顔に赤い閃光が落ちる。


(こいつら……違う)


 レイがぼやける視界の中で手榴弾の爆発による煙幕が引いてきた機内を見る。先ほど、レイを殴り飛ばした隊員以外の、機体に乗ってきた他の隊員も無傷で、強化服に傷がついている様子はなかった。

 明らかに、今まで戦ってきたPUPDの隊員とは違う。

 単純な装備も戦闘技術も、明らかに乖離している。


「く、そg」


 レイは立ちあがることすら許されず、数発の弾丸を胸に食らう。吐血し、黒い血を吐く。

 それでもレイは手を地面について立ち上がろうとする。だがすぐにもう何発かの弾丸がレイに向けて放たれ、命中する。


「……ぁ、っう」


 レイは声にもならない呻きを上げて、その場に倒れ、息をすることしかできなかった。

 しかしそれはあくまでもレイのでは、だ。

 レイはほぼ失いかけている意識の中で目の前に立つ隊員の声が聞こえた。


「適応が開始した。損傷を与え続けろ、すでに限界だ。再生にも限りがある」


 倒れ、動かなくなったレイに向けてさらに弾丸が放たれる。腹、胸ではなく足と腕に向かって重点的に。肉は抉れ、骨が見え、その骨すらも粉々になる。まるで枯れた棒切れのように。いや、それよりももっとひどい、逆に生きている方がおかしいほどの風袋だった。

 だがレイは生きている。辛うじて呼吸をしている。

 

「運び出す」


 レイの目の前を取り囲んで、その内の一人がそう言った。

 だが同時に誰かからの通信が入ったようで、それを横にいた一人が制止する。


「待て。隊長からだ。………本当ですか?未確認の……はい。……操縦は効きません。すでに壊れています。はい……分かりました。すぐに移動します」


 通話が終わると隊員はレイに近づきながら命令を下す。


「すまなかった。すぐに運び出そう。何か変な事態が起きる前――」


 隊員がレイの体に触れるその瞬間、機体が大きく揺れた。当然、他のPUPD機体から攻撃を受けたわけでも手榴弾が爆発したわけでもない。だが外部からの攻撃によって揺れたのは確かだった。


「まずい――。ここはまだだぞ」


 それまで焦りの一つもなかった隊員達が慌ただしく動く。そしてレイの棒切れのような腕や足、肩を持って運び出そうとする。倒れたレイを起き上がらせ、そして強引に連れていく。

 だが、その際、レイの懐――防護服の下から何かが落ちて床を転がった。

 隊員の何人かは転がるに目を向け、顔を歪めた。


「――手榴弾d」


 隊員の一人がそう叫んだ。だがすべてを言い切る前に爆発の音によってかき消される。

 隊員達が手榴弾を見て慌てたのは、声を出したのは当然――自らの身を、仲間の安全を案じたからではない。強化服を前に手榴弾の爆発が意味を為さないのはすでに分かっていることだし、強化服だけでなく身体強化手術も受けているため致命傷でない限り生きれることが確定していたからだ。

 だがしかしレイがそうとは限らない。

 そして機体が無事で済むとは限らない。

 だからレイの身を隠すように、機体を守るように手榴弾をへと駆け寄って部隊員達は爆発の衝撃を抑えようとした。しかしそれは間に合わず、爆発と共に立ち上る煙は機体の操縦席がある――前の部分から勢いよく抜けていく。つまり、機体の先頭に大きな穴が空いたというわけだ。


「いない」


 そしてレイは腕を強く握られて飛ばされないようにしていたが、煙が収まって視界が確保できるようになった時にはすでに、隊員が握っていた手首から指先にかけてを残して、残りは切り離されたように無くなっていた。

 隊員は機内を見まわして、そしてすぐにレイの姿を見つける。

 右の手首から先が無くなり、血だらけで、立っているだけで奇跡、そんな状態のレイがフロントガラス、そしてその付近の装甲が壊れ大きく穴の開いた場所に立っていた。

 一歩、後ろに下がれば落ちて行く。それほどまでにぎりぎりの場所に立っていた。


「よかった」


 掠れた声でレイが呟く。

 たまたま、本当に偶然、隊員が近づいてきたために投げることが出来なかった手榴弾が体を持ち上げられた時に服の下から落ちた。そしてこれまでの衝撃によって爆発寸前であったのが落下時の些細な衝撃が引き金となって爆発した。

 本当に偶然、だがそれがレイを救った。

 レイは固まる隊員達を横目に背後とその下に目を向ける。

 見えたのは一つの小規模な都市だった。レイの乗っている機体は今、その上を飛行している。

 都市は今、中心部分は夜だということもあって分かりやすく光っており、逆に外の、レイが上を飛行している部分は暗く明かり一つなかった。荒れ果て、すさんでいる、しかしここが理想郷であるような錯覚を覚える。

 ここはではない。

 まず外壁が存在していない。いや、存在する必要はない。人の活動もない。あるのは名残なごりだけ。今、レイの下に見えているのが都市であることに変わりはない、変わりはないが、すでに人が住んでいない場所を都市といってよいものか。

 あそこには今、人ではなくのに。


「遺跡か」


 旧時代の名残、それが今、レイの真下にあった。 

 きっと隊員が急いだのも機体が揺れたのもすべて、この遺跡が原因だ。遺跡は廃れ、人が住んでいなかったとしても都市としての機能はまだ生きている。その内の一つに迎撃機能があり、許可されていない機体が空を飛行すると今のように攻撃される。

 果たしてレイはどうするべきか。

 目の前にはPUPDの隊員が突撃銃を構えてレイを見ている。

 背後には、その下にはモンスターの住む遺跡がある。

 どちらが正解だとかの問題ではない、どちらかマシかということでもない。どちらとも正解でも模範解答でも、最善でもない。

 レイが選び、そしてそれを成功にする。そうでなければ、この八方塞がりな現状を打開することはできない。目の前の隊員を相手にするか、それともこのモンスターの住処に身を投じるか。

 レイはかすかに笑って。


「じゃあな」


 遺跡を選んだ。

 旧時代の、今とは隔絶した技術を持った文明が築き上げた兵器、生物兵器のなれの果て、それらとレイは相対することになる。地獄から地獄へ、身を投じることとなる。


「は……まあそれもいいか」


 レイは力なく後ろに倒れ、落下しながらそう呟いた。

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