第13話 終わりの始まり
マザーシティの東地区、主に中流層の者達が住んでいる住宅街から少し離れた繁華街。企業ビルが立ち並ぶ、そんな場所でレイはビルの屋上に待機していた。いつものように簡易型強化服と拳銃を持ち、加えて一発限りだが小型の電気銃を携帯している。
時刻は12時を回るかという頃。ジープから話しを持ちかけられた依頼を開始する時刻は近づいている。
レイの視線の先には一台の車が走っていた。乗っているのは三人、全員がサングラスとスーツをして、企業や都市役員の人間に見える。車が移動する度にレイも移動し、追跡する。
依頼内容は簡単だ。
あの車両が輸送している強化薬を奪うというもの。
力や回復速度、反射神経などの身体能力を一時的に引き上げるために、主に戦闘用に使われている錠剤型であったり注射器で直接打ち込んだりと色々な形があるが、それらすべてを合わせて強化薬と呼ばれている。
今回、レイが奪うのもその内の一つだ。
詳しい機能、名前などはジープから知らされていない。お前はただ薬を奪取する駒として動いてくれたらいい、ということなのだろう。レイも別に知りたいとは思っておらず具体的な作戦内容だけを聞いてここに来た。
奪取する機械は恐らく一度のみ、それも僅かな時間の間に行わなければならない。負けても死ぬし、時間をかけすぎても増援が来る。幸い、あちらも強化薬については秘密裏に事を進めたい案件らしく、周りで警備している者達はいない。事前情報でも、現にレイが周りを見渡す限りでもその姿は見えない。尤も、相手が光学迷彩などを使っていたら話は別だが。
「…………」
そろそろ、あの車両が止まる頃だと、レイがビルから降りる。簡易型強化服の力を遺憾なく発揮し、ビルとビルの側面を蹴って速度を緩めながら降りる。路地裏に着地したレイは車両が止まる場所に先回りして動く。
古ぼけた、すでに廃墟になったかのように見える一棟のビル。
フィクサーからの情報が正しければこのビルの前で車両が停車するはずだ。車両から降りてビルに入るその一瞬が勝負。
レイはいつものように、建物の陰に身を隠しながら拳銃の動作確認をして待つ。
車両はすぐに来た、大通りから離れて一歩奥に入ったこの場所に。するとすぐに車両の扉が開き、三人の男達が降りる。その中で後ろの席から出てきた一人の手には一つのスーツケースが握られていた。
事前情報でも聞いて、見た。あれが強化薬の入ったスーツケースだ。
それを確認した瞬間、レイは拳銃の引き金を引く。改造を重ね、威力が上がった拳銃から放たれた弾丸は精確にスーツケースを持った男の頭部に着弾する。
男は倒れ、他二人が走って向かってきているレイの方を向く。そして急いで拳銃を引き抜き――発砲する。それらの弾丸はレイに着弾こそするものの簡易型強化服の前に阻まれる。その隙にレイは近づき、至近距離から細身の男の顔面に向けて発砲する。
「やめろ!俺は――」
命乞いなんか聞いている余裕もなく、男は弾丸を頭部に食らい、血や脳漿をぶちまけながら倒れた。続けて大柄な男の方の対処をしようとレイが視線を移した瞬間、レイの横腹に強烈な衝撃が伝わる。
簡易型強化服を着ているのに、弾丸でもない只の蹴りなのに、レイの体はぶっ飛んで壁にめり込む。レイは今のでかなりの負傷を負ったが男がそれに構うことはなく確実に殺すために地面を蹴って突撃する。
大柄の体躯に見合わず、恐ろしく早い動きだった。
(こいつ、強化服か)
生身で簡易型強化服を着たレイに致命傷を与えられるだけの蹴りを繰り出せる人などいない。だとしたら、あのスーツの下に簡易型強化服を着ているのだろう。そしてそれは、レイよりも性能の良いものだ。
レイは男の突進を避けながらにそう思って、そして怯えることなく頭を回転させて打開策を考える。
簡易型強化服の弱点は頭部を守れないこと。当然、今レイが来ているように頭部まで隠せる簡易型強化服もあるが男が着用しているのはそれではない。主に要人警護などに用いられるものだ。強化服を着ていることが露呈しないように頭部だけ露出させている。
そしてそれが、最大の弱点だ。
レイは避けるとするに拳銃を構える――と同時に男が殴りかかってきていた。しかし拳が届くよりも弾丸が着弾する方が幾らか早い。レイは気にせずに男の頭部に向かって弾丸を撃ちこむ。生身の身体ならば弾丸は貫いて殺してくれる。
――そう、生身の人間ならば。
男の頭部に弾丸が着弾する――と同時にカキン、という金属音が響いた
(は、死んで。……皮下装甲か――!!)
