第23話 ヒンシャ

「あいつら。早いな」


 物陰に隠れた状態でレイが空を見上げながら呟いた。空には重低音を響かせながら待機するアレスの姿が見え、レイ同様に通りを歩いていた人々も空を見上げていた。アレスは特に何をするわけでもなく空に停止している。今が夜で通りを歩いている人が少なかったから良いものの、アレスの放つ圧迫感は本能から直接恐怖を覚えるような代物だ。民衆の何人かが逃げてもおかしくはない。事実、通りにいた人々は家に変えるなり店に入るなりして姿を隠している。


「PUPDか、警備隊じゃないのか」


 PUPDのどの部隊かにもよるが、議会連合直属の実務部隊という立場は変わらない。最初は警備隊に追われていて、今はPUPD。ということはレイがより危険な人物として認定されたのだろう、また、レイが撃ち込んだ注射器、これも関係しているのかもしれない。

 いずれにしても、当初にあったマザーシティを逃れれば追ってからある程度は逃れられるという希望的観測はついえた。PUPDならば中部の北にいようと南にいようと、どこであろうと追ってくる。やはり、安全を確保するためにはに行かなければならないだろう。

 そしてこのまま物陰に居ても仕方がないので、レイも他の民衆と同じように手軽な大衆食堂のような店に入った。レイはカウンターに座ると何かの携帯型端末を操作して、流れるように、出来るだけ怪しまれないように自然に一杯の飲み物を頼む。

 カヤバ中継都市は他都市から来る人々が多いということもあってレイの存在は今のところ浮いていない。このままやり過ごせればいいが、そう簡単にいかないとも分かっている。

 果たしてPUPDだけで動いているのか、それとも警備隊も一緒に動いているのか。捕らえるべき対象が機密事項を握っていたりすると警備隊には知らせず、PUPDだけで敵を捕らえるだなんてことはザラだ。だが当然、レイは機密情報なんか知らない――知らないが、やはり強化薬が頭をよぎる。

 何か思考する度に強化薬こいつの存在にぶつかる。

 やっぱりちゃんと依頼内容と強化薬について訊いておくべきだったと、レイは後悔しながら飲み物を飲み干す。

 

(PUPDが来てるんだったら他都市には行けないか、ガチのサバイバルじゃねぇか。モンスターの肉って食えるんだっけか?)


 そしてレイはそんなことを考えながら今度の対策をる。そうしてしばらくしていると店の戸を叩いて他の客が入ってきた。レイはフード越しに横目でその姿を見る。

 強化服を着ているようには見えない。だとしたら簡易型強化服か、少なくともレイの目には一般人に見える。しかしどうも様子がおかしいようにレイは感じた。三人は他愛のない会話をしているようだ、しかし。普通、空にアレスあんなものが浮かんでいたらそれについて話していてもおかしくはないはずだ。

 しかし入ってきた三人組は休日の過ごし方だとかそんな意味のない話ばかりしている。

 何やらきな臭くなってきた、レイは表情を僅かに歪めるとカウンターの上に金を置いて、店から出ようとした。そして椅子から立ったその瞬間、足に力が入らなくなり地面に崩れた。

 椅子を支えにどうにかレイは立ちあがるが、明らかに異常事態が起きていることは明らかであり、同時に先ほど入ってきた三人の客がレイの方を向いて席から立った。

 そして拳銃を懐から取り出してレイに向ける。


(――敵か)


 レイは目の前の三人組を見て思う。そして同時に自らの体に起こる不調の原因が直感的に分かった。


(嵌められた。いつから気づいてた)


 先ほど飲み干した飲み物。それに毒でも仕込まれていたのだろう、あるとしたらそれしかない。

 だがなんでそんな回りくどい方法を取った。PUPDならばレイと直接戦って捕獲することも殺しきることも出来るはず。なのになぜ、気が付いていながらレ毒で弱らせるだなんて方法を取った。レイには理解できなかった。

 だが拳銃を向けたまま発砲しない三人組と逃げていくほかの客を見てレイが理解する。

 

(いや違う、街への被害を最小限に抑えるためか。まんまと誘い込まれてたってわけか。クソ)


 レイを弱らせたのは戦闘による被害を抑えるためでもあるし、確実に対象を殺すためでもあった。店に誘い込んだのはその間に付近の住民を退避させるため。常々、凶悪犯罪者を相手にしているヒンシャだから取れた方法。テレバラフでは出来ない相手を絶対に取り逃がさない、また絶対に殺す方法。蜘蛛が糸を張るようにヒンシャもまた、レイをここで待っていたというわけだ。

 だがまだ店の客全員が退避しているわけではない。客がいるあいだ――。


(いや、そいつは客がいるからぶっ放せないが――後ろか!)


