第9話 ラーリ・フェルトマン

「目障りなんだよ――!」


 少しの機械化手術によって強化された蹴りがレイの腹部に入る。ラーリは軽蔑した視線を向けながら、腹を抱えて壁に寄りかかるレイを見る。レイは顔も足も腹部も、全身を怪我していた。理由は単純だ。病院で治療を受けはしたが、アリアファミリアとの戦闘で負った傷をまだ回復しきっていなかったからだ。

 だがそんなことをラーリが知るわけもなく、取り巻きの二人といつものようにレイに暴行を加えていた。


「なんだその怪我?ちゃんとした治療を受けなかったのか?確か車に轢かれたそうじゃないか、それで死ねば楽だったのにな!」

「…………」


 レイは車に轢かれてこの怪我をした――と表向きはそうなっている。フィクサーから仕事を請けて徒党と戦って何百人という規模で人を殺したと、言えるはずがないからだ。

 車に轢かれた、というかなり短絡的で安直な、本当かどうか疑われやすい理由だが、学校への言い訳とアリバイはレイの事情を知っているフィクサーが報酬を払うついでに行ってくれた。


「そもそもお前みたいな奴がどうやって治療費を払ったんだ?――あ、おお?わかったぞ。格安のプランで治療を受けたんだな?だからまだ怪我が残っているのか?」


 ラーリの言っていることは合っている。ポテンタワーから出た後、レイは最も近い病院に行った。当然、保険や社会保障を受けられる立場ではなく、また加入もしていないため法外ともいえる治療費を請求された。

 治療には幾つかのプランが提示されていた。『満足プラン』とか『王様プラン』だとかのふざけた名前のものではあったが、金銭面と負傷を加味してレイが現実的に受けられるのは最安のプランだけだった。 

 当然、治療費は安い。だが値段相応の治療しか行われない。体内に残った弾丸を摘出するので払った分の金のそのほとんどが使われ、残りで特に酷い外傷の治療を受けた。しかしすべてに対して治療するわけでは当然なく、こうして腕と足には包帯を巻いているし体の至るところに傷口を保護するために衛生材料が貼られている。不満は残るが、レイにはこれしか選べなかった。

 格安のプランだがレイによっては大金。今回の報酬、その三分の一に相当する額だ。

 学費と生活、そして精神を安心させるために金は出来るだけ持っておきたかった。だからレイは最安のプランを選択した。

 少し痛みは残るが日常生活に支障をきたす程ではない――とレイは思っていたがのだがラーリこいつの存在を忘れていたと内心でため息を吐く。


 実際、体中傷だらけで煽れる話題しかない。

 だが、今の負傷した体でいつまでも言いようにされていては体が持たないのも事実。

 レイは壁に手をついて立ち上がりながら言う。


「うるせぇよ。なんでこんなことするのか分からないが、いい加減やめてくれ。お前……前に言ってただろ、住む世界が違うだとかなんとか、だったらわざわざ俺に関わる必要ねぇだろ」


 ラーリはわざとらしく口を尖らせて、笑いながら、レイに指を向ける。


「まずだ、じゃない。僕にはラーリ・フェルトマンという大事な名前があるんだ。そして知って欲しい。僕はみんなの為に、そして君のためにこうしているんだ」

「あ?」

「分かるだろ?僕と君では住む世界が違う。それはクラスにいる者もそうだ。はっきりって君はノイズでしかない。皆に悪影響を及ぼすガンだ。制服すら買えない、そんな貧乏人が学費を本当に学費を払えているのか甚だ疑問だが、君は僕達クラスにとって邪魔でしかない」

「…………」

「ああ、怒らないでくれよ?別に君個人に何かあって、こうしているわけではないんだ、誤解は良くない。僕は貧乏人がこのアカデミーにいること自体が不愉快なんだ。だってほら、明らかに異物だろう?皆が制服を着て一流の立場だ。なのに君は――ふは、制服もない立場も権力もない。コース料理にいきなり、食べカスとかゴミとかが出てきたらおかしいだろう?食欲も――勉強する意欲も失せるというものさ」


 ラーリが突然、吹き出す。


「あ――っはあっは!すまなかった。君がなんで不思議そうな顔をしているのかと、貧乏人の気持ちが分かる必要もあるかなと考えてみたんだ。ああそうだったね、君は高給ディナーなんて食べたことがなかった。失敬失敬、失念していたよ」

「つまり、何が言いたいんだよ」

「ん?分からなかったかい?そうだった……君は少しね、頭の具合が……ぷふ。まあいい、僕がかみ砕いて教えてあげよう。つまりだ。君はこのアカデミーに相応しくない。だから、皆に悪い影響を与えないよう僕が代わりにこうして、君が退学しやすいような環境を作っているんだよ?分かったかい?」


 かがんで、下から煽るように覗き込むラーリ。レイはため息交じりに「みんなのためにか」と誰にも聞こえないほど小さく呟く。そしてラーリと目を合わせた。


「殊勝なことだな」

「ああ?」


 突発的な怒りに身を任せて突き出してきたラーリの足を、レイは怠慢な動きで避ける。


「お前、なに避けてんだ」

「……もういいだろ。お前も、俺も暇じゃない」

「そんなことは知らないね。あと僕はラーリ――おい、ちょっと待て!」


 ラーリの脇を腹を抱えて歩き去ろうとするレイを呼び止める。続けてラーリの取り巻きがレイのことを取り囲んだ。


「お前のそういう……スカした態度が気に入らないんだよ」

「疲れてんだよ。この怪我だぞ、無理に体力を使いたくない」

「――――そういうところだっつってんだろ!」


 ラーリが懐に手を入れて、何かを取り出そうとする。レイはそこで初めて表情を崩してその行為を止める。


「やめろ!ここはアカデミーの敷地内だぞ!それに――」


 拳銃そいつを向けられたら――と話そうとしたところをラーリに上から被せられる。


「うるせぇえんだよ!お前はこうしてもまだ――」


 何処から持ってきたのか、どうしてアカデミーの中に持ってこれたのか、レイは拘束で頭を回転させながらどうすれば良いかを考える。しかしラーリが拳銃を引き抜こうとするのも、レイが考えるのも次の講義を知らせるチャイムによって制止された。

 ラーリは地面を蹴って、唾を吐きかける。


「――っち。明日には辞めろ。このクズが」


 懐に入れた手を抜いて、そしてチャイムが鳴った拡声器の方に恨めしく視線を送りながら、ラーリはレイにそう言い残して去っていく。

 ボファベットの修理に使う機材などが置かれたアカデミーの倉庫裏で、一人になったレイはため息をついた。そしてなんで、こんなことのためにアカデミーに通っているのか、そんなことを自問自答する。


(…………いや、違うか。俺の為か)


 そう自分を納得させたレイは足を動かして教場へと向かう。


「ったく。いてぇ……」


 治り切っていない腹の痛みに顔を歪めながら。

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