第11話 破滅への狼煙

 深夜。夜の繁華街。

 大通りを行き交う人混みに紛れて一人の少年が歩いていた。頭からつま先までタイツのような服を着て、その上にジャンパーのような防護服を羽織っていた。他には拳銃を携帯しているが、スラムでは普通のことなので周りと比べた時にこれと言った違和感はない。

 しかし、傭兵や武器、装備の製造に関わるのもならばその違和感に気が付くはずだ。

 ジャンパーのような防護服によって隠れているが、男が下に着ているタイツのようなものは、主に激しい戦闘の際に使用されるだからだ。

 強化服――またはパワードスーツとも呼称される外付けの拡張器具。少年の着ている簡易型強化服は一般的な、普通の強化服の廉価版だ。本来の強化服には電磁装甲などが付いているため外見はもっと物騒で一目でそれと分かる。加えてそれらのハードウェアの他にも対応した射撃補助や音響マッピング、熱源探知などのソフトウェアを搭載している。

 一方で簡易型強化服はタイツのような見た目で当然――それらの機能は有していない。射撃補助や音響マッピングなどのソフトウェアを搭載するにはそれ相応の対応する機器が必要となるが、簡易型強化服にはそれらを搭載できるだけの空きが物理的にない。加えて、簡易型は単純な出力やその限界が低く、また壊れやすい。そして防御性能にも劣る。

 利点があるとすれば値段が安く、着用しやすく、少年のように上から服を着れば簡易型強化服の着用が露呈する心配がなくなるぐらいなものだ。また、そのために簡易型強化服は主に周りに悟られたくない、要人の秘密裏な警護などでボディガードに使用される。

 尚。

 護衛する要人の立場にもよるが、ほとんどの場合、その際に着用される簡易型強化服は、普通の強化服と遜色のないほどの力があるものだ。ただし、機器を搭載できる空きが少ない簡易型強化服の性能を上げるのには莫大な費用がかかるため、値段は普通の強化服と遜色がないほどになっている。

  

 少年はしばらく歩いた後に立ち止まり、目の前の建物を見る。

 そして一度、右手の甲に埋め込まれたパネルを見てから送られてきた地図の場所と照らし合わせる。

 少年――レイは拳銃の動作確認を行い、仕事へと移る。


「お、おめま――」


 レイが建物に近づくと、建物の入り口を警備していた者と目が合う。その瞬間、レイが襲撃者だと直感的に分かった警備員が拳銃を向けるが――すでに遅く、レイに頭部を貫かれて撃ち殺される。

 レイは死体を横目に隣を通り過ぎて、建物の正面入り口をこじ開けて中へと入った。

 すると見えてきたのは、天井からぶら下がるようにして設置されたターレット。外敵を食い止める、または排除するために設置された防衛機能の内の一つだ。そして、当然ながら敵であるレイに向けてターレットは弾丸を放つ。

 しかし、簡易型強化服による身体強化によってターレットが照準を合わせるよりも早く動き、力づくでぶら下がったターレットを取り外して破壊する。レイはターレットの残骸を投げ捨てると、目の前の厚い扉をこじ開ける。


「あいつだ――!」

「殺せ!」

「早く場所を移せ!」


 すると、中で待機していた敵傭兵がレイに向かって突撃銃を乱射する。しかしレイの肉体に直接、弾丸が着弾することはない。そこらで売られている、対して性能の良くない突撃銃では簡易型強化服を貫くことは出来ないし衝撃もすべて吸収されてしまう。加えて上に着ている防護服もこれまでの物とは異なって、耐久性に優れた物となっているため、敵が持っている程度の突撃銃ではレイに負傷を与えることは出来ず――簡易型強化服の性能と積み上げてきた戦闘技術によって、敵は殺される。 

