第12話 ニコ・フェリカ

 リリテックアカデミーの食堂で、いつものようにレイとニコが話していた。


「機械工学の課題やった?」


 ニコが背筋を伸ばして、だけど面倒そうにため息を吐きながら言う。


「まだ、忙しかったからな……期限は明日だろ?」

「うん……でもさ、レイが取ってない講義なんだけど、それの課題もあってちょっと大変なんだよね」

「でも機械工学とそれとで二つぐらいだろ?すぐ終わるだろ」

「いやさ、そういうわけにもいかなくってね」

「家に帰ってからなんかあんのか?」

「うん、ちょっとね。親の仕事……というか企業のパーティーみたいな。あれって疲れるし時間も取られるんだよね。最近、そういうのが重なってて、時間が取れなかったんだよね」

「そうか、大変なんだな」

「あれ?レイは家に帰っても暇なの?」

「ん……まあ、学費のために仕事したり、洗濯したりって感じか?」

「ああ。そういえば一人暮ら……」


 スラム出身のレイに親はいない。生きているのか死んでいるのかも分からない。そしてそのことはニコも知っていた。いくら天然なニコでもさすがにこの話題は避けた方がいいと、口を紡ぐ。


「……はは。別にいいよ、そのぐらい」

「あははー」


 レイは笑いながらそう言ったがニコは苦手な嘘笑いをする。そして話題を少しずらした。


「あれ、仕事って。何個も掛け持ちしてるの?学費高いよね、レイは成績優秀者で少し免除されてるけど」

「ん……まあいろいろとね。忙しいけどなんとかって感じだな」

「そうなんだ……ちなみにどんなことしてるの?」


 レイが僅かに、ニコに気づかれないぐらいに表情を歪めた。


「……そうだな。飲食店とか警備とか……」


 ニコは「それで本当に学費が払えるほど稼いでいるの?」とでも思っていそうな顔をレイに向ける。


「あ……あとそうだな。プログラムを組み立てたり機械直したり……?」

「へえーそうなんだ。色々やってるんだね。でも大変じゃない?」

「……まあ、それでも一応、今までやれてこれてるしな」

「……確かにね。だけどもし大変とかだったら、親に頼るようで悪いけどいい仕事紹介させてあげれるよ?」

「いや、さすがにそこまでしてもらうのは申し訳ないかな。それに今のままでもやれてるしね」

「そう……」


 笑顔を浮かべるレイとは対照的にニコはどこか、疑いの目をレイに向けていた。


「レイ、最近なにかあった?」


 食器を置いて、レイの目をじっと見つめながらニコが問いかける。いきなり、本当に前触れもなく突然、そんな質問を投げかけられたレイは苦笑いを浮かべながら答える。


「なにかって……俺なんか変わったか?」

「え……まあ、だって言っちゃ悪いけどいつも料理頼まないよね」


 いつもならばこの食堂で、ニコが料理を食べてレイはそれを見ながら話をする――というのがいつもだった。しかし今はレイの目の前にも料理が置かれている。これはニコが頼んだわけでもなければサービスでもない、レイが頼んだ品物だ。


「ああ。それはただ単に少しお金があって、腹も空いてたからな」

「でも、最近いつも頼んでない?ああ、別にそれがおかしいんじゃなくて、なんか……」

「…………?」

「あの日、車に轢かれた時からなんか違和感あるんだよね。もっと具体的に言うと、その何日か後ぐらいから」


 ニコは天然だが、変なところで鋭い。


「あれから傷だらけでアカデミーここに来ることも増えたし、なんか顔色悪いし。仕事頑張り過ぎなんじゃないかと思って」


 そして痛いところを突く。


「それに、本当に轢かれたの?みんなはそこまで気にしてなかったけど、僕はちゃんと見てたよ、ねぇ、本当にあれは轢かれた後の傷なの?変じゃない?」


 レイは苦笑いを浮かべたまま、そして嘘つきの顔をして、企業のパーティでよく見るような作り笑いを浮かべて弁明した。


「ああ。轢かれた。縦に長い大型の高級車に道を歩いてたらな。あれは100パー相手が悪かった」


 確かに轢かれた。嘘は言っていない。だがニコの言葉を正確に受け取るのならば、いや普通に受け取ったのだとしたら、レイは嘘をついている。


「ふーん、そうなんだ。まあいいよ。だけど無理はしないでね」

「分かった」


 何か抱えていそうな感じではあるが、ニコは一旦追及を止めてくれた。

 だがこのままではいつか、レイが傭兵として金を稼いでいることが露呈してしまうかもしれない。

 もしその時が来たのだとしたら、言い逃れは出来ないだろう。だがたった一人の友人、信じてみてもいいのかも知れない。


(まあ……少しぐらいな)


 フィクサー、ジープから直接依頼された仕事の決行日時まですでに二日を切っていた。

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