EP1ー1 たった50デルの命

 俺の名前はソラ。所謂転生者だ。

 地球と呼ばれる星の日本という国で平和に暮らしていたが、それはもう遠い昔の話のように感じる。

 なぜなら今の俺は、檻の中にいるただのに過ぎないのだから。


 50デル……日本円にして500円ちょっとぐらい。それが俺の価値。

 転生したら奴隷でした、最近はネタを選ばないネット小説だって題材にしないような状況だ。


 しかも転生した世界は前世の世界を越える科学力を持ちながら、先の大戦で世界が滅びている始末だ。

 人々は地下に巨大な居住都市を造り逃れたが、大戦の禍根はひどく治安は最悪の一言だった。

 ちょっと散歩をすれば人攫いにあい、息抜きに店で食事をしようとすれば店主が食い逃げをショットガンで追いかけ、金を下ろそうと銀行に向かえば銀行強盗とマフィアやギャングの抗争に巻き込まれる、そんな世界だった。


 

 目が覚めた時には、もうこの檻の中にいたせいで実際に見た事はないが。


 転生してからというもの、それはそれは酷いものだった。

 飯は二日に一回出ればいい方で、逆らったりなどすれば平気で暴力を振るわれる。

 まだ、そこらへんの家畜の方がいい生活を送れていることだろう。

 

 不満はないのかって? 

 ありまくりにきまっているだろ。

 だが残念ながら現状を変えようにも、俺はアニメや漫画の主人公ように特別な力など備わっていなかったし、子供の身体的できることなど高が知れている。


 それに売れたとしても、今よりもまともな生活ができるとは保証できない。

 マフィアの鉄砲玉にされるぐらいなら、このまま売れ残る方がいいかもしれない。


 そう思うぐらい、この世界はクソだ。

 前世でも何度も思ったことだが、それの比ではないほど今は思う。


 そんなことを考えていると、ぐうぅぅぅぅと隣で腹が鳴る音がする。

 視線を向けると、少女が恥ずかしそうにもじもじとしながら腹を押さえていた。


 褐色の肌に、少し傷んだ銀髪、そルビーのように赤い瞳、そして同年代よりも整った顔立ちが特徴的だった。


「腹、減ったのか?」

「うん……ご飯食べれていないから……」

「そうか、俺もだ」

「えへへ、リリネと同じだ」


 頬をかきながら、まだ恥ずかしそうに笑う少女。

 コイツの名前はリリネ。俺より先にここに入荷され、俺同様売れ残っている奴だ。

 と言っても、彼女の価値の方が俺の何百倍もあり、度重なる反抗で価格が大幅に下落した俺とは大きな違いだ。


 リリネは俺が転生者であることを知っている。

 まぁ、突然の転生したことに混乱して、ついぽろっと漏らしてしまっただけのなのだが。

 だけどリリネは、そんな俺の話を真摯に話を聞いてくれて、この世界のことを教えてくれた。

 多分、この娘がいなかったら、俺は気が狂って自殺していたかもしれない。

 

