第18話  ロストシティ

 レイは口角を上げると短機関銃を発砲した。撃ち出された何百発もの弾丸は一番近くを追随していた装甲車両のタイヤ、フロントガラス、装甲に命中する。タイヤはバックしフロントガラスを貫いて座席に座っていた警備隊員の肩に命中する。

 スラムと違って足場がゴミで覆われていないおかげで狙いが正確に定めることができる。しかし一方で、警備隊側もただしてやられるだけのはずがない。

 機関銃こそ搭載していないものの、上手に空いた穴から上半身だけを出して射撃する。数秒の内に何百発と放たれた弾丸の内のほとんどは荒野に着弾するが、何十発かはレイに着弾する。しかしバイクは装甲と、その上から車体表面に薄く、膜のように張られた電磁バリアに防がれる。レイ自身に当たったとしてもローブのような見た目をして防護服と簡易型強化服を前に無意味だ。

 この現状にこの部隊を率いている隊長が不満を吐露する。


「現在許可されている武器では殺しきれないか。上はあの少年を殺したくないのか?なぜ武器の使用に制限をかけた。兵器の使用も許可が出ていない。申請はしているんだがな。ったく、生け捕りにしろってことか?都市は勝手だな」


 隊長の不満に同調するように隣に座っていた警備隊員も口を開く。


「別に生け捕りにしろとは言われていないですねよね。だったら殺しても文句は言われないでしょう。りましょう隊長。あいつに仲間が何人も殺されました。生かしておけないです」

「まあ待て。規則は絶対だ。都市が出張ってくるってことはかなり重要な案件なんだろうよ。ただ、このままだと逃げられちまう。そのことはもう報告してある。どうするかは上次第だ。このまま逃がしても俺らに責任は問えねぇ、あいつらの責任だ。今ここで取り逃がすことになるのか、それとも死体でもいいから確保するのか。来ると思う………」

「どうしたんですか?」


 義眼となっている隊長の右目は拡張デバイスとして機能しており、隊長の視界の片隅にはウィンドウが浮かび上がっていた。それは上司からのメールであり、内容は――。


「よし。いい返事が来た。まずは地対地用誘導ロケット発射砲LAW-21準備しろ」

「はい!」


 部下がそそくさと準備へと移る。だが、すでにいつでも撃てるような体勢は整えていたためすぐに準備は完了する。車両の上部についた円形の窓を開いて部下が上半身を出す。

 同じようにレイのことを追随していた四台の車両からLAW-21を持って警備隊員たちが上半身を出す。

 

「発射!」


 レイに対策を取られる前に隊長は命令を下す。声は無線を通じて瞬時に伝わり、一斉に五台の車両からロケット弾が撃ち出される。LAW-21に使われている弾頭は特殊だ。レイに向けて放たれ弾丸は空中で三つに分解し、レイの元へと自動追尾機能によって迫る。

 合計五発、それが三つに分かれてすべてで十五発の弾頭がレイに向かって飛んでいく。

 

「まずい――か」


 レイは顔を歪め、そして短機関銃を乱射する。誰に、どこに狙うわけでもなく後方に乱射する。何百発という弾丸の内の何発かで弾頭を撃ち落してくれる、そんなことを期待して。

 地蔵追尾機能によって弾頭はレイの後方へと集まって、バイクに肉薄する。だが近づけば近づくほど後方に乱射した短機関銃の弾丸が当たりやすくなる。十五発あった弾丸の内6発が空中で爆発し、5発が誘爆する。だが残り4発。ちょうどそこで短機関銃の弾倉が空になる。


「ああ――!!クソ」


 レイは短機関銃から手を離し、バイクに素早く格納すると両手でハンドルを握った。出力を最大にし、速度をさらに上げる。しかしそれでも尚、弾頭の方が当然ながら早い。

 二秒――いや一秒とかからずにレイの元まで届く。

 レイは歯を食いしばって、衝撃に備えた。

 直後、地面が揺れた。一発の弾頭がバイクの後輪付近に着弾したからだ。幸い、タイヤに直撃することはなく地面に着弾しただけだ――が、バイクは大きく揺れて砂埃が舞う。そして弾頭は煙幕を遮ってバイクとに直撃する。電磁バリアを薄く纏っているおかげで弾頭は電磁バリアに遮られバイクには直撃しない。しかしレイは違う。ローブのような防護服は熱と爆発でやぶけ、簡易型強化服にまで届く。幸い、簡易型強化服が破れることはなく衝撃だけがレイへと伝わった。三つに分かれたとはいえ弾頭一つ分の衝撃。少なくとも生身であれば骨ぐらい折れていても不思議ではない。しかし――。


