荒野と一人

第22話 カヤバ中継都市

 次の日の夜、レイは次の都市に着いた。名前をカヤバ中継都市。マザーシティに比べると小規模な都市で、同じように外壁がカヤバ中継都市を囲っているが大規模スラムのような、肥溜めは見えない。

 夜であるため辺りは暗く、カヤバ中継都市が放つ光がより一層輝いて見えた。

 レイは目の前に見えるカヤバ中継都市に向かって近づく。バイクは荒野で稀に見る柱や岩石などの傍に隠して置いてきた。

 マザーシティから離れたからと言って安全というわけでは当然ない。レイが逃げた方向から一番近い都市を割り出し、カヤバ中継都市にレイを捕まえる、また殺すための部隊が用意されているかもしれない。

 少なくともカヤバ中継都市の警備隊にレイの存在は回っているだろう。

 こんな状況では都市に近づくのでさえ大きなリスクとなり得る。しかしレイはカヤバ中継都市に行かなければいけない理由が幾つかあった。

 まずは食料の問題だ。幾らか切り詰めればまだ荒野で暮せていただろうが、マザーシティから出てきたのも突然のことで、またあまりに荷物は乗せられなかったために食料は最低限しか持ってきていない。バイクが何かの拍子に壊れて荒野で餓死、だなんてふざけた死に方をレイは望んでいない。

 そしてバイクのバッテリーならば太陽光を利用してある程度賄うことが出来る。しかし食料と同じように武器の弾薬は都市で買うしかない。マザーシティから逃げる際に装甲車両から追いかけられた、あの時にほとんどの弾薬を使用した。加えて荒野を移動しているとモンスターとの戦闘だって当然起こり得る。マザーシティから離れた後もハウンドドックと何回か戦闘を行い、残された弾薬は少なくなくなってしまった。

 今回、リスクが分かっていながらもカヤバ中継都市におとずれたのは食料の確保よりも弾薬の確保、という面の方が大きい。荒野を移動していればモンスターとの戦闘は起こる、それに対処できるだけの力がなければ簡単にられる。

 

 本当ならばカヤバ中継都市には近づきたくもなかったのだが、仕方なく、本当に仕方なくこうして向かっている。バイクから降りたのもBERMODの型番から怪しまれないためだ。逃げられるように近くで待機はさせている。そしてこんな夜に来たのだって、顔を見られにくいようにするためだ。 

 基本的に都市に入るために何かの手続きが必要ということはない。

 見える限り、それはカヤバ中継都市も同様で警備隊らしき者達が門の辺りで待機しているが――あれはモンスターに対して対処するために配属されているだけであり検問をするためというわけではない。

 レイは高圧出レーザー砲によって所々に穴が空いたローブのような防護服を着て、その下にぎりぎりで壊れていない簡易型強化服を着て顔を隠しながら門に近づく。

 門の横には壁が続いており弾痕や切り傷が残っている。モンスターと戦闘を行った跡だ。マザーシティではこういったものは見られない。当然だ、マザーシティの壁の外には大規模スラムが広がっている。もしモンスターが来たとしたら一番に会うのは壁ではなくスラムの住民達だ。

 都市が大規模スラムを取り潰さないのは人の移動や経済的価値、だがそのどれよりもとしての機能を重要視していたからだ。ハウンドドックが来たとしても壁に辿り着くことはなくスラムの住民が犠牲になるだけ、逃げ回って、逃げ惑って、転んで、死んで、食べられて、そうして肉壁としてスラムの住民が時間を稼ぎ、警備隊が来るまでの時間分を足止めする。

 レイがハウンドドックを知って、また間接的にだが戦闘したことがあったのはこういった経験があったためだ。

 そんな、少し昔のことを思い浮かべて歩いているとレイは門の近くまで来る。夜ということもあって門の前に人はおらず、レイは少し浮いている。だがここで顔をせて、足早に門をくぐろうものならば呼び止められる。さすがに怪しいからだ。

 門の前には一人の警備兵の姿があった。本来ならば二人での行動が義務付けられているはずなのだが、マザーシティとカヤバ中継都市で体制が違うのだろうか。警備隊は都市ごとに運営しているため、そう言った差異があるのかもしれない。