 殴れば歴の胴体に穴が空くし、蹴れば真っ二つになる。それほどまで簡易型強化服の性能は優れていた。


「クソg――」

「こいつ、ぶ――」


 仲間がやられたことにより敵意をあらわにしてレイに射撃する。しかし撃ち出された弾丸はレイに命中することはなく、壁に着弾する。


「こいつどこ――」


 すでにレイは男の背後に移動していた。照準器を覗き込む必要もないほど近くで、レイは斜め下から男の顎辺りに発砲する。骨の欠片や肉、血が飛び散って辺りに散乱し、レイは死体となった男の体を思い切り蹴って前方の敵にぶつける。

 これまでのように生身であったのならばただの足止めにしかならなかっただろう、しかし簡易型強化服を装備した今は違う。レイに蹴られた死体は高速でぶっ飛んで前方の敵にぶつかると体が潰れる――とまではいかなくともしばらくは動けないだけの衝撃を与える。

 また、拳銃の弾が切れると弾倉を交換することもなく殴って敵の頭部を吹き飛ばす。簡易型強化服によってあらゆる動作が強化され、もともとの戦闘スキルに合わさって、現時点のレイに対処できる敵は一人もいなかった。


「やめ――」


 中にはレイが簡易型強化服の出力を間違い、本意ではなかったが間違って敵に突進してしまいそのまま吹き飛ばすということもあった。

 だがレイが操作になれないのも仕方がないことで、簡易型強化服や強化服などを使用すると強化された肉体性能に認識が追い付かず、誤って物を破壊してしまうことがある。レイはそれを物ではなく人でやってしまっただけだ。

 そしてレイは毎日、この簡易型強化服を着ているというわけではなく、仕事がある日だけだ。これだけ使いこなせているのは異常ともいえる。


「…………」


 フロア一体の敵を殲滅すると、レイは建物の二階に上がる。

 上には敵が銃を構えて待っていたが気にすることなく特攻をしかける。何かない限りは簡易型強化服と防護服がレイのことを守る。

 搭載された防御機構によって守られ、またレオも弾丸を受けないように動き回る。いつもと変わらない、だがいつもよりも無茶が出来るようになったレイは一瞬で敵を片付ける。


「まだだ」


 レイは呟き、進んだ先で次の敵を片付けていく。それを繰り返し、建物内のすべてを血に染めて。


「はぁ……」


 やっとすべてが終わった。


「まだか」


 レイには最後、やるべきことがある。この依頼で最も大事なことだ。レイは最上階まで上がると一層に分厚い扉の前に立った。


「う。――が」


 そして力を入れて扉をこじ開ける。扉の先は誘拐したとみられる複数の一般市民がいた。この中にレイの依頼の主である救出対象がいる。


「サンド・ポグバレンはいるか」


 レイの声に反応するものはない。それどころかレイに怖がったような視線を向けている。


(なんだ……あ)


 レイはすぐに原因に気が付いた。だが現状どうすることもできなかったのでそのままに続ける。


「すまない。もう一度言う。サンド・ポグバレンはいるか」


 よくよく考えるとレイは血まみれで、そして人殺しの雰囲気を漂わせていてまるで――彼らを攫ってきた人たちと同類、仲間に見られていたのだろう。だが、だからってどうすることもできない。

 血だらけの者に名前を呼ばれるこの状況、何されるか分かったものではない。救出対象が名前を上げないのは無理のないことだった。


「……お前の父親に依頼されて助けにきた。ここから少し離れた場所に車が待ってる。もう一度言う。サンド・ポグバレンはいるか、救出に来た」


 何回か、そんな風に言ってレイが無害な人間だとアピールして、そして緊張感も解けてきた時に部屋の中にいた一人が怖がりながらも名乗りを上げて、レイの方へと来た。


「僕です」

「サンド・ポグバレンだな」


 出てきたのは小太りの少年だ。着ている服からしてどこかの役員の息子だろう。顔と名前が致したため、レイは少年を連れていく。


「外でお前の親父さんが待ってる」

「は……。はい。ありがとうどざいます」

 