弾丸が命中した右目付近は皮膚がすべてはじけ飛び、その裏の金属板は見えていた。
その金属板にレイの弾丸は阻まれた。
そして男は死んでおらず、避けることなど出来るはずがないレイの顔面に拳がめり込む。
簡易型強化服を着ていても、それは相手も同じ。レイは殴られる寸前に後方に飛んで、衝撃を吸収しようと試みたがそれでも衝撃によって簡易型強化服が少し壊れ、視界がぼやける。
だがそれは相手も同じだった。いくら皮下装甲をつけていようとただの金属板だ。銃弾の衝撃を吸収することはできず、レイと同じように男も倒れる。
(ふざけんなよ)
そして先に立ち上がったのはレイだった。男は気絶しているのか、白目をむいている。すでに戦闘不能だがレイは容赦なく、気絶した男の頭部に向かって拳銃を発砲し、確実に殺しておく。
弾丸が皮下装甲を貫き、完全に男を殺したことが分かるとレイはすぐにスーツケースの傍まで駆け寄る。ロックが外れてしまったようで、スーツケースは開いていた。中を見ると一つの強化薬が入っていた。注射器のような形の入れ物に容器が入っていて、中には緑の液体が入っている。
「…………?」
だが衝撃によってスーツケースの一部が壊れたのか、注射器を包んでいたマットが外れて、角の一部が浮いて底に空間があるのが見えた。
時間もないし、依頼品を弄るのは避けたかったが発信機などが入っていたら面倒になるため一応、マットを外して底を見てみる。
すると底には隠されるようにしてもう一つの注射器が入っていた。
フィクサーから回収して欲しいと見せられたのは緑の容器が装着された注射器のはずだ。事前に写真も見ているし間違いはない。しかし今、底にある注射器に創薬されていた容器の中には銀色、灰色、白色、それらに近しいが少し違う色をした液体が入っていた。
事前情報とは違うものにレイは頭を悩ませる。
しかし今は一旦ここから離れてこの薬のこともミナミに渡した後に訊けばいい。今悩むことじゃない――とレイは判断しスーツケースを持って立ち上がる。その時に右手の甲に表示されているパネルを見ると、簡易型強化服が損傷していると通達が来ていた。
恐らく先ほどの蹴り、殴りによるものだろう。弾丸を食らっても壊れなかったが、さすがにあれは耐えられなかったようだ。帰ってから修復しようとレイが歩き出す――ところでレイは違和感を覚えた。
敵はレイのものよりも性能の良い簡易型強化服に加えて皮下装甲も装着していた。
男達は三人組だった。その内二人は完全に死んでいることを確認している。だが最初に頭部を撃ったあのスーツケースを持っていた男は、あいつがもし皮下装甲で頭部を守っていたとしたら――。
「やば――」
レイが振り向いた瞬間、数発の弾丸が顔面に命中する。火花と衝撃でレイの視界がくらみ怯んだところで、腹部に強烈な衝撃が走った。スーツケースを握ったまま、レイの体は後方に飛んで、二回ほど跳ねた後に止まる。
強烈な鈍痛と視界のぼやけとが一気にレイのことを襲い、また簡易型強化服の機能のほぼすべてが停止する。そんな中でもレイが休めることはなく、地面に伏せるレイに向かって数発の弾丸が放たれる。機能が停止した今、簡易型強化服の防御性能は素の布一枚ほどしかなく、防護服と合わさって弾丸を通すことはないが、衝撃がもろに肉体へと入る。
そんなレイを見て好機と思ったのか、顔面の半分が金属板で覆われた男が地面を蹴って近づく。だがレイが咄嗟の判断でスーツケースを男に向かって投げたことでその歩みは止まる。
このスーツケースは、正確に言うとスーツケースの中に入っている薬は大事なものだ。もしレイが投げて、そして落とした衝撃で壊してしまったら――と考えたのだろう。