 飲み物を出してきたあの店主、ただ店のオーナーということもあるだろうが、敵はPUPD。相手が店主ではなく偽装した隊員の可能性の方が高い。

 事実。

 レイが痺れる体を動かして振り向いた瞬間、レイの顔面に蹴りが飛んできた。バキ、っという嫌な音が響きわたり、レイの体は店の壁を突き破って飛んでいく。家屋の壁を突き破って、地面を滑って、そして硬いコンクリートの壁をめり込んでやっと止まる。


「――っっ……クソ野郎g」


 レイが立ち上がろうとした瞬間、銃弾の雨がレイを貫く。PUPDの、それもヒンシャが使っている装備。それまで戦ってきた威力の抑えられた既製品とは比べ物にならないほど強力だ。防護服、簡易型強化服とある二重の装甲を容易く貫く。しかし肉体に届く時には幾らか威力も減衰しているため、レイの体に深々とめり込むことはない。

 

「あああああ!クソ――!」


 このままいいようにされて、殺されるのだけは癪に障る。レイは簡易型強化服の出力を最大にして壁を蹴って、地面を蹴ってビルの屋上まで移動する。そしてビルの上を飛んで移動するが同時に、PUPDの隊員達もレイを追う。装備はPUPDあちらが上だがレイとの差が縮まることはない。

 ――しかし。

 

(――追尾弾k)

 

 避けたはずの弾が曲がってレイへと着弾する。横腹を抉り深々と突き刺さる。

 レイは空中で体勢が崩れるとビルの中に、ガラスを突き破って入る。転がりながらビル内部のオフィスを破壊し、その後に続いてヒンシャの隊員も突入してくる。

 幸い夜であったため民間人はおらず、ビルは暗かった。

 ヒンシャの部隊員達は暗視ゴーグルのつけ、オフィス内を見る。内部はレイが入ってくる際に破壊したせいで機械や壁の一部が散乱し、またそのせいで埃がまって暗視ゴーグルをつけても著しく視界は悪化していた。

 しかし、この中にあってレイだけが唯一、何もかもが見えていた。

 ヒンシャの背後に気づかれずに回ったレイは近距離からBAR-47をぶっ放す。相手は強化服を着ていた。簡易型強化服よりも性能は高く、また強化服の中でもモデルが新しく性能が高いものだ。当然ながら、BAR-47ごときの威力では装甲を貫けず、ヒンシャの面々が一斉にレイに対して突撃銃を向ける。


「はっは!いつまでもやられっぱなしでいると思うなよ――!」


 レイは叫び、思いきり目の前にいた隊員の一人を蹴った。当然、蹴った時の衝撃でその隊員が死ぬことはないだろう。しかしここはビルの上層階、ここから叩き落とされればたとえ強化服であろうと分からない。

 レイに蹴られた隊員はビルの壁を一つぶち破って、ガラスを破壊して外へと投げ出される。

 

(三体)

 

 レイは敵の数を把握すると一人ずつ仕留める。

 近距離から放たれた突撃銃の弾丸をその身に食らうがレイは止まらない。また痛みも感じない。隊員の一人の頭部をわしずかみにするとそのまま地面に叩きつける。いくら強化服と言えど首の辺りはどうしても可動域を確保しようとするために柔らかい素材が使われる。衝撃に強く、また頑丈という素材なのだが可動域がありすたためにレイが床に叩きつけた瞬間に首が曲がって、骨が折れるような嫌な音が響く。

 だがレイのその行動には隙が多く、強化服のない頭部に向けて後ろから弾丸が放たれる。当然、弾丸は防護服のフードを貫通しレイの頭部に着弾――しなかった。直前にレイが後頭部を守るように手のひらで弾丸から守ったためだ。

 代わりに手のひらに弾丸がめり込むが、脳内物質が異常に出ているせいで痛みなど感じないレイには、そんなことはどうでもよいことだった。

 レイは地面を蹴って残り二人の元まで一瞬で距離を詰めると、拳を突き出す――フェイントをして思いきり蹴り飛ばす。そうして一人がまた、ビルの外へと投げ出され残り一人となった隊員とレイが攻防を繰り広げる。