 レイがそんなことを考えながら門を通り過ぎようとすると、警備兵に呼び止められた。


「おい、待て。顔を見せろ」


 検問はなかったはずじゃ、とレイは思いながら立ち止まる。


「なんだ、ここは検問があるのか?」


 両手をあげて、そして警備隊員の方に振り向きながら返答する。


「まあな。犯罪者がここに来るかもってことで一応、上から命令が来てるんだわ。そのまま両手上げたまま膝ついてそこで待ってろ。お前が今背負っている武器と腰の辺りに持った拳銃には触るなよ、武装も解除するな。お前はただそのままでいろ」

 

 警備隊員がレイに近づく、その際、警備隊員が口を開いた。


「お前その装備、傭兵か?」

「まあな」

「よく分かんねぇけど、ガキだろ?」

「ああ。ガキが傭兵してるのは珍しいのか?」

「いやな、まあ俺の友達にお前ぐらいの子供がいる奴がいてな。格差っつうか、やっぱ世知辛いなと思ってな。まああんま訊かねぇよ。やっぱいるんだな、お前みたいな奴」

「生きるためにはな」


 レイが答える。それとほぼ同時に警備隊員がフードを外した。簡易型強化服の頭部部分の装甲は身に付けていないため、レイの素顔が見えた。そして警備隊員が顔を変える。


「驚いたか」


 レイが絶句する警備隊員に向けて呟く。

 

「なんだこれ、これも傭兵稼業でこんなんなっちまったのか?」


 警備隊員が困惑しながら答える。

 だが警備隊員が困惑するのも無理はなかった。レイの顔は焼けただれたように、皮膚がなく肉がむき出しになっていたからだ。見るに堪えない、思わず目を背けてしまうほど悍ましかった。

 戸惑う警備隊員に対して、レイは笑いながら答える。


「まあ、捕らえられた時にな。当時は治せるような金のなかったら、今もこんな風に完治しないまま残っちまった」

「そうか……。まあ頑張れよ。これで検問は終わりだ。あんたがこれから幸せでいられることを勝手に祈っておくぜ」

「はは。ありがとう」


 そうして二人は別れを告げる。

 警備隊員は元の位置に戻り、レイは門をくぐる。

 

(少し緊張したな)


 門を抜けてからしばらく歩いて、裏路地の壁に寄りかかったレイは胸を撫で下ろす。

 当然ながら、レイの顔が焼けただれているのはすべて嘘だ。ハウンドドックの皮と救急回復薬を使った偽装工作、救急回復薬は組織の回復を早め、繋げる効果がある、これを応用しレイの顔とハウンドドックの皮とをくっつけた状態で救急回復薬をかけると顔面の皮膚、そしてハウンドドックの皮とが一体化する。

 一体化するとは言っても、永続的にというわけではなく、一時的にのりでくっつけたような状態で、剥がそうと思えばいつでも取れる。だがそんな不完全な状態であるから明るい光に照らされた状態で近くから見られればその違和感に気が付くことが出来てしまう。

 しかし今は夜、それも警備隊員はレイの顔を遠目で見ただけだ。レイの顔が偽りのものだと気付けるはずもなかった。


(まあ、あれでこの都市まで情報が回ってるのは確定になったな)

 

 検問を抜けたぐらいで一安心というわけにもいかない。今の検問でカヤバ中継都市までレイの情報が行き届いているのが確定した。通常よりも警備隊員は多く配置されているだろうし、レイの顔が出回っているということは少しも気は抜けない。この焼けただれたような顔の偽装もいつまで持つか分からないのだ。

 すぐに用件を終わらせてカヤバ中継都市から出なければならない。

 レイは足早に、頭の中で終わらせないけないことを思い出しながら都市内部を歩き回った。


 ◆


 携帯食料、弾薬、装備の修理用部品、壊れた簡易型強化服の修理など、レイは二時間とかからずに終わらせた。空はまだ暗く、日の出までまだ時間がある。途中、カヤバ中継都市を走り回っている時に警備隊員の姿を発見したが、あまり数は多くなかった。

 そして中継都市という立場上、この都市はマザーシティのような他都市から来る人々が多い、入ってくる者の管理も、出ていく者の管理も面倒なのだ。レイが来るかもしれない――という情報が伝えられていても避ける人員は少ないのだろう。マザーシティのように大都市で、多くの警備隊員がいるのならば話は別だが。

 ともかく。

 レイはカヤバ中継都市でやることをすべて終えた。

 後はこの都市から出るだけ、向かうは《《経済線》だ。移動し続けなければいけない。

 レイは途中で買ったサンドイッチを頬張りながら、入ってきた門へと進む。

 その時、空から音がした。耳が重たくなるような重低音が響き、突風で地上が荒れる。

 レイはフードを深く被りなおして、そして物陰に隠れると空を見上げた。

 

