第7話 アリア・リーズ
マザーシティのある一画。主に中流層の者達が自宅を構える場所だ。そこでミナミはフィクサーであるジープと通信端末越しに話していた。
ジープの声は変音器を介しているためどこか中性的で性別は分からない。ただいつものようにふざけたような、何もかもを知ったかのような口調でミナミに語り掛ける。
「ミナミ。今頃かな?」
「はい。レイさんのことですよね。事前に聞いていた話ではそうなっています」
今日はレイがアリアファミリアに襲撃を仕掛ける日だ。もう日が落ち切った今、ちょうど戦闘中だろう。レイにとって今回の依頼は難しいものだ。負傷は避けられない。
「どうだろうね。成功するかな?」
「分かりません。五分五分……ではないでしょう。レイさんの方が幾らか可能性は低いです」
「だろうね」
今回の依頼、レイが失敗する可能性の方が高い。そんなことは分かり切っていた。レイ自身も、そしてミナミたちも。
「だけどね。このぐらい、乗り越えて貰わなくちゃ意味ないんだよね。僕達、フィクサーからの信頼に応える。彼が傭兵として生きていくのなら必要だ。このぐらいの試練、簡単に残り越えてもらわなくちゃ困るよ。まだ彼は計算できる駒にはなっていないのだからね」
「そうですね。では成功を祈りましょうか」
「なんだミナミ。君は神を信じているのかい」
「いえ。形式的なものです」
「中身は空っぽだね」
「言い換えればそうですね」
「認めるんだ」
「はい。信仰心など持ち合わせていないことが分かったでしょう?」
「はは、よく言うよ。まあ、そうだね。確かに……君が身を捧げるのは僕だけでいい」
「知っていますよ」
独占欲、執着、主従、尊敬、恩。
「具体的には言わないんだね」
「ええ。だって不機嫌になるでしょう?」
「……まったく、よく分かってる」
「はい。もう何年でしょうか、少なくとも長い間、時間を共にしていますから」
ジープが笑う音が通信機器の先から聞こえる。乾いた、空気が漏れていくような笑いだ。奇妙な空気、そして距離感。ミナミは唐突に質問に投げかける。
「ちなみにですが、祈りますか?」
「まさか。祈らないよ。ただ、彼には期待してるんだ。確か学費の為にこんな汚れ仕事をしているのだろう?」
「…………」
「彼はなぜ、そこまでして学校に通う? 成績は良く、真面目だ。なぜそこまでして頑張る? 将来のためか、だとしたら分かりやすい理由だ。だが、人を殺してまで、他人を踏みにじってまで目標を達成しようとするその心構え、執念はなんだ。動機はどこにある」
「…………」
「正直に言って、僕は彼のことが気になっている。スラムの出だ、情報は出てこない。だがいずれ彼の行動原理や思想を解き明かしてみたいと思っている。ミナミはどうかな?」
「……難しいですね。ただ、確かに彼は少し、いやだいぶおかしい。気にはなりますが……まずは」
レイは今、危険な依頼の際中。生きて帰ってくるのか、それとも死体となって置き去りにされるのか。
「生きて帰ってからですね」
「依頼を遂行してからだよね」
二人は同時に呟いた。そしてジープは続ける。
「さて一体どうなるかな。アリア・リーズはハップラー社から秘密裏に兵器を買った。ついこのあいだのことだ。それがどのように作用するのか、まあ楽しみに待っていようか」
「そうですね」
通信が切れると端末を懐にしまい、ミナミが歩き出す。少しだけ、口角を上げて。
◆
レイが狭い通路を歩いていた。血だらけで、傷だらけで。足元には、後ろには死体が落ちていた。皆、レイが殺した。すべて、全員、もれなく視界に入った者を殺した。
あと一人だけだ。
まだアリア・リーズが残っている。隠れている場所は分かっている。
最上階、その一室。
(……きつい)
体中が悲鳴を上げている。救急回復薬による不完全な治療。体内に残る弾丸。防護服の内側に溜まる血。単純な疲労。眼球は酷使され視界はおぼろげだ。まさに満身創痍。
だが。
しかしあと一人残っている。
今回の最重要人物アリア・リーズが。
この依頼さえ終わることができれば、金銭的な余裕は出てくる。少しだけゆっくり出来る。
(あと少しだ)
気合を入れ直し、レイは扉の前に立つ。
ポテンタワーの最上階にある扉、この部屋以外のすべてはすでに確認している。アリア・リーズが外に逃げていないのは確認済みだ。そして事前情報によると、命惜しさに逃げるような男でもないことが分かっている。
いつも通り。ただただいつも通り。生け捕りを指定されているわけでもないため、レイは手榴弾を懐から取り出す。カザリアファミリーのボス、カザリアを殺した時のように手榴弾を投げて殺す。まともに殺し合う必要はない。
レイが慎重にドアノブに手をかける。
その瞬間に目の前の扉――だけでなく辺り一帯の壁に亀裂が入り、壊れる。
「なん――?!!?」
衝撃でレイの体はぶっ飛ばされ、後方の壁に強く体を打ち付けられる。砂埃が舞い散って、瓦礫が散乱する。
「クソが……なんだ、ってんだ」
通路の薄暗い照明に照らされて、砂埃の中にたたずんでいた。二メートル半ほどの全高、人ほどもある武器。全身を装甲によって包まれて、人型の形をしていた。
(……ふざけんなよ、聞いてねぇぞ)
外骨格強化装甲。ハップラー社が製造している兵器が今、レイの目の前に立っていた。
なぜここにあるのか、なぜ攻撃してきたのか、そんなことをいちいち考える必要はない。状況証拠だけで分かる。あの外骨格強化装甲に乗っているのは――。
「よう!今まで暴れてくれったじゃねぇか。起動まで少し手間取っちまったが、ここからが本番だクソが野郎!散々殺しやがって、楽に死ねるとは思うなよ」
アリア・ローズ。アリアファミリアのボスであり殺害対象。そいつが最悪の形となって目の前に現れた。
(……クソが、左腕は……折れたか、いや、麻痺してるだけだ。まだ動ける)
レイは怒りを感じながらも冷静に状況を分析する。そして次の瞬間には砂埃が煙幕として機能している間に動き出す。
「やるしかねぇか」
レイは呟くと、骨格強化装甲を身に纏ったアリア・ローズに突撃銃を向けた。
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