第17話 マザーシティ
次の日、レイは空が明るく少し前に起きた。
「痛い……」
筋肉痛のような痛みが全身に走っている。特に足が酷い。足裏から
大規模スラムに住む住民達は権力が嫌いだ。だから警備隊が突入してくるようなことがあれば不信感が
そうして、スラムは都市の権力者から不干渉の場所として暗黙の了解となっていた――が、その状況を利用してレイがここに居座ることは当然ながら出来ない。もうすでにスラムには警備隊が入ってきているかもしれない。
レイは急いで服を着替えてローブを羽織って、銃器類や食料がバイクに積んであるのを確認する。
その際、至近距離からバイクを見たレイは心の内で声を漏らす。
(強化装甲か……対人用に改造してくれたのか。電磁バリア用のバッテリーは100パーね。どっちも行けるってことか)
BERMOD-4。主にバイクや車などの製造、販売の大手アンダーマックス社製の高性能のバイクだ。世代としては最新のものより三世代昔のもの、型番は最上位モデルから下に三番目のものだ。値段は650万ディロ。アンダーマックス社製の製品は高性能な物が多く、持久性、耐久性に優れているため信頼も厚い。だからか最新のモデルが発売されたとしても古くなったモデルの値段が落ちることはあまりなく、何世代か昔の下位モデルであるこのBERMOD-4の650万ディロは妥当な値段だ。
加えてこのBERMODというバイクは恰好がいい。当然、機能性重視の見た目だが、やはり極限まで無駄を省かれた至高の一品だ。そのせいでこのBERMODが売り出された世代の値が落ちることはなく、逆に同じフォルムで後継機が幾つも創られているぐらいには人気の品だ。
このBERMODだが、最新の型番を買えば側面走行や防御装甲、電磁バリアなどの機能がついている。しかしレイのは型番がそこから三段階落ちるので防御装甲や出力が弱めの電磁バリアなどの基本的な装備しか搭載されていない。他にはホログラムの表示や通信機能、簡単なレーダー機能などだ。
これに650万スタテルをかけたと考えれば高くも感じるが、BERMODの真価は単純な基本性能の高さだ。バッテリーを満タンにすれば凹凸の多い荒野を三日ほど走り続けられるほどの燃費効率を誇り、壊れにくい。また単純な設計をしているため基幹部分が壊れない限りはレイでも直すことができる。
レイはこれからかなりの距離を移動することになる。まずはどこに行くか。マザーシティから一番近い都市が恐らく、全力で移動して二日ほどかかる。だがその都市に着いたとて安全ではない、都市間の連携が強ければ結局は手配される。
そしてそれ以前にマザーシティ側からの妨害工作があるかもしれないし、大規模スラムを抜ける時だってかなり危ない。そして荒野に出たとしてもモンスターの危険性がある。
自己増殖を続け、無限に進化を繰り返す動植物。暴走する十階建てのビルほどもある作業用ロボット。考え、自立し動く機械生命体。増えすぎた人口を支えるために作られた食用生物。争いのなかで生まれた生物兵器や破壊兵器。それら旧時代の負の遺産のことをモンスターと言い、それらモンスターは遺跡と呼ばれる旧時代の頃にあった都市の
そして当然、モンスターは遺跡だけに留まらずに出てきて荒野を徘徊しているが、都市を出て荒野を移動するのだ。それら荒野を徘徊するモンスターにも気おつけなけばならない。また、昨日移動しなかったのもモンスターの一部個体には夜に活発的になる、という特性があったためだ。
だがいずれにしてもマザーシティから出なければ何も始まらない。
「……よし」
すべての準備を終えたレイは最後に一度、食料や装備などが積まれているのを確認するとコンテナを開けた。上に折りたたまれるようにして扉が開いて、レイはバイクを押して外に出る。
「まずは次の都市を………」