「ねぇ、聞かせてよ。ええと、あなたが今のあなたになる前の話」

「ん? ああ……いいぞ、別に」


 俺はいつからだったかリリネに、前世のくだらない日常を話すことにしていた。

 最初はただの思いつきだったが、リリネは目をキラキラとさせながら聞いてくれているうちに、いつの間にか日課になっていた。

 ああ、くだらない。くだらなさすぎて、なんでこんな話をしなければならないかとたまに思ってしまう。

 でも、きっとこの時間だけが唯一癒しと呼べるものなのだろう。


「うふふふ……」

「なんだ? 今、笑うところあったか?」

「ううん、とても幸せだったんだなって思っただけ」

「別に前世の話だろ。それにこの記憶が正しいかもわからないし」

「それはそうなんだけどね。でも私、怖い夢ばかり見るから」


 俺は何も言わなかった……いや、何も言えなかった。

 俺と違って、彼女はずっとこの地獄の世界で生きてきたのだろう。

 俺でも気が狂いそうになったのだ、一人の少女が耐えられている事自体が既におかしいことだ。

 助けてやりたいのは山々だが、助けてやれる術がないのが本当に腹立たしい。


「ねぇ……ひとつ聞いていい?」

「いいぞ」

「もし、その元の世界に行けるなら行きたい?」

「そんなの……」


 ああ、行きたい帰りたい

 確かにあそこも苦労は色々あるが、ここに比べれば天国といっても差し支えない。

 もし今すぐ日本に帰れるのだとしたら、一切の迷いも躊躇もなく俺はそれを選ぶ。

 だけど─────叶わない夢を語ったところで意味はない。


 そうとわかっている筈なのに、俺は笑みを作って言った。


「ああ、もちろん。でもお前と話せるならこの世界も悪くない」

「ほんと?」

「ああ、ホントだよ」

「そう……うん、嬉しい!」


 リリネは膝を抱え、優しい笑みを浮かべた。

 その表情に俺は胸がドキッとした。


 勘違いしないでくれ、俺はロリコンじゃない。

 誰に言い訳してるかわからないけど、俺はロリコンじゃない。


 会話は止まり、静寂が支配する。


 どれほどの時間が経っただろうか。

 静寂を打ち破るように扉がバン! と荒く開けられ、扉の奥からぽっこりと腹が出た男、オーナーが姿を現した。

 後ろでは筋肉質な大柄のボディーガードが腕を組んで控えている。


「テメェら、外に出ろ」


 デブは端的に告げると、俺とリリネは檻から出される。

 檻の外に出られたのは、一体いつぶりだろうか。

 首輪につながったチェーンを引っ張られ、無理矢理長い廊下を歩かされる。

 とある広場に入ると、俺やリリネと同様の子供たちが一列に並び、それを仮面をつけた男が吟味している。

 客だ。身なりの良さからして、上流階級の人間か風俗店のオーナーだろうか。


「お客さま、お決まりになりましたか?」

「うーん、そうですねぇ……む?」


 一人一人見ていた仮面の男は足を止め、俺の隣に目を向けていた。

 俺は心臓の鼓動が高鳴るのを確かに感じた。

 いやいや待て待て。まだそうだとは決まったわけじゃない。

 そうだ、落ち着けきっとこの世界の空気にやられて疑心暗鬼になっているだけだ。

 だけど俺の悪い予感は的中してしまった。

 仮面の男は俺を通り過ぎ、そして足を止めた。

 リリネは目を逸らすが、男は腰を折って顎を乱暴に掴み、顔を正面に向けされる。

 マジマジと見た後、何かを決心したかのように頷く。


「この娘にします」

「へい、毎度あり」


 そう言って、オーナーと仮面の男は端末を近づける。

 ダメだ、このままでは契約が成立してしまう。

 でもどうすればいい?

 思考を巡らしていると、ふとリリネに目を向ける。


 泣いていた。


 ただひたすらに、啜り泣いていた。


 それを見た時、俺の中で何かが弾けた。

 相手は大人だぞ、勝てるわけがない、諦めろ、そんな思考が過ぎるがそんなものふり払う。


「うわあああああああ!!」


 まるで獣になったかのように吠え、俺はオーナー目掛けて駆け出し、そのまま端末を操作する右腕に噛み付いた。


「うぎゃああああ!?」


 オーナーは絶叫し、必死に振り解こうと右腕を上下させる。

 それでも俺は、咥えている口を更に強めた。

 振り放されてたまるものか、今ここで頑張らないでどうすると言うのだ。


「なにすんだ、このクソガキィ!」


 しかし所詮は子供の悪あがき、すぐに近くにいたボディーガードに引き剥がされ壁に打ち付けられる。

 地面に倒れ込むと、そのまま男は俺を蹴り付けた。


「ごふっ!?」


 あまりの威力に、俺は腹の底から鉄臭い何かを吐いた。

 しかしボディーガードは、止めることはなく何度も何度も蹴りつける。


「ソラ!」


 その様子を見て、リリネが俺に駆け寄ろうとするが、仮面の男に腕を掴まれる。


「こらこら、あなたはこっちですよ」

「離して、離してよ! このままじゃソラが、ソラが死んじゃう!」


 確かな痛みとともに、リリネの叫びが鮮明に聞こえてくる。


「り、リリネ……」


 朦朧とする意識の中で、仮面の男に連れられ遠ざかってゆくリリネに手を伸ばす。

 だけどどれだけ伸ばしても、俺の手はリリネに届くことなく力尽きた。


 ◇


 リリネが売り飛ばされてから、数日が経過した。

 俺はオーナーに文字通り噛み付いたことで、処理されることが決定した。

 別に銃を撃って処刑するわけじゃない。

 ただこの薄暗い懲罰防の中で、餓死するのを待つだけだ。

 ここでは銃弾一発も無駄にできないのだ。

 周りにはもう既に白骨化した先輩方が転がっており、自分もこうなるかと身を震わした。


 けれど、それも良いのかもしれない。

 元々、俺は死んだ身だ。

 あの世に行くはずだった魂が、ようやくお迎えしてもらえると考えれば悪くないのかもしれない。


 ……いいや、違うな。

 もう嫌になったんだ俺は。

 この腐り切ったこの世界で、生きることに。



 どんなに辛くても、あの笑顔を見ると生きようと思えた。

 馬鹿げた夢の話を真摯に聞いて、ワクワクしていたあの真紅の目はもう見れない。

 俺の隣にあの娘がいないと認識してしまうと、目から涙が溢れてしまいそうになる。


 情けない、暗闇で泣きそうになっていることに腹が立つ。

 でもそれ以上に目の前で泣いてる女の子を助けられなかったことに、もっと腹が立ち、今にも憤死してしまいそうだ。


 でももう何もかもが遅い。遅すぎた。

 空腹で、ただでさて言うことを聞かない身体が力を失っていく。


 ようやく終わる。

 転生してわずか数ヶ月、まったく良い思いは出来なかったが後悔は……腐るほどあるがもう関係ない。

 おやすみ、それとごめん。


 唐突に襲いかかってくる眠気に、身を委ねようとした時だった。


 かつ、かつ、と小刻みよい音が聞こえてくる。

 音はどんどん近づき、ぎぃと固く閉ざされていた扉が開く。

 残る力を振り絞り、光が指す方へ顔を上げる。

 杖をついた老人がそこにいた。

 左足は義足で、右目は眼帯をし、スーツに身を包んでいた。


「ほぅ……まだ生きていたか」


 俺を見て何かに感心していると、杖をついてすぐ目の前に立つ。


「───んた……だ」


 声を出してみるものの、自分でも驚いてしまうぐらい声は出なかった。

 しかし老人に伝わったのか、顎に手を置いて数回撫でる。


「俺の名前は【カゲロウ】。そうさな、今日からお前の主になる男だ。そして────」


 老人は言葉一旦区切り、手を差し伸べ言った。


「お前に生きる力を与える者だ」


 その言葉を聞いて、今まであやふやだった意識は急速に纏まっていく。

 そして俺は無意識のうちに、老人の差し出す手を握り返した。

 これが、いいやここからが俺の始まりだと確信しながら。






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