 レイが怖いのかサンドは顔を合わせない。

 だがこの反応も仕方がないものだとレイは割り切っている。すでに、手は汚れていて、もうどうしようもないから。

 レイは淡々と仕事をこなすように、少年を指定の場所まで送り届けた。


 ◆


「報酬は受け取った」

「今回は本当にありがとう。では」


 依頼主であるサンドの父親と手短に報酬の支払いなどを済ませる。するとサンドの父はレイが怖いのか足早に車に乗って、いなくなる。


「そんなに怖いか?俺。嫌だな、それは」


 去っていく車の見つめながらレイが呟いた。そうして一人になったレイはすべての仕事を終えたため家に戻る。多額の報酬が入り、簡易型強化服の置き場も必要になったため前までのような安宿ではなく今は少し高いとこのに住んでいる。

 

(こいつの掃除もしないとな)


 血だらけのパワードスーツを洗わなければならない、そんな面倒くさいことを考えながらレイが歩く。すると通信端末が震えた。

 レイが通信端末を取り出して見てみると誰かからの着信が来ていた。知っている番号だった。


「ミナミ、なんだ」


 レイが電話に出るとミナミに問いかける。しかし、いつもとは違い、すぐに返信は返ってこなかった。


「……なんだ、ミナミどうしかしたのか?」


 それでもすぐには返ってこなかった。だが少しして抑えたような笑い声が聞こえてきて――そして応答した。


「仕事を頼みたいんだけど今いい?」

「――誰だお前」


 通話相手――少なくとも通信画面に表示されていた名前は『ミナミ』だった。番号も同じだ。しかし出てきたのはまったく別の人物。ボイスチェンジャーを使って、女か男かも分からない。そして声の抑揚や話し方など確実にミナミではない。

 レイは顔を険しいものに変えて相手からの返事を待つ。


「……んー。まあそうだね。君と話すのはこれが初めてだ、確かに仕方がない。ただミナミは今いないし、お願いするのも忍びないしね」

「…………」

「僕は。知ってるでしょ?」

「ジープ? お前が?」


 フィクサー、ジープはレイにいつも依頼を出している人物だ。何か用件がある時はジープの部下であるミナミから伝えられている。明らかにおかしな状況、レイは少し混乱する。


「うん。こうして話すのは初めてで、僕がジープであると証明する手段なんてないけれど、少なくとも今はミナミの通信端末からかけているだろう? それだけのつたない信頼だが、僕の話を聞いてくれるかい?」


 確かに、相手がジープであると決まったわけでもなく、それを証明する手段があるわけでもない。ただ、ミナミの名前を知っていることや表示される名前など、偽装ができるものなのかもしれないが、少しは信頼しても良いものだった。

 そしてもし、通話の相手がジープだと仮定すると、なぜいきなり直接電話をかけてきたのか全く持って理解不明だ。それだけ重要な案件だということか。


「分かった。一応、聞いておく。だが、後でミナミから確認の電話をかけてくれ、じゃないと信用ができない」


 通話先から返答が返ってこない、レイは眉をひそめて言う。


「早くしてくれ、これからやらなくちゃいけないことがあるんだ」

「やらなくちゃいけないことって、その血まみれのパワードスーツを綺麗にすること?」


 レオが通信端末を耳に当てたまま周りを見渡す。しかし人影はない。


「なんで知っている」

「別に。ただ監視カメラから見てるだけだよ。君からじゃ少し見にくいところにあるかな?」


 一体何がしたかったのか、お前のことはいつも見ているからな、とでも脅したかったのか。レイは確かな不信感を持ちながらも、一旦はそれを隠して訊き直す。


「用件はなんだ」

「あはは、焦らないでよ」

「……」

「……よし、じゃあ仕事についてだ。もしかしたら他のフィクサーも動いている案件かもしれないから、こうして急いで連絡しているわけだけど、君にしか頼めない。ちょうど知っている傭兵が死んだり、死んだり、死んだりして頼める人がいなかったんだよね」