 相手はPUPDの隊員。当然、近接格闘に関してあらゆる訓練を受けている。だがレイもそれに負けず劣らずの体の動きでなんとか対処していた。安易に拳を突き出せば、腕ごと絡み捕らえて折られる。強化服の性能で劣っているため強引な攻撃は出来ない。だがそうも言ってられないのも事実。

 レイは相手が突き出してきたナイフをかわすと隊員の顔面に向けてを投げつけた。もうバレているのならば皮をいつまでも顔に貼り付けている必要はない、今は相手のヘルメットにつけて視界を奪うことに使った方が効果的。

 視界が一気に絞られた隊員はレイが突き出した拳が見えず、思いきり顔面を殴られる。

 強化服は頑丈であるためそれだけで壊れることはなかったが、殴られた衝撃で手から放してしまったナイフをレイに利用されてしまう。

 レイはナイフを隊員の喉に突き立てる。

 普通の切れ味の良いナイフならば強化服の装甲を貫けなかっただろう、しかしこのナイフは違う。高速で刃が振動しており真っすぐに装甲に突き立てれば貫くことが出来る。

 市販では高価すぎて、また殺傷能力が高すぎて売っていない代物だが議会連合直属の実務部隊となると話しは違う。こういったナイフも所有することが出来る。

 レイはナイフを首の辺りに突き刺すと装甲を貫いて相手の喉元を突き刺した。


「はぁはぁはぁ……」


 ナイフを引き抜いて、そして懐に入れる。そして立ち上がって息を整える。だがすぐに、息が完全に整い切る前に新たな部隊員達が窓を突き破ってオフィスの中に侵入してくる。


(さすがに無理だ)


 このオフィス内での戦闘をこれ以上することは無理だと判断したレイは、ガラスを突き破って外に出ると隣のビルの屋上に乗った。そして続けて次のビルへと乗り移ろうとする――ところで立ち止まって後ろから追ってくる隊員の一人に向けて先ほど奪ったナイフを投げる。

 空中で足場もなく避けれるはずもない隊員は脳天にナイフが突き刺さり血しぶきをまき散らす。するとPUPDの隊員に向けて走り出してレイは脳天に突き刺さったナイフを引っこ抜いて、空中から突撃銃を乱射しながらやってくる隊員に対処する。

 着地した瞬間に突撃銃を蹴り飛ばし、ナイフをブラフに使って足をすくう。そして体勢の崩れた隊員の喉にナイフを突き立て――引き抜くとすぐにまた囲まれる前に走り出す。

 ビルの側面を伝って、地上に降りると路上を走る。

 すると上から、横からも後ろからもヒンシャの隊員がレイに迫る。すでに取り込まれそうだがレイはそれでも走り続け、だが大通りに出たところで完全に囲まれる。

 しかし――。


「よぉおおし!来たか!」


 突如、大通りの方からエンジン音に似た音が響きわたり、レイに近づく。

 ヒンシャの隊員もその音を耳にしているが、レイが何かしたわけではいだろうと気にしない。しかし、追い詰められたレイの元に一台のバイクが現れ、レイはそれに掴まって路地を駆け抜ける。

 BERMOD-4。こうなることまでは予測出来ていなかったが都市から出るためにはバイクが必要だった。元は違う手段で使う予定でいたのだが、仕方がない。

 レイは自動運転機能を使い、自分の所まで来るようすでに大衆食堂のような店でカウンターについて時に操作していた。少し時間がかかったが無事、何の妨害もなくここまで来てくれた。

 レイはバイクに乗ると自動運転機能を切って、手動に切り替えると速度を限界まで上げて走る。

 その速度はバイクが走った後に、地面に敷き詰められたブロックが浮いて飛び出すぐらいだ。レイはヒンシャの者達を置いて行って、外に向かって爆走する。壁外に行けば荒野が続く、隊員はバイクよりも早くは走れないし荒野をバイクのエネルギーが切れるよりも長く走り続けることは出来ない。

 だが――。

 レイが門へと差し掛かった時、空で停止していた『アレス』が重低音を響かせて動き出す。


(そういえばあいつがいたか)


 このまま荒野に逃げたところでアレスに追跡されるのは目に見えている。そして気が付かなかったが、先ほどまでは一隻しかなかったのが今は三隻ほどに増えている。ここは市街地だから弾頭もガトリングも撃ってこないが荒野ではそういうわけにもいかない。

 いくらバイクで走っていようと『アレス』の方が幾らか早く、それでいて相手の方が武装は強力。

 ならば。

 ならばどうするか。

 レイに選択肢は一つしかなかった。


「めんどくせぇな!潰すか!」

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