第8話 外骨格強化装甲

 レイが砂埃舞う中を走り、部屋の中に駆け込む。

 正面での戦いは分が悪すぎる。まずは対策を考えなけれ――。


「オラよ!」


 呑気に作戦を立てている時間などあるはずもなかった。煙幕でレイの姿が視認しにくかったとしても、外骨格強化装甲に搭載された高感度カメラであれば容易に視認出来る。

 レイが部屋に逃げ込むのも当然、アリアは確認していた。

 壁を突き破り、その奥にいたレイを捕らえると右腕に装着された機関銃を向ける。弾丸一発一発が大きく、威力はけた違い。もし人体に一発でも当たれば体に穴が空いて死ぬ。掠っただけでも致命傷は避けられない。

 だからと言って打開策はない。ただ逃げるのみだ。

 レイは壁を突き破られた時に飛んできた瓦礫で負傷しながらも背を低くして煙幕の中を逃げる。その後を追って機関銃の弾丸が壁に着弾する。しかしレイに当たることはない。

 地面を蹴って飛んで、部屋から逃れたレイは休むことなく走り続ける。外骨格強化装甲のカメラであればレイのことを視認しているのは当然のことであり、相手の方が移動速度も速い。

 今の内に距離を稼ぐだけ稼いでおいた方がいい。

 それに最上階は部屋が少なく、また狭い。レイの方が不利だ。下層とは言わずせめて中層階ぐらいには逃げて、そこで戦わなければ勝機はない。

 

(――ったく。どこであんなもん手に入れたんだ!?)


 レイは走りながら自らの不運を呪う。

 アリアが乗っていた外骨格強化装甲は軍事企業であるハップラー社が作り、売り出しているものだ。入手、所有は許可がなければならず。また値段も高い。そして外骨格強化装甲あれは個人や徒党に売り出していいものでもない。商売相手は都市や同じような大企業だけだ。

 また都市も一徒党が力を持ちすぎるのを危惧しているためこういった兵器を売り出すのを規制している。なのになぜ持っているのか――秘密裏に売買を行ったとしか思えない。前のラフラシアの件と言い、依頼に企業が絡み過ぎている。

 それに最近聞いた話では、ハップラー社は薬剤、生物兵器の方面にまで手を伸ばし始めたらしい、そして製薬会社の作ったラフラシアの情報漏洩。偶然、では済ますことができない必然を感じる。

 厄介な依頼だと、レイは舌打ちをする。そして依頼金が高額であった理由も――今なら分かる。そう単純な依頼ではなかったということだ。

 通路に出て、レイは階段に向けてまた走り出す。後ろからは壁の崩れる音と声が聞こえた。


「おいおい!逃げんじゃねぇよクソが!」


 レイが階段を降りようとしたその時、真上を巨大な物体が飛んでいって階段を付近に落下した。衝撃により階段は崩れ最上階一体が揺れる。


「お前はよぉ!ここか崩れたら死ぬかも知んねぇが!俺はこいつのおかげで無傷だ!アリアファミリアは崩壊した。だからここが壊れてもいい!被害なんて考えねぇぞ!だから――逃げんじゃねぇよ!」


 たった一つだけある階段は崩れ、もう下の階へは行けない。もし降りれるとしたら真ん中の空間に身投げするぐらいなものだ。だがそんなことをしたら潰れて死ぬことは分かり切っている。だとしたら――。


(仕方ねえ。正面からやりやうしかねぇか)


 今ここでアリア・リーズを仕留めきるとレイは決意した。

 心を入れ替えてからの行動は早かった。機関銃を向けようとしているアリアに向かって手榴弾を投げ込む。機関銃がレイに向けられ、弾丸が放たれる――というところで手榴弾も爆炎をあげながら空中で爆発する。いくら装甲をつけていようと至近距離からの爆破を耐えられるわけもなく外骨格強化装甲の一部が破損する。爆炎により視界が遮られ、爆風によって体勢が崩れたため、機関銃から放たれた弾丸はレイには当たらずに周辺の壁や地面、柱に着弾する。その時にはすでに走り出していたレイが外骨格強化装甲の足元付近まで移動すると、さらに手榴弾をアリアが乗っているであろう操縦席の付近に投げる。

 本来ならば使いたくなかった手だ。ポテンタワーは改修、修繕がされているとはいえ経年劣化をもろに食らっている。大きな衝撃が加われば崩れるかもしれない。だがそんなことも言ってはいられないことも事実。どうなるかは分からないが、持ち得る策をすべて使い全力で対処する。それがレイの考えだった。