「以外とだな。簡易型強化服のおかげか?」


 ハンドルを握って、少しだけ顔を歪めながらレイが言った。

 確かに内臓が揺られるような衝撃だった。しかしそれだけだ。骨が折れるわけでもバイクから振り落とされるわけでもなかった。

 そして残り二つの弾頭はレイに当たる直前でハンドルを切ったためレイどころかバイクにも当たらずに地面を掘るだけだった。


(このままじゃ)


 きつい。とレイはバイクを自動運転に切り替えて短機関銃と同じように装甲の内側に格納していたBAR-47を取り出す。まだ一度も射撃したことがない、これで初めて引き金を引く。レイはバイクの上で体を回転させて後ろを向く。つまり装甲車両と向き合う形になる。バイクの運転は自動AIに任せた。逃げるのではなく殺す、レイのその行動はその意気込みの意思表示だ。

 あの老人が改造したBAR-47一体どんなものか、レイは口角を上げて引き金を引く。

 弾丸は宙を駆けて一直線に飛んでいき、寸分の狂いなく運転席に座っていた男の額を撃ち抜いた。そして弾丸はそのまま座席を抜けて後部座席に座っていた警備隊員の胸を貫いて装甲車両を貫いて荒野へと飛んでいった。

 運転手を失った装甲車両は一瞬、よろめいたが助手席に座っていた男が急いでハンドルを握ったことで事なきを得る。しかし次の瞬間には助手席に座っていた男もレイによって頭を撃ち抜かれる。

 

「はっは!すごいな!」


 レイは口角を大きく上げて叫んだ。そして続けて引き金を引く。しかし、それとほぼ同時にLAW-21の引き金が引かれる。レイは装甲車両からロケット弾へと狙いを変える。

 先ほどとは違って短機関銃でもなく片手でも撃っていない。加えて安定した体勢で、両手でBAR-47を撃てる。いつもよりも体調は良く集中は持つ、体は思い通りに動く。そしてこれまでの傭兵稼業でつちかってきた射撃技術を合わさって、レイの射撃能力は人の身を凌駕していた。

 飛んできた弾頭すべてを高速で撃ち抜き、空中で爆発させる。それどころか撃たれる前にLAW-21を撃ち抜いて内部に入っていた発射される前の弾頭を爆発させた。それによって爆発に巻き込まれた装甲車両は大破し、荒野のごみとなる。

 残り三台、レイは弾倉を入れ替えて引き金を引いた。


 ◆


「ッチ。まずいな。あいつ本当に人間か?相当性能のいい強化服を着てんのか?それにあの体勢であの射撃精度。強化薬でも使ってんのか?」


 隊長は目の前で惨劇を引き起こす犯罪者に不満を漏らしていた。それに部下も同意する。


「分かりません。現時点で見えている武装はあれだけですが、何かあるかもしれません」

「そうか。じゃあ仕方ない、貫通力のある兵器で行こう」


 仕方ないがあれを使うしかない。隊長は「始末書書かないとな」と呟きながら部下ではなく自身が動いて格納されていた一つの武器を取り出す。

 それは長い筒のような形をしていた。持ち手があり照準器が付いている。あまりにもシンプルでお世辞でも格好いいとは言える代物ではなかった。だが、その性能に関して疑問を呈するものはいない。

 高圧出レーザー砲。

 細かい分類や様々な型で分けられるが総称として高圧出レーザー砲という名前がついている。

 警備隊に支給される対人兵器では一人に対しての制圧能力が最も高い武器だ。本来ならば懸賞金がかけられるような手に負えない犯罪者に向けて使われる物、それを今、レイは向けられようとしている。

 

「俺が行く。エネルギーの貯蓄が半分を下回ったら言ってくれ」

「分かりました!」


 隊長が上半身だけを車両の上から出して前方を走るレイを見る。そして周りを見渡してから、もう一度レイへと視線を送った。


「残っている車両は二台のみか。かなりやってくれたな、始末書の枚数ばかり増えていく。面倒だ、本当に面倒だ。お前のせいだぞ、クソガキ」


 隊長がレイに向けて高圧出レーザー砲を構える。


「へぇ。俺とやんのか」


 照準器越しにレイと目が合った。しくも、レイは隊長が一番危険だと判断し、BAR-47を向けていた。

 二人はほぼ同時に引き金を引いた。BAR-47から撃ち出された弾丸は隊長の額から僅かに逸れて頭上を通過する。一方で高圧出レーザー砲から放たれた熱光線は一直線に、高速で飛翔しレイの肩を貫く。防護服も簡易型強化服もただの一枚の布のようにいとも容易くレーザーは撃ち抜く。レイの肩には直径五センチほどの円形の穴が空いていた。

