第5話 アリアファミリア

 昼を回り、太陽が沈みかけたぐらいの、曇天の空がさらに暗くなった時間にレイはポテンタワーの付近を歩いていた。


「……これからが本番だ」


 レイは小さく呟きながら背負っていた突撃銃を両手で持った。歩きながら弾倉を一度引き抜いたり安全装置が外れているかを確認していく。明らかにこれから戦闘を行う恰好だが、誰一人としてレイを見ても声をかけない。いや、正確にはかけれらないという方が正しいだろう。危険だし面倒ごとに巻き込まれる可能性がある。そして向かっている方向的にポンテタワーだと分かると色々と考えてしまい、関わりたくもなくなる。


「もう気づいたか」


 通りを曲がったレイの目の前にはポンテタワーが見えており、玄関と思わしき場所の前には人がいなかった。恐らく、人が接近しているのを分かりやすくするために人を追い払っているのだろう。敵もそれだけレイのことを警戒しているということだ。しかし対応が遅れたため人員を配備する以外の処置を取れていない。まだレイにも勝機はある。

 ポテンタワーは円柱状の建物だ。まるでドーナツのように真ん中に空洞があり、アリアファミリアが占領する前は浮浪者の寝床となっていたそうだ。真ん中の空洞にはゴミが投げ込まれ、死体が投げ込まれ、すでに廃ビルとなってしまっていたため管理する者もおらず、それが放置されてきた。しかしアリアファミリアの占領と同時に明かりが灯り内部の施設も変わった。基本はコンクリがむき出しになった粗雑な設計であることには変わりないが部屋一つ一つを改装しているそうだ。

 そんな、薄暗い明かりが灯るポテンタワーを見てレイは引き金に指をかける。

 ポテンタワーの入口には二人の構成員の姿が見えた。拳銃持ち武装している。カメラはない。


(この距離からじゃ……完全じゃないか)


 レイが身を隠している建物の陰からポテンタワーの入口までは少し離れている。突撃銃をここから発砲したところで二人の額を高速で撃ち抜けるはずがなく、発砲音でバレる。

 消音器サプレッサーをつけているが高品質なものではないので抑えられる音量もたかが知れている。まだ拳銃ならば完全に音を消すことも出来るだろうが突撃銃では無理だ。

 敵に存在が露呈する前にできるだけ数は減らしておきたい。

 だとしたら、近づいて拳銃で確実に殺せる距離まで近づくほかないだろう。レイは突撃銃から一旦手を離し、拳銃に持ち替える。そして物陰から出てポテンタワーと一定の距離まで近づく、すると同時に入口付近で待機していた構成員二人がレイの存在を認知し、最初こそ間違って近づいてきたガキだと思っていたが、レイが突如として懐から拳銃を取り出したため刺客だと理解すると拳銃を構えた。

 

 ――しかし、レイの方がコンマ数秒早かったため、引き金に指をかける寸前のところで二人とも撃ち抜かれる。


「――次」


 拳銃から発せられる発砲音は無に等しいほどであるため露呈してはいないだろう。相手はまだ襲撃されていると気が付いていない。背後でその一部始終を見ていたスラムの住民達は叫び声すら上げず、ひそひそと話しながら足早に去っていく。誰も関わりたくはないのだ。

 レイはポテンタワーの入口を見て呟くと、ゆっくりと音を立てずに建物の中に入る。 円形状の空間を上る手段は一つだけある階段だけだ。レイは拳銃を両手に、ただ何も考えず殺すことだけに注力しながら、階段を上った。


 ◆


 ポテンタワーの上層部。その一室でアリア・リーズはモニターを眺めながらため息をついた。

 モニターにはポテンタワー内のカメラ映像や周辺に設置されたカメラの映像が流れている。そしてアリアの前――テーブルの上には何枚かの書類が積まれて置いてあった。決して施設の管理や部下や取引先に関しての情報ではない。これは、今アリアファミリアに起きている異常事態について記された書類だ。


(まだか……)


 今日を含めて三日前、アリアファミリアの構成員が殺害されるという事が立て続けに起こった。死因はナイフで刺されていたり拳銃で額を撃ち抜かれていたり、全員が抵抗することもできず死んだ。明らかに奇襲されており、確かに覚悟を持って殺害を行っているようで、複数人が立て続けに殺されているということは個人的な私怨による殺害ではなさそうだ。明らかにアリアファミリア全体を狙った襲撃。

 その襲撃に気が付いたのが昨日の夜あたり、見回りにいった部下や非番であった部下が返ってこなかったのと、死体を発見したために明らかになった。また、知人や友達、親しき者から連絡によって明らかになった場合もある。その際には「殺してくれ、あいつをやった奴を――!」だなんて言っていたが、殺された側にも問題はある。アリアファミリアに所属している以上、どこかで手を汚している。どこかでやり返されたとしても仕方のないことだ。

 だから、殺された構成員に悲しみの感情を向けることはない。しかし、部下が殺されたということは、犯人はアリアファミリアの敵ということになる。組織上面目もプライドも矜持もある。なめられたままでは示しがつかない。だから、確実な意思を持ってアリアは犯人を捜した。

 昨日、部下が殺されたこともあり捜査はあまり進まなかった。しかし――。


(仮面の男――……いや少年か?)


 モニターに映る仮面をつけた者。ローブを被っているため仮面をつけていることぐらいしか分からなかった。しかし、こいつが部下を殺している犯人だと、アリアファミリアに宣戦布告を行った敵だと分かっただけでも幸いだ。

 この男を見つけたの今日のこと、これからさらに捜査を進めていずれ突き止め、息の根を止める。アリアファミリアに攻撃するということの結果を身をもって知ってもらう。

 もう罠は張った。明日、もし今日のように部下を殺そうものなら渡した携帯から信号が飛ぶ。簡単だが、故に効果的。ここはアリアファミリアの庭だ。逃げられることはない。


「がはは。まあいい。明日、いや明後日、こいつを殺s――」


 ――爆発音。続けて発砲音。悲鳴、叫び声が下の階から聞こえる。


「何が起きた――!」


 アリアが壁一面につけられたモニターに視線を送る。すると一つのモニター映像だけが明らかに激しく揺れ動いていた。明らかに明るく、それは銃撃戦が行われている証だ。


「――アリアさん!敵です!仮面の――」


 そしてアリアの声に答えるように、一人の男が扉を開けて入ってくる。仮面の男。レイは報復を恐れていたために仮面をつけていただけだが、そんな呼び名をつけられていた。

 そして銃撃戦が始まったということは当然ながら、レイの侵入が露呈したということであり、ここからは一人対アリアファミリアとの戦争となる。アリアは敵の侵入に驚きはしたものの、今まで殺されてきた仲間の分もきっちり借りを返済し、徒党としてのプライドも守り抜く決意を固める。


「おい!総力を挙げてあいつを殺せ!生け捕りなんてやわなことはしなくていい!殺せ!そして死体を俺の前に持ってこい!」

「はい――!分かりました!」


 部下が突撃銃を持って、そしてアリアの命令を聞くと少し頭を下げて、そして仲間へと伝令を出す。

 今ここで、ここから、本当の意味でレイとアリアファミリアとの戦闘が始まった。

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