レイがそう呟きながらバイクに跨って一周、周りをぐるりと見渡した。そして少し離れた場所でコンテナの中を確認していた警備隊員と目が合った。
レイはその時に特に驚くことはなく逆に安心していた。もし出るのが遅れていたらコンテナを開けた瞬間に警備隊がいる。そんなことにならなくてよかったとレイはバイクを走らせる。
後ろの二人が追い付けるはずはないし、ここからはレイが如何にして逃げるかだ。どうせどこかの時点でバレると分かっていた。それが少し早まっただけ。
「いいね」
軽快にバイクを飛ばしながら呟いた。コンテナが立ち並ぶこの付近一帯は区画整理されており走りやすい。そして住んでいたため付近一帯の地理は頭の中に入っている。
そしてレイが久しぶりに乗るバイクに少しだけ高揚していると、十字路に差し掛かった時に両脇から装甲車両が現れた。バイクが十字路を通り抜けると装甲車両は仲良くレイの後ろに着く。
「どこから入ってきやがった」
この狭いスラムでどこを移動してあの車両を連れてきたのか、全く持って不可解だった。そしてレイが見つかった瞬間に装甲車両が現れたということはあらかじめこの付近に待機していたことになる。情報が洩れる場所はない。ということは大体、辺りがつけられていたのだろう。
(仕方ねぇ)
少し遠回りになるがあそこを移動するしかないだろう。
レイは突き当りを横に曲がって、そのまま直進する。後ろから攻撃されるということは今のところはない。今はまだ様子見ということか。
だがその間にレイは着実に近づいている。大規模スラムの中でもさらに治安、衛生環境でも終わっている場所に。
「久しぶりだな」
視界を埋めつくのはゴミと生ごみと粗大ごみだバラック小屋が両脇に立ち並んでいるが、それが埋め尽くされるほどゴミが散らかって、積もっている。もはや地面など見えず恐ろしいほどの異臭を放っている。ゴミの種類は豊富だ。生ごみ、粗大ごみ、死体などなど、色々と散らかっている。
レイはそのゴミの山に向かって突っ込む。そして元は通路であったところをゴミを踏みつぶしながら突き進む。ここら一帯にも人は住んでいるが通路を進んでいれば大丈夫だ、そうそう轢くことはない。
しかし、装甲車両は違う。両脇にバラック小屋が立ち並んで、そして道はバイク一台がやっと通れるほどに狭い。車体の大きい装甲車両が通れるわけなどな――。
「はぁ?やってることヤバいだろ?!」
「ああ!分かったよ!」
振り切ることは難しい。レイは小屋を踏みつぶすことなどできないから決められた通路を突き進むしかなく装甲車両はそんなこと気にせずに一直線にやってくる。じりじりと距離を詰められている。バイクと装甲車両、体当たりでもされたら結末は分かり切っている。
レイが戦闘態勢に入ろうとハンドルから右手を離す。だがその時、前方の小屋から声をあげて男が出てきた。
「てめぇ!朝からバイク乗り回してんじゃねぇよ!こっちにも生活ってもんが――」
「早く逃げろ!馬鹿!」
老人の声を遮って、隣を通り過ぎた際にレイが叫んだ。
「は?お前何言って……」
老人が喋りながら振り向いて、レイの後ろを見た。そして唖然とした表情のまま固まる。
「おい、そんなの――」
最後の言葉すら満足に紡ぐことは出来ず、老人は後ろから来た装甲車両に住んでいた小屋ごと潰される。すりつぶされるようにゴミと一緒に圧縮されて肉塊になった。
「やってやるよ!」
老人が死んだことを確認したレイは叫び、バイクのフロント部分に表示されたホログラムをタップする。瞬間、バイクの側面を覆っていた装甲が開いて格納されていた片手持ち用の短機関銃が飛び出す。
BAR-47でもなく拳銃でもない、バイクに乗りながらの戦闘のためだけに存在する武器だ。
レイは短機関銃を受け取る。するとすぐに側面の装甲は元通りになった。