「クソがてめぇ!ちょこまかと――ッッ!!」


 アリアが叫ぶ。しかしその声は手榴弾の爆発によって消える。持ってきている手榴弾は三つ。その内二つを使ってしまったが仕方がない。出し惜しみをしていても意味はないし、全力でやらなけば殺される。

 爆風と爆炎が辺り一帯を支配し、アリアがレイに対しての恨み言を叫ぶ中、レイはある一点の場所に向けて突撃銃の狙いを定めた。

 それは操縦席の付近、だが見えないように隠されていた場所。高感度カメラが内臓された部分だ。外骨格強化装甲につけられたカメラは全部で二つ、後方の確認用と前方の確認用だ。

 まずは前方のカメラから潰す。 


(行けるか?)


 爆炎が陽炎かげろうのようになって、辺り一帯が歪んでいるように見え、また土煙によって視界が阻害されている。狙うべきカメラは小さく、手のひらほどの大きさだ。

 正確に狙いを定めて撃つ時間はない。動きながら、場所を悟られないよう急いで、撃つしかない。

 レイは物陰から、そして移動しながら突撃銃を発砲する。


「――――クソ野郎が!そこか!」


 しかし、アリアに気づかれた際に、弾丸が機関銃の先端部分に当たり着弾することはなかった。


(……ッチ)

 

 レイは舌打ちをして場所を移す――が機関銃が襲う。

 弾丸がレイの隠れていた柱を粉々に破壊し、レイは逃げるように横に飛んだものの隠れられる場所も少なく、また姿を眩ませられるような策もなかった。


「おいおいおい!そんなもんかぁ?もっと逃げねぇと!簡単に死んじまうぞ」

「うるせぇよ!」


 レイは元は飲食店であっただろう場所に置いてあったカウンターテーブルを盾にしながら叫んだ。だがそのテーブルも数秒後には粉々になり、レイのことを弾丸が襲う。

 もし、レイが防護服を着ていなかったら今頃死んでいた。弾丸による衝撃で飛んでくる瓦礫だけで致命傷になり得るからだ。それに弾丸が掠っただけでも致命傷になる。

 それを防護服があるおかげで少しはマシになっていた。それでも弾丸が掠ったりするとその部分の防護服は破け、皮膚は巻き込まれるようにして剥がれるのだが――そんなのは贅沢だ。現状、生きていることに満足しなけらばならない。

 レイが逃げ回って数十秒。一瞬だけだが機関銃が止まる。と、同時にアリアの舌打ちが響いた。

 

「っち。やっぱ安もんだな」


 オーバーヒート。機関銃の銃身が過熱状態となったためプログラムが作動し強制的に制限がかかったのだ。

 アリア・リーズは確かに外骨格強化装甲を持っている。しかしそれは型落ちの、さらに廉価版だ。本来の機関銃ならば液体金属を使用した冷却機能を持っているためこんなにも早くに銃身が温まることはない。しかしアリアが使っていたのにはその機能がなく空冷式であった。廉価版しかハップラー社から買えなかったのか、それとも値段の面でこれしか買うことが出来なかったのか、それともそのどちらともか。

 ともかく、そのおかげでこんなにも早くに過熱状態に陥ってしまったわけだが――レイにとってこれは絶好の好機だった。

 レイは走り出し、手榴弾をいつものように投げる。だが操縦席の付近にではなく、ある場所を狙って、だ。これまでの二発の手榴弾。あれのおかげで機体の装甲は凹み、所々壊れている。そしてそれはカメラ付近について装甲も同様であり、先ほどのように突撃銃で撃たなくとも爆発だけで壊すことが出来る。

 

 レイの投げた手榴弾を空中を飛んで、前方についたカメラ付近で――外骨格強化装甲が払われて、弾け飛ばされた。


「バカか?!お前ぇは!そう何度も同じことさせるわけねぇだろ???!」


 手榴弾は弾き飛ばされた中央の空間で爆発し、カメラはそのまま外骨格強化装甲の腕で守られる。


「さて!どうす――」


 アリアが叫ぶ。しかしその時にはすでにレイの姿はなかった。

 

「どこ――だッッ!」


 レイは外骨格強化装甲の股下を潜り抜けて背後へと回っていた。アリアは内部に設置されたモニターから、後ろについたカメラによってその状況を把握する。レイは一体何を狙っているのか、それにはすぐに気が付いた。


