第24話 絶望へ希望に絶望で

「めんどくせぇな!潰すか!」


 レイはバイクでビルの側面を駆けあがり『アレス』の元まで急接近する。近づいて来るレイを相手にアレスはガトリング砲を撃てず、また弾頭を発射することもできなかった。辛うじてアレスに乗っていたヒンシャの隊員達がレイに突撃銃を乱射しているが、当たるわけがなかった。

 レイはビルの側面を上り終えるとそのままバイクが空に向かって飛んでいく。アレスは急速に高度を上げるが、レイが最後にBERMOD-4を蹴って飛び上がったことでアレスにまで到達する。


「よお!まさか来るとは思わなかったか」


 レイは口角を上げて言い放つ。そして向かってくる三人の隊員を相手にする。しかし、きっと自分達が直接戦闘を行うとは思っていなかったのだろう、三人は強化服を身に付けておらず二人はレイに拳銃で頭部を撃ち抜かれ、一人は首を掻っ切られる。

 レイが三人を殺した瞬間、機体が大きく揺れた。そして急激に高度が低くなる。


「こいつ――!」


 レイは急いで操縦席の方まで行くと操縦桿を握っていた隊員の首をへし折って、アレスの外に投げる。


「墜落させようとしてたのかクソ!」


 あの隊員は自分達が助からないと分かった瞬間にレイを道ずれ、またアレスを奪われないようにと地面に向けて突撃した。修復が効かなくなるその寸前でレイが止めたから良かったのものの、あのまま言っていたら最悪、アレスの爆発に巻き込まれていた。そうでなくとも荒野のど真ん中でPUPDの隊員に囲まれていた。


「あああ!クソ。どうすればいいんだ」


 アカデミーで操縦に関しての訓練はしたことがある。しかし、それはあくまでも一般の物であって、軍事用の兵器の操縦ではない。

 レイは椅子に座り操縦桿を握ると知識を思い出しながら必死に高度を上げる。その際、何か解決法はないかと目を色々な所に送っている一台のモニターが目に映った。そこにはレイの画像が映し出されており、都市全体を監視するカメラを使いレイを居場所を割り出した方法が映し出されてあった。


(こいつで場所が分かったのか)


 恐らく、事前にレイの顔をAIに学習させておいて、カメラに映った人物を即、レイであるかレイでないか判別できるようなシステムを組んでいたのだろう。だからアレスは空で停止していた。

 少しでもレイの動きを見逃さなずに捉えるために。

 一瞬だがそうしてモニターに視線を移したレイは目線をずらして隣のモニターを見る。

 前、後ろ、下、など全方位が確認できるようになっており――後ろからは二機のアレスが迫ってきていた。

 

「ああ?どこだ」


 速度を上げなければ追いつかれる。しかしどこを操作すれば速度上げられるのかレイには分からない。操縦桿をいくら動かしたところで意味はないし、闇雲にボタンを押していくのも危険すぎる。

 だが、これまでに習ってきた兵器の操縦経験からそれっぽいところを操作する。レバーのようになっている場所で、レイはそれを押し込んだ。すると明らかに速度が上がり背後の二機から距離を離す。


(よしこのまま行け)


 このまま距離を離し続けろ、と意気込んでレバーを押し込む。だがしかし、背後から突如爆発音が響きわたり機体が揺れた。同時に操縦席のどこからか、耳障りな機械音が響く。アレスに乗って事のないレイでも分かる、この機械音はアレスの機体一部が損傷した結果だと。

 そして後頭部で起きた爆発。やったのは後ろの二機で間違いはないだろう。

 ここはもう街中ではないのだ。いくら兵器を使おうが許される。基本的な装備はガトリング砲と弾頭。アレスは装甲が硬いため少し撃たれたぐらいで墜落することはないがそれでも限度がある。

 加えてレイは後ろの二機に対して迎撃しようとしても搭載された装備を全部知っているわけもなく、またその使い方を知っているわけもなく。ただ一方的にダメージを受ける。


「いや、ずるくないか」


 相手は攻撃できるのに自分はできない。その状況に対して吐き捨てるようにレイが苦笑しながら言った。

 そして手探りながら打開策になり得そうなものを取り合えず使っていく。

 ガトリング砲、そして弾頭を撃ち出す方法については大体分かっている。地上用の兵器だがボファベットにも似たようなボタン配置があったためだ。

 レイはモニターをタップし、そして操縦桿を握る。


「あ、いやこれ。二人用かよ」


 だがレイが握っている操縦桿はあくまでも操縦桿、機体を操作するためのものであり装備を撃つための物ではない。


(あれか)


 すぐ隣――助手席にも操縦桿のようなものが設置してあり、そっちが装備に関してのものだ。このまま操縦席に居ては後ろの二機を迎撃することは出来ない。


(どうする、操縦は――自動操縦の仕方なん――)