「まじか……あれは」


 あれは警備隊が使えるような代物ではない。だが企業が使っているというわけでもないだろう。

 対地上用滑空装甲車――『アレス』。長方形のシルエットが特徴的な、車両のような形をした兵器が空を飛んでいた。大型トラックほどの大きさで、ただそこに存在している。

 飛んでいるだけでレイは驚いたりなどしない。マザーシティでいくらでも見たことがある。

 しかし、が空を飛んでいるのは非常に、というかかなり切羽詰まっている。

 

「……あいつらか」


 空で停止したまま動かない『アレス』の機体側面には大きくPUPDと書かれていた。


 ◆


 マザーシティの東区画に存在する、主に警備隊員や都市の職員が利用する病院の一室でトリスが痛みに悶えていた。


「クソ……やられた」


 顔を覆っていた手を外し、ベットを叩く。クッションは大きく凹み、ベット全体が揺れた。だがそんなことは些細なことで、問題はトリスの顔の半分が焼けただれていることだった。

 なぜそうなったか、原因は明白で老人の自爆に巻き込まれた時にヘルメットが壊れ顔半分が火傷してしまったからだ。顔だけではない、腕も足も胴体も、焼けただれている。幸い、病院で治療してもらえば治る程度の負傷だ。しかし自分が失態を犯したこと、レイへと繋がる情報源を自ら殺してしまったこと、そして単純に自分が負傷してしまったなどの理由でトリスは憤慨していた。

 やり場のない怒りは拳へと集められ、ベットを叩くことで発散される。

 ポフッという静かな音が響き渡り、反ってその音が自らの無力感を表現しているようで、トリスはさらに怒りがこみあげてくる。その怒りを発散させようと力任せにベットを叩いても意味はないし、さすがに周りの医療器具に当たるわけにもいかなかった。

 トリスは鼻息を荒くしながら思考を落ち着かせようと別のことを考える。


(まあ落ち着いて考えろ。この件はテレバラフに一任されてるんだ、まだ取り返す機会もある。いつでもやれる。あのガキを捕らえれば―――いや、さすがに捕まって殺されて………)


 今回の失態を取り返さなければという思いとレイを殺したいという私怨、だが怪我からの復帰と信頼の喪失によって今回の件を任せて貰えないのではという不安感。そんなことで悩んで、行き詰っている間にレイは恐らく捕らえられる。これでもテレバラフはPUPDの一員。議会連合の威厳を保つために一切の容赦なく、隙なく、反逆者を捕らえる必要があり当然、全力を出して捜索に当たるテレバラフから逃げきれる者などいない。

 つまり、トリスが怪我から復帰し、信頼を回復して捕らえようと任務についた時にはすでに――レイは死体となっている。


「……ッチ。上手く行かないな」


 トリスはもう一度、何度だって懲りずに拳をクッションにぶつける。スプリングによって拳はゆっくりと跳ね返され、トリスはまた叩きつける。その度にマットが凹んでいって、だが段々と叩きつける拳に力が無くなっていくのと同時に元の形に戻っていく。


「あーー……ったく」


 疲れたように両腕の力を抜いたトリスがベットの背にもたれ掛かる。そしてダラダラとため息を吐きながら無気力に時間を過ごす。だがそうしてしばらくしていると病室の扉が開き、トリスの上司――ワタベが入ってきた。


「よおトリス。散々だな」


 入ってきたワタベに対してトリスは不機嫌に返す。


「なんですか」

「まあな。言っておくなくちゃいけないことがあるから一応、伝えに来ただけだ」

「……なんですか」

「今回の件……まあジープに関わる案件だ。重要度とか危険度とか、色々と繰り上げになったからテレバラフ俺らの管轄じゃなくなった」

「…………は?」

「そのまんまだ。今回の案件は新しくが引き継ぐことになった。少年が来るであろうカヤバ中継都市に

「え……どうして」

「ジープ、そしてレイ、こいつらの存在が最重要機密事項になった。まあ、断定ってわけじゃないが、今後事態が改善しないのならそうなるってだけだ。だがそうなってくると俺らじゃ役不足だ。分かるだろ?俺らはPUPDの中じゃ階級が低い。そんな案件は任せられない。よってヒンシャへと引き継がれることになった、分かったか?」