 その穴を覗き込めば背後の景色まで見えてくるほど綺麗に、円形の穴が開いた。傷口は熱によって焼けて止血しているが、反ってそれが回復薬の効果を阻む。

 レイは苦い顔をしながらもBAR-47を構える。


(肩を撃ったんだぞ。なんで腕が動かせる。強化薬、それに回復薬か。それにあの様子、機械化もしてるのか?きな臭いガキだな)


 高圧出レーザー砲の射撃には十秒ほどのクールタイムが必要となる。その間に隊長は無防備となるが、しかしそれでもいいと考えていた。頭部、最低でも腕、肩を撃ち抜けばその後の射撃が不可能になると考えていたからだ。車上ということも重なって、十秒のクールタイムで殺し損ねても殺されることはないと思っていた。

 しかし、肩を撃ちぬいて完全に腕は麻痺しているはずなのだが、レイはBAR-47を構えた。片手ではなく、両手で。グリップを握り、ハンドガードに手を添えて。


「まずいか――!」


 レイが引き金を引く。

 だが、撃ち出された弾丸は大きく逸れて荒野へと消えて行った。レイは続けて弾丸を放とうとするが、それも


「いいぞ部下共!」


 隊長が叫ぶ。車両は隊長が乗っている他にもう一台残っていた。いくらレイに対して弾丸を浴びせても支給された突撃銃では意味がないと悟った警備隊員は隊長の援護することに集中した。

 まずは徹底的な妨害。レイが持っているBAR-47に向けて引き金を引いて武装の破壊を試みる。だが対象は小さく、そして動いているために難しい。だからその次の案としてひたすらに腕、肩の部分に集中的に弾丸を浴びせることにした。僅かな衝撃だが、それでも照準は大きく揺れる。レイにとっては最も小賢しい妨害だった。

 加えて、装甲車両にはもう一つの武装がある。突撃銃だけはない。一台に一つずつ、地対地用誘導ロケット発射砲LAW-21が用意されている。たとえレイを殺しきれなくとも衝撃は大きく、全弾を食らったらレイでも多少の負傷はする。それに対処しようとなると弾頭に意識をかねばならず高圧出レーザー砲に対しての対応が遅れる。

 どちらから対処しようか、弾頭の対処――だとしたら運転手を殺した方が早い。だが隊長が乗っている方の装甲車両のフロントガラスは他のよりも硬い、何十発かは撃たなければ壊れてくれない。だとしたら高圧出レーザー砲を持つ男から仕留めた方がいい。しかしそれでは弾頭が――。


「何考えてるのか知らないが、次の一発いくぜ」


 隊長が笑いながら言った。そして高圧出レーザー砲から放たれた熱光線をレイは避けることが出来ず食らう。


「――く、っあ。ぐっぁぼ」


 レイが血を吐き出す。無理もない。首がかじり取られたみたいに半円にえぐれていた。致命傷になり得る。そんな負傷だ。

 レイは何とかあの男をなんとかしなければと、その一心で体を動かしてBAR-47を向ける。だがそれと同時に別の装甲車両から放たれた弾丸がレイの手の甲に命中しブレる。続けて弾頭が射出され、その内二発がバイクとレイに着弾し爆発を引き起こす。

 クールタイムが終わり、次の熱光線が放たれる。体のどこであっても次はきつい。


(――いや、違う)


 レイはそう決断する。次の一発は耐える。気力で避ける。だからこのクールタイム。横やりばかりしてくる別の装甲車両から破壊する。少し迷ってしまったがこれが最善の選択だとレイは何も迷わずにBAR-47を構える。

 そして引き金をひ――。


「……まじか」


 弾が出ない――というより引き金が引けない。


(弾詰まり……違うか)


 度重なる衝撃。妨害のためにレイへと向けららた弾丸の内の何発かがBAR-47に当たっていたのだろう。銃全体に傷が入っている。外部でこれだ、この様子だと内部機構が故障してしまったのだろう。レイならば直すことが出来るだろうが、今は出来ない。そんな時間があるはずがない。

 すでに次の弾頭が迫っている。大した影響はないが、それでも死ぬ要因になり得る。

 弾頭はレイに着弾し爆炎を上げる。黒い土煙に包まれ、レイは視界を遮られて周りが見えなくなる。

 そしてこうしている内にもクールタイムは……。

 

