第6話 決死
ポテンタワーの三階。ドーナツのように真ん中には空洞が空いていて、取り囲むようにして通路がある。その脇には幾つかの店が配置されていたらしい痕跡があり、今は廃墟と化している。上層階ならばアリアファミリアが改修していただろうが、下層までは手が回らなかったのだろう。飛び散ったガラスのために構成員はそこを寝床を使うこともできず、荷物の置き場ぐらいにしか使えない。
しかし、レイにとってその状況は好都合だった。
窓が壊れ、扉は壊れているため入りやすく、また中は荒れ果てていて障害物もある。数で劣るレイにとって障害物は必要であり、もし通路で戦闘を行っていたらもっと早くに気が付かれていたし、殺されていた。そして廃ビルであるため爆発物は使えず、レイにとっては好都合だった。
かつては服や電気製品が置かれていたであろう棚やアリアファミリアが保管していた物資の箱など、いくらでも活用できる。使えるものは選り好みせずに使う、それがスラムで培った戦闘での矜持だ。
(気付かれた――が、ここまでは予想通りか)
レイは物陰に隠れながら突撃銃を発砲する。前方には……精確には分からないが、敵が少なくとも五人以上、内三人は突撃銃、残りは拳銃で武装している。ここからさらに敵は増える。下層にいた敵はすべて殺した――だろう。外にも敵は残っていないはずだ。この状況で挟み撃ちだけは避けたかった。だからレイはここまで入念に準備を進めてきた。
ただ、挟み撃ちだけを警戒していればいいというわけでも当然なく。前方から敵が来すぎるとさすがに対処のしようがない。いま目の前にいる五人、必ず、そして増援が来る前に殺さなければならない。
時間にして僅か十秒……二十秒ほど。
レイは廃墟の中を移動しながら、物陰に隠れながら、時には大胆な動きをしながら突撃銃の引き金を引く。狙いは当然――精確だ。長年の戦闘で積み重ねられた経験に裏打ちされた圧倒的な射撃技術、そこらのごろつきとは違う。もし都市で訓練を積んだような警備隊や直属部隊が敵であったのならレイはまた違った対応を強いられていただろう。そして一瞬にして窮地に追いやられていた。しかし、相手はアリアファミリアの主要戦闘員でもなければ戦闘に慣れた者達でもない。
つまり、レイに
「まずは五人」
立ちふさがっていた五人全員を殺し終えたレイは、棚に身を預けながら、息を整えながら呟く。弾倉を入れ替え、場所を移す。今も上から大量の敵が向かってきている。
少ししか、いや、少しも休むことはできない。
階段から降りてくる敵の足に数発の弾丸を発砲し機動力を削ぐ。そして転げ落ちてきた敵の額に弾丸を浴びせ、確実に殺す。廃墟となった店舗を走り回り、暗闇に紛れながらただいつものように依頼を遂行する。すでにこの階層に敵はいない。後続も降りてこない。待ち伏せをしているのか、単純に遅れているのか。
――だが関係ない。
レイはそう思って駆け上がる。
「あいつか!」
「殺せ!」
階段を上り切ると七人の構成員が見えた。銃声が鳴ってから時間が経っていないため準備が足りていなかったのと、暗闇によって見えにくかったのも重なって対応が遅れる。構成員は慌てて拳銃、そして突撃銃を構える。
「――外したか」
構成員が銃を構えた一方で、レイも素早く突撃銃を構えて数発発砲した。その内、構成員二人の脳天に何発かの弾丸が着弾し、また一人の肩を貫いた。しかしレイは今の射撃で四人を殺しきる予定だった。それが出来たなかったのは単純にレイの力不足と暗闇による視認の悪化、疲労であったためだ。
レイは考えを切り替えて、円形の空間に幾つものある部屋の中に飛び込む。そのすぐ後にレイの後を追うように銃弾が追跡する。しかし部屋の壁に阻まれレイに着弾することは叶はない。
レイからも、構成員からも、互いの姿が見えない状況に一瞬の静寂が流れる。だがすぐにそれは破られる。
「そこか!」
黒い影が部屋の窓を突き破って四人の構成員の元へと向かう。すでに脳天を撃ち抜かれた二人は死に、肩を撃ち抜かれた者は行動不能だ。四人ならば対処できると考えを変えたレイが飛び出した。しかし一人の掛け声とと共に銃弾がレイのことを襲う。