 機体が大きく揺れた。

 見ると二機のアレスが近づいて来ていた。背後からは炎が上がっており、危機を知らせるアラーム音は大きくなっている。

 だが操縦を放棄して搭載された武器の使用に専念することも出来ない。かといって片手間にやることは慣れていないから出来ない。

 時間がない。

 対策が思い浮かばない。


「あああ!仕方ねぇ!」


 レイは叫び、レバーを下げて一気に機体の速度を緩めた。一方で速度を上げていた後ろの二機との距離は一気に縮まる。レイの突然の行動について行けなかったために後ろから狙いを定めていたガトリング砲の照準がずれる。

 急激に近づき、また背後の二機も止まることが出来ずに両者はぶつかる。一機はギリギリで逃げ切ることが出来たが、もう一機はそうではなかった。

 レイが乗っていた機体は背後の一機と衝突した瞬間に側面を擦りながら覆いかぶさるような形でアレスの上に乗る。

 そしてその時にはすでに、レイは機体から

 

「死ぬかと思ったじゃねえか」


 レイはすでに、先ほど衝突した機体へと飛び移っていた。搭載された兵器が使えないのならば自分で動いた方が早く、確実、レイはそう考えて直接での戦闘を選んだ。

 機体の中にいる隊員は五人。内二人が操縦席、助手席に座っているため即座に戦えるのは三人。三人の隊員は拳銃、突撃銃そして防護服などを着て武装しているが――それだけだ。

 レイが素早く拳銃を構え、発砲した。そしてそれとほぼ同時に隊員がレイに向けて発砲する。撃ち出された弾丸はレイの横腹辺りを掠りながら後ろに飛んでいき、続けて放たれた弾丸はレイの胴体を貫通する。

 しかしレイは倒れない。 

 逆にレイが撃ち出した弾丸は三人の額を正確に撃ち抜き、続けて操縦席、助手席から出てきた二人と対峙する。すでにレイの負傷は限界を越えていて、意識があるだけ、立っているだけで奇跡だが尚もレイは精確な狙いで拳銃を発砲する。

 しかし弾倉内には一発しか残っておらず、一人の喉辺りを撃ちぬいた瞬間にスライドが後退し、弾切れを伝える。


「――っ!」


 レイは拳銃を捨て去って、軋む体を歯を食いしばって動かして、金属製の床を蹴って凹ませてレイが近づく。だがその際、レイに向かて三発の弾丸が腹、肩、腕に着弾する。

 だがレイは止まることなく勢いをそのままに敵に近づくと顔面を殴りつける。勢いのまま、全力の拳の受けた隊員の顔面はひしゃげ、体はぶっ飛んで座席のクッションとバネを破壊しながらめり込んで止まる。

 だが一方でレイも満身創痍だった。殴った勢いのままに床に倒れ込んで四つん這いの形になると――吐血した。ドロドロと、ゼリーのように少しだけ固まった血液が銀色の床を赤く染める。吐血は一度だけではない、レイは何度も唾液も混じりながら赤黒い血を吐く。

 吐血が止まった、いや唾液を飲んで強制的に抑えられた時にはすでに、四肢に力が入らなくなっていた。


「だーめだ。体が動かねぇ」


 掠れた声で呟くと、床に吐いた血を避けるようにレイが横に倒れる。


(ここで限界か?)


 少しずつ薄れゆく意識の中でぼんやりと考える。

 もうかなり疲れているし、体は動かないし、アドレナリンが切れたかしらないが体中の痛みを感じ始めている。果たして、ここから立ち上がったところで意味はあるのだろうか、この状況から頑張ったところで状況は改善されるのだろうか。よくよく考えてみれば議会連合相手に中部から逃げ切るのには無理があった。

 まではまだ遠い。頑張っても一か月は余裕でかかる距離だ。その距離をPUPDに追われながら、傷を負いながら向かうというのには少々……いやかなり無理がある。

 今まで気丈に振る舞って考えないようにしてきたが、詰んでいるような気がする。

 逆によくここまでやったと自分を褒めたいぐらいにはよくやれていたと思う。マザーシティから逃げ、荒野を移動し、次はPUPDから逃げて、よくここまで生きてこれたと。だからもうここで疲れ果ててしまってもいいのかもしれないと。そう思ってしまうのは当然ではないのか。


「疲れた」


 床に大の字で寝て、目を瞑りながらレイは呟いた。

 並みの人間だったら自殺してしまうような苦痛を、死んでいしまうような環境で味わってきた。おかげで並大抵のことで驚くこともなくなったし折れることも無かった。

 だが今回ばかりはさすがに疲労困憊だ。肉体的にも精神的にも。

 マザーシティで成り上がるという夢を捨て去って、ニコに分かれの一つも言えず、多くの人を殺してきた。今更、悔やむことも出来ないが、もし祈れるのならば祈りたい、そんな気分ではあった。