 だとすると。

 ジープはレイに電話をかけてくる前に何人かの傭兵に依頼を持ちかけていそうだ。腕のある傭兵がそう何人も一日で死なない。レイよりも実力のある傭兵が数えきれないほどおり、ジープはその内の何人かに依頼を引き受けるよう言ったはずだ。しかし死んだり――つまりは断られたのだろう。


 レイは――あの時、車で引かれてからから意識を変えた。

 結局、あの後は治療費の請求をあの車の持ち主にすることは、立場の格差があったために出来ず治療費を自費で賄うことになってしまったし、それで報酬の一部が消えた。

 だがこんなことはよく起こる。それがマザーシティだ。油断した方が負け、慢心しておごったら蹴落とされる。レイは弱者の立場で、スラムで生きてきた頃からその原理を身に染みて味わってきた。

 だから誰にも指図されないよう、このようなことがないよう這い上がろうとしていた。金を稼ぎ、教育を受け企業に就職する。それでやっと、このマザーシティで大人になれる、人間になれる。

 だからレイは努力してきた。どんな汚れ仕事でも受けてきた。

 だが最近はそんなこともなくなってきて、確かに金銭面では逼迫していたが、それでも満足のいく生活が出来ていた。だからだろう、慢心があった。昔のような貪欲さが無くなっていた。金が入れば武器を買い替え、装備を新調し、さらに難しい依頼へと身を投じる。

 車に轢かれた、あの些細な出来事でレイはそんな簡単なことに気が付いた。

 だから大金を叩いて簡易型パワードスーツを買った、つまり仕事道具を買ったのだ。より難易度の高い依頼を受けられるように。今までのように金を貯めて安定した生活を送ること目標としていたレイではない。昔のようにがむしゃらに生きていくことを選んだ。

 そのが装備の新調として結果に表れていた。

 そしてその変化にフィクサーが気が付かないわけもなく、またレイが依頼を受ける回数も請けたいと提案することも増えたため、ジープもさらに多くの仕事をレイに依頼した。

 今回もそうだ。何人にも断られてた仕事を最終的に、金が必要でどんな依頼でも引き受けてくれそうなレイに頼んだ――ということなのだろう。


「断られたってことか」

「まあ、言い換えればそうかな」


 腕のある傭兵が断ってきた依頼。かなり危険な依頼なのだろう。レイは事前に楔を指しておく。


「なんでも引き受けられるわけじゃないぞ」

「あはは。分かってるって。ただまあ、当然だけど報酬は高いよ」


 簡易型強化服やその他の装備を買ったためにレイは今、金欠だ。そもそも治療費を二回も払ったせいでほぼお金がなかった。すでに学費を払えるだけの金が本当にぎりぎりしかなく、またそこから他の生活費、銃の弾薬代に整備代などが加わる。金は無限に必要だ。たとえ、それがどれだけ危険な任務であっても。


「分かった。話だけは聞く」

「そう、それは良かった。暗号化されたプロファイルがすでに送られているはず。それを見て」


 レイは人通りの少ない道に入り、周りを確認してからファイルを開く。


「……また企業がらみか、それも相手は……報酬と釣り合ってないぞ、これは」

「大丈夫。提示されている報酬からさらに引き出す予定だ。最終的な報酬はその倍額になると思って貰っていい」

「…………」


 首をかいて、面倒そうな顔をしながら頭を回す。金は必要だが、必要なのだが果たしてメリットとデメリットが釣り合っているか。

 

「レイ」

「…………」

「一年……いや二年分の学費に相当する報酬だ」

「…………」

「――必要なんだろう? 金が」

「……ッたく」


 レイがファイルを閉じる。そして首をいつもよりも強くかきながら、不満も込めて言った。


「分かった。引き受ける」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る