だから男はスーツケースを抱え、持つために一瞬、足を止めた。
そしてスーツケースの中を確認する。マットに包まれるようにして一つ目の注射器。そして底にもう一つの注射器が――なかった。
「どこだ!」
男が叫び、レイを見る。するとレイは膝立ちになりながら左腕に注射器を打ち込んでいた。
「一本ぐらいいいよな」
フィクサーには注射器一本の回収しか言われていない。だとするのならば一本ぐらい、自分のために使ってもいいだろう。これは強化薬、現状、簡易型強化服を着たこの男を殺すために必要だ。
そしてもし使ったとしてもフィクサーに露呈することはなく、その上、もう一個の注射器さえ回収してしまえば依頼された内容は完遂している。
「やめろ!それはまだ試作品!それにお前如きコソ泥には――」
こうしないと俺が死ぬのだから仕方ねぇだろ、と内心で呟きながらレイが注射器を刺す。
そして容器の中の液体が減っていくのを見た男が話すのを
だが蹴った時の感触がおかしかった。
肉体を蹴った時のような柔らかい感触ではなく、壁や岩を蹴っているような、そんな違和感。
悪寒を覚えた男が追撃を行おうとすると、レイも立ち上がって顔を上げた。そして男は苦虫を嚙み潰したような顔をして、呟く。
「生きてる……まさか、適合したのか」
男の頭の中に様々な思惑、考えが湧き出る。だがそれらに対して深く思考することは許されなかった。
レイが走り出し、男が構える。
一瞬の攻防。
男が右の拳でレイを殴りつける。しかし避けられ、伸びきった右腕の肘を下から殴られて、いとも簡単に右腕が折れた。簡易型強化服を着ているはず、そしてレイは今、ほとんど生身のはず。
(身体能力の向上――本当に適合したのか――ッッ!)
男はレイのことを蹴り上げようとするが避けられ、首に足を絡められる。首の辺りには皮下装甲も簡易型強化服でも保護されていなかった。レイが足を捻って、体を動かすと男の首を簡単に折れて――絶命する。
ただ一人、三人の敵を殺し終えたレイは一言だけ呟く。
「これが強化薬か」
体は異常なほど軽くなり、痛みはなくなった。初めて簡易型強化服を来た時のような違和感はなく、自然と、元からそうであったかのように体が動いた。強化薬は高価であるため今まで一度も使ってこなかったが、ここまで飛躍的に効果として現れるものなのかと、それともこの薬がたまたまそうであったのかなどスーツケースを拾い上げながらレイは考える。
だが強化薬を使った弊害か、それともそれ自体に対する懸念からか、レイは少しの不安感を覚えていた。
例えばこの強化薬を使って良かったのか、だとか。効果はいつまで続くのか、だとか。後遺症はないのか、だとかのことが頭の片隅にあった。他にも、負傷こそして、死にそうではあったものの、高すぎる報酬に対していつもよりも依頼が上手くいきすぎているような気がしていた。
本来ならば、そう言ったことはない方がいいのだが、報酬が高額な依頼となるといつも予想外の事態に直面する。アリアファミリアの時も、その他の時も。だが今回は、形容がし難いが、手はず通りに事が進み過ぎていて逆に不安だ。
こうなってくると強化薬のことや輸送している人々に関してのことなど、もっとミナミに訊いておけばよかったと、レイは頭を抱える。
だがここにいつまでもいることは出来ないのでレイはスーツケースを持って指定場所まで足を進ませる。
言いようのない、だが何故か確信のある不安と危機感に焦りを感じながら。
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