この距離ならば取り回しのしにくい突撃銃は必要ないと判断したレイは部屋の中に置いてきており、拳銃だけを持った身軽な姿だ。
「あ、当たらねぇ」
単に距離を詰めるのが早いというのと体がまだ小さかったため当てにくい、それに加えて統制の取れていない四人は互いに互いの射線に入るように動いてしまい、思うように撃てず、暗闇による弊害はレイだけでなく構成員たちにも当然、あったためにそれらの条件が重なったことでレイは、ぎりぎり背を
(一人目)
レイすぐに対象を切り替えて、死体を肉壁にしながら構成員二人に近づく。左手で死体を抱え、右手で握った拳銃を発砲する。思うような体勢での射撃ではないため上手くはいかないがそれでも何十発も発砲すれば一人ぐらいには当たる。
撃ち出された弾丸は宙を駆けて突撃銃を持っていた男の首半分を抉りながら後方まで飛んでいく。男は首を抑え、倒れながらに突撃銃を無理矢理発砲する。弾丸は死体を貫いて、いくらか減速しながらもレイの胴体に直撃。しかし防護服を貫くことはできず衝撃だけがレイに伝わる。しかしそれでもかなりの痛みだ。レイはアドレナリンによって痛覚が鈍化しているが、それでも痛いものは痛い。歯を食いしばりながら次の目標に狙いを定める。
(二人目)
レイは心の中で呟きながら目の前の男を見る。死体を前方に蹴って、肉壁として機能している間に距離を詰める。しかし、その間にももう一人の構成員から放たれた銃弾がレイの事を襲う。弾丸の一発がレオの足に掠ると、衝撃で掠った部分一帯の皮膚を巻き込みながら後方に飛んでいく。しかし気にしている余裕はなく、横の男を無視する。
レイは飛んできた死体をどかそうしている男の左側に周り込む。苦し紛れではったが、男が新たな肉壁となったことで横からの弾丸が当たる可能性は限りなく低くなり、また拳銃であるため防護服を突き破ることはできない。
レイは身を屈めながら拳銃を構えると、左下の角度から回り込んだ男に発砲した。引き金を引くその一瞬、レイと男との目が合った――が弾丸が男の眼球付近に着弾したため強制的に視線は離れた。眼球付近の骨は砕け、衝撃で頭蓋骨は粉砕する。
(三人目)
レイは最後の一人に対して持っていたナイフを投げる。しかし咄嗟に出された左腕に守られたことで致命傷を与えることは出来ない。だが深々と突き刺さったことで生じた痛みで一瞬だが動きが止まった。レイがその隙を見逃すわけもなく数発、発砲して頭を守っていた左腕ごと破壊して脳天を貫いた。
「……これで四人目」
最後に肩を撃ち抜いた時の衝撃からか気絶している男に一発、発砲した。こういった時にちゃんと殺していないと、後々面倒くさいことになる。恨まれて襲われたり、この任務中に起きて背後から撃たれるなどだ。
「――次」
一旦、この階層にいる構成員はすべて殺したがまだ残っている。レイは部屋に置いてきたSIG416を取りに向かいながら息を整える。すでに次の敵が上層階から降りてきている。
◆
構成員数人が階段を下りる。ポテンタワーのちょうど明かりが修理されていない階層なため薄暗い。暗闇によって視界が狭まっている。銃声は鳴っていない。ということは下層で待機していた十六名、全員が殺されてしまったのだろう。最上階にはアリアとその側近、十人が待機している。
今、動けるのは階段を降りているこの部隊だけだ。連絡によると集団で取り囲んで殺す一歩手前まで行ったが、暗闇の中での戦闘、そして仲間が多くいたということを逆手に取られて全滅だ。大勢で一人の対象を殺すというのは案外難しい、それが統制が取れていない者であればあるほど、仲間が斜線に入って撃てなくなってしまったり、仲間を盾に使われてしまったりなどの事態が引き起こされる。
(相当の手練れだな)
男は内心でそう思いながら歩く。暗闇の中、全く音がしない空間を突撃銃につけたフラッシュライトと点灯させて索敵する。すると、伏せるようにして死んだ仲間を見つけた。血が流れでており、床を伝ってこちらの足元まで来ている。