「じゃ、じゃあ僕はあいつを」


 PUPD内にも階級はあり、上からピルグリムクッキーズ、ヒンシャ、アンレベル、テレバラフとなる。当然、上に行くにつれて権力も給与も支給される装備も様変わりし、より重要な案件を請け負うことになる。だからテレバラフが遂行する任務というのは基本、雑用だ。だがそうでない時もある、簡単な案件かと思っていたが反政府主義者が関わっていただとか、都市までやって来たモンスターが強くテレバラフでは対処できないだとか、後になって任務の重要度が上がることがありその場合はテレバラフよりも上の立場にある部隊に案件が引き渡される。今回もそうだったに過ぎない。

 いつもならば簡単に納得出来ていた。だが今回ばかりは納得できないものだった。


「いや、待ってください。じゃあ俺は、あのガキを殺せない、んですか」

「あ?……ああ。まあな。なんだ恨みでもあったのか」

「いえ、なんでも」


 すぐにテレバラフからヒンシャへと階級を上げることなど出来るはずもない。たとえ実力では足りていようとも実績が足りない。

 事実上、トリスはこの案件に関われなくなったということであり、リーシャを奪ってレイを殺せなくなったということだ。


「う……あ、くそ」

「……?おい、どうした?まだ体調悪いのか?」

「いえ、別にそうでは……」

「そうか。ならよかった。じゃあ完治したら来い。お前は有能だから長期離脱しても解雇しないでおいてやる。まだまだまだまだ、お前には働いてもらわんといけないからな」


 ワタベはそう告げて椅子から立ち上がる。そして振り返って歩き出す。だが、トリスがワタベを引き留めて呟く。


「ちょっと待ってください」


 テレバラフにいて今回の案件に関われないのならばここにいても仕方がない。あいつを殺せないのならばこの職を続けている必要もない。合法的にヒンシャへと移る手段はない。

 そう、狭まった視野で短絡的で安直な結論を出したトリスが口を開く。


「僕をヒンシャに推薦してください」

「……は?お前何をいってんだ」

「あるでしょう?隊長格が部下を推薦して上の部隊に入れる制度……抜け道」

「………まあ、あるにはあるが、それ本当に言ってんのか?お前」

「はい。実力では足りてるでしょう?あとは実績だけ」

「確かに……力だけならヒンシャにいても遜色はないレベルだろうが、俺がお前を推薦するメリットがないな。あれすげー面倒だし」

「言わないであげます」

「あ?」

「別の女と付き合ってること、子供がいること、捨てたこと。ちょうど一か月前に装備を買い替える金を横領してたことも――言わないであげます」

「………ッチ」


 ワタベは後頭部の辺りを搔きながら、そして椅子に音を立てて座る。


「おい。なんでそれを知ってる」

「今回のような時のために人の弱みを集めてました」

「それは知り合った部隊員全員のか」

「はい」

「ったく。最低な部下を持ったな、俺は」

「あなたも大概でしょう?」

「………」


 ワタベはただじっとトリスの目を見た。そして吹き出すように鼻で笑う。


「はっは。よく見てみると濁ったつらしてんな。顔面の皮膚が無くなったおけげでお前の本心が見えた気がするよ」


 ゴミを見て笑うように上司が口角を上げる。一方でトリスはその態度が不服だった。


「慌てないんですね」

「まあな。バラされても妻を失うだけだ。俺がこの職を失うわけでもない。まあ、横領に関しては、これまでの築いてきた信用がちゃらになるだけだ、この立場から降りるだけで済むだろうよ。それでも職にはついていて、そして食っていけるってのが一番大事だな。まあ社会的信用って立場から、頑張って交渉はしてみるよ。だがあんま期待しないでくれよ?俺だって別に権力があるわけじゃ、ないんだからよ」


 ワタベが椅子から立ち上がる。


「分かった。かけあっておく、俺も今の立場を失いたくはないんでね」

「はい。よろしくお願いします」


 いつものように、優秀な部下であった時と同じようにそう答えたトリスに軽く舌打ちをしながら上司が部屋から出た。

 病室で一人になったトリスは息を吐きながら両手で顔を覆い。そして少し口角を上げた。だがすぐに歯を食いしばって、ぎしぎしと強く噛みしめながら呟いた。


「殺す。あいつらだけは殺してやる。絶対にだ」


 その時の言葉、感情にはリーシャを殺されたこと以外の恨み辛みも混ざっているように見えた。

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