第19話 ハウンドドック
(七体か)
個体差はあれどバイクで走るレイの後ろから何体のハウンドドックがついて来ている。
強靭な肉体で地面を蹴って、巨大な足跡を深々と残しながらレイを追随する。速度はBERMODと同じか少し早いぐらい。
レイはこれまで、生まれてからモンスターと直接、本当に戦ったことはない。だからこれが初めてとなる。だが、だからと言って失敗をしていいわけでも、負けてもいいわけでもない。荒野での戦闘は些細な行動の一つ一つが命取りになる。遠距離での攻撃手段を持たないハウンドドックは警備隊に比べると切羽詰まったような危機はないが、それでも強靭な体躯と高い社会性、気を抜けば一瞬で殺される。
皮膚は厚く、硬い、それでいて柔軟。皮下脂肪の下には筋肉があり内臓までの道のりは果てしなく険しい。少なくとも通常、対人用に売られている武器では殺しきることは出来ない、それほどまでにモンスターという旧時代の負の遺産は強い。
だが、レイはマザーシティから出ると分かった時点でモンスターと遭遇し、戦闘になるだろうということは知っていた。だからと言って、時間がなかったために特別対処することは出来なかったのだが――しかし、大規模スラムにいた頃から世話になっていたあの老人がモンスターとも戦えるように装備を整えてくれていた。
BAR-47でも短機関銃でもある程度のモンスターならば殺すことが出来るだけの威力がある。そして今、手に持っているMAK-7という拳銃も。
MAK-7に使用する弾丸はBAR-47のものより二回りほど大きい。そして連続で射撃することが難しい代わりに一発当たりの威力は高くなっている。対人用ではなく対モンスター用の武器だ。
まさかこんなにも早くに使用するとは思っていなかったが、試運転は早い方がいい。レイはそう考えてバイクの自動運転を切って、左手でハンドルを操作しながら右手に持ったMAK-7を後ろから追いかけてくるハウンドドックに向けた。
ハウンドドックは銃の存在を本能的に知っているのかジグザグに動きながら着実に距離を詰める。しかし図体は大きく、レイにとってみればいい的だった。
引き金を引く。
撃ち出された弾丸は戦闘を走っていたハウンドドックの頭部に命中し皮膚を破壊し肉を断裂させて頭蓋骨を貫く。ハウンドドックは頭部をハンマーで殴られた時のように一回転しながら頭の中身をぶちまける。
一方でレイも撃った時の反動で片手が大きく上に
残り三体。だがハウンドドックはレイに近づいている。弾倉を入れ替えるその僅かな、時間にして二秒ほどの間にハウンドドックが距離を詰める。腕が届く、という距離に肉薄したハウンドドックはレイに飛び掛かる。頭上を飛び、その巨体で空を覆い隠す。
レイはバイクを運転しながら片手でMAK-7を発砲する。顎と鼻の上の辺りに一発ずつ、そして腹に一発を浴びせ飛び掛かってきた一体を撃ち落とす。だが残り二体が狩りをするがごとく、レイの両脇から飛び掛かる。あの巨体がぶつかりでもしたら、いくら体勢制御があったとしてもバイクは横転する。
そしてハウンドドックを相手に真向から、地上で戦闘するのは馬鹿げている。今はまだバイクに乗っているから勝負になっている。しかし地上では高速で近づくハウンドドックを相手にその巨体に対して真向から戦わなければなららない、いや、そういった戦いを強いられる。
ともかく。
ここでバイクから落とされる、またバイクごと倒されることだけは避けなればならない。
両脇から飛び掛かってくるハウンドドックに対して、レイは片方の一体から対処する。前足をレイに向けて大きく口を開けている一体に対して、レイは三回引き金を引いた。
三発の弾丸は前足を破壊し、一発が荒野へと消え、三発目が大きく開いた咥内に命中する。一体のハウンドドックは顎から上の部分が消し飛び、飛び掛かってきた勢いのままバイクから僅かに逸れて、荒野を赤色に
レイはすぐに次の一体の対処に映る。同じようにもう一体も前足を出して口を開いてレイに飛び掛かってきていた。しかしレイが拳銃を発砲することはない。すでに先ほどの一体を仕留めきった時には弾倉が空になっていた。スライドは後退し硝煙立ち上る拳銃を握りながら、レイはハンドルを握った。そして飛び掛かってくるハウンドドックの方へとバイクを動かす。
「おらよッ!」
ハウンドドックをバイクがぶつかる。
一瞬の攻防だった。まさか相手の方からやってくるとは思っていなかったハウンドドックは僅かに対応に遅れ、一方でレイはやることをすでに決めていた。バイクがハウンドドックの懐の部分にぶつかり、一体ははじき飛ばされる。その際、レイはハウンドドックの右の眼球を右手で
LAW-21、高圧出レーザー砲と簡易型強化服はかなり損傷しているがまだ機能している。ハウンドドックは思いっきり荒野へと落ちて、転がる。
その間にレイはMAK-7の弾倉を入れ替えると、全弾、地を這うハウンドドックに向け発砲する。
穴だらけになったハウンドドックからは血が流れ、完全に動かない。レイは完全に死んだのを確認すると拳銃をしまい、両手でハンドルを握る。
「疲れた……」
ふと出てきてしまった言葉。もうすでにマザーシティは見えない距離まで離れている。追ってくる装甲車両の姿は見えない。ひとまず、逃げ延びたということでいい。
そう思うと疲労が現れ始める。体中は重いし、撃たれたところは痛い。あとで回復薬を使って治療をしなければならない。これから、荒野を移動するということはあれらのモンスターに対して戦わなければいけないということ。積んでいる弾倉はあまり多くない、無駄遣いは避けたい。だが節約して勝てるような相手ではないことも明白だ。
それにハウンドドックはモンスターの中では弱い部類だ。遺跡には様々なモンスターがいる、機械型、生物型、混合型、それぞれ強さも様々で、それらは遺跡という隔絶された空間の中で独自の生態系ピラミットを築いている。
そしてハウンドドックはその最下層に位置するモンスターだ――いや、都市から出て外に出てくるようなモンスターは遺跡内部ですら生き残れず、追い出された弱者。つまりはマザーシティの壁内から追い出され大規模スラムに流れてきた人々と同じような生態系ピラミットからも弾き出されたモンスターの中の弱者ということだ。
荒野を徘徊するモンスターというのはハウンドドックと同じように遺跡で生き延びることの出来なかった弱い個体が多い。
しかし例外もある。稀に強力なモンスターが跡を出て荒野を徘徊する。そいつに出会ったら最後だ。今の武装で勝つことはできない。
「大変だな」
これからのことを考えて、疲れたように呟いた。
都市で物資を補給したり、それにマザーシティから出て安全、というわけではないのだろう。都市間は連携が強く、レイが指名手配されている可能性だって、懸賞金をかけられている可能性だってある。
都市での物資補給も大変だ。
そしてもしこの中部、という広大な領域の中でレイにとって安息の場所がないのだとしたら――あそこ目指すしかないだろう。あそこはとても曖昧な場所だ。そう簡単に中部が警備隊を投入できる場所ではない。
誰であろうと、少なくとも議会連合であろうと追う事の出来ない不可侵の領域。
レイはそこに行くしか助かる方法がない。
「行くか、経済線」
レイは呟き、目的の場所に向かった。
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