四人は動揺することなく、だが一瞬、皆が死体の方へと銃口を向けた。
「――っ」
その瞬間、最後尾にいた仲間の首をレイが切り裂いた。
「いたぞ!」
三人が一斉に振り向いて銃口を向けるが、それよりも早くレイが一人の頭を拳銃で撃ち抜く。
(こいつ。聞いていた話だと突撃銃を持っている――っ)
レイの装備はナイフを拳銃だけ、突撃銃は持っていなかった。レイはいつものように死体を蹴って肉壁を作る。だが残った二人の構成員はそんなことを気にせずに発砲する。
弾丸は死体ごと貫いてその背後にいたレイへと襲い掛かる。しかし、すでに死体の背後にレイの姿はなかった。
「お前いつか――」
レイは身を屈め暗闇の中へと移動して視界の隅から現れる。それに気が付つくと強引に突撃銃を向けようとするが、レイが発砲する方が早かった。弾丸が鼻の上あたりに着弾すると即死させる。しかし、それと同時にレオの持っていた拳銃から金属音が鳴り響きスライドが後退した。弾切れの合図だ。
(弾切れ、いける)
レイの持っている装備は拳銃とナイフのみ、飛び道具はなくナイフを投げるにしても、男が突撃銃を発砲する方が幾らか早い。もし距離を詰めてきてもそれは意味をなさない。
男が突撃銃をレイの方へと向ける。それと同時にレイは右手に持った拳銃から手を離していた。
(何をしている。そんなこと意味がな――い)
男が引き金を引いた。撃ち出された弾丸はレイに直撃する。いくら防護服を着ていると言っても、それは最低限の機能しか有しておらず、パワードスーツのような身体強化も防御機能も搭載されてはいなかった。あくまでも何発かの弾丸を防ぐだけのためのもの。
当然、突撃銃の乱射を耐えるだけの防御性能は有していなかった。
「くそぉがぁ――」
レイが初めて苦悶の表情を浮かべ、痛みを忘れ去るように、気持ちを奮い立たせるように叫ぶ。突撃銃の弾丸を防げるような機能はこの防護服にはない。肌着にも防護服に似た機能を有するものを着ているが、それでも限界はある。弾丸がレイの肌にまで到達し、抉る。
だが、それでもレイは進み続け男に肩からぶつかって押し倒す。
男は突撃銃から手を離し、叫ぶ。
「この野郎!」
そして懐からナイフを引き抜いて戦おうとしていたが、すでにナイフを手に持っていたレイの方が幾らか早く、男の首にナイフを突きたてる。そのまま力の入らない手でナイフを動かし、首を掻っ切った。
最後に立っていたのは満身創痍だがレイだった。床に落ちた突撃銃のフラッシュライトがまだ点灯しており、レイの下半身だけを照らす。服は所々破けていて、返り血と負傷で流した血が合わさって足は血塗られていた。
「ったく……はぁ、――っ、ってぇ」
レイが男から降りて、そして店の中まで移動すると倒れ込む。
仰向けの状態のまま懐をまさぐって、大事に今日のために買っておいたものを取り出す。救急回復薬。液体状のカプセルに入った治療用品だ。患部にかけることで組織を急速に再生、構築することができる。
高い――が今回では必要になると思い少ない金を使ってこれを買った。まさかこんなにも早くに使うことになるとは思ってもいなかったが仕方がない。
このままでは弾丸が体内に残ってしまうが、自力、または病院で取り出せばいい。体には害だが、今は仕方ない。
「まだ。次だ」
傷口に回復薬を振りかけながら、塗り込みながら呟く。その顔は再生による痛みによって歯を食いしばった苦悶の表情をしていた。
「まだだ」
レオは息を整えながら自分に言い聞かせるように何度も呟く。これですべてを殺したわけじゃない。まだ数十人残っている。レオはゆっくりと倒れたままで拳銃を見た。
休んでいる暇はない。こうなることは予測していた。だから準備もしてきた。
立ち上がれ。
レイは自身に言い聞かせる。
「行くか……」
治療が終わったレイはまた立ち上がり、そして突撃銃と拳銃を持って次の戦闘へと向かった。
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