「――やばい」


 アリアは叫びながら機体を動かす。しかし間に合わずに突撃銃の弾丸が背面のカメラに命中し――割れる。

 レイは不安定な体勢ではあったが、近づいたため当てることが出来た。


(まあ、及第点か)


 本来ならば手榴弾で前のカメラを壊したかった。しかし仕方なく、それが無理だと分かった時点で背後のカメラを壊す作戦へと移った。

 外骨格強化装甲などの人型ロボットの弱点。それはカメラを壊された時の対処が困難であるということだ。当たり前ではあるが、視界が無くなればほとんどの場合、ロボットに乗っているという利点がなくなる。

 レイはそれを身をもって知っていた。リリテック・アカデミーでの兵器操縦訓練、ボファベットでの模擬戦闘、機械工学など、経験と知識が豊富だった。


(まさかな)

 

 アカデミーに通っていることが、ここで役立つとは、とレイは思う。

 アリアの乗っている外骨格強化装甲。レイの頭には当然、あの型番の知識があった。最新の機体となるとそれは機密情報扱いとなるためアカデミーでも取り扱うことが出来ないが旧作ならば違う。あれは講義で習った機体の内の一つであり、カメラの位置、関節の駆動範囲など知っていた。

 アカデミーでの経験が活きたと、そんな風に思いながらレイが突撃銃を発砲する。完全にカメラを壊しきるために。

 続けて二発、三発と着弾した――ところで機体が振り返ってレイに機関銃を向ける。

 しかしまだ銃身は熱かった。空冷式、冷やすまでに相当の時間を要するらしい。外骨格強化装甲に取り付けられた武装は機関銃の一つのみ。それが無くなった今、仕留めきろうとレイが走り出した。

 

 だが、アリアが叫ぶ。


「別に機関銃だけがなぁ!こいつの武器じゃねぇんだぜ?」


 叫びながら、機体が動き出す。大きいため当然、速度は早く。一瞬でレイとの距離を詰める。

 単純な質量による攻撃。だが効果的。生身の人間であれば接触した瞬間にはじけ飛んで肉塊と化す。あまりにも圧倒的でシンプル。

 外骨格強化装甲の巨体がビル全体を揺らしながらレイに近づき――接触するというところでレイが後ろに飛んだ。意味のない、動き。横に避けるならまだしも後ろに避ける。最も生き残れる可能性の少ない動きだ。

 アリアは刹那でそう嘲笑って、レイを踏みつぶ――せなかった。だってレイが一歩退いた先はポテンタワー、その中央に存在する吹き抜けの空間だったから。


「――は?!!――こいつ!」


 機体と共にアリアが穴に落下していく。一方でレイは壁から突き出たパイプに掴まっていた。


(決定打が欲しかった。うまくいったか)


 手榴弾を失ったいま、外骨格強化装甲を相手にやれることは少なかった。突撃銃をいくら撃とうと意味はなく、機関銃を復活すればこのまま殺されるのは目に見えていた。

 いくら装甲に亀裂が入っていようと、そこから打開策を見つけることはできなかった。

 だが、ただ一つだけ大穴への落下という方法だけが残っていた。ほぼ一か八か、上手くいって良かったとレイは安堵する。


「…………まじか」


 だが、それだけで終わるはずもなかった。落下中の機体が空中で体勢を制御し、地面にぶつかるその数秒を使って機関銃をレイに向けたからだ。


「てめぇだけは道ずれにしてやるよ!」

「――ッくそ」


 レイは急いでよじ登ろうとしたが、僅かにアリアの方が早かった。弾丸がレイのいた付近に着弾し、周りが崩れる。それはレイの握っていたパイプも例外ではなく壁が崩れたことで支えが無くなったパイプごとレイは落下する。

 多くの瓦礫と共に落下する中でレイは苦虫を嚙み潰したような顔をして叫んだ。


 ◆


 ポテンタワーの中央、廃墟になる前はホログラムが投影され、廃墟になってからは浮浪者のゴミ捨て場となった場所でアリア・リーズが立ち上がる。壊れかけの外骨格強化装甲を動かし、ゴミ捨て場から這い出る。操縦席を包んでいた防護装甲は壊れ、亀裂が走っている。左足の関節部分は壊れ、ほぼ動かない。