「ほんと、もううご――」


 機体が大きく揺れた。そして焦げ臭い匂いがする。

 同時に割れた窓の破片が飛んできてレイの頬を深く切った。口からだけでなく頬からも咥内が見えるぐらいには深く切れて、そして血が流れだす。


「いてぇ……いてぇな」


 満身創痍で、傷だらけで、だけど誰にも見向き去れずに泥にまみれていたあの時のことを思い出す。あの時も布にくるまって寝ていたら踏みつけられて、ナイフを刺された。

 軽傷だったが、衛生環境の良くない大規模スラムあの場所でそれは致命傷だった。感染症にかかり、当然、薬などあるはずもなく衰弱していく自分をただ見ていた。

 そこらで見た老人のように、子供のように、自分も同じになるのだと覚悟した。

 だが同時に抗った。

 スラムから抜け出して都市内部に入って、そして病院に潜り込んで、手あたり次第の薬剤を盗んだ。手に一杯の、ポケットにたくさんの薬を詰め込んで病院のダクトから抜け出そうとした時に一人の男にバレた。

 その後は殴られて蹴られて、だがそんな理不尽に怒りが湧いて、為されるままに時が流れるのを待って、だけど何もしない自分に腹が立って――気が付いたら注射器で男の眼球を突き刺して、そのまま脳を抉っていた。

 それが初めての殺人だった。


「懐かしいな」


 記憶が曖昧で、意識が曖昧で、こんな夢を見てしまった。

 同時に、レイはあの時と同じ怒りを確かに感じた。

 

(いや、やれる……まだ)


 右の拳を強く、地面に叩きつけるとゆっくりと立ち上がる。


「動け、まだいけるはずだ」


 そして壁に手をついて立ち上がると操縦席の方まで移動する。そして座席に寄りかかりながら状況を確認する。


(前に残り一機。……これは自動操縦モードになってるのか?)


 誰も操縦桿を握っていなかったこの間。機体が墜落しなかったのは自動操縦機能がついていたためだ。幸運だとレイは笑う。


(は、まだまだ捨てたもんじゃないな。それに……いいね。いつでも撃てる)


 レイが乗っていたアレスを攻撃した時のままだった。つまり、いつでもガトリング砲が弾頭が撃てる状態だった。


「さいっこーだな」


 レイは助手席に座ると操縦桿に似た、装置を握った。そしてモニターを確認しながら照準を定めてボタンを押し込む。その瞬間、ガトリング砲が回り出し前方の機体を攻撃する。

 表面は電磁バリアで守られているが数百発もの弾丸を一点に浴びせられては、さすがにエネルギーが切れて、その一部分だけに穴が空く。

 

「いいじゃん!いいじゃん!あっはっは」


 レイは上機嫌になって、さらに強くボタンを押し込んだ。だが同時に敵からの攻撃も激しくなる。すでにボロボロだった機体はさらに傷ついて、機体側面には穴が空いているし、どこかが燃えているのか焦げ臭い。

 だが、レイは気にせずにぶっぱす。電磁バリアが貫かれ、装甲を破壊し、中にいた隊員にガトリング砲の集中砲火を浴びせる。そしてそれだけでは飽き足らす、違うボタンを押し込んで、弾頭を敵機の中に撃ち込んだ。

 外からの攻撃には弱いが中からの攻撃には弱い。これは先ほどに――やり方は全く異なるが――証明している。 

 事実、敵機は内部からの赤い光とと共に爆発音をまき散らしながら炎上し、墜落していった。


「はは……よし」


 レイは笑い、座席にもたれ掛かる。

 あと少しで挫けるところだった。今までのすべてを台無しにするところだった。だが、踏ん張ったおかげで生き延びられた。

 あの時とは違う意味で自分を褒めてやりたい。レイは顔を手で覆って、そして笑いながら心底安心したように息を吐いた。だがすぐに治療をしなければいけないことを思い出す。今は傷だらけでこのままだと死ぬ。PUPDが使っているアレスの中なので治療薬、それも高価かつ効果が高い物が置いてあるだろう。

 レイは顔を覆う手を外して操縦席から立ち上がる。

 だがその時、ふと前方にあったモニターが目に入った。

 そしてその瞬間、レイは笑ったまま固まる。

 モニターには背後からやってくる数えきれない数のアレスが映っていた。当然、味方であるはずもなく、PUPDの文字が見える。

 すべてを終わらせたと思った。しかしそんなのまだ、ただの氷山の一角だった。数え切れないほどの数が奥には控えていて、とても対処のしようがない数だった。


「は、はは……きっつ」


 レイは渇いたように笑って、一言呟いた。

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