そしてレイは短機関銃を背後の車両に向けて乱射する。短機関銃ということもあり使用している弾丸は小さい、加えて銃身があまり大きくはないため威力も出ない。加えて車の上から、それもゴミで足場が悪いため精確な射撃を行うことは困難。一か所に撃ち続けることも難しく装甲車両の防弾ガラスを割ることは出来ない――通常の物であったのならば。
撃ち出された弾丸は装甲車両のフロントガラスに命中し――貫通した。続けて放たれた弾丸もフロントガラスを貫いて運転席に座っていた警備隊員の額を撃ち抜く。数うちゃ当たる。レイはその精神で撃ち続ける。
本来、拡張弾倉を使っても50発ほどしか入らない。しかしこの短機関銃はBAR-47を改造した時のついでにモンスターも殺せるようにあの人が改良してくれた。装弾数、威力共に上がっている。旧時代の技術で作られた生物兵器のなれの果てを殺すだけのパワーがあるのだ、フロントガラスぐらい簡単に貫ける。
「っはっは!やったぜ!」
返り血でフロントガラスが赤く染まって、そして操作を失った装甲車両がゴミを踏みつぶしながら道を逸れてどこかに行って、横転すると共に爆発し爆炎を上げる。
レイは続けて後ろに並んで走っていた二代目に照準を定める。だがすぐに撃つのを諦めた。
「機関銃か――っ」
装甲車両の上部に機関銃が取り付けられている。あんなものを食らったらさすがに死ぬ。速度を上げると揺れが大きくなるが今は仕方ない。レイはそう決断してゴミ山に向かって速度を上げる。一方で背後からはレイを追うように機関銃に弾丸が降り注ぐ。
ここが荒野であったのならば危なかった。一直線の道であったのならば死んでいた。だがここはスラム。レイにとって最も馴染みのある場所で入り組んだ場所。
ゴミ山に突っ込んだレイはそのまま山を登ってジャンプする。そして小屋の上に着地するとまた走り出す。一方で装甲車両はそんなこと気にせずゴミ山を踏みつぶして一直線に近づく。
しかし――。
「っはっは。ここでやり合うんだったら俺の方が有利だ」
バチバチ、という音が響きわたるのと同時にゴミ山に火がついて、そのすぐあとに爆発した。
昔から変わってない。とレイは笑う。ここら一帯はガスボンベや爆発物などが不法投棄されている場所だ。スラムの住民もあまり近づかない火薬庫。
レイはゴミ山を駆けのぼる際に短機関銃をゴミに向けて乱射した。何かが起きてくれればいい、ぐらいの淡い期待だったが予想以上の結果となって現れた。装甲車両は爆発に対してもいくらか耐性はあるが、外に露出していた機関銃とそれを操縦していた警備隊員は熱で溶け、焼けた。そして爆発は一度だけではない。連鎖的に、まさに火薬庫のように連続で起こる。タイヤは焼け、装甲は熱で歪む。装甲車両は立て続けの爆発でとても走れるような状態ではなくなり、ゴミ山の中に取り残される。
「はっはっは!よし!」
レイはハイテンションで飛び散った火の粉を被りながらバイクを運転する。もうすぐでスラムから出る。事実上、マザーシティから出て荒野へと足を踏み入れることになる。
レイは物心がついた時からスラムにいて、そしてマザーシティで暮した。だから荒野へと足を踏み入れるのはこれが最初だ。
妙な期待感と高揚感を味わいながら、レイはスラムを抜ける。
地平線の先まで続く茶色の大地。緑一つなく、凹凸の一つもない。ただただだだっ広い空間がそこに広がっていた。
あまりにも雄大なせいで漠然とした不安感がこみ上げてくる、荒野はそのぐらいの規模感だった。レイはそんな光景に最初こそ興奮していたものの、すぐに心を入れ替える。
後ろを振り向くと何台かの装甲車両がレイの方に向かってきていた。
警備隊は都市を守る部隊、荒野までは権限がないので来れない。よって、ここでレイが逃げ切ってしまえば少なくとも警備隊からの追跡はなくなる。
これが最後の追いかけっこだ。
「ふは。いいね」
レイは口角を上げると短機関銃を発砲した。
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