 だがなによりも。


「っっ……くそ、が」


 アリア・リーズの太腿ふとももに刺さっているパイプが何よりも重要だった。外骨格強化装甲がいくら損傷したところでアリアにはなんの影響もない。しかしこれは別だ。太腿、それも股間の辺りを流れている血の量は多い。パイプはそこを躊躇なく突き刺した。抜くことはできない、さらに出血が酷くなるからだ。そしてパイプは座席にも突き刺さっているため操縦席から動くことは出来ない。

 もうあと数分で死ぬ。アリアは自身の死を感じ、そして同時に自分の生を諦めた。だが――レイ、あの男だけは殺すと。仲間を殺された恨みか、それとも自分をここまで追いやった恨みか、そのどちらともか。

 ともかく。

 アリアは確実な執念を持って、壊れかけたカメラを使って、モニターを見てゴミ溜めを見渡す。しかしレイの死体は見つけられない。


「どこだ……あいつ」


 機関銃で確かに撃ち落したはずだ。アリアと同じくゴミ溜めここにいるはずだ。だが見つからない。もしかしたらゴミの中に埋まっているのかもしれない。


「っち、殺して――!」


 横から物音がした。それはただ単にゴミ山が崩れただけであったのかも知れなかった。だがアリアは確かな、だが根拠のない自信を持って物音のした方向を見る。


「……はっはっは!てめぇも死にかけじゃねぇか!」


 血だらけで、ゴミだらけ、左腕は折れて出血多量。汚い様相、酷い容態のレイがそこにはいた。


「うるせぇよ。今殺してやるから待ってろ」


 その傷で何を言っているんだとアリアは嘲笑う。


「はっはふっははっは。お前アホか?頭おかしくなっちまったんじゃねぇか??!まあ安心しろ。今殺してやるよお!」


 アリアが機体を捜査し機関銃を向ける。そして引き金を引いた。


「あ?」 


 だが弾はすぐには放たれなかった。単純な故障からか数秒してからやっと弾丸が放たれる。しかしその時にはすでに、レイは機体の傍まで駆け寄っていた。

 血だらけで傷だらけなのにどうして走れるのか、どうしてそこまで動けるのか、アリアには分からなかった。だが今すぐに殺した方が良い気がして機関銃を乱射する。しかし体勢制御や自動照準機能などの補助機構が壊れていたために機関銃の弾は大きく逸れてゴミにめり込む。

 一方でレイは外骨格強化装甲の背後に回り込んだ。


「背後に回ったからってどうし――」


 後ろにいったからといって、レイに何が出来るとアリアは叫ぶ。しかしモニターを見て気が付いた。


(あの時に――)


 大穴に落ちる前、レイに後ろのカメラを破壊されていたと思い出す。自分を頃襲うとしている存在が背後にいて、自分はすぐに振り向くことができない。その事実に突如として恐怖を覚える。

 ガタ

 っと機体が揺れた。誰かがよじ登っているのだと分かる。

 その次の瞬間に、アリアの乗っていた操縦席の防護装甲の隙間に人影が写る。


「お前――!」


 レイが前に来たことでカメラがその姿を抑え、操縦席一杯にその姿が映る。遠目からでも分かっていたが、肌の部分の方が少ないほど血塗られていて、顔は狂乱状態のような、恐怖を覚える表情をしていた。

 防御装甲の隙間からレイは片目を覗かせてアリアを見る。

 そんな顔をしていたのか、と言いたげな視線を向けたレイは拳銃を亀裂にねじ込む。

 これから起きること、それをすべて悟ったアリアは叫ぶ。


「おい!やめ――」


 だが、レイがやめるはずもなく。

 無言で、弾倉が無くなるまで引き金を引き続ける。たとえすでに死んでいたとしても容赦なく入念に何度も撃ち続ける。

 弾倉が空になり、スライドが後退した後に残っていたのはアリアだったもの肉塊だ。操縦席一面のモニターは返り血で赤く、足元には血が溜まっていた。


「依頼完了……」


 レイはそう言って、外骨格強化装甲から力なく落ちると、そのままゴミの上に倒れ込んだ。


「…だめだ」


 死にはしない。しかし動くのはかなりきつい。腕は折れているし出血多量。加えて拳銃以外の、具体的には通信端末なども壊しているため助けを呼ぶことも出来ない。まあ、助けを呼ぶ相手はいないのだが。

 ともかく。

 自力でなんとかしなければならないということだ。


(確か一番近い病院は……)


 重たい体を動かしてレイが立ち上がる。


「……くそ、が…」


 足をゆっくりと進ませながら、そして痛みに耐えながらレイは病院へと向かった。

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