「次行くぞ」


 隊長が笑いながらか引き金を引いた。レイが直前で身をよじったために熱光線はずれて、レイの横腹を貫く。だが明らかに致命傷だ。もう車上で踏ん張ることもできないだろう。

 次で確実に仕留めきれる。隊長は笑って、そして勝ち誇ったように口を開く。


「残念だ……っぐぉぁあ」


 喋れない。空気が抜けていく。

 隊長はそんな自身の異常事態に気が付くと、無意識の内に首を触っていた。

 穴が空いてる。血が流れている。

 

(な、んだ。撃たれた……のか)


 隊長の首には穴が空いていた。小さな穴だ。だが弾丸が着弾した時の衝撃で内部はボロボロだ。


(待て、なんであいつ。なんだ。BAR-47あれは撃てないはず、なんだ。なにで……)


 隊長は目を凝らしてレイを見る。そして脇腹を抱えながら、体を傾けながらも右手に持っている物を見つける。


(いつとりだした。いつだ!)


 レイは右手に一丁の拳銃を持っていた。見たことのない、改造が施された拳銃だ。

 BAR-47が壊された後にレイが武器を持ち変える時間はあっただろうか。


(LAW-21か)


 隊長はすぐに思い出す。弾頭が直撃したことで黒い煙幕が張られ、レイの姿が一時的に見えなくなった。あの時にレイは拳銃を取り出していたのだ。


(だが残念だったな、十秒、俺は生きる。そして一発、お前に浴びせる。そして部下がお前にとどめを刺す)


 隊長はまたも勝ち誇った笑みを浮かべるとクールタイムが終わった高圧出レーザー砲の引き金を引こうとする。


(じゃあな地獄で会おうぜ。クソガキ)


 隊長はすべてに別れを告げて引き金にかけた指に力を入れる。しかし弾頭が撃ち出されることはなかった。

 次の瞬間には隊長の首が


「隊長――!!」


 力なく装甲車両の中に倒れた隊長の死体を部下が抱きかかえる。

 一体何が起きたのか、レイが持っている武装は少なくとも拳銃、突撃銃,短機関銃だけ、現に今は拳銃しか握っていない。それで隊長の頭が消し飛ばされることなどありえない。

 誰がこんなことをしたのか、部下は装甲車両の窓から周りを見渡す。しかし何も見えない。


「何が起きたんだ!誰がやったんだ!」


 隊長の死体を抱きかかえながら部下が叫ぶ。そして原因を探す。

 しかし、隊長の頭部を奪い去った敵は自らその姿を現した。

 装甲車両が大きく揺れて、車体が。装甲が壊れて窓が割れる。部下はすぐに敵の正体に気が付いた。


「……嘘だろ」


 そしてそれが、最後の言葉だった。次の瞬間には上半身と下半身が分かれていたためだ。

 直後、装甲車両は爆発する。

 その様子を遠目で見ていたレイは呟く。


「はは……。忘れてたのか?」


 レイは燃えながら慣性の法則で地面をこすれ合いながら走っている車の上部に乗っている敵に目を向けた。

 二メートルほどの体躯。全高は1.3メートルほど。強靭な肉体を持ち鋭い爪と牙を持つ。四足歩行であり見た目は犬に似ている。この荒野を徘徊するものの中では最もスタンダードなタイプのだ。

 名前をハウンドドック。高い社会性を持ち、数も多い。燃え盛る車両の上に一体。その後ろから何体も現れ、隣を走っていた装甲車両へと飛び乗ってそのまま強靭な肉体と鋭い爪を使って車体を切り裂き、中の人間を殺し、食べる。

 言うまでもなく凶暴性は高い。


「荒野の敵は何も俺だけじゃない。荒野ここはもう、モンスターこいつらの生活圏だぞ」


 警備隊はレイだけに気を取られ過ぎた。ここはもう外壁が守ってくれる都市ではないのだ。荒野にはモンスターが徘徊している。いつどこで出会うか分からない。それを忘れていた。レイでさえも、ハウンドドックの姿を確認するまでモンスターの存在を忘れていた。

 幸運なことにハウンドドックは装甲車両の方から狙ってくれたが、これは的が大きい方を先に狙っただけに過ぎない。決して、レイを逃した訳ではない。あの装甲車両を破壊したら次はレイだ。


「次から次へと」


 警備隊員と同様、レイもモンスターと直接戦闘したことはない。大規模スラムに住んでいる時に少しだけ、間接的、あるいは直接的に対峙したぐらいだ。本格的な戦闘はこれが初めて、そしてレイは負傷している。


「全く、大変だな」


 だが、レイは笑う。逆境こそ、レイの原典